文学喫茶オムレット

松浦どれみ

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文学喫茶オムレット

第3話

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 翌日、愛理と真白は早速作戦を実行すべく行動を開始した。まずは店長、藤崎の説得からだ。夕方の早い時間、店内に客がいない時間を狙って真白が店に現れる。

「真白、今日シフト休みの日だろ? どうした?」
「ああ、今日は『ハムレット祭り』の件で来ました」
「『ハムレット祭り』? なんだそれ」

 藤崎が首を傾げる。斜めに向いた頭の先には目に見えないはてなマークが浮かんでいるようだ。愛理は急いでアシストで説明する。

「店長! せっかく新メニューを出しますし、イベントにしようかって真白くんと企画したんです」
「イベント?」
「はい。名付けて『ハムレット祭り』です。来週一週間、お店の名前も『ハムレット』に変えて新メニューでジャックするんです」

 愛理はポカンと大きな口を開けている藤崎の前に、クリアファイルを渡した。昨日、真白が作ったもののコピーだ。今回の企画について記載したプリントが入っている。藤崎は口を開けたまま受け取り、読み始める。初めは呆けた顔をしていたが、ある一文を読んだところでその表情は驚きに変わり、プリントから企画者の二人に視線が移った。

「お、おいこれ、看板って?」
「ああ、看板ですね。店の」
「はあ? 看板変えるってやりすぎだろ! いくらかかると思ってんだよ」
「まあまあ店長。一週間だけなので簡単なものを貼るだけです。しかも真白くん、格安で作ってもらうように話もつけてくれてるんですよ」

 藤崎の意見は想定内だった。愛理は眉を下げ困ったような表情で躊躇の言葉を発する彼に、間髪入れずに返事をする。

「いやそれにしてもメニューとかの備品もだろ?」
「はい。それは私と真白くんでやれますし、お金もあまりかかりませんから」
「でも、さすがに……」
「店長! せっかく真白くんがいろいろ用意してくれたんですよ!」

 愛理が両手でカウンターを叩くと、アンティーク調の濃い茶色のカウンターが鈍い音を立てた。藤崎の肩がピクリとわずかに跳ねる。さらに愛理は眉間に皺を寄せ、藤崎を避難するような目で訴えかける。そして「ねえ、真白くん?」と同意を求めると、彼もまた俯き加減で鼻を啜り場の雰囲気を煽った。

「……俺、いつも店長にはお世話になってるから、店長のおじいさんが来るって聞いて、せっかくだからお店を盛り上げたいなって思って……。でも、迷惑だったんですね……」
「いや、真白、俺、そんなつもりは……」
「じゃあどんなつもりなんですか? 私だってお世話になっている店長のお祖父様が来ると聞いて、新メニューまで作ったのに……」
「愛理……」

 申し訳なさそうに眉を下げ困り顔をしている藤崎を見て、愛理はあと一押しであることを確信し、こっそり真白と視線を合わせた。

「いいんです店長。私たちが勝手に、いつもお世話になっている店長に恩返ししようとしただけですから。行こう、真白くん……」

 愛理は真白と共に肩を落としながら藤崎に背を向け、一歩踏み出す。

「ちょ、ちょっと待てよ! わかった、わかったからさあ」

 藤崎が地声より少し高めな、観念したと言わんばかりの息の抜けた声で引き止めた。二人の足はぴたりと止まり、同時に藤崎に背を向けたまま満面の笑みを浮かべた。

 藤崎を半ば強引に泣き落としでねじ伏せた後、二人は速やかに行動を開始した。看板については藤崎に了承をもらう前からすでに頼んでおり、定休日の月曜日には『ハムレット祭り』の準備は全て完了した。その間店もいつも通り営業し、藤崎はたいしたものだと二人を労った。

「いやあ、急拵えなのにここまでできるなんてすごいな! 最初は大袈裟すぎると思ったけど、これならじいちゃんもきっと喜ぶよ。ふたりとも、ありがとうな、俺のために」
「いいえ。店長のバカを治せなかった俺たちの、せめてもの罪滅ぼしです」
「え? バカ?」

 思いがけない真白の言葉に、藤崎は目が点になり口は半開きのバカと形容するにふさわしい表情で返事をした。慌てて愛理は真白の肩をたたいて制止し、取り繕う。

「こら、真白くん!」
「痛っ!」
「感謝されて照れちゃったかな? 真白くん素直じゃないんだから。店長にも喜んでもらえてよかったです。お祖父様が来るのが楽しみですね。明日も張り切って頑張りましょう!」
「お、おう、そうだな! ふたりも、よろしくな!」
「はい!」
「……はい。」

 こうして三人は明日の開店準備をして店を後にした。藤崎は店舗の外にある階段を登って自宅でもある二階へ向かった。愛理は真白と並んで歩いていく。

「もう、真白くん。あんなこと言っちゃダメでしょ。もしバレたらどうするの? 店長打たれ弱いんだから」
「愛理さんは店長に甘すぎです。本当はこんな周りくどい事しないで教えてやったらいいのに。ていうか何で言わないんですか?」
「やっぱり自分で気づくのが一番かなって思ったの。それに最初はそれとなく何回か伝えてみたんだけど……全く気づかなかったんだよね」
「本当、何であの人あんなにバカなんですかね……」
「まあまあ、だから私たちも居心地良く働けるわけじゃない。店長がバカで鈍感でいい人だから」
「そうですけど、アラサーのおっさんですよ?」
「それは言わないの! 私だって店長と二つしか歳変わらないから、おばさんてことになるけど?」

 愛理は眉と目を近づけ、唇をキュッと結び、わざと怒っているような顔をして真白を覗き込んだ。彼は自分が失言したと気づき、訂正のため手と首を小刻みに横に振っている。普段はあまり表情を変えない人間が慌てる姿は、なかなか面白い。

「い、いや愛理さんは大人です。大人のお姉さんです」
「仕方ない、今回は許してあげよう。お風呂掃除は任せるよ、十代で若者の真白くん」
「はい。もちろんです」

 他愛もない話をしながら十五分ほど歩いた二人は、並んだままファミリー向けマンションのエントランスへ吸い込まれていった。
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