冷風

更科ゆう

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あの人が好きな人…?

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 昨日、慌てて学校から帰った美咲は、今日はもしかしたら、欠席するのではないかと修二は思っていたが、通常どおり出席してきた。
 
 しかし、美咲の様子は明らかにおかしかった。
 
 終始ぼんやりとしていて、授業に身が入っていないようだった。
 清水友香が声をかけても、なんとなく上の空な感じが修二にはすぐにわかった。
 
 修二は、思い切って声をかけた。    

 昨日、なんで急に走って帰ったのかが気になった。
「あの、酒井さん」
と声をかけたが、美咲から反応はない。一点を見つめている。

「あのー、酒井さん!!」
 修二は声を張り上げた。美咲はハッとしたように、修二の方を見た。

「あ……、修二君……」
 相変わらず、焦点の定まらない目をしている。こんな美咲は見たことない。初めてだ。

「酒井さん、昨日大丈夫だった?」

「あ、うん。でも、お兄ちゃんが事故にあって入院して、幸い無事だったんだけど」

「えっ、それは大変だったね」

「うん……、あ、電話がかかってきた」
と言って、携帯を片手に廊下に出て行った。
 修二はその様子を教室の窓から見た。
 とても嬉しそうな笑顔をしている。どうやら吉報のようだ。
 電話を終えた美咲が教室に戻ってきた。

「電話誰からだったの?」
という修二の問いに、

「うん……。あのねぇ……」
と何やら勿体つけている。
 
 でも、その口元は緩んでいた。

「昨日、わたし修二君に、好きな人いるって言ったの覚えてる?」

「うん」
 あやうく、もちろんと付け足しそうになった。
 覚えてるなんてもんじゃない。そのせいで昨日の夜よく眠れなかった。
 
 美咲は突然、修二の耳元に顔を近づけてきたので、心臓が飛び出す程ドキリとした。

「その人から」
 
 美咲はそう言って、右目をウインクした。
 予想外の答えに、修二は全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。
 
 その様子を見た美咲がクスッと笑ったように見えたのは気のせいだと思いたかった。

 
 それからしばらく、修二は美咲のことを避けていた。
 見たところ、美咲はすっかり元気になったようだ。
 それは本当に良かったと思う。
 ぼんやりしていて、元気のない美咲はあまり見ていたくない。
 
 しかし、対照的に修二の調子は散々だった。授業中も集中できず、バスケットボール部の練習中もミスが続いた。

「おい、村瀬。ここのところ大丈夫か?調子が悪いみたいだけど」
と、宮宅部長に心配されてしまった。

「いえ、大丈夫です。すみません。ミスが多くて」

 我ながら、情けなくなってくる。今日はついに、同じクラスの男子生徒からもここ最近様子がおかしいと指摘されてしまった。

「いいから、今日はもう帰れよ」
と先輩に言われたが、

「すみません、集中して頑張ります」
と修二は食い下がった。ここで帰ってしまうのはなんだが自分が惨めすぎた。

「いいから、帰れ。明後日の部活までに元に戻せよ」
と、一喝された。
 宮宅部長は普段は温厚で、怒鳴ったりということはあまりしない。他の部員が驚いてこちらの方を振り向いた。

「……わかりました。明後日までにはしっかりと戻ってきます」
 一礼して、体育館を後にした。
 誰もいない教室で制服に着替えていた。修二は一人トボトボと帰り道を歩いた。
 中途半端な時間なので、同じ学校の生徒は全く歩いていなかった。

 駅前まで行くと、明らかに身にまとうオーラの違う人物がいた。
 この位置からだとまだかなり距離が遠いのだが、修二にははっきりとわかった。

 ――美咲だった――
 
 美咲の連れが二人いた。一人は、美咲より少し年上のように見える男性と、おそらく母親と思われる女性と歩いている。
 男性は花束を持っていた。

 修二はその二人に見覚えがあった。
 特に男性の方は、向こう側も自分に面識のある人物だで、見間違いようがなかった。
 しかし、もう一人女性の方は、こちら側のことは知らないだろう。
 三人が近づいてくるにしたがって、疑心が確信に変わった。
 間違いない、知っている人物だった。
 修二は美咲たちに見つからないように、身を隠した。
 全く、こちらに気がついた様子がなく談笑しながら歩いて行った。

 その美咲の顔は幸せそうだった。今まで美咲のそんな顔は見たことがなかった。
 認めたくなかったが、それは間違いなく好きな人に対して向けられる表情だった。

 修二は、美咲の言葉を思い出した。



 
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