青が溢れる

松浦どれみ

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第7話 初めての移動教室

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「おはよう、美蘭!」
「おはよう、空」

 二学期二日目、今日も美蘭は空と校門で待ち合わせ教室へ向かった。
 今日は初めて生物の授業で教室を移動し、グループで実験をする日だった。少し緊張するが、出席番号順にグループを組むので出席番号一番と二番の二人が引き離されることはない。美蘭は自分が青山でよかったと初めて思った。

「美蘭! あれ、これどうしたらいいの?」
「ちょっと待って空、まずはここを……」

 生物の授業では四人ごとに一つの机を囲み、顕微鏡を二台当てがわれた。隣同士に座った美蘭と空はお互いに中学校以来初めて触る顕微鏡に悪戦苦闘していた。

「こっちに回してピント合わせてみて」
「あ、ありがとう……」

 向かいに座っている男子生徒が手元の顕微鏡で操作して見せて、美蘭に使い方を説明する。急に声をかけられて驚いきつつ礼を言うが、名前が出てこない。美蘭が困惑の表情を浮かべると、察した彼は自分と隣にいる女子生徒を指差して紹介した。

「ああ、俺は五十嵐いがらし。こっちは梅田うめだ

 五十嵐は美蘭よりも長身で、少し長めの髪の毛にパーマがかかっていた。話し方は空とは違い若干語尾が雑で、美蘭は東京の中学時代のクラスメイトや自分の弟などの、いかにも男子といった印象を受けた。こうして声をかけてくれるのだから優しい人なのだろう。隣にいる梅田は美蘭とほぼ変わらない身長の女子生徒で、控えめに口角を上げて会釈していた。

「青山です。こっちは青柳くん」

 美蘭は頭を下げてから自分と空を紹介する。昨日は空が紹介してくれたので、同じようにやってみたつもりだ。けれど空のように満面の笑みでとはいかなかった。

「知ってる。まあ、緊張するよな」
「うん。ごめんね」
「別に怒ってないからな」

 美蘭が申し訳なさそうに眉を下げていると、五十嵐は「何かあったら俺らにも声かけて」と言って目を細めた。安心し礼を言おうと美蘭が口を開いた瞬間、空が机に手をついて身を乗り出し、向かいにいる五十嵐を見上げた。

「ありがとう、五十嵐くん! 梅田さんもよろしくね!」

 美蘭はこれでグループ授業も心配ないなと、笑顔で見つめ合う空と五十嵐を眺めながら胸を撫で下ろした。

 翌日、今度は二学期初の体育の授業があった。隣のクラスと合同で男女に分かれる。美蘭は気が進まなかったが、空に誘われ保健室ではなく授業を見学することにした。
 美蘭が周りを見渡すと、どうやら自分達以外に見学者がいないらしく、遠くの方にいる男子の集団から少し離れたところに空がぽつんと一人で立っていた。

「今日の見学、男子は青柳くんだけで女子は青山さんだけなの。二人で組んでストレッチしててね」
「はい」

 女子体育の教科担任の指示に従い美蘭が空の方へ向かおうとする。しかし、空がすでにすぐそばまでやってきて「美蘭!」と大きく手を振っていた。
 笑顔でやってきた空は小走りで五十メートルほど移動しただけだったが、若干呼吸が浅くなっている。本当に体力がないのだと、美蘭は心配でわずかに目尻を下げた。

「空、こっち来てくれたんだ」
「うん! その方が安全だからね!」

 美蘭が男子の方をもう一度見ると、彼らは準備体操を終えてサッカーボールを準備していた。

「ああ、男子はサッカーなんだ。ボール飛んでくるかもしれないもんね」
「ちょっと違うけど」

 美蘭は空の言わんとしていることがわからず首を傾げた。しかし、空がすぐに違う話題を振ってきたので、気にせず話しながらストレッチをして体育の時間を過ごした。

 体育の授業が終わり、空と美蘭は着替えて教室へ戻る。次の授業まであと五分休み時間が残っていた。教室に入る直前、入り口近くの席から男子数名の話し声が耳に入った。

「そういえばさっきの体育見た?」
「え? 何を?」
「青山と青柳」

 話している男子が互いに話題の内容を理解した様子でニヤニヤと笑っていた。中学の頃はさらに髪も短かったので、この手の話題はたまにあった。美蘭には慣れっこなのであまり気にしていない。というか大体は自分と関わりが薄い人間にしか言われないので興味がなかった。

「ああ、見た見た。男女完全に逆転してたよな」
「そういうのやめなよ」

 近くにいる女子が顔を顰めて咎めるが、男子は話をやめない。

「でもさあ、青柳かわいすぎて青山かわいそうだったわ」

「ひどいよ!」

 引き続き無神経なことを言う男子に、空が大きな声で反論した。肩が若干震えている。

「空、いいから」

 一旦その場を離れようと、空の肩を叩いてから美蘭が後ろに下がると、壁のようなものに背中がぶつかる。振り返ると背後には五十嵐が立っていた。彼は一歩前に出て美蘭に並ぶ。

「じゃあ俺と並んだら? しっくり来ない?」
「五十嵐くん?」
「青山がそう見えるのって、ただの身長差だろ」

 五十嵐は美蘭に体を寄せ、ポーズをとってみせた。それを見た男子たちは圧倒された様子で口を半開きにして黙り、その場にいた女子が「確かに、なんか二人並ぶとブランド物のポスターみたい」と言って目を輝かせていた。

「だろ? なあ東京だと青山くらい身長高い女子多いの?」
「あ、うん。陸上クラブには結構いたよ」

 美蘭が五十嵐の問いに答えると、彼は「俺大学は絶対東京行くね」とさらに目を細めた。続けて男子たちに睨みを効かせる。

「ほら、お前ら、ちゃんと謝れよ」
「すいませんでした……」

 男子たちは美蘭と空に向かって頭を下げた。彼らから悪意は感じられない。美蘭は首を軽く振って「気にしないから」と彼らの謝罪を受けとめた。

「本当ごめんな。コイツらモテない田舎者だからデリカシー無いんだ」
「「五十嵐! 本当の事だけどひどいぞ」」

 五十嵐が男子をからかうと、彼らは間髪を入れず声を揃えた。その姿はベタなコントのようで、美蘭を含め周りの生徒たちの間で笑い声が響いた。

 始業のベルが鳴り授業が開始する時、空が美蘭に向かって「美蘭、ごめんね」と囁いた。
 
「え? なんで空が謝るの?」

 美蘭は首を傾げ小さな声で返事をする。空に謝られるような覚えはなかった。

「僕のせいで嫌な気持ちにさせちゃった」
「空のせいじゃないよ。中学の時もたまに言われることあったから慣れてるんだけど、久しぶりすぎて固まっちゃった」

 眉と口角を下げ眉を寄せている空を見て、美蘭は彼が気を落とさないように、おどけるような態度で肩をすくめた。

「でも……」
「それに、最初に言い返してくれたじゃん。嬉しかったよ。ありがとね、空」

 美蘭が笑いかけると、いつもは大袈裟なくらいにっこりと笑い返すはずの空は控えめに口角だけをあげた。それはなんだか寂しそうな笑顔に見えた。


「ただいま」
「おかえり、美蘭!」

 帰宅すると、いつものように母が美蘭に学校の様子を聞いてくる。
 空以外のクラスメイトの名前を出すと彼女は嬉しそうに話を聞いていた。そんな彼女を尻目に、美蘭は足早に自室に戻り、着替えてベッドに転がった。

「空……」

 美蘭は昼間の空の陰りのある表情が気になって仕方がなかった。
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