冷風

更科ゆう

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この家でなにが…?

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 美咲は家に帰ってから、夕飯を食べてお風呂に入り、早々にベッドに入った。
 少し風邪気味だけど、薬を飲んで寝れば問題ないと母親に嘘をついた。
 なるべくいつもと変わらないようにふるまった。
 
 なぜかというと必要以上に心配されて、鬱陶しいからだ。

  今日、母親の浮気現場を目撃してしまった。修二から、駅前のホテルで君のお母さんが若い男と手をつないでいたという話を聞かされた。
 美咲はいても立ってもいられなくなり、別に母親がいるという保証があるわけでもないのに、そのホテルに足を運んでみた。
 
 すると、なんと美佐子がいた。そして、薄っすらと涙を浮かべて若い男と話している。

 なんだろう……?と美咲は思った。そんな表情の美佐子を今まで見たことがなかった。
 男の顔がよく見えなかったので、移動してみた。メガネをかけていた。見覚えは無かった。
 
 やがて、二人が席を立ってこちらの方に向かってきたので、美咲は慌てて身を隠した。
 二人は、ホテルを後にして名残惜しそうに向かいあっていた。

 すると、美咲は信じられない光景を目の当たりにした。

 なんと、美佐子がその若い男と抱き合っていたのだ。
 修二の言っていたことは本当だったのかと、実際にこの目で見た美咲は認めざるをえなかった。

 美咲は嫌なことを忘れようと、ベッドの中でいろいろと楽しいことを思い出そうと努力した。
 
 あれは、去年のことだ。
 和樹が受験生で模試の結果がかんばしくなくて、悩んでいた。いつもの和樹らしからぬ様子を美咲は見かねた。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。お兄ちゃんなら、きっと第一志望校に合格できるよ。模試の結果なんか気にしなくていいんだよ」

 美咲は励ましたが、月並みなことしか言えず、我ながら情けなかった。しかし、和樹には効果があったようだ。

「ありがとう。美咲。励ましてくれて。少しヤル気が出てきたよ」

 和樹は、美咲の方に向かってきた。両手を広げている。これは……と美咲は思った。

 これは……、もしかしてわたしに抱きつこうとしている……?

 和樹のことを好きだということは、中学生の頃には自覚していた。
 
 それまでは身内として好きなのか、それとも一人の男として好きなのか、はっきりとした違いがわからなかった。

 しかし、中学生になり友達としょっちゅう恋バナをするようになり、好きな人は誰か?と聞かれて頭に思い浮かべるのは、和樹だった。

 他の男子は思い浮かばない。仲のいい、冗談のつうじる友達を選んで、

「んー、わたし、お兄ちゃんが好きかなー?」
 なんて言ってみたりした。

「なにそれー?ブラコン?」
と笑って、美咲のことを小突いて、その場を盛り上げてくれた。
 言う相手を間違えれると変な風にいじめの対象になりかねない。美咲もそのことは重々わかっていた。
 
 それほど、親しくなく友達には、当たり障りない男子、特別モテるというわけではないが、イケてないわけではないという男子生徒の名前を挙げておいた。
 
 美咲は和樹にならって、両手を広げた。すると、和樹はふと我に返ったように両手を下げた。なんで……?と美咲は思った。

「俺勉強しなきゃ」
と言って、自分の勉強部屋に向かおうとした。

 行かせない。
 
 美咲は和樹に向かって、飛び込むように抱き着いた。
 すると、その瞬間互いの唇がふれた。そのまましばらくキスをしている格好になった。
 
 和樹は嫌がっている風が一切なかった。
 
 やがて、和樹は我に返ったように、目を見開き美咲のことを引き離した。そして、踵を返し、逃げるように自分の部屋へと去って行った。

 ごめん……とやっと聞き取れるぐらいの微かな声で呟いていた。
 その時美咲は、自分と和樹が両想いであることを確信した。
 
 目をつぶって、過去甘酸っぱい出来事を思い出していると、階下から美佐子の話し声が聞こえてきた。

「……は寝てるのよ。風邪薬飲んで寝てる……、それにしても本当にショックで……」

「ええ、だって……、ごめんなさい」
 ところどころ途切れ、途切れで聞こえないが、広志の気のない、ウンウンという声が微かに聞こえる。どうやら、いつの間にか帰宅したのだろう。

「……あなたが浮気していると思って……」
 美佐子の、その言葉は美咲にとって聞き捨てならなかった。なに?お母さん?一体なにを言ってるの?たまらずベッドから飛び起きていた。

「お母さんだって、浮気してるでしょ?」

 リビングのドアを開けるなり、美咲はそう言った。
 
 美佐子と広志が驚いて振り向いた。

 特に美佐子の方は心臓が飛び出しそうになったという顔をモロにしている。

「な、なに言ってるの美咲?風は大丈夫なの?」
 呑気に仮病を心配する美佐子のことを美咲はフッと鼻で笑った。

「風邪なんかじゃないわよ。仮病よ。仮病。娘の仮病も見抜けないほど男にうつつ抜かしているの?」

「さっきからなに言ってるの?あなた……、やっぱり熱でもあるんじゃないの?」

 そう言いながら、美咲のおでこに手を当てようとする美佐子の手を振りほどいた。

「わたし見たの。お母さんが、若い男の人と抱き合っているところを……」

「えっ……」

 美佐子は絶句している。しかし、その表情が物語っている。目を徐々に大きくさせて、

 ――見られていたの?――
 
 その様子を見ている広志は美咲の予想に反して、冷静だった。
 もしかして美佐子の浮気を知っていたということか?

「あの……、私、哲夫さんから紹介されて、会って……たぶんその時の……」

 美佐子が、やっとのことで絞り出すようにして、そう言った。
 それを受けて広志はすべてわかっているという風に頷いた。

「美佐子にも、やっぱり知る権利があるよ。家族なんだから……」

 広志はまたも予想外のことを言った。自分の知らないところでこの家で何かが起きているようだった。

 一体なにが起きているのだろう美佐子が小さく頷き、

「私から話すわ……」
と言った。

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