攫われ婚は幸せの始まり?〜婚約者に裏切られ踏んだり蹴ったりの貧乏令嬢は、異国の領主様に溺愛されながら才色兼備の領主夫人として生きていきます〜

松浦どれみ

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第一章 攫われハッピーウェディング

第6話 旅立ち

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「エマ、これは私が縫った私のドレスよ。あなたこれを着ていったい誰と結婚するつもりだったの?」

 部屋の入り口に立つ妹を正視し、アリスは手元のドレスを抱く手に力を込めた。

 エマがさすがに相手が姉の婚約者だとは言いにくかったのか「それは……」と呟いてバツが悪そうに視線を逸らした。

「隠さなくていいわ。相手が誰だか知っているから」

 アリスは冷ややかな声で言い放つ。ドレスのことでは怒り心頭したが、元婚約者と妹の裏切りについて考えると心の中が急速に冷めていった。恨み言の一つでも言ってやろうと思ったのに、そんな気も起きなくなっていた。

「エマ! 大丈夫かっ?」
「ハリー!」

 エマが振り向き、後ろに立つ声の主に抱きつく。アリスはその姿を無表情で眺めていた。
 声の主は元婚約者のハリーだ。彼はエマの声を聞いて急いだのか、若干呼吸が乱れている。そして心配そうに眉を下げエマを抱き寄せた後、室内に視線を移し狼狽した。

「アリス、なぜ生きて……?」

 ハリーはアリスと目が合うと、体を強張らせ明らかに動揺していた。表情は凍りつき、思わず口走った言葉。理由もわからず行方不明になった婚約者が二度と戻らないと想定していたような様子に、アリスは疑問を感じた。

 そしてもう一つ気になることが。ハリーがやってきた途端、今まで隣にいたウィリアムがアリスの一歩前に立ったのだ。まるで、何かから守るような行動が不可解だった。

「おやおや、お揃いで。よかった。これで説明の手間が省けました」

 ハリーのさらに背後にファハドが立っていた。彼は一瞬変装を解いたアリスを一瞥いちべつする。しかし約束を破った事には触れず、余裕の笑みを浮かべていた。

「貴様、どういうことだ!」

 ハリーが振り向き、ファハドに向かって文句を言っている。その声には不満がたっぷりとにじんでいた。その様子がアリスの疑問をさらに深めた。おかしい。まるでふたりは以前から知り合いのように見える。

 その答えはすぐにわかった。

「すまない、フォード伯爵。弟がアリス嬢を気に入ってしまって、ふたりは結婚する事になった」
「兄さんっ!」

 アリスにとってこれから義兄となる予定の男が、にんまりと笑っていた。彼は悪びれる事なくハリーに謝罪の言葉を述べている。
 その言葉尻に被せるように、兄を制止するように、ウィリアムが声を張る。

「どういうこと? 三人は知り合いなの?」

 アリスがウィリアムの影から顔を出し問いかけた。ハリーは俯きファハドは変わらずの薄ら笑い。ウィリアムはローブの袖を握りしめている。エマだけが自分と同じように訳がわかっていない様子でハリーを見上げており、アリスはウィリアムに狙いを定めて問い詰めることにした。

「ウィリアム、どういう事? ちゃんと説明して」
「アリス……」

 困ったようなか細い声が返ってくる。アリスがウィリアムのローブを引っ張り答えをせがむと、見かねたファハドが眉を下げる。

「アリス、弟をいじめないでやってくれ。俺が説明しよう」
「おい!勝手なことを言うな!」
「ハリー、私も知りたい!」

 ハリーが声を荒げるが、エマの言葉で観念しため息をついた。

「では続きを。三ヶ月前、俺は弟と移動中にこの領地で一泊する事にした。宿を探していると、こちらのフォード伯爵にヴェンダー家の宿屋を案内された。翌日、帰る前にまた彼に呼び止められた。そして言われたのさ『従業員に金髪で緑の瞳を持つ娘がいただろう? 一応俺の婚約者だ。三ヶ月後に執り行われる結婚式の前までに彼女を殺してくれないか?』ってね」
「…………」

 アリスは言葉を失った。自分はハリーにとって殺したいくらいの相手だったのか。同時に先ほど再会したときの彼の反応が腑に落ちた。

「それで俺たちはまた翌日も宿に泊まった。だが弟は『こんなに真面目で働き者の彼女を殺すなんてできない。殺したふりをして遠くへ逃してあげよう』と言った。何度かアリスの行動パターンを探るために宿泊や追跡をしているうちに弟は彼女に恋をした。これが『攫い婚』の真相だよ」
「そうですか……。私、あなたたち兄弟に助けられたのね」

 アリスの体から、一気に力が抜けていく。抱えていたドレスを落としそうになり再び抱え直すと、反対側の手をウィリアムに握られる。

「アリス、隠していてごめん。けど君への気持ちに偽りはないよ」
「私を傷つけないように黙っていてくれたのね。ありがとう、ウィル」
「アリス……」

 アリスはウィリアムの手を握り返し微笑むと、今度はハリーとエマを見据えた。
彼らは動揺と困惑で焦点があっておらず、アリスと視線が交わることはなかった。どうでもいい。ショッキングな内容ではあったものの、もう彼らは過去の人。私には愛してくれる人がいる。

「行きましょう、ウィル。ファハドさんも。私の帰る場所はアラービヤよ」
「うん!」
「ああ、行こう。我が義妹いもうとよ」

 アリスは生まれた時からそばにいた妹も、十年の付き合いがある婚約者も捨て、愛する人との未来を生きるべく一歩踏み出した。
 そして駆けつけた両親と弟リュカ、トムと屋敷の前で別れの挨拶を交わす。

「お父様、お母様。ここまで育てていただきありがとうございました」
「アリス……すまない」
「アリス、ごめんなさい。あなたに甘えていろいろ苦労させてしまって……」

 いろいろ言いたいことはあった。けれどもう水に流そう。
 そう心に決めて、アリスは両親を抱きしめた。

「アリス姉様、僕のせいで働き詰めにさせてしまってごめんなさい。どうか幸せになってね」
「リュカ、ありがとう。あなたのせいじゃない。あなたがいたから私はがんばれたのよ」

 四歳年下の弟リュカはトムに支えられながら、アリスをギュッと抱きしめた。アリスは彼のこの細い体が、いつの日か手が回らないほど逞しくなるよう心から願った。

「それじゃあ、私たちは帰ります。落ち着いたら手紙を送りますね。あ、そうだ……!」

 アリスは家族に向き合い、屋敷の窓からハリーとエマが見ているのを確認した。そして、勢いよくウィリアムのローブを引っ張った。彼は「アリスっ! 急に何するの」と言って焦っている。

 ウィリアムの素顔を見た母は頬を染め、父は瞬きを繰り返し、弟は嬉しそうに目を細めた。

「強がりではないですよ。もうハリーなんて芋畑の芋にしか見えませんの。私、彼に出会えて本当によかった!」

 アリスは白い歯を見せ今まで誰にも見せたことがないイタズラな笑みで「それじゃ」と言い馬車に乗り込む。
 そして二日かけてアラービヤ共和国に帰っていった。
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