冷風

更科ゆう

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灰色の世界

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 修二の世界は灰色だった。

 目の前のもの全てに色がなかった。黒板も机も椅子も、教室の生徒達も。なにもかも。 
しかし、実は世界に色がないのだ、ということに気がついたのは、ごくごく最近のことだった。

「おはようー」
 鈴を転がすような声と共に、1年A組の前方の教室の扉が開いた。
 華奢な足。細い腰。背中の真ん中ぐらいにまで伸びた髪を後ろで束ねている。両サイドには片編みこみがほどこされ、これでもかとばかりに女らしさが強調されていた。
 
 途端に修二の世界が色づいていく。先程とは、うって変わって。
まるで教室中に一斉に花畑が広がったように。

 酒本美咲。

 彼女の存在が、修二にとっての全てだった。

「おはようー、村瀬くん」

 修二に向かって微笑みながら挨拶をするその様は、たとえどんなに可憐な花でも勝てっこない。

「おはよ」
 修二は短く答えた。眩しくて、美咲の顔をまともに見ることができない。
学級委員なので、黒板のチョークを整えていることに専念しているふりをした。
だが、当の美咲は気にする様子もなく、修二の脇を素通りしていった。


「おはよー、友香」
 美咲が自分の机の方に向かい、親友の清水友香に挨拶した。この時になって、ようやく美咲の方を見ることができた。
「おはよっ、美咲。ねえねえ。昨日のヤマテルのドラマ見た?」

 ヤマテルとは、俳優の山本輝基のこと。女子中高生に絶大な人気を誇っている。

「うん、みたよ。でも、相手役の娘、いまいちじゃない?」
「私もそう思った。ヤマテルに釣り合わないよね」
「っていうか、演技とかもなんか今一つ……。あの役にイメージあってないし。あれっ?そういえば名前なんていうんだっけ?」
「あー、そういえば、私もど忘れした最近たまに見るけど……」

 そう言いながら、二人は首をひねりながら、考えこんだ。

「須賀原愛里じゃね?」

 修二は、助け船をだした。

「あー、そうそう。そうだ。須賀原愛里だ。よく知ってるね。村瀬くん、もしかして、須賀原愛里のファン?」
 美咲にそう聞かれ、修二は慌てて、首を振った。

「いやいや、全然」
 大げさなぐらいに首を左右に振ったので、やや首が痛くなった。ファンなのは須賀原愛里なんかじゃなくて……。
「おはよう。みんなもうすぐホームルームがはじまるぞ」

 A組の担任の安藤高志先生が教室に入ってきた。修二はほっとした。良かった。安藤先生が来なければ、あやうく美咲のファンだよと、うっかり言ってしまったかもしれない。 

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