青が溢れる

松浦どれみ

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最終話 そして恋になる

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「美蘭とがよかった」
「まあまあ、しょうがないよ。がんばって、空」

 十一月。学校祭当日。
 結局ステージ映え重視ということで美蘭は五十嵐、空は坂井と組むことに決まった。
 不服そうな空を見て、嬉しい気持ちと坂井に聞こえたら申し訳ないという気持ちに苛まれ、美蘭は複雑な心境だった。
 初日を舞台袖で小道具係や衣装係の手伝いをしながら、美蘭は舞台に立つ空のことを眺めていた。アイドルグループの一人のような煌びやかな衣装。こうして見ると、初めて会った頃のような儚さが薄らいで、彼は「美少女のような男の子」から「美少年」に成長していた。
 並んで舞台に立っている坂井を見て、美蘭は初めて自分がもっと小柄だったら良かったと彼女を羨ましく思った。

「空、大丈夫?」
「うん……。明日は必ず行くから」

 舞台終了後、美蘭が風邪気味で早退するという空を校門まで見送った。ここ数日の練習で疲れたのか微熱が出てしまった彼は、迎えにきた兄の車に乗り込んで、窓から手を振り続けていた。
 空を見送った美蘭は、紗夜や坂井と校内の出し物を見回って楽しく過ごしたが、この場に空がいないことを寂しく思った。

「おはよう、空」
「おはよう、美蘭。待たせてごめんね」

 翌日、美蘭は母に頼み込み、車で学校まで送ってもらい校門の前で空を待っていた。彼は「念の為」と言ってマスク姿で登校し、初めて先に待っている美蘭の元へ早足にやって来た。

「今日、楽しみにしているね。元気だったら僕がもう一回王子様したかったけど」
「ありがとう。無理しないでねって言ったけど、空に会いたかったから」

 美蘭は照れ隠しで勢いよく「行こう!」と言って校舎へ歩き出した。今はこれが精一杯の表現。もし劇がうまくいったら、もっと積極的になりたいと意気込んだ。

 教室に入ってから美蘭は五十嵐や他のキャストとセリフ合わせをして過ごした。胸のところがソワソワして、徐々に緊張が高まってくるのを感じる。
 ふと窓際にいる空に視線を移すと、彼は昨日の美蘭のように小道具係や衣装係の手伝いをしていた。
 いつものように元気一杯という様子ではなかったが、顔色も良く無理はしていなさそうだと美蘭はほっと胸を撫で下ろす。そして、出番が近づいてきたので着替えてステージのある体育館へ向かった。

「あ、美蘭。髪飾りは?」

 美蘭が紗夜に指摘され後頭部を触ると、用意してもらっていた髪飾りがついていなかった。着替えの前に教室の机の上に置いた記憶が蘇る。
 
「教室かも……時間大丈夫だよね? 取ってくるね!」

 美蘭はドレス姿で小走りをして教室へ向かった。
 教室付近でスピードを落として歩き、教室前の中庭側の窓に視線を移すと、教室内の様子がうっすらと映し出されていた。誰もいないはずの教室には制服姿の生徒の影が二人。向かい合っているようで、よく見ると片方は空だった。

(空と……坂井ちゃん?)

 美蘭は入り口付近の廊下に背を向けて張り付き、視線は二人が映る廊下の窓へ向ける。入り口にはみ出さないよう、ボリュームのあるドレスの裾を足に巻き付けるように手で押さえ、さらに耳は教室内に集中させた。

「……でね、空くん、気づいてるかもしれないけど、私空くんのことが好き」
「酒井ちゃん」

 ——恐れていた日が、来てしまった。
 美蘭は思わずドレスを押さえていた手を離してしまい、広がる裾の化学繊維が擦れる音が響く。同時に、教室内の二人が音の聞こえた方に振り向いた。

「美蘭?」

 名前を呼ばれた美蘭は入り口の前に一歩踏み出し姿を見せる。顔は熱く、なのに手足の先から冷えていくような感覚。見つかった恥ずかしさや水を差してしまった申し訳なさ、空を失う不安感で今にも泣き出しそうな顔をしているのを隠せない。

「私、髪飾りを取りに……ごめん!」

 自分の元へ歩み寄る空にこれ以上醜態を晒したくなかった美蘭は、一歩後ずさってから走り出した。ドレスの裾が邪魔でうまく足が上がらない。スカートを捲り上げスピードを上げた。

「美蘭! 待って!」

 背後から空の声が聞こえた。追って来ているようだったが、美蘭のスピードには敵わなかったようだ。声は遠くなりすぐに聞こえなくなった。

 美蘭が階段に差し掛かりスピードを落とすと、後方から「大丈夫?」という誰かの大きな声が聞こえた。
 振り向くと、少し離れたところで、空がうずくまっていた。
 発作かもしれない。美蘭は自分の全身から血の気が引きそうになるが、すぐに気持ちを切り替え彼に駆け寄った。

「空! 空!」

 うずくまった空は苦しそうに咳き込んでいた。苦痛に歪む目元には涙が滲み、酸素を求めているであろう口元はパクパクと開きながら涎が垂れている。
 美蘭は彼の制服のポケットを探るが、吸入器が入っていない。教室に置いてきたのだろうかと思ったが、確実ではないため、美蘭は空を抱きかかえ、確実に吸入器がある場所を目指し全力で走った。

「井上先生! 空が!」

 美蘭が保健室に駆け込むと、養護教諭の井上は驚きつつ状況を素早く理解し、空をベッドに寝かせるよう美蘭に指示し、引き出しから吸入器を出して空の口に充てがった。
 空は咳込みながらも、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。美蘭は安堵感から大粒の涙を溢した。

 美蘭が井上に状況を説明しているうちに、空はベッドで眠りについていた。井上が言うには「体調が整っていない時に急に走ったのが原因で少し休めば問題ないはず」とのことだった。それを聞いてほっとした美蘭はまたも涙が溢れ出た。

「美蘭?」

 ベッドに横になる空を、美蘭は手を握り見守っていた。三十分ほど経過して美蘭の手の中で指先が動くのを感じ目を向けると、空がゆっくりと瞼を開いた。

「ごめん空、私……」
「ううん。美蘭、ごめんね」

 目を覚ました空を見て、美蘭はまたも涙腺が全開になり、涙を溢す。鼻を啜る美蘭を見て、空が首を横に振り、優しく微笑んだ。
 美蘭は涙と鼻水に声を詰まらせながら、握りしめた空の手をその存在を確かめるように改めてぎゅっと握り直した。

「空……よかった。私、空がいなくなっちゃうかと思って、こわくて……」
「僕は大丈夫だよ。びっくりさせちゃったね」

 握っていた手を引っ張られ、美蘭の体が空に傾く。すると美蘭の胸元に空の頭がすっぽりと収まり、彼の両腕が美蘭の背中に回った。
 状況把握に美蘭の処理が追いつかないうちに、空の体が離れる。
 
「美蘭、泣かないで。僕はいなくなったりしないから。好きだよ、美蘭」

 涙に濡れる美蘭の目元は、空の手でそっと拭われた。彼はその手で優しく美蘭の頬を包んだ。美蘭はその手の温もりに空からの愛情を感じ、自分の中にも同じ感情があることを確かに感じた。

「私も、空のことが好き」

 美蘭は頬を包む空の手に自分の手を重ね首を傾ける。空が美蘭に微笑みかけてから、そっと唇を重ねた。

◇◆◇◆

『清流館高校宮城、青山美蘭さん』

 美蘭は手を上げ「はい!」と返事をすると呼吸を整え駆け出した。
 鍛えられた筋肉が躍動し、握りしめていたポールに体重を預けるとよくしなり、美蘭を空へと押し返す。バーを越えるとき、ふわりと遠くなる地上。美蘭はやはり空と同化するようなこの感覚が好きだった。
 そして、マットに降り、重力を感じ、地上へ戻ったことを実感した。

「美蘭、お疲れ様」
「ありがとう、空。優勝するとこ見せたかったけど、格好つかなかったな」

 二人が出会って二度目の夏。
 美蘭はリハビリをして春から本格的に競技に復帰し、全国大会出場を果たしていた。残念ながら表彰台は叶わなかったが、清々しい気持ちだった。

「復帰後初めての全国大会でしょ? 四位でもすごいよ。それに……」
「うん」
「美蘭の飛ぶ姿が一番綺麗だった」
「空! 恥ずかしいよ」

 体力づくりを頑張り、気がつけば身長もずいぶん伸びた美蘭の恋人。最近では無邪気な笑顔で大胆な発言をすることが増えたので、その度に美蘭は顔が熱くなった。真剣な悩みだが、周りには惚気として処理されているのが釈然としない。

「誰も聞いてないよ。ねえ美蘭」
「ん?」
「大好きだよ」

 空が少し顔を上げ、耳元で囁きながら美蘭の手に指を絡めた。
 美蘭は顔を真っ赤にしながらも、ぎゅっと握り返してから空を見つめる。 

「私も大好きだよ、空」


>>終わり

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