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プロローグ
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酒本美佐子は、真夏の寝苦しい夜更けに、クーラーのスイッチを入れた。
無数の氷の矢のような冷気を帯びた風が美佐子の体を冷やしていく。
瞬く間に全身から、汗が引いていくのがわかる。
体から汗が消え、今度は涼しいをとおり越して、凍えるほどに冷たくなっていく。それでも、美佐子はクーラーの風を避けるために、その場を動こうとしなかった。たとえ、体が冷えを逃れても、心の冷えは無くならないことがわかっていたから。
「どうした?美佐子。眠れないのか?」
振り向くと、夫の広志が冷蔵庫から冷えたペットボトルの水を取り出しながら、立っていた。
「う、うん。ちょっと寝苦しくてね」
変な風に思われないように、なるべく自然に答えようとした。しかし、自分でも笑顔が少しぎこちなく見えるだろうなと思った。
「ふーん、珍しいね」
別段、美佐子のことを怪しむような様子はなく、小さく欠伸をして広志は寝室に戻って行った。
夫の姿を見送り、ほっと一息ついた。
それと同時に、くしゃみが出た。
いい加減に体が冷えてきた。もう眠らなければ。でも、果たして眠れるだろうか?
目を閉じてみる。視界が遮断されて真っ暗な世界が広がる。
代わりに、聴覚が研ぎ澄まされる。本来は聞こえないはずの声。
いくらかき消そうと思っても消えない。耳につんざくような声。
――アンタノコドモガシネバヨカッタノヨ――
無数の氷の矢のような冷気を帯びた風が美佐子の体を冷やしていく。
瞬く間に全身から、汗が引いていくのがわかる。
体から汗が消え、今度は涼しいをとおり越して、凍えるほどに冷たくなっていく。それでも、美佐子はクーラーの風を避けるために、その場を動こうとしなかった。たとえ、体が冷えを逃れても、心の冷えは無くならないことがわかっていたから。
「どうした?美佐子。眠れないのか?」
振り向くと、夫の広志が冷蔵庫から冷えたペットボトルの水を取り出しながら、立っていた。
「う、うん。ちょっと寝苦しくてね」
変な風に思われないように、なるべく自然に答えようとした。しかし、自分でも笑顔が少しぎこちなく見えるだろうなと思った。
「ふーん、珍しいね」
別段、美佐子のことを怪しむような様子はなく、小さく欠伸をして広志は寝室に戻って行った。
夫の姿を見送り、ほっと一息ついた。
それと同時に、くしゃみが出た。
いい加減に体が冷えてきた。もう眠らなければ。でも、果たして眠れるだろうか?
目を閉じてみる。視界が遮断されて真っ暗な世界が広がる。
代わりに、聴覚が研ぎ澄まされる。本来は聞こえないはずの声。
いくらかき消そうと思っても消えない。耳につんざくような声。
――アンタノコドモガシネバヨカッタノヨ――
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