そのジンクス、無効につき

三日月

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FIRST GAME

6

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口内に舌をつっこんで、ベロベロ動くだけのキスには技巧なんて欠片もない。
だが、若松の真剣な想いがそのまま注ぎ込まれてくる行為に次第に頭がジリジリ痺れてくる。
俺の作り話を本気にした思い込みだけでこんなキスをしてくるなよ。
高校、大学とそれなりに彼女はいたものの、ここまで必死に想いを伝えようとしてくるキスは初めてだった。

思わず、応えてしまいそうになっている自分にヒヤリとする。
血迷うな。
僅かだが、俺にもこの件に関しては非があると認めてしまったせいで絆されかけている。
相手は生徒、しかも男。
大学卒業と同時に2年続いた彼女と別れて以来、キスもご無沙汰だったからだ。

百歩譲って犬に噛まれたことにしようと観念する。
コイツもすぐに教師相手に何をしているんだと我に返るさ。
そう、達観してこの場を乗り切ろうと思った。
そう、思ったの、だが。

「んっ・・・いぃか、げん、離れ」
「ンチュウッ」

全然我に返る気配がないっ
息継ぎの合間に話しかけても、開いた口目掛けてタコ口が襲いかかってきて声が殺される。
フガフガ興奮した鼻息に迫られ、押し付けられる胸の厚みから逃れることも出来ず、トドメは股間にゴリゴリ押し付けられる芯の入った硬さに遂に冷静であろうとしていた思考を弾け飛ばした。

これは、犯罪だっ

体力バカな現役アスリートに、新人教師のひ弱な力では敵わない。
このままでは本気でヤラれるっ
暴力教師のワードが過ったが、男子生徒に暴行された被害者教師なんて見出しを背負いたくないっ
ガブッと思い切り柔らかな舌に噛み付いてやると、口の中に錆びついた鉄の味が広がった。

「うっ、いってぇっ」

手の甲で口元を拭い体を起こす若松と、息も絶え絶えにテーブルで深呼吸を繰り返す俺。
これで少しは頭が冷えたかと身を捩り起き上がろうとしたが、好戦的なギラギラした目で見下され身がすくんだ。

「荒川せんせぇ、ひでぇよ。
運命の相手なんだから、優しくしてくれねぇと」

剣呑な雰囲気を身に纏い、フーフー興奮して息を乱す若松。
フィールド上でしか見ることができない一騎当千の戦士を前にゾクッと背筋が震える。

「お、落ち着け、若松っ
俺はお前の運命の相手なんかじゃないっ」
「は?何言ってんの?
荒川先生が決めたんだろ?」

低い声に絡み取られ、獲物を見定めた目に射抜かれる。

「俺と、あんたが、運命の相手だって」

先に自分の胸、心臓のあたりを指した若松の人差し指が、浮かせていた俺の胸の同じ場所をトンッと突いた。
力は大して入っていない。
たかだか指一本。
しかし、その指先から言霊のこもった弾丸をぶちこまれた衝撃に抗えない。

「あのさぁ、俺の親、小学校ん時に離婚してんだよね。
俺の将来がどうこう言い合って、罵り合うわ、喚き散らすわ、最後の一年なんて最悪でさ」

いつものバカキャラとは違う、どす黒い若松の笑み。
何を言い出すのだと口を挟める雰囲気がまるでない。
重たく絡みついてくる空気の重さに、息をするのさえ気を使い、ただただ黙って若松を見返す。

「俺、好きになった相手をあんなに憎める親の血が自分にも流れてんのかと思うとゾッとした」

初めて見る知らない顔。
若松は、何もかも諦め冷めきった目で遠くを眺める。
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