ロスト オメガ

三日月

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Case 3

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艷やかな黒髪は、まとめて後ろで束ねられ、先端が子犬のしっぽのように跳ね上がっている。
矢吹に限らず、この研究所の人間は自分にかける手間が在席年数と比例して面倒くさくなり、つい同じ髪型に寄っていく。
大学卒業後、岩田と一緒にここに住んでいる矢吹もその例外ではない。
最寄りの美容室まで片道二時間かけて通うことを思えば、伸ばしっぱなしになるか手先の器用なスタッフを捕まえて適当に切り揃えてもらうかになるからだ。
岩田のように自前のバリカンで短く刈り上げている方が珍しかった。

カット要員の一人である岩田は、そろそろ夏仕様に切ってやろうかと目はしっぽに向けつつ理由を答える。


「バース性検査を本格的に止めようとしてんだよ」


何度も議題に上がっていることだが、当事者を不安がらせるだけだと矢吹に言わずにいたこと。
しかし、今回は権威の名前まで持ち出され、つい口が滑ってしまった。
一緒に冗談じゃねぇと怒ってくれるかと期待したのだが。


「まぁ、しゃーねぇんじゃね?」


矢吹は、肩をポンポンと叩いて岩田を労いつつ、何でもないことのようにそれを認めてしまった。
無意識にグッと自分の顔が険しくなったのを、矢吹の苦笑いで感じたが直ぐには戻せない。


「もー、怖い顔すんなよ、所長さんっ
ほらほら、屋上でも行ってコーヒー飲もうぜ」


矢吹は、白衣のポケットから紙パックのコーヒー牛乳を2つ取り出してみせる。
それで漸く、矢吹がわざわざ会議の終了時間に合わせて顔を見に来てくれていたことに気付けた。
どうもと照れくさそうに岩田はその一つを受け取るが、直ぐに気持ちを切り替えることができない。
矢吹は、もたもたと足取りの重い岩田の背中を押して歩くのを急かした。


「なぁ、なんでお前は怒んねぇんだよ」

「えー、だってさぁ、しゃーねぇじゃん?
俺の後にΩは生まれてねぇし、俺の前のΩは俺が生まれる前に死んじゃってるし。
わざわざ検査しなくてもさ。
Ωなら発情期が来たら自然とわかるし、βしかいないなら襲われることもないし、もういらないじゃん。
そりゃ、大昔ならさ。
Ωとαはどこだぁーって、研究のために血眼で探す必要があったんだろうけど。
今じゃ興味すらもたれねぇもん。
研究所にいても、皆昔のデータ分析ばっかで俺なんて生きた化石扱い。
学生のときだってさ。
俺がΩだってわかっても、へぇ、そうなんですかって、珍しい血液型聞いたくらいの反応しかされなかったし」


まるで用意してきたセリフのように、岩田の後ろからスラスラ澱みなく答える矢吹。


「バカ野郎!
検査しないと、αが生まれてもわからないんだぞっ
番になれねぇだろうっ」


岩田の声に怒気が含まれても、ケラケラと笑い飛ばして屋上に続く階段を登る。
照りつける太陽の下に出る気にはなれず、二人揃って出入り口の影にぽつんと置かれたベンチに並んで腰掛けた。
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