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第五章 交差する陰謀
146、エルという名の虚像(後編)2
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エルの問いかけに、男はその場で床に這いつくばり、謝罪の言葉を口にした。
「おおおお、お許しを……。どうか、どうか……」
床に額を擦りつけながら、男は何度も謝り続けた。エルはそれを冷ややかに見下ろす。
「お前のことは調べさせてもらった。マルコ、父が所有しているこの土地や建物を店主のポールに分割払いで販売する契約をしているな。そして、支払いが終わるまではと言ってオーナーとして店の経営に口出しをしている……」
「そ、それは……」
「ポール、店の帳簿を出しなさい。一年でいい」
「はい!」
エルの指示に、ポールは急いで奥の部屋から帳簿を出して戻ってきた。それに目を通している間、オーナーのマルコは顔を歪めエルを見上げていた。
「マルコ」
「ははあ!」
「利息がおかしい。彼は毎月二十万エールの返済をしているのに、そのうちの元金はたったの十万エールだ。ジュエリトスでは利息の上限は一割だぞ。どういうことだ?」
「それは……」
エルを見上げていたマルコは都合が悪くなり困ったのか、言い淀んで再び顔を床に向けた。
「お前のことは然るべきところに引き渡し、この件を裁いてもらうことにしよう。それから、回収しすぎた分は返済の元金に回す」
「ううっ……」
「さらに、この店と土地は私が買い取る。すぐにこの契約書にサインしろ」
「ははーっ!」
エルの向かいに座っていた同行者が契約書を出した。そしてマルコにサインをさせる。
「権利書は後日回収する。次にポール!」
「はい」
一部始終を見ていたポールが急に自分の名を呼ばれ驚き、背筋をピンと伸ばした。
「君はこちらの契約書にサインしなさい」
「……これは!」
契約書を読んでいたポールが目を見開き、エルを見つめる。それに笑顔で答えた。
「分割契約はそのまま、今度は適正価格で君にこの土地と建物を売ろう。完済後は君がオーナーだ。それまでは僕の名前を貸そう。経営に口出しはしないから安心するといい」
「あ、ありがとうございます!」
ポールが涙を流しながらエルに礼を言って、震える手で契約書にサインをした。エルは契約書と、逃げないように縛って拘束したマルコ、同行者を連れ店を出る。
そして、手厚く見送るポールの目を見てこう言い渡した。
「君が信念を持って店を経営しているのは知っている。どんな客にもしっかりサービスしていることも。どうかこれからも、人種や出身に関わらず分け隔てなく素晴らしい料理とサービスを提供するように」
「はい! ありがとうございます!」
エルは馬車に乗り、店を去った。
その後はマルコを騎士団に引き渡し、自宅に戻った。
そして夜。寝支度を済ませたエルは自室のソファに腰掛けていた。
グラスに水を注ぎ、一口飲んで背中をソファの背もたれに沈める。
「今日は疲れたな……」
だが、有意義な一日だったと、エルは心の中でつぶやいた。きっとマルコはしっかりと裁かれ、財産没収ののち田舎で奉仕活動になるだろう。
これでもう、あの店でリタが悲しむことはない。来週連れて行ったら、彼女は笑ってくれるだろうか? エルはリタの控えめで優しい笑顔を思い出し、目を細めた。
しかし、エルはそれをかき消すように首を横に振る。
エルには目的がある。家族のために、自分の感情は後回しにすると決めていたのに。
もうずっと、リタの笑顔や泣き顔、凛とした立ち姿が頭から離れなくなっていた。彼女と結ばれるなど、どう考えたって無理なのにだ。
「僕は一体、何がしたいんだ……」
大きなため息をついて、エルは水の隣に置いていた葡萄酒をグラスに注いで一気に飲み干した。
>>次話へ続く
「おおおお、お許しを……。どうか、どうか……」
床に額を擦りつけながら、男は何度も謝り続けた。エルはそれを冷ややかに見下ろす。
「お前のことは調べさせてもらった。マルコ、父が所有しているこの土地や建物を店主のポールに分割払いで販売する契約をしているな。そして、支払いが終わるまではと言ってオーナーとして店の経営に口出しをしている……」
「そ、それは……」
「ポール、店の帳簿を出しなさい。一年でいい」
「はい!」
エルの指示に、ポールは急いで奥の部屋から帳簿を出して戻ってきた。それに目を通している間、オーナーのマルコは顔を歪めエルを見上げていた。
「マルコ」
「ははあ!」
「利息がおかしい。彼は毎月二十万エールの返済をしているのに、そのうちの元金はたったの十万エールだ。ジュエリトスでは利息の上限は一割だぞ。どういうことだ?」
「それは……」
エルを見上げていたマルコは都合が悪くなり困ったのか、言い淀んで再び顔を床に向けた。
「お前のことは然るべきところに引き渡し、この件を裁いてもらうことにしよう。それから、回収しすぎた分は返済の元金に回す」
「ううっ……」
「さらに、この店と土地は私が買い取る。すぐにこの契約書にサインしろ」
「ははーっ!」
エルの向かいに座っていた同行者が契約書を出した。そしてマルコにサインをさせる。
「権利書は後日回収する。次にポール!」
「はい」
一部始終を見ていたポールが急に自分の名を呼ばれ驚き、背筋をピンと伸ばした。
「君はこちらの契約書にサインしなさい」
「……これは!」
契約書を読んでいたポールが目を見開き、エルを見つめる。それに笑顔で答えた。
「分割契約はそのまま、今度は適正価格で君にこの土地と建物を売ろう。完済後は君がオーナーだ。それまでは僕の名前を貸そう。経営に口出しはしないから安心するといい」
「あ、ありがとうございます!」
ポールが涙を流しながらエルに礼を言って、震える手で契約書にサインをした。エルは契約書と、逃げないように縛って拘束したマルコ、同行者を連れ店を出る。
そして、手厚く見送るポールの目を見てこう言い渡した。
「君が信念を持って店を経営しているのは知っている。どんな客にもしっかりサービスしていることも。どうかこれからも、人種や出身に関わらず分け隔てなく素晴らしい料理とサービスを提供するように」
「はい! ありがとうございます!」
エルは馬車に乗り、店を去った。
その後はマルコを騎士団に引き渡し、自宅に戻った。
そして夜。寝支度を済ませたエルは自室のソファに腰掛けていた。
グラスに水を注ぎ、一口飲んで背中をソファの背もたれに沈める。
「今日は疲れたな……」
だが、有意義な一日だったと、エルは心の中でつぶやいた。きっとマルコはしっかりと裁かれ、財産没収ののち田舎で奉仕活動になるだろう。
これでもう、あの店でリタが悲しむことはない。来週連れて行ったら、彼女は笑ってくれるだろうか? エルはリタの控えめで優しい笑顔を思い出し、目を細めた。
しかし、エルはそれをかき消すように首を横に振る。
エルには目的がある。家族のために、自分の感情は後回しにすると決めていたのに。
もうずっと、リタの笑顔や泣き顔、凛とした立ち姿が頭から離れなくなっていた。彼女と結ばれるなど、どう考えたって無理なのにだ。
「僕は一体、何がしたいんだ……」
大きなため息をついて、エルは水の隣に置いていた葡萄酒をグラスに注いで一気に飲み干した。
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