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第1話 青山美蘭は自習室へ
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呼吸を整え駆け出すと、成長期でまだ未熟ながらも鍛えられた筋肉が躍動する。
体重を預け、しなるポール。反動で空に近づく感覚。バーを越えるとき、ふわりと遠くなる地上。
美蘭はまるで空と同化するようなこの感覚が好きだった。
そして、マットに降り重力を感じ、地上へ戻ったことを意識する。
「美蘭!」
「大丈夫か! 美蘭!」
——いつもと違うのは、重力を感じる瞬間、足に激痛が走ったこと。
美蘭が父の転勤で引っ越す直前のことだった。小学校から通っていた陸上クラブ。友人やコーチとも、他県への引っ越しのため今日でお別れだった。送別会は中止。美蘭は苦痛に顔を歪めながら、友人やコーチの心配そうな顔と声を心に刻んだ。
◇◆◇◆
「青山さん、まずは自習室で勉強するところから始めましょう。私のカウンセリングは週に一度、それ以外はクラスに出席するか、この隣の自習室に出席してください」
「あ、はい。ちなみに親には……」
「相談の内容については犯罪や命に関わるものでなければ保護者の方にも言いません。学校も出席扱いになりますし、テストも受けることができます」
「そうですか。わかりました」
「体調が悪くなったら、自習室の隣の保健室を使ってください」
「はい。ありがとうございました」
美蘭は席を立ち鞄を持ち、椅子を押し戻してからカウンセラーの斉藤に会釈をして教室を出た。高校に入学して一ヶ月、登校したのは今日を含め一週間だった。春休み中に中学から続けていた棒高跳びで事故に遭い、骨折をして入学式に間に合わず、美蘭の初登校は入学式から二週間後だった。
「……こんにちは」
「…………」
「…………」
美蘭が自習室に入ると、そこにはすでに二名の男子生徒が自習をしていた。挨拶をしたがふたりはちらりと視線だけ声のする方を見上げ、誰もいなかったかのように黙って視線を戻した。彼らはおそらく上級生で、自習室での過ごし方も小慣れている。教科書とノートを開き、スマホゲームに勤しんでいるのだ。美蘭自身も干渉されないのはありがたいので、彼らと少し離れた席に座り、教科書とノートを開き、自習をして放課後までの時間を潰した。
「ただいま」
「おかえり、美蘭。学校どうだった?」
「別に。特にこれといったこともなくだね」
「クラスの子とは?」
「ま、あいさつ程度かな」
「そう……。早く仲良くなれると良いわね」
帰宅すると、リビングから母がわざわざ玄関まで出てきて美蘭を迎えた。カウンセラーは宣言通り親に自習室登校については話していないようだ。美蘭はその事にホッと胸を撫で下ろしつつ、嘘をついた罪悪感で胸を針でちくちくと刺されるような痛みを覚えた。これ以上は耐えられないので「着替えをするね」と言って自室に戻った。
「ふう……。疲れた」
美蘭は着替えをしてベッドに転がり、大きなため息をつく。久しぶりに学校へ行くのは疲れた。それでも教室へ行かなくてすんだのは正直助かった。
入学式から遅れて登校した日、周りはすでにグループができており、自分が完全に出遅れたことを悟った。教室に入るや否や「え? 誰?」や「あ、事故で休んでた人じゃない?」や「あれ、留年だっけ?」などと周りがざわついていたのも、まるで自分が見せもののようで不快だった。
その後、何人かの同級生が声をかけてきたが、噂話をする人間相手に好意的な対応はできず、数日で美蘭は教室の中で透明な存在になっていた。体育の授業は足の怪我を理由に見学していた。しかし、他の授業でグループを作らないといけない場面があり、それに耐えられなかった美蘭は体調不良を理由に保健室でその時間をやり過ごしていたのだ。
「青山さん、グループ授業は辛い?」
「…………」
三度目に保健室へ行った日、養護教諭の井上は彼女なりの経験で美蘭の仮病を見破った。きっと初めからわかっていたのだろう。癖になる前に諭そうとしていることが容易に想像できる。
「保健室で過ごすのも構わないけど、持病があるわけじゃないのに突発的に来ると授業に参加した事にならないの。成績に影響するわよ。続くと親御さんにも連絡する事になるの」
「それは困ります!」
美蘭は少し食い気味に、井上が話し終える言葉尻に自分の言葉をかぶせる。親にだけは知らせてほしくない。美蘭の両親は引っ越しで動揺した娘が事故に遭い、入学式にも間に合わなかったと責任を感じていたのだ。だから学校を休むわけにはいかないし、クラスに馴染めていないことも秘密にしなくてはならなかった。
「そう。だったらカウンセリングを受けてみない? 隣の隣がカウンセリング室でスクールカウンセラーが常駐しているの。明日から連休だから、明けてから」
こうして井上にすすめられ、美蘭はゴールデンウィーク明けの今日、初めてのカウンセリングを受けた。何か励まされて教室に行くよう勧められるのかと若干気が重かったが、特にそんなことはなく、カウンセラーと淡々と話をしてから自習室で過ごし、平和に一日を終えられた。これなら明日以降も平気だ。
体重を預け、しなるポール。反動で空に近づく感覚。バーを越えるとき、ふわりと遠くなる地上。
美蘭はまるで空と同化するようなこの感覚が好きだった。
そして、マットに降り重力を感じ、地上へ戻ったことを意識する。
「美蘭!」
「大丈夫か! 美蘭!」
——いつもと違うのは、重力を感じる瞬間、足に激痛が走ったこと。
美蘭が父の転勤で引っ越す直前のことだった。小学校から通っていた陸上クラブ。友人やコーチとも、他県への引っ越しのため今日でお別れだった。送別会は中止。美蘭は苦痛に顔を歪めながら、友人やコーチの心配そうな顔と声を心に刻んだ。
◇◆◇◆
「青山さん、まずは自習室で勉強するところから始めましょう。私のカウンセリングは週に一度、それ以外はクラスに出席するか、この隣の自習室に出席してください」
「あ、はい。ちなみに親には……」
「相談の内容については犯罪や命に関わるものでなければ保護者の方にも言いません。学校も出席扱いになりますし、テストも受けることができます」
「そうですか。わかりました」
「体調が悪くなったら、自習室の隣の保健室を使ってください」
「はい。ありがとうございました」
美蘭は席を立ち鞄を持ち、椅子を押し戻してからカウンセラーの斉藤に会釈をして教室を出た。高校に入学して一ヶ月、登校したのは今日を含め一週間だった。春休み中に中学から続けていた棒高跳びで事故に遭い、骨折をして入学式に間に合わず、美蘭の初登校は入学式から二週間後だった。
「……こんにちは」
「…………」
「…………」
美蘭が自習室に入ると、そこにはすでに二名の男子生徒が自習をしていた。挨拶をしたがふたりはちらりと視線だけ声のする方を見上げ、誰もいなかったかのように黙って視線を戻した。彼らはおそらく上級生で、自習室での過ごし方も小慣れている。教科書とノートを開き、スマホゲームに勤しんでいるのだ。美蘭自身も干渉されないのはありがたいので、彼らと少し離れた席に座り、教科書とノートを開き、自習をして放課後までの時間を潰した。
「ただいま」
「おかえり、美蘭。学校どうだった?」
「別に。特にこれといったこともなくだね」
「クラスの子とは?」
「ま、あいさつ程度かな」
「そう……。早く仲良くなれると良いわね」
帰宅すると、リビングから母がわざわざ玄関まで出てきて美蘭を迎えた。カウンセラーは宣言通り親に自習室登校については話していないようだ。美蘭はその事にホッと胸を撫で下ろしつつ、嘘をついた罪悪感で胸を針でちくちくと刺されるような痛みを覚えた。これ以上は耐えられないので「着替えをするね」と言って自室に戻った。
「ふう……。疲れた」
美蘭は着替えをしてベッドに転がり、大きなため息をつく。久しぶりに学校へ行くのは疲れた。それでも教室へ行かなくてすんだのは正直助かった。
入学式から遅れて登校した日、周りはすでにグループができており、自分が完全に出遅れたことを悟った。教室に入るや否や「え? 誰?」や「あ、事故で休んでた人じゃない?」や「あれ、留年だっけ?」などと周りがざわついていたのも、まるで自分が見せもののようで不快だった。
その後、何人かの同級生が声をかけてきたが、噂話をする人間相手に好意的な対応はできず、数日で美蘭は教室の中で透明な存在になっていた。体育の授業は足の怪我を理由に見学していた。しかし、他の授業でグループを作らないといけない場面があり、それに耐えられなかった美蘭は体調不良を理由に保健室でその時間をやり過ごしていたのだ。
「青山さん、グループ授業は辛い?」
「…………」
三度目に保健室へ行った日、養護教諭の井上は彼女なりの経験で美蘭の仮病を見破った。きっと初めからわかっていたのだろう。癖になる前に諭そうとしていることが容易に想像できる。
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