青が溢れる

松浦どれみ

文字の大きさ
6 / 13

第6話 初めての教室

しおりを挟む
 夏休みが明け二学期初日、美蘭はついにこの日が来たかと重たい足取りで学校へ向かった。電車で三駅、降りてからは徒歩十五分。今日はいつもよりゆっくり歩いたはずなのに、いつもより早く学校が見えてきた気がした。
 
「おはよう! 美蘭」
「おはよう、空」

 校門の前では待ち合わせしていた空が先に到着しており、美蘭を見つけるとにこやかな表情で手を振っていた。彼に駆け寄り、軽く手を上げて挨拶する。そして、並んで校舎へと歩きだした。

「僕、昨日ドキドキして寝るの遅くなっちゃった」
「わかる。私も」

 玄関で上履きに履き替えながら話す空は、保健室にいる時と変わらない調子でその声色は明るかった。美蘭は先ほどからすれ違う生徒たちの、チラチラと自分達を向く視線が気がかりで会話に集中できない。

「僕、緊張してきた」
「…………」

 一歩一歩、教室に近づくにつれ美蘭は顔や体が固まってくるような感覚になりる。このまま立ち止まって、回れ右をして自習室へ向かいたい気持ちが込み上げてきた。美蘭からは身長差で表情までは見えないが、空も少し歩き方がぎこちない気がした。

 そして、二人は教室の前に辿り着いた。
 美蘭は緊張で指先が冷えてきているのを感じた。初めての大会でもこんなことはなかった。

「行こう!」

 美蘭の冷たかった指先が右手だけ温まる。視線を向けると、空がぎゅっと美蘭の手を握り、顔を見上げ小さく頷いた。
 
「おはよう」

 ドアを開け、二人は手を繋いだまま教室に入った。空が挨拶するとクラスメイトの視線が一気に集中する。席替えをしたようで元の席には違う生徒が座っていた。空は近くの男子生徒に声をかけた。

「あの、青柳と青山なんだけど、席どこかわかるかな?」
「ああ、この列と隣の列の一番後ろだよ」
「ありがとう! ええと……」

 席を教えてくれた男子生徒は、少し困った顔をした空に「俺は松本《まつもと》」と自己紹介した。

「僕は青柳空、こっちは青山美蘭。よろしくね、松本くん!」

 空が可愛らしい笑顔で松本に自己紹介を返した。緊張して言葉が出ない美蘭は松本に軽く会釈をするにとどまった。松本は「お、おう……」と空の笑顔に頬を赤らめて軽く頷いていた。

「ええと、どっちが僕でどっちが美蘭だろう?」

 廊下側とその隣の列の一番後ろの席にたどり着き、空が空いた二つの席を見比べていると、今度は一つ前の座っていた女子生徒が返事をした。

「あ、青柳くんこっちだよ。青山さんがそっち。ちなみに私は坂井《さかい》、よろしくね!」

 坂井は二人の席を指差してから笑顔で挨拶をした。小柄で髪の毛はふんわりとしたボブカット。目がぱっちりとした少し幼さの残る彼女を見て、美蘭は明るそうな子だなと思っていた。

「ありがとう、坂井さん。よろしくね!」

 空が礼を言って、美蘭は坂井に軽く頭を下げた。二人は自分の席に着席し鞄を机の横に掛けた。

「美蘭、いい人たちでよかったね」

 空が嬉しそうに美蘭に笑いかける。美蘭はぎこちない笑顔で「うん……そうだね」と返事をした。

 この日は始業式とホームルームだけで終わった。ホームルームの時間は、担任の計らいで改めて自己紹介の時間となった。クラスに歓迎されている空を見て嬉しい反面寂しい気持ちにもなり、美蘭は子供じみた自分のことが恥ずかしくなった。

「ただいま」
「おかえり、美蘭。新学期どうだった?」
「席替えした。空の隣だったよ」
「あら、よかったじゃない! けどいいかげん他の友達も作るのよ」
「うん」

 帰宅し、母と軽く会話をしてから自室へ戻る。
 着替えをしてベッドにうつ伏せに転がると、美蘭は大きく息を吐いた。午前中だけだというのに、久しぶりの教室に疲れ果てていた。それでも教室に行くことができたのはよかった。空がいなければ今日も自習室登校だったかもしれない。

 空は数日でクラスの中に溶け込むだろう。自分はそのときどうなっているのか、また教室内で空気になるのかと不安な気持ちが湧いてくる。
 美蘭は空に今日のお礼だけでも伝えようと、スマートフォンを手に取ってメッセージアプリを開いた。

「わっ!」

 アプリを開いた途端、空からの連絡があり美蘭は驚いてスマートフォンから手を離す。慌てて拾いメッセージに目を通し返信した。

『美蘭、今日はありがとう!』
『ううん。こっちこそありがとう』
『美蘭が隣の席でよかった』
『そうだね。本当によかった』
『美蘭は僕の隣だと嬉しい?』

 空のメッセージに質問の意図がわからなかったが、美蘭は教室での様子を想像してみた。右隣を見ると、きっと空は笑顔で自分を見ている。たまに小声で話をしたり、お昼も一緒に玉子焼きを食べるはず。居心地の悪かったはずの教室が、きっと昼休みの保健室のように優しい場所になると思うと、心が奥が温まり、先ほどまでの不安な気落ちは吹き飛んだ。

『うん。嬉しいよ』
『よかった! 明日も一緒に教室に行こうね!』

 空からの返信を見た美蘭は、嬉しそうに笑う彼を想像しながらスマートフォンに優しく微笑み掛けた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

処理中です...