青が溢れる

松浦どれみ

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第2話 青柳空との遭遇

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「青山さん、これ、担任の先生から預かっているプリントです。これから他の生徒のカウンセリングの時間なので、こっちを同じクラスの青柳あおやぎくんに渡しておいてくれませんか? 彼は保健室にいるので、直接渡すのが難しかったら井上先生経由でも構わないのでお願いします」
「あ、はい。わかりました」

 翌日、美蘭が自習室へ登校すると、カウンセラーの斉藤が書類を入れるサイズの大きな封筒を二つ差し出した。一つには青山さん、もう一つには青柳くんと書いてある。受け取った美蘭はそのまま自習室を出て隣の保健室を訪ねた。

「失礼します。あれ? 井上先生……」

 保健室に入ると、養護教諭の井上は不在だった。室内のダイニングテーブルほどの大きさの机では生徒が一人着席している。そして、室内を見渡し井上を探す美蘭に「井上先生なら、職員室に行ってますよ」と声をかけた。
 肌は白く髪の毛は茶色。全体的に色素が薄く華奢で、いかにも病弱そうだ。窓から差す陽の光で髪は透き通り、肌は輝き、まるで光の屈折が見せる幻のような姿だった。くっきりとした二重に鼻筋が通っていて、さらに唇は薄いピンク色で艶やかだ。声は男子にしては高く女子にしては低く、彼なのか彼女なのかは、美蘭にはわからない。

「そうですか……」
「それ、先生に渡したいんですか? すぐ戻ると思いますよ」
「いや、これは青柳くんって生徒に渡すよう頼まれて……」

「え? 僕?」と言って席を立った彼は、数歩進んで美蘭の前に立つ。確かに男子の制服を着ている。
 間近で見ると体の線も細いせいか、去年の身体測定で身長一七〇センチを超えていた美蘭よりずいぶん小さく見えた。顔立ちも相まってか、制服でなければとても高校生には見えない。

「え? あなたが……青柳くん?」
「はい。あなたは……?」
「ええと、同じクラスの青山です」
「青山美蘭ちゃん?」

 率直に驚いた。今日初めて名前を聞いた相手が自分の名前を知っている。教室では空気のはずの美蘭は、彼が自分の名をフルネームで覚えていることに目を見開き、驚きの表情でその場から一歩後ずさった。

「え? あ、そうです……」
「あ、いや、急にすみません! 一応クラス名簿は貰ってるし、出席順で僕の次だから覚えてて」

 美蘭の驚愕の顔に原因を察した彼は、慌てた様子で両手を胸の前に出し左右に振って早口で説明した。それに対し「はあ……」とぎこちない表情で軽く頷くと、彼は美蘭を見上げにこりと満面の笑みを向ける。

「僕は青柳空あおやぎ そら。よろしく!」
「……よろしくお願いします。これ、渡していきますね」

 美蘭は男性どころか女性のアイドルも顔負けの愛らしい空の笑顔に見惚れ、一瞬言葉を失った。そのことを気取られまいと「それじゃ」と言って彼に封筒を押し付けるように手渡し、急いで保健室を出て自習室へ戻った。

 昼休みになり美蘭が教科書やノートを鞄にしまっていると、自習室のドアが三分の一ほど開いた。開いたスペースから、先ほど保健室にいた空が教室内を覗いていて、美蘭と目が合った途端、嬉しそうに笑って手を振った。

「青山さん!」

 空が教室に入り、美蘭の席の前に立つ。久しぶりに他人と距離が近いことに戸惑いつつ、美蘭は恐る恐る「はい……」と返事を返した。

「お昼、お弁当?」
「お弁当だけど……」
「じゃあそれ持って隣に来て! 一緒に食べよう!」
「え!」

 律儀に弁当の入った袋を机の上に出すと、空は美蘭の制服の袖を掴み、軽く引っ張った。その距離感に困惑した美蘭が軽く抵抗し腕に力を入れると、彼は眉を下げ唇を結び上目遣いで覗き込んできた。

「嫌かなあ……?」
「嫌じゃ……ないです」

 小学校の頃からアイドル好きで、部屋にはお気に入りのグループのポスターも貼っている美蘭に、可愛らしい空を拒否することなんてできなかった。

 空の表情が一気に明るくなり「やった! 早く早く」と、席を立つよう美蘭を引っ張って急かす。美蘭は大きく息を吐き、彼に続いて自習室を出た。

 美蘭は空と保健室の机で向かい合って座った。彼が菓子パンとペットボトルのコーヒーを出した。意外にもコーヒーはブラックだ。美蘭は母が用意してくれた弁当を広げると、空が目を輝かせ覗き込んできた。

「うわあ! 青山さんのお弁当美味しそう!」
「そうですか?」

 空の発表会の演劇のようなリアクションに圧倒されて、美蘭が顎を引く。次に彼は美蘭の口から飛び出したよそよそしい言葉に口を尖らせた。

「ていうか同じ一年なんだから敬語やめようよ」
「あ、はい。いや……うん」
「よし! ねえ、それはお母さんが作ってくれるの? その玉子焼きとかすっごく美味しそう!」
「アレルギーとかないなら、食べる?」

 美蘭は玉子焼きに釘付けになっている空の前に、弁当箱を差し出した。彼は「え! いいの?」と言ってご褒美を待ちお座りをする犬のような目をした。しかし、自分の視線がずいぶん物欲しそうだったことを自覚した様子で、頬を赤らめはにかんだ。

 美蘭がさらに弁当箱を空の方へに押し出し「うん。どうぞ」と言うと、彼は卵焼きを手に取り、口へ運んだ。小動物のように頬を膨らませ、もぐもぐと口を動かし玉子焼きを飲み込む。そして、空が口角を上げ、一瞬目を閉じてから幸せそうな表情で微笑んだ。

「んん! 美味しい!」
「よかった」

 空の笑顔につられ、美蘭も自然に笑顔を溢した。学校で笑うなんて入学以来初めてのことだった。

◇◆◇◆

「ただいま」
「おかえり美蘭! 今日は学校どうだった?」

 美蘭が帰宅すると、今日も母が心配そうにリビングから出てきて弁当箱を受け取る。彼女はここでまず受け取った荷物が軽いことに安堵しているようだった。美蘭はさらに母を安心させるべく、空の話をする。

「ああ、クラスの子とお弁当食べた。お母さんの玉子焼きあげたら美味しいって」
「そう! じゃあ明日も気合い入れて作らないと!」

 母は心底嬉しそうに微笑んだ。目が若干潤んでいる。彼女が引っ越しで慣れない土地へ移り住み、事故で新学期のスタートもずれ込んでしまった事を心配されているのは美蘭にも痛いほどよくわかっていた。
 美蘭は母に「ありがとう」と呟いて、自分の部屋へ向かった。着替えてベッドに転がり、今日を振り返る。いろいろ問題はあるが、母に面と向かって嘘をつかなくて済んだことは美蘭の心を軽くした。
 今日出会った小さなクラスメイトに感謝して、美蘭は明日の登校が少しだけ楽しみになった。
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