麗しのマリリン

松浦どれみ

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4月

1−2自己紹介

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 四月某日、入学後初のロングホームルーム。
 私立清流館高校しりつせいりゅうかんこうこう一年二組の教室では、学生番号順に自己紹介をする時間となっていた。このクラスの担任となった竜崎りゅうざき光貴こうきが、環境の変化などでおそらく緊張しているであろう生徒たちに自己紹介と挨拶をする。

「担任の竜崎です。担当教科は歴史・公民、今年で教職五年目、清流館高校、大学のOBでもあります。本校は生徒の自主性を重んじた自由な校風ですが、どうか法律を守り、常識の範囲内でその自由を謳歌してください。このクラスは一年で解散ですが、気の合う仲間を見つけてくれたら嬉しいです。よろしく。では早速窓際の列の先頭から順に自己紹介してください」

 竜崎がテンポ良く生徒に自己紹介を促した。窓際の列の先頭の生徒が起立する。

「ユージです! 小学校から清流館です! 趣味はサッカー観戦! 高校からのみんなとも仲良くなりたいのでどんどん声かけます! よろしく!」

 ユージがそう言ってニコリと笑い、クラスメイトたちに手を振った。その人懐っこい笑顔に主に女子の目が輝く。
 そして、ユージから五人ほどあとに一人の女子生徒が立ち上がり自己紹介を始めた。

「マリです。趣味は読書です。よろしくお願いします」

 素っ気のない自己紹介だが、こちらは主に男子の拍手が止まらない。
 一六〇センチは超えているであろう長身に、長い手足、薄い色素にハッキリとした目鼻立ち。一般人とは思えないその容姿に、周りは羨望の眼差しを送っていた。

 マリが居心地悪そうに眉をひそめたそのとき、ユージが拍手をかき消す大きな声で一言。

「俺の彼女(予定)です! よろしく!」
「違うし!」

 間髪入れずにマリが眉を寄せながら反論した。

「また始まったよ~」

 周りの生徒何名かがそう言って笑い声を上げる。
 クラスの七割程度が中学以前からの持ち上がり組で、三割が高校からの外部受験組だ。マリとユージは持ち上がり組の中では有名コンビで、入学初日から外部組にもその存在は広まった。

「はい、コントは後でな。次!」

 竜崎が次の生徒に自己紹介を促した。隣の列の生徒が立ち上がる。

です。スポーツコースでバレー部に入ってます。身長は一七八センチあるので高いところに用がある時は声かけてください。よろしくお願いします!」

 男子でもなかなかいない長身に黒髪のポニーテール。張りがありよく通る声のさくら。一部の女子がキャアという黄色い声援と共に熱烈に拍手していた。

「ユアです。スポーツコースで、バレー部のマネージャーをしています。趣味はメイクとコスメ集めです。よろしくお願いします!」

 さくらとは対照にふんわりと柔らかそうなボブヘアーのユア。ニコリと笑って小さな会釈をすると、クラス全体が和やかな空気に包まれた。

 そのままクラスメイトたちが順番に自己紹介をしていく。廊下から数えて二列目は外部受験組のメンバーだ。その列の後ろから二番目、マリと同じ横列まで順番が回ってきた。自分の番だと、新堂しんどうはのそりと立ち上がる。

「新堂です。一般コースで趣味は読書です。よろしくお願いします」

 おそらくクラスで一、二を争う長身であるものの、猫背と小さな声で存在感がないのだろう。加えて眼鏡と前髪で顔もあまりわからない。
 認識されないのは当たり前だと思いながら、新堂は軽く会釈し着席する。自己紹介が終わったのだと気づいた周りの生徒が、まばらな拍手をした。そのまま次の生徒が立ち上がり、自己紹介が進む。

 最後の生徒の自己紹介が終わったあと、竜崎が締めの挨拶をする。

「一年二組、四〇名います。ぜひ積極的にコミニュケーションを取って、いいクラスにしてください。来週のこの時間は委員決めをします。あと今日はこのままショートホームルームはなしで。俺も戻らないので一五分後の本礼がなったら各自帰宅してください。起立。礼、着席。さようなら」

 竜崎が授業終了のベルが鳴ると同時に教室を出た。ドアが閉まった途端に教室内が騒がしくなる。新堂が再び視線をマリに移した。

 すると、席を立った男子生徒がマリに声をかけている。

「マリ、ユージたちのとこ行かねえの?」

 トモは中学三年間彼女のクラスメイトで、ユージを含めよく行動を共にしていたマリの数少ない友人の一人だ。
 マリが読みかけの本を出しながら返事をした。

「ううん。これ読みたいから」
「そっか。じゃあ帰りな」
「うん」

 トモがそのままユージの席へ向かう。ユージの隣はユア、その後ろはさくらの席だ。四人で何やら談笑している。他のクラスメイトたちも数人でグループに分かれていた。教室内はガヤガヤとクラスメイトたちの声で騒がしいが、マリはまるで聞こえていないかのように本の世界に没頭している。三列挟んだ先にいる新堂の視線には、もちろん気づいていないようだ。

(……いきなり同じクラスって、俺、運良かったんだな。)

 そう思いながら、新堂の口角が上がったことには、もちろん誰も気づかない。
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