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まさか……
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病院で病院で入院している和樹の顔を見たら、元気そうで安心した。
看護師の高橋さんという人に和樹の様子を訊ねたら、順調に回復して遠からず、退院できるだろうということだった。
神様に感謝しながら、駅までの道を歩いていると、突然後ろから、声を掛けられた。
「すみません、酒本美佐子さんですよね?」
聞き覚えのない男性の声だった。振り向くとそこには……、
「……あなたは、今日子さんの……」
なんとそこには今日子の旦那さんが立っていた。
数えるぐらいしか会ってことはないが、美佐子も覚えていた。
「覚えていてくれましたか……」
今日子の旦那さんは、頭に白いものが混ざっており、やはり最後に会った時に比べるとかなり老けた印象になっている。
「はい……あの長峰さんですよね?」
「はい、今日子の夫の長峰哲夫です。先程、病院であなたのことをお見かけしました。もしや……と思いましたが、やはり酒本さんでしたか。お会いしたかったです」
お会いしたかったです、という哲夫の言葉に違和感を覚えた。
一体どうして?
「あの事件以来ですね……」
あの事件という言葉を引き金に、再び耳に蘇った。
――アンタノコドモガシネバヨカッタノヨ――
あれは、美咲と瑠美ちゃんがまだ幼稚園の年中の頃だった。
さして、くじ運がいいというわけでもない美佐子が雑誌の懸賞に応募して、栃木の方にいちご狩りの日帰りのバスツアーが当たったのだ。
美佐子は大はしゃぎした。しかし、2名様ご招待なので、広志に言うと、
「じゃ、美咲と二人で行きなよ」
と言ってくれた。商店街のくじ引きなどでもテッシュ以外は当てたことがなく、人生で一番の当たりくじに当選したことで、浮かれている美佐子を見て、美咲もはしゃぎまくっていた。
「ねーねー、瑠美ちゃんもいちご狩り行きたいって」
などと、美咲に困った頼み事をされてしまった。
「あのね、美咲、いちご狩りの券は2名分しかないの。だから、今回は瑠美ちゃんは一緒に行けないのよ。ごめんね。また、今度一緒に行こうねって言っといてね」
美咲は口をとんがらせて不満そうな様子だったが、やがて、
「……わかった」
と小さく言ってくれた。以前に比べるとだいぶ聞き分けが良くなってきていて、助かった。
しかし、はしゃいだのもつかの間だった。いざ、いちご狩りツアーに行く前の日になって、急に実家の母親にから連絡が入り、母の兄である伯父が急逝したと聞かされた。
伯父には美佐子の短大入学の際にお金を援助してもらったのだ。
美佐子としても伯父の葬式に出席しない訳にはいかないという気持ちになった。美咲に事情を話すと、
「えーっ、じゃあ、わたし瑠美ちゃんと二人で行く」
などと、駄々をこねた。
どう説得しようかと悩んでいると、ふと思いついた。今日子と瑠美ちゃんに行ってもらうのはどうだろうか。そうすれば、美咲も納得するのではないだろうか。
「じゃあ、こうしようか。今回のいちご狩りは瑠美ちゃんと瑠美ちゃんのママに譲ろうか?」
「え……、でも……」
「今度はみんなで一緒に行こうって約束しよう、ね」
「うん……」
渋々ながら承知したようだ。美佐子はさっそく、今日子に電話してみた。もしかしたら、もう仕事の予定とか入っているのかもしれないけど。いちご狩りの話をすると、
「あー、いちご狩りにね。瑠美から聞いてるわ」
と、今日子は言った。
知ってるのなら、話が早いと思いながら詳しい事情を話すと、
「特に仕事の予定とかもないし、行けることは行けるけど、でも本当にいいの?」
「うん、瑠美ちゃんが、楽しんでくれたら、美咲も喜ぶと思う。今度はみんなで一緒に行きましょう」
「ええ、そうしましょう」
と、話がまとまった。
後から、こんな誘いするんじゃなかったと後悔することになるとはこの時は露ほども思わなかった。
次の日は、伯父の葬儀に広志と美咲も連れて出席した。伯父はもうすぐ70になろうとしていた。
肝硬変が見つかり、それから半年も経たずと亡くなってしまったということだ。
伯父を見送り、広志の出してくれた車で帰宅した。
時刻はもう夜の8時を過ぎていた。美咲を大急ぎで寝かしつけた。
一息つくと、今日子達のいちご狩りはどうだったのか、ふと気になった。
葬儀なので切っていた携帯の電源を入れてみた。
特に今日子から連絡は来てなかった。
おかしいな……、と美佐子は思った。
今日子の性格からして、なにかしら連絡が来てもおかしくないような気がしたからだ。
こちらから、連絡してみようかと思ったが、やめた。なんだか疲れてしまったのだ。
美佐子もその日はみさきと一緒に早く寝てしまった。
昨日早く寝たせいか、寝覚めはすっきりとしていた。
美咲はまだ寝ている。
携帯を見ると、今日子からは未だに連絡が入っていないようだ。
時計を見ると、既に朝の8時を回っていた。もう少ししてから、連絡を入れてみよう、思った。
きっと、今日子も自分と同じように、いちご狩りに行き疲れて眠りこけてしまっただろうと思った。
きっとそのはずなのに、なぜか妙な胸騒ぎがした。
テレビをつけて、ホットコーヒーを入れた。コーヒーを飲みながら、ニュースが見ていると、
『次のニュースです。昨日、○○旅行社の栃木へのいちご狩りツアーのバスが衝突事故にあい、5歳の女児1名が意識不明の重体となっております』
えっ……?今なんて言った?○○旅行社のいちご狩りツアーっていったら……。
看護師の高橋さんという人に和樹の様子を訊ねたら、順調に回復して遠からず、退院できるだろうということだった。
神様に感謝しながら、駅までの道を歩いていると、突然後ろから、声を掛けられた。
「すみません、酒本美佐子さんですよね?」
聞き覚えのない男性の声だった。振り向くとそこには……、
「……あなたは、今日子さんの……」
なんとそこには今日子の旦那さんが立っていた。
数えるぐらいしか会ってことはないが、美佐子も覚えていた。
「覚えていてくれましたか……」
今日子の旦那さんは、頭に白いものが混ざっており、やはり最後に会った時に比べるとかなり老けた印象になっている。
「はい……あの長峰さんですよね?」
「はい、今日子の夫の長峰哲夫です。先程、病院であなたのことをお見かけしました。もしや……と思いましたが、やはり酒本さんでしたか。お会いしたかったです」
お会いしたかったです、という哲夫の言葉に違和感を覚えた。
一体どうして?
「あの事件以来ですね……」
あの事件という言葉を引き金に、再び耳に蘇った。
――アンタノコドモガシネバヨカッタノヨ――
あれは、美咲と瑠美ちゃんがまだ幼稚園の年中の頃だった。
さして、くじ運がいいというわけでもない美佐子が雑誌の懸賞に応募して、栃木の方にいちご狩りの日帰りのバスツアーが当たったのだ。
美佐子は大はしゃぎした。しかし、2名様ご招待なので、広志に言うと、
「じゃ、美咲と二人で行きなよ」
と言ってくれた。商店街のくじ引きなどでもテッシュ以外は当てたことがなく、人生で一番の当たりくじに当選したことで、浮かれている美佐子を見て、美咲もはしゃぎまくっていた。
「ねーねー、瑠美ちゃんもいちご狩り行きたいって」
などと、美咲に困った頼み事をされてしまった。
「あのね、美咲、いちご狩りの券は2名分しかないの。だから、今回は瑠美ちゃんは一緒に行けないのよ。ごめんね。また、今度一緒に行こうねって言っといてね」
美咲は口をとんがらせて不満そうな様子だったが、やがて、
「……わかった」
と小さく言ってくれた。以前に比べるとだいぶ聞き分けが良くなってきていて、助かった。
しかし、はしゃいだのもつかの間だった。いざ、いちご狩りツアーに行く前の日になって、急に実家の母親にから連絡が入り、母の兄である伯父が急逝したと聞かされた。
伯父には美佐子の短大入学の際にお金を援助してもらったのだ。
美佐子としても伯父の葬式に出席しない訳にはいかないという気持ちになった。美咲に事情を話すと、
「えーっ、じゃあ、わたし瑠美ちゃんと二人で行く」
などと、駄々をこねた。
どう説得しようかと悩んでいると、ふと思いついた。今日子と瑠美ちゃんに行ってもらうのはどうだろうか。そうすれば、美咲も納得するのではないだろうか。
「じゃあ、こうしようか。今回のいちご狩りは瑠美ちゃんと瑠美ちゃんのママに譲ろうか?」
「え……、でも……」
「今度はみんなで一緒に行こうって約束しよう、ね」
「うん……」
渋々ながら承知したようだ。美佐子はさっそく、今日子に電話してみた。もしかしたら、もう仕事の予定とか入っているのかもしれないけど。いちご狩りの話をすると、
「あー、いちご狩りにね。瑠美から聞いてるわ」
と、今日子は言った。
知ってるのなら、話が早いと思いながら詳しい事情を話すと、
「特に仕事の予定とかもないし、行けることは行けるけど、でも本当にいいの?」
「うん、瑠美ちゃんが、楽しんでくれたら、美咲も喜ぶと思う。今度はみんなで一緒に行きましょう」
「ええ、そうしましょう」
と、話がまとまった。
後から、こんな誘いするんじゃなかったと後悔することになるとはこの時は露ほども思わなかった。
次の日は、伯父の葬儀に広志と美咲も連れて出席した。伯父はもうすぐ70になろうとしていた。
肝硬変が見つかり、それから半年も経たずと亡くなってしまったということだ。
伯父を見送り、広志の出してくれた車で帰宅した。
時刻はもう夜の8時を過ぎていた。美咲を大急ぎで寝かしつけた。
一息つくと、今日子達のいちご狩りはどうだったのか、ふと気になった。
葬儀なので切っていた携帯の電源を入れてみた。
特に今日子から連絡は来てなかった。
おかしいな……、と美佐子は思った。
今日子の性格からして、なにかしら連絡が来てもおかしくないような気がしたからだ。
こちらから、連絡してみようかと思ったが、やめた。なんだか疲れてしまったのだ。
美佐子もその日はみさきと一緒に早く寝てしまった。
昨日早く寝たせいか、寝覚めはすっきりとしていた。
美咲はまだ寝ている。
携帯を見ると、今日子からは未だに連絡が入っていないようだ。
時計を見ると、既に朝の8時を回っていた。もう少ししてから、連絡を入れてみよう、思った。
きっと、今日子も自分と同じように、いちご狩りに行き疲れて眠りこけてしまっただろうと思った。
きっとそのはずなのに、なぜか妙な胸騒ぎがした。
テレビをつけて、ホットコーヒーを入れた。コーヒーを飲みながら、ニュースが見ていると、
『次のニュースです。昨日、○○旅行社の栃木へのいちご狩りツアーのバスが衝突事故にあい、5歳の女児1名が意識不明の重体となっております』
えっ……?今なんて言った?○○旅行社のいちご狩りツアーっていったら……。
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