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第12話
束の間だったとしても (7)
しおりを挟む桜東会四代目会長代行、三島恭次郎。
彼の肩書とその大柄な体に鋭い眼光。見かけによらず取引相手の年長者には印象が良い、その時々の場に合わせた丁寧さも持ち合わせている今、やり手の裏社会の男。
そしてそんな男に寄り添っているのは桜東会執行役員、三島櫻子。事実上の恭次郎の情婦。同じ三島の名字を冠する櫻子は末の分家の子であり、続柄的には従兄にあたる二人。ただ商売センスがあった為に桜東会のフロント企業を取り仕切っているこちらもまたやり手の女。
二人はその見せかけの情報を濃く、浸透させようとしていた。
「って言ってもですよ」
「若干やりすぎじゃねえか、と」
昼の十二時を回ったあたりの桜東会本部、会長室。
彼らそれぞれの付き人である大崎と足立は会長席のデスクに着いている恭次郎を、応接用のソファーでお茶をしている櫻子をそれぞれ前にしてお説教をしていた。
「今、二人に怪我でもされちゃ桜東は」
「そうですよ。会長もお疲れなんですから一回、マンションに戻って休んでください。その前だって情報を引き出す為に散々、俺と夕飯食いに外に行って」
元来、櫻子はインドアなのをよく知っている大崎は無理を押し過ぎている、と怒る。
「でも、そのお陰で龍神の所のバイヤーが接触してきた」
「ですが会長」
白熱し始める大崎と櫻子のやり取りをみていてそれまで黙っていた恭次郎が「くくッ」と笑い出す。なんで今笑うの、と櫻子は恭次郎を見るが終いには足立まで笑いを堪えるように背を向けてしまった。
「お前ら、良い上司と部下だわ」
「俺と坊はともかく、そうやってスジを通そうって言い合えるのが健全なコミュニケーションってやつですよ」
極道の世界は親に口答えをする子分などほぼいない。常に畏怖の象徴である親へこんな問答など余程の信頼関係が無ければ成り立たない。舎弟や子分には体を張れる位の覚悟と度胸が、親にもまた同じように彼らの命を預かり、そして彼らに委ねる覚悟を決めていなければ。
「えっと……一応、秘密裏にはですが」
話を仕切り直そうとする大崎も若いながら社交スキルが以前よりも随分、向上していた。
「確かにバイヤーの元締めは俺に直接礼をしたい、義理を果たしたい、との“建前”で桜東に接触を試みています。食事会と言う形で、なんですが俺だけではなく“オーナー”も同席して欲しいとのことです」
「そう言うことだから、近々大崎君と一緒に会ってみる……ってどうしてそんな不満そうな顔をするのよ」
櫻子とて恭次郎の心境を分かってやれない訳じゃない。
全部、お互いに分かっている。
彼女がそうしなくてはならない事も、全部。
「私は会長代行の女で大崎君の上司。それだけよ。行先とかスケジュールは全部、教えるから」
「……分かった」
笑ったり、不服そうな表情をしたり、納得したり。
恭次郎の表情も櫻子のように、親しい者たちがいる間だけはよく変わるようになっていた。
「さて、私もそこそこ忙しくなってきたから大崎君、お肉を食べに行きましょう」
「そこそこってお前」
ステーキにする?焼肉にする?と大崎を伴って出て行ってしまう櫻子の“そこそこ忙しくなってきた”の言葉の恐ろしさに恭次郎は自分が見ていたモニターに映る把握しておかなくてはならない情報、さらにそれが更新されている現実を前に頭を抱えてしまう。
彼女はもはや桜東のブレーン。常人ならざることをやってのけてしまっている。
「俺、あいつより五つも年上なんだが」
「それを言うと俺は坊より七つ上ですが」
「クソ……年齢を言い訳にしたくねえ。俺らも何か食ってひと息つくか」
何か食いたい物あるか?と何気なく足立に問いかけた恭次郎だったが「巷で流行っているちょっと高めのバーガーショップが」と言う足立にぎょっとしてしまう。舌と胃袋の若さなら多分、足立の方が若いのだと知ってしまい「おすすめは」と恐る恐る聞いてみればすらすらと商品名が足立の口から流れ始める。
高級料亭や高級和菓子店のみならずな足立に関心をする前に恐ろしくなってしまった恭次郎は彼の勧める商品を頼んでまたパソコンのモニターと向き合う。
暫くすればデリバリーの商品が下階のホテルのバックヤードの方へと到着する。受け取りに行く舎弟から恭次郎のいる会長室へとそれが運ばれる頃、櫻子と大崎も今日のお昼ご飯はチェーン店よりも少し良いお店でステーキ肉を食べていた。
覚悟の決め方も皆、それぞれ。
使用者である櫻子と恭次郎、彼らに付き従う足立と大崎。
神奈川の龍神舎が何をしたいのか、櫻子は幾つものパターンを考える。相談相手は恭次郎たち以外にも話の分かる組長衆や上級幹部、それ以外にも東京の日常風景に潜んでいる優秀な諜報部員たちがいる。
誰かに頼る事を躊躇わず、櫻子は出来る限りの事を、考え得るすべてを自分の正体を知る者たちに共有し始める。
これが統率。
これが東京一強の桜東会のやり方だった。
10
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