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第1話
ヘルマン村のアンジェリカ (4)
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その日は近くの大きな街まで出て、まだ新年を祝うお祭りが開催されている街を見て回った。アンの住む村よりうんと近代的ではあったがそれでも住民たちも楽しそうで、村と変わらない温かさがあった。
アンも働いていたのでいくらかの資金をポシェットの中に入れて来ていたが大きな教会では古本市も開催されている、と案内役としてついて来てくれていた辺境伯の屋敷のメイド――トランクを預かってくれた同じくらいの年頃の女性、フリジアに言われて訪れてみる。
どうやらフリジアは元からこの街の生まれだそうで、お祭りの事もよく知っていた。年齢が近いと言う事もあってダンデリオンが気を利かせてくれたのだとアンも悟る。
自分がアンバーを出現させ、豊穣の手を持つ者として選ばれた事は彼にとって大きな誉れとなる。自分の領地から神に祝福され、加護を授けられた者が輩出されると言うのはまさしく自分の領地が健全であり、富んでいると言う証にもなっていた。
街から戻って来る頃には日が暮れ、屋敷での夕食の時間となりアンも食堂に呼ばれる。
村の出の田舎娘である自分が豪華な客間に泊まらせて貰う事自体がもう畏れ多かった。こちらのお部屋です、とフリジアに通された客間は自分の部屋がいくつ入るんだろう、と思うくらいに広く豪華な部屋だった。
そしてダンデリオンはアンを自らの夕食の席に招いてくれた。
このまま客間の中で一人で食べるものだと思いきや豪華な扉の前に連れられて通される。中で既に待っていたのはダンデリオンとその夫人の二人、そして御付きの侍従や侍女たちだった。
アンは一応、両親や村長から「粗相がないようにちゃんとした物を着て行きなさい。これはお祝いごとだから」と資金を渡されて村から一番近い街で新品の白いブラウスと落ち着いた色合いのグリーンのスカートをそれぞれ一着、購入していた。
確かに着ている物は新しい物だったが流石に貴族階級の者と夕食を同席出来る程の物ではない。あくまで礼儀として、清潔であるようにと心がけたものを着ているだけだった。
「私とは初めましてね、アンジェリカ」
「妻のマドレーヌだ」
明らかに怖気づいているアンにお座りになって、とマドレーヌ夫人は優しい声音で促してくれる。
「あなたが豊穣の手に選ばれたと言うのはとても素晴らしい事よ。私からも少しばかりのお祝いをさせて?今夜の食材は全てがシュレーゲル王国の方々から獲られた物なの」
促されたからには食事の席に着かなくてはならないアンは引き続き世話をしてくれているメイドのフリジアに椅子を引いて貰い、着席する。
「あなたや村民の働きがあってこそ、美味しい食事が頂けるの……とても尊くて、有り難い事だわ」
振る舞われる食前酒も全てがシュレーゲル王国内で作られたものなのだとマドレーヌ夫人は言う。それに夫人は作物のみならず、それを作っている者たちへの感謝の言葉を添えてくれた。不躾な事をしないようにと緊張感が高まってしまっていたアンはその優しい声音に少し、泣きそうになっていた。
自分たちはひたすらに土を耕して種を蒔き、育った作物を収穫し、荷を送り出す日々。
そうして代々、実直に生きて来た。厳しい季節もあれば思いのほか大収穫となる時もあった。マドレーヌはそう言った事もきちんと理解しているようで――農民である自分たちの存在と働きを認めてくれている言葉だった。
「食事をしながらですまないがアンジェリカ、君は宝石の出現と同時に授けられた人智を超えた能力がどのように影響するのかもう学んでいるか」
「はい、小さい頃から絵本でも読んで……先日、辺境伯様が手紙と一緒に送って下さった本のしおりが挟まれていた部分、他のアンバーを持った方について書かれていた所なども読みました」
「ああ、それなら私から説明しなくとも君ならもう理解しているか。村長からも君は本を読むのが好きだと聞いている」
「あのしおり、私が作ったの」
ふふふ、と笑うマドレーヌがちょっと可愛く見えてしまう。
自分の母親と同じくらいの年齢なのに、どこか少女のような……無邪気さが雰囲気に含まれている。
「あの、マドレーヌ様は花がお好きなのですね?挟まれていたしおりにあった花びらはどれも別の種類でありながら春頃に咲くもので統一されていて」
「そう、そうなの。寒い時期だから、春の明るい色合いの花をと思って」
夫人が会話に加わった事で和やかになる雰囲気にアンも少し、二人と会話をする。
確かに、挟まれていたしおりは父親世代の男性が使うにしてはとても可愛らしいものだった。ダンデリオンが気を利かせてそう言う物を挟んだとはあまり思えなかったが二人が仲良さそうに会話をしているのを見て納得する。
女性である自分への配慮もきっと夫人が提案してくれたのだろうな、とアンは思った。
「ねえアンジェリカ、明日帰る前に少し私の朝のお散歩みたいなものに付き合って貰えるかしら。私の為に夫が温室を建ててくれたのだけれどそれを一緒に見て回りたいの」
もちろんです、とアンが返事をすればマドレーヌは花が咲いたような笑顔になり、そんな妻の様子に言葉にはしていなかったがダンデリオンの立派な赤毛の髭に囲まれた口元も緩く上がっていた。
どうして自分が“豊穣の手”を持つ者に選ばれたのかは未だに分からない部分も多かったが土地を治めている人物の人柄もきっと加味されているのかも、とアンは感じる。
その日の夕食後はダンデリオンもアンから村の事について率直な話を聞きたい、遠慮はしないでくれ、と実際に農耕をしながら暮らしている若い者たちがどう日々感じているか、何かもう少し融通が利いたり便利になって欲しい事などがあるかと聞く。
それには流石に同席していた夫人も「あなた、それではもう尋問のようですよ」と言うくらいだったがアンは気さくに、そして真剣に話を聞いてくれるダンデリオンに思っている事、できれば改善して貰いたい所を伝える。
それらがすぐには叶わなくても、こうして実直な人と話が出来るだけでアンはこの屋敷に来て良かった、と思う事が出来た日だった。
アンも働いていたのでいくらかの資金をポシェットの中に入れて来ていたが大きな教会では古本市も開催されている、と案内役としてついて来てくれていた辺境伯の屋敷のメイド――トランクを預かってくれた同じくらいの年頃の女性、フリジアに言われて訪れてみる。
どうやらフリジアは元からこの街の生まれだそうで、お祭りの事もよく知っていた。年齢が近いと言う事もあってダンデリオンが気を利かせてくれたのだとアンも悟る。
自分がアンバーを出現させ、豊穣の手を持つ者として選ばれた事は彼にとって大きな誉れとなる。自分の領地から神に祝福され、加護を授けられた者が輩出されると言うのはまさしく自分の領地が健全であり、富んでいると言う証にもなっていた。
街から戻って来る頃には日が暮れ、屋敷での夕食の時間となりアンも食堂に呼ばれる。
村の出の田舎娘である自分が豪華な客間に泊まらせて貰う事自体がもう畏れ多かった。こちらのお部屋です、とフリジアに通された客間は自分の部屋がいくつ入るんだろう、と思うくらいに広く豪華な部屋だった。
そしてダンデリオンはアンを自らの夕食の席に招いてくれた。
このまま客間の中で一人で食べるものだと思いきや豪華な扉の前に連れられて通される。中で既に待っていたのはダンデリオンとその夫人の二人、そして御付きの侍従や侍女たちだった。
アンは一応、両親や村長から「粗相がないようにちゃんとした物を着て行きなさい。これはお祝いごとだから」と資金を渡されて村から一番近い街で新品の白いブラウスと落ち着いた色合いのグリーンのスカートをそれぞれ一着、購入していた。
確かに着ている物は新しい物だったが流石に貴族階級の者と夕食を同席出来る程の物ではない。あくまで礼儀として、清潔であるようにと心がけたものを着ているだけだった。
「私とは初めましてね、アンジェリカ」
「妻のマドレーヌだ」
明らかに怖気づいているアンにお座りになって、とマドレーヌ夫人は優しい声音で促してくれる。
「あなたが豊穣の手に選ばれたと言うのはとても素晴らしい事よ。私からも少しばかりのお祝いをさせて?今夜の食材は全てがシュレーゲル王国の方々から獲られた物なの」
促されたからには食事の席に着かなくてはならないアンは引き続き世話をしてくれているメイドのフリジアに椅子を引いて貰い、着席する。
「あなたや村民の働きがあってこそ、美味しい食事が頂けるの……とても尊くて、有り難い事だわ」
振る舞われる食前酒も全てがシュレーゲル王国内で作られたものなのだとマドレーヌ夫人は言う。それに夫人は作物のみならず、それを作っている者たちへの感謝の言葉を添えてくれた。不躾な事をしないようにと緊張感が高まってしまっていたアンはその優しい声音に少し、泣きそうになっていた。
自分たちはひたすらに土を耕して種を蒔き、育った作物を収穫し、荷を送り出す日々。
そうして代々、実直に生きて来た。厳しい季節もあれば思いのほか大収穫となる時もあった。マドレーヌはそう言った事もきちんと理解しているようで――農民である自分たちの存在と働きを認めてくれている言葉だった。
「食事をしながらですまないがアンジェリカ、君は宝石の出現と同時に授けられた人智を超えた能力がどのように影響するのかもう学んでいるか」
「はい、小さい頃から絵本でも読んで……先日、辺境伯様が手紙と一緒に送って下さった本のしおりが挟まれていた部分、他のアンバーを持った方について書かれていた所なども読みました」
「ああ、それなら私から説明しなくとも君ならもう理解しているか。村長からも君は本を読むのが好きだと聞いている」
「あのしおり、私が作ったの」
ふふふ、と笑うマドレーヌがちょっと可愛く見えてしまう。
自分の母親と同じくらいの年齢なのに、どこか少女のような……無邪気さが雰囲気に含まれている。
「あの、マドレーヌ様は花がお好きなのですね?挟まれていたしおりにあった花びらはどれも別の種類でありながら春頃に咲くもので統一されていて」
「そう、そうなの。寒い時期だから、春の明るい色合いの花をと思って」
夫人が会話に加わった事で和やかになる雰囲気にアンも少し、二人と会話をする。
確かに、挟まれていたしおりは父親世代の男性が使うにしてはとても可愛らしいものだった。ダンデリオンが気を利かせてそう言う物を挟んだとはあまり思えなかったが二人が仲良さそうに会話をしているのを見て納得する。
女性である自分への配慮もきっと夫人が提案してくれたのだろうな、とアンは思った。
「ねえアンジェリカ、明日帰る前に少し私の朝のお散歩みたいなものに付き合って貰えるかしら。私の為に夫が温室を建ててくれたのだけれどそれを一緒に見て回りたいの」
もちろんです、とアンが返事をすればマドレーヌは花が咲いたような笑顔になり、そんな妻の様子に言葉にはしていなかったがダンデリオンの立派な赤毛の髭に囲まれた口元も緩く上がっていた。
どうして自分が“豊穣の手”を持つ者に選ばれたのかは未だに分からない部分も多かったが土地を治めている人物の人柄もきっと加味されているのかも、とアンは感じる。
その日の夕食後はダンデリオンもアンから村の事について率直な話を聞きたい、遠慮はしないでくれ、と実際に農耕をしながら暮らしている若い者たちがどう日々感じているか、何かもう少し融通が利いたり便利になって欲しい事などがあるかと聞く。
それには流石に同席していた夫人も「あなた、それではもう尋問のようですよ」と言うくらいだったがアンは気さくに、そして真剣に話を聞いてくれるダンデリオンに思っている事、できれば改善して貰いたい所を伝える。
それらがすぐには叶わなくても、こうして実直な人と話が出来るだけでアンはこの屋敷に来て良かった、と思う事が出来た日だった。
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