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36 牙 side 陸

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そのあとの渡の大きなクシャミがきっかけで、それぞれ上服を脱いで一枚ずつ両側を持ち合って絞った。
渡には、二人でした方が捩れるとか言ったけど、正直枝にしがみつくのに俺は握力を出し切っていた。
一人じゃ絞れなかったんだ。
それから、弱い力で絞った程度の濡れている服を着たほうが良いのか、木に引っ掛けて乾かしてみるかとか考えていた時だった。

ぐぅ~

俺の腹が間抜けにもなって、渡は目を丸くしたあと笑った。
脱ごうとしていたズボンのポケットを探り、入っていたチョコレートの小袋を渡された。

「食べていいよ。
もう、夕飯の時間過ぎちゃってるんだろうなぁ。
お腹空いちゃうよね」


空腹と、こんなときでもほんわかした笑顔を向けてくる渡に抗えず手を伸ばした。
小さな板チョコの入った小さな袋。
そのまま食べようかと思ったんだが、破る前にハッと気づいてパキッと袋の中身を割った。
自分もお腹が空いてるなら、渡もだろう。
今日は朝からずっと一緒で、同じ時間にしか食べてねぇ。
いつ迎えが来るかわからねぇだし、と、他意は無かった。

無かったはずだ。

シトシト降り続ける雨の音を聞きながら、二人で分け合った溶けかけの形の崩れたチョコレート。
甘く蕩けて口の中に広がるその味は、今まで食べたどんなものより美味しかった。
まぁ、そりゃそうだよな。
自分が気に入った渡から、貰った食べもんなんだから。


「わぁ、俺の分も割ってくれたんだ。
ありがとう」


先に欠片を口に放り込み、残りが渡。
元々渡の分なのに礼を言われ、俺が照れて俯いたときにチョコレートは渡の口に入った。
口の中で溶かし飲み込む瞬間までは、これからどうなるのかという不安はあっても渡と一緒ならなんとかなるかもなと俺も楽観していた。
日が暮れても帰宅しないと管理人に連絡が入れば、柵に囲まれたこの森の中にも探索の手は伸びる。
待っていれば良い。
見つかってからのことを想像すると、誰かにこっぴどく叱られるのは目に見えていたが、そこは、な。
「俺が連れ出したんだから、全部自分のせいにしていいぞ」と。
自分では背伸びした精一杯の強がりを言って見せ。
「二人で怒られようよ」と応えた渡の身体が突然地面に崩れた。
痙攣する渡の異常に、頭が真っ白に染まる。
それが変異種Ωになる兆候だった。

その後にわかった渡の水恐怖症。
高熱と記憶の混乱、それに渡は言葉に出して自分がΩになったことを肯定してるが、身体は変えられたことを拒絶してて出た反応かもしれねぇ。
その辿り着いた答えにしっくりくる。

浴槽の中で向かい合った渡から、「もう大丈夫やで」と言われたが大丈夫じゃねぇだろう。
俺は、自分の右腕にガブッと噛みつき顎に力をこめた。
牙はとっくに萎えていたから、そこから口を離して残るのは凸凹の半円。


「ちょっ、陸、なにしてんの?!」

「仕切り直しだ」


身体の拒否反応を何とかするのが先だ。
俺が暴走してる場合じゃねぇ。
噛みそうになったら、この跡で自分を戒める。
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