20 / 22
訪問者
しおりを挟む
哲夫に導かれて今日子の墓を訪れた日の翌日、哲夫から美佐子に連絡が入った。
どうしても直接会って話したいことがある、という内容だった。
広志も一緒にと。一体どんな話だろうか……。
なんとなく気が進まなかった。今日子が死んだのも自分たちの責任だとなじられるのではないかと思った。
しかし、ここで逃げるわけにはいかない、勇気をだして受けて立たなければと自分を奮い立たせた。
人に聞かれては困る話ということなので、美咲がいない時間帯に酒本家に来てもらうことにした。
「今日は、お忙しい中、時間を作っていただいてありがとうございます」
と、哲夫は馬鹿がつくぐらい丁寧にお辞儀をした。
美佐子は、哲夫をリビングに案内して、お茶を出した。案の定、
「お構いなく」
と言われ、結局一口もお茶に口を付けなかった。
おそらく、哲夫は飲まないだろうと、思っていたが、お茶も出さないなんて、常識のない家だと思われるのは癪だった。
「あの……、今日はどういったご用件でこられたのですか?」
広志が、遠慮がちに尋ねた。
「心して聞いてください。あのですね……」
哲夫の言葉に、美佐子は心のバリアを強くした。
「実はね……、病院で和樹くんをお見かけした時、懐かしいなって気になったんですよ」
なにを言い出すのかと思えば……、せっかく張りつめていた心のバリアが緩んだ。
「あのですね。和樹くんが今日子に似てるなって思ったんです」
え……、和樹が今日子さんに似てるって?そんな馬鹿なことあるわけないじゃないと美佐子が心の中で毒づいていたが、声には出さなかった。まだ話の続きがあるようだったからだ。
「それで気になって、私、調べてみたんですよ」
哲夫は一旦、そこで言葉を切った。
「何を調べたんですか?」
そう哲夫に聞く、広志の顔がなぜか青ざめているように見えた。
「実は、以前、私は東大の大学院を出た後、遺伝子工学の研究所に勤務していたのです」
哲夫がそう言うと、なぜか広志が意外そうな顔をした。
「あれ、ご職業たしか弁護士さんっておっしゃってませんでしたっけ?」
「ですから、以前と申し上げたじゃないですか。私はもともと理数系で、研究所に勤務の後に、司法試験に合格して弁護士になったのです」
広志が、口を真一文字に結んだ表情をしている。
そんな顔をするのもわかる。すごいエリートじゃない。
正に住む世界が違うといった感じだ。
「それで、調べさせていただいたんですよ。DNAを。広志さん、以前美容院で偶然お会いしたのを覚えてらっしゃいますか?」
「ええ、覚えてますけど……」
なんでここで美容院のことが出てくるのだろうと美佐子が思っていると、
「失礼とは思いますが、広志さんを含めご家族の方の髪の毛をあの美容院の方に頼んで拝借させていただきました。
実はあの美容院は一時期借金をして首が回らない状態にまで陥ってたのですが、私が弁護士として担当させていただいて、持ちなおしたのです。ですから、私はあの美容院のいわば恩人のようなものです。ですから、特別に協力していただきました。通常でしたら、勝手にそんなことをするような方達ではないので誤解のないようお願いします」
あの美容院がそんなに悪い経営状態になっていたことがあったなんて、全く知らなかった。
「それで、DNA検査の結果なんですが……」
哲夫は、そこで一旦言葉を区切った。広志が生唾を飲む様子がわかった。
「結果なんですが、なんとうちの誠人の父親が広志さんであるということがわかりました」
部屋中にパーンッという音が響きわたった。
広志はなにが起きたのかわからないといったような顔して、自分がぶたれた左頬を触っている。
頬がまるで紅葉のように薄っすらと赤くなっている。
美佐子が渾身の力を込めて広志の頬が平手打ちしたのだった。
「なによ、アンタやっぱり浮気してたんじゃない」
美佐子が、今度は広志の胸ぐらをつかんだ。
「ち、違う。こ、これは何かの間違いだ。断じてそんなことがあるわけない」
「なにが違うっていうの?現にDNA検査の結果がでてるじゃない。動かぬ証拠よ」
美佐子が胸ぐらをつかむ手をさらに強めると、
「ぢ、ぢがむぅ、うが……、ごがき……、やめで……」
と広志の反論は既に言葉にならなくなっていた。
しばし、その様子を黙ってみていた哲夫が、おもむろに口を開いた。
「すみません。まだ話の続きがあるんですが……」
「なんですか?早く行ってください」
美佐子は哲夫の方は見ないで、催促した。広志の胸ぐらをつかむ手は緩めなかった。
「……誠人の母親は、美佐子さんであることがわかりました」
今、なんて言った?
美佐子は耳を疑った。
誠人の父親が広志で、母親が美佐子ということは……、
まさか……。
「そして、和樹君の父親は私、母親は今日子のDNAと一致しました。つまりは……」
美佐子は広志の胸ぐらをつかんでいた手を離した。
広志は、苦しそうに肩を上下して、呼吸を整えた。
美佐子と広志は哲夫の次の言葉を待った。
どうしても直接会って話したいことがある、という内容だった。
広志も一緒にと。一体どんな話だろうか……。
なんとなく気が進まなかった。今日子が死んだのも自分たちの責任だとなじられるのではないかと思った。
しかし、ここで逃げるわけにはいかない、勇気をだして受けて立たなければと自分を奮い立たせた。
人に聞かれては困る話ということなので、美咲がいない時間帯に酒本家に来てもらうことにした。
「今日は、お忙しい中、時間を作っていただいてありがとうございます」
と、哲夫は馬鹿がつくぐらい丁寧にお辞儀をした。
美佐子は、哲夫をリビングに案内して、お茶を出した。案の定、
「お構いなく」
と言われ、結局一口もお茶に口を付けなかった。
おそらく、哲夫は飲まないだろうと、思っていたが、お茶も出さないなんて、常識のない家だと思われるのは癪だった。
「あの……、今日はどういったご用件でこられたのですか?」
広志が、遠慮がちに尋ねた。
「心して聞いてください。あのですね……」
哲夫の言葉に、美佐子は心のバリアを強くした。
「実はね……、病院で和樹くんをお見かけした時、懐かしいなって気になったんですよ」
なにを言い出すのかと思えば……、せっかく張りつめていた心のバリアが緩んだ。
「あのですね。和樹くんが今日子に似てるなって思ったんです」
え……、和樹が今日子さんに似てるって?そんな馬鹿なことあるわけないじゃないと美佐子が心の中で毒づいていたが、声には出さなかった。まだ話の続きがあるようだったからだ。
「それで気になって、私、調べてみたんですよ」
哲夫は一旦、そこで言葉を切った。
「何を調べたんですか?」
そう哲夫に聞く、広志の顔がなぜか青ざめているように見えた。
「実は、以前、私は東大の大学院を出た後、遺伝子工学の研究所に勤務していたのです」
哲夫がそう言うと、なぜか広志が意外そうな顔をした。
「あれ、ご職業たしか弁護士さんっておっしゃってませんでしたっけ?」
「ですから、以前と申し上げたじゃないですか。私はもともと理数系で、研究所に勤務の後に、司法試験に合格して弁護士になったのです」
広志が、口を真一文字に結んだ表情をしている。
そんな顔をするのもわかる。すごいエリートじゃない。
正に住む世界が違うといった感じだ。
「それで、調べさせていただいたんですよ。DNAを。広志さん、以前美容院で偶然お会いしたのを覚えてらっしゃいますか?」
「ええ、覚えてますけど……」
なんでここで美容院のことが出てくるのだろうと美佐子が思っていると、
「失礼とは思いますが、広志さんを含めご家族の方の髪の毛をあの美容院の方に頼んで拝借させていただきました。
実はあの美容院は一時期借金をして首が回らない状態にまで陥ってたのですが、私が弁護士として担当させていただいて、持ちなおしたのです。ですから、私はあの美容院のいわば恩人のようなものです。ですから、特別に協力していただきました。通常でしたら、勝手にそんなことをするような方達ではないので誤解のないようお願いします」
あの美容院がそんなに悪い経営状態になっていたことがあったなんて、全く知らなかった。
「それで、DNA検査の結果なんですが……」
哲夫は、そこで一旦言葉を区切った。広志が生唾を飲む様子がわかった。
「結果なんですが、なんとうちの誠人の父親が広志さんであるということがわかりました」
部屋中にパーンッという音が響きわたった。
広志はなにが起きたのかわからないといったような顔して、自分がぶたれた左頬を触っている。
頬がまるで紅葉のように薄っすらと赤くなっている。
美佐子が渾身の力を込めて広志の頬が平手打ちしたのだった。
「なによ、アンタやっぱり浮気してたんじゃない」
美佐子が、今度は広志の胸ぐらをつかんだ。
「ち、違う。こ、これは何かの間違いだ。断じてそんなことがあるわけない」
「なにが違うっていうの?現にDNA検査の結果がでてるじゃない。動かぬ証拠よ」
美佐子が胸ぐらをつかむ手をさらに強めると、
「ぢ、ぢがむぅ、うが……、ごがき……、やめで……」
と広志の反論は既に言葉にならなくなっていた。
しばし、その様子を黙ってみていた哲夫が、おもむろに口を開いた。
「すみません。まだ話の続きがあるんですが……」
「なんですか?早く行ってください」
美佐子は哲夫の方は見ないで、催促した。広志の胸ぐらをつかむ手は緩めなかった。
「……誠人の母親は、美佐子さんであることがわかりました」
今、なんて言った?
美佐子は耳を疑った。
誠人の父親が広志で、母親が美佐子ということは……、
まさか……。
「そして、和樹君の父親は私、母親は今日子のDNAと一致しました。つまりは……」
美佐子は広志の胸ぐらをつかんでいた手を離した。
広志は、苦しそうに肩を上下して、呼吸を整えた。
美佐子と広志は哲夫の次の言葉を待った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
もう何も信じられない
ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。
ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。
その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。
「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」
あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。
行かないで、と言ったでしょう?
松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。
病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。
壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。
人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。
スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。
これは、春を信じられなかったふたりが、
長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる