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第1話
誰も触れてはならぬ花 (7)
ゆらぐ心が、そろそろつらくなってきた。
宗一郎は自分に対していつも丁寧だし、真っ直ぐに見つめてくる。それは姉のような存在だから?それともいつかの伴侶として見ていてくれているから?と信頼と親愛の違いの差を考えれば心がぐらぐら揺れてしまう。
悩んでしまうなら宗一郎に聞けば良いのに。
たったそれだけのことが出来ないでいる。
(これが私の性格の悪い部分……)
悶々としながらシャワーを浴びて、軽いスキンケアをして髪を乾かして。今日は疲れているから美容液も、と小瓶を手に取る撫子は壁掛け時計の時刻を確認する。寝る支度が出来たら一回、客間の布団の用意が出来ているか見に行って、それからまだ飲ませているであろう父親を母親の代わりに叱って宗一郎を引き剥がして。
ルームウェアショップのワンピースタイプの部屋着になった撫子は宗一郎が父親の餌食となって一時間半が経過した所で離れから母屋へと向かう。
途中で客間を覗いて行こうとすればちょうど住み込みの青年、鈴木が出て来た所だった。
「鈴木君、どう?」
「俺もそろそろ強制お開きかなって思ってたんで熊井さんの布団を出してたんですが……前に見た時よりデカくなってません?」
足りっかなあ、とぼやくまだ十八歳の鈴木は自分より随分とお姉さんである撫子に「これで大丈夫っすかね」と客間の布団の状態を確認して貰う。
「大丈夫じゃなさそうだったら私の部屋にクリーニングに出したばかりの肌掛けがあるから持ってくるとして……宗一郎君は私が面倒を見ておくから鈴木君は父の事、お願い。片付けも出来る範囲で良いからあまり遅くならないようにね」
「ッス。りょーかいしました」
寝ずに待機、夜勤をしてくれる通いの舎弟とは違い、普通に龍堂の邸宅で暮している鈴木にも早く寝るように促す撫子は父親と宗一郎が飲んでいる和室へと向かった。
「あーもう……二人ともストップ」
出入り口の襖を引き開ければネクタイを緩めている宗一郎は出来上がる寸前。
父親の方もいい塩梅になってしまっている。
「飲みたいならまた別の日にして、今日はもうおしまいにしないと」
娘に諭されてしまえば引き下がるしかない父親も撫子の後ろから付いてきていた鈴木に促され、渋々腰を上げると「ゆっくりしていけよな」と宗一郎に声を掛け、寝る支度に移ろうとする。
撫子も自分の就寝の支度は済んでいたので父親のことは慣れている鈴木に任せて宗一郎を立たせる。
「あ、あと宗君は私の部屋のお風呂を使って貰うからお父さんも洗面所使って大丈夫だから」
父親に言う、と言うよりは世話をしてくれている鈴木の方に言付けをする撫子は深酒になっていないかな、と宗一郎を気遣いながら和室を後にした。
そして途中、客間に置いてある着替えや明日着るワイシャツの入ったガーメントバッグをピックアップしてから離れにある自分の部屋に宗一郎を連れて行く。
そんな間も宗一郎はお酒のせいなのか天然なのか、とてもご機嫌だった。
「お邪魔します」
廊下の先、律儀にひと言挨拶をしてから撫子の部屋に入る宗一郎だったがその部屋に入った途端。
「宗君?」
ぎゅっと、背後から覆いかぶさるように宗一郎は撫子を抱き締めてしまう。そしてそのままお風呂上りの彼女の首筋の匂いをすんすんと嗅いで……寝間着のワンピースの襟ぐりは広く、薄い皮膚に彼の鼻先や唇が当たってしまう。
「ちょっと、だめ……っ」
「ええ……酔っていても、そこは弁えています」
でももう少し、と太い腕に抱かれ、足も取られて身動きがまるで取れない。甘い羽交い絞めに肩を竦めるしかない撫子は羞恥に頬が赤くなってしまうが彼の力強さにどうすることも出来ない。
こんな状況で宗一郎もその、下半身がどうにかなっているのではないのかと思ってしまうのは自然なことだった。
二人の間に肉体関係はあった。
あるが、少ない。片手で数えられる程度。
繊細な首筋にすりすりと頬を寄せるようにスキンシップをはかる宗一郎の手はそれでも撫子の胸元に触れたりはしなかった。確かに酒が入っていても弁えることは出来ている。場所が場所でもあるし、それは当たり前のことなのだが裏社会にいる撫子は世間一般の『当たり前』を忘れてしまいそうになる時がある。
時代の波がそうさせるのか、あまりにも自分たちは裏社会の黒い益や逸脱した常識を享受しすぎていた。
「そ、う……くん、お風呂」
「ん……」
最後にぎゅう、といたずらに抱き締められた時――足の先が浮きそうになった。思わずひゅ、と息を飲んだ撫子だったが宗一郎はすぐに解放してくれて「タオルとか借りますね」と足元にしゃがんでガーメントバッグのファスナーを開ける。
しゃがんでいても宗一郎の体格は撫子から見れば大きい。
そして彼の素性を知れば誰も寄り付きなどしない。同じヤクザの、博堂会の内部の者でさえ、同年代の者たちはともかくもう宗一郎に対して下手な真似は出来なくなりつつある。
既に龍堂、撫子の父が次期博堂会の会長に内定、熊井組も直参の中では古参の格。挙句に龍堂の娘に熊井の息子、宗一郎が婿入りともなれば自動的に彼は本部若頭候補の第一位になる。
現時点では撫子の父親は本部若頭。その下には補佐役が数名いるが彼らは宗一郎が本格的に本部役付きから若頭ともなれば執行役員なり相談役などへと押し流される。
流されたとしても立場としては申し分ないし、博堂会直参の組から輩出されている補佐役たちも龍堂と熊井の密月関係を知っているので腹の中の文句を口に出して垂れれば要らぬカドが立つ。
「じゃあ、シャワーお借りします」
「うん……宗君にはちょっと狭いから、気を付けてね」
彼を思いやる心はあるのだ。
でも、その先へと進めないでいる。
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