冷風

更科ゆう

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好きな人は…

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あっという間に、放課後になった。

美咲が自分同じ空間にいる時間は、まさに矢のように過ぎる。

今週は掃除当番の週で、美咲も同じ班だ。

黒板消しをクリーナーで綺麗にしていると、美咲が近づいてきた。心臓が飛び出そうなぐらいドキリとした。何か言っているが、クリーナーの音で聞き取れない。

「……ねえ、修二くん。こっちはほとんど掃除、終わったけど」

 クリーナーを消して聞こえてきたのは、単なる美咲からの掃除完了の報告だった。少し、気を落としたが、落ち込
んでいることを美咲に悟られてはいけない。

「そう。ありがとう」
 あっさりと修二はそう答えた。てっきり美咲との会話はそれで終了かと思ったが、

「修二くんって、結構芸能人詳しいんだね。だれか須賀原愛里以外にも好きな芸能人いる?」
 以外にも美咲は会話を続けてきた。

「いや、別に須賀原愛里のファンってわけじゃないよ。酒本さんは?誰か芸能人で好きな人いるの?」 
 修二も頑張って会話を続けようとした。なかなかないチャンスだ。これを逃してはいけない。

「んー、芸能人は中学生で卒業したかな?まっ、ドラマは見るけど」

「お、俺もそうかな」

「へぇー、そうなんだ?じゃあ、好きな人はいる?」

 いきなりの直球を投げられた。ここで正直に言っておうか?とも思ったが、

「……、別に特にいない……」

  まったく心とは正反対のことを言ってしまった。なんて馬鹿なんだろう。今すぐ自分の頭をこづいてやりたい衝
動にかられた。

「ふーん、そうなんだ。いなんだ。あ、わかった。もしかして好きな人はいないけど、既に彼女がいるとか?」

「えっ!?いない、いない。そんなものはいない」
 修二は大げさなぐらい両手を左右に振った。今度は、まったく自分の心に嘘偽りない言葉だった。

「ふーん、そうなんだ。もてそうなのにね。わたしはね……好きな人いるよ?」

 え……?今なんて言った?好きな人がいる?それは一体誰なんだろう?もしかしたら……、俺?いやいや、そんな虫のいい話はない。でも、今の会話の流れからして、可能性はないこともない。美咲は自分のことを、もてそうなのにね、と言った。

 ということは、俺に好意を持っているということに……。

 修二は僅かにコンマ0.5秒ほどしかたってないであろうごく短い時間い頭の中でぐるぐる、と自分に都合のいいことを考えていた。心臓が早鐘を打っている。美咲に聞こえやしないかと、ヒヤヒヤした。

「あのねー、実は……、年上の人なんだ」

 美咲がそう言った瞬間、修二の目の前が真っ暗になった。いますぐ教室の窓から飛び降りたい衝動にかられた。これから先、生きていくのが嫌になった。

 唇を噛みしめ、下を向いてしまった修二のことを美咲は心配そうな目で見ている。

「ねえ……、修二君って、誕生日四月だっけ?」

 唐突な美咲の問いかけに、修二は思わずハッと顔を上げた。なぜ誕生日のことをこのタイミングで聞くのか?

「ああ、そうだけど」

「じゃあ、もう十六歳なんだ。わたしは、三月生まれだから、まだ十五歳」

 美咲のその言葉を聞いた途端、修二の目の前はバラ色になった。さっきまでとはうってかわって、生きる希望が全身にみなぎっている。そうか、年上といっても、学年が上の人とは限らないのだ。誕生日が早ければ、同学年でも年上ということになる。でも、わざわざそんな風に俺に言ってくるということは……。

「酒本さん……」
 修二が、美咲に向き直った瞬間、

「おい、酒本いるか?」
 いきなり、豪快に教室のドアを開けて、安藤先生が教室に入ってきた。その表情はただならぬことが起こっていることを物語っている。

「はい。いますけど……」
 すぐ隣にいる美咲は、キョトンとした顔で、安藤先生の問いに答えた。

「ちょっと、来い」

 安藤先生は手招きをしながら、そう言った。美咲がそれに応じて、教室の外に出る。 

 修二は、美咲を追いかけて行くわけにもいかず、しばらくその場に立ちつくしていたが、どうしても気になり、教室の窓から美咲と安藤先生の様子を見た。

二人は廊下の隅の方に立っていた。美咲は、修二から見て背を向けていたので、どんな顔をしているのかはわからない。
しかし、安藤先生がなにやら真剣な面持ちで話をしていて、その話を聞き終えた瞬間、しばらく固まっていたかと思うと、いきなりこちらの方に向き直った。その顔は今まで見たこともないような、背筋が寒くなるような怖い表情をしていた。

 美咲は、ものすごい音を立てて、教室のドアを開け、一目散に自分の机に向かい、鞄を乱暴にとり、周囲に一切目を向けずに走り去っていった。

一体どうしたというのだろう?

安藤先生はそんな美咲の後ろ姿を、心配そうな面持ちで見守っていた。

「安藤先生、酒本さんに何かあったんですか?」 

 思い切ってそう聞いてみたが、安藤先生は首を振って、

「イヤ……」 

 と、短く答え、手を挙げた。それ以上修二の追及を許さなかった。 美咲が遠くなっていく。廊下を曲がり、視界から消えた。同時に今まで色がついていた、修二の世界が徐々に色を失っていく。

世界が灰色になっていった…。

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