12 / 30
初めて食べるもの/白蜥
3
しおりを挟む「――っていうのが、これを初めて食べたときのこと」
聞き終えたシュクルは小首を傾げて尾を振っていた。
そういった状況に身を置いたことがないため、よくわからないのだろう。
いつもなら「わからない」とすぐ口に出すのに、今は言わない。ティアリーゼの様子からなにかを感じ取ったのかもしれなかった。
ティアリーゼは焼き菓子を見つめる。
そして、ひとくちで食べてはいけないと言われていたのを頭に置きながら、ぱくりと食べた。
「ふふふ、おいしい」
「……そう言うと叱られるのでは」
「あなたしかいないのに、誰が私を叱るのかしら?」
「私は叱らない」
シュクルもティアリーゼと同じように焼き菓子を食べる。
初めの頃に比べてずいぶん柔らかくなった顔が、ふと笑みを浮かべた。
「おいしい。うまい。美味だ」
「でしょう? 私も好きなの」
「……お前はこれを甘いと言う。そういったものを好むのは覚えた」
(そういう言い方をするってことは……)
「甘いのは苦手?」
はっきりと眉間に皺を寄せているのを見て、そう尋ねる。
甘いものが苦手ならば、こういったものをおいしいと感じるのは違うような気もした。
だが、ティアリーゼはシュクルが嘘をつかないと知っている。甘さはともかく、おいしいと思ったのは確かなのだろう。
そんなシュクルがなんだかいとおしく思えた。
「シュクル、あーん」
「……知っている。口を開けろという意味だ」
「そうよ」
シュクルが少しだけ口を開ける。
その口の中にためらいなく菓子を放り込んだ。
シュクルという生き物の持つ獣性がなんであるか知っていながら。
「んむ」
「いつか、あなたの好きなものも食べさせてね」
「むむ」
むぐむぐ食べるところがまた微笑ましい。
あの顎は人間を骨ごと砕く。少し力を入れるだけで、ティアリーゼの指は簡単に持って行かれてしまうことだろう。
それだけの強さを持った相手を、ティアリーゼは恐れなかった。
「私は」
シュクルがこくりと菓子を飲み込む。
「私は、ティアリーゼが好きだ」
「ありがとう。でも、それは食べられないわね」
「痛がるだろうからな」
「うーん……そうね」
そういうわけではない、と喉まで出かかる。
シュクルのこういうところは以前からそうだった。
人間と獣と、違いはいくつでも思いつく。特にシュクルは、育ちのせいもあって獣に近い。なかなかに過激な発言や、一瞬ぎくりとさせられるような不穏な発言も平気でする。
以前、シュクルはティアリーゼをおいしそうだと言った。
もしかしたらいつかは本当に食べられてしまうときが来るのかもしれない。
「……ねえ、シュクル」
「なんだろうか」
「もし私を食べたら、そのときはちゃんとおいしいって言ってね」
「覚えておこう」
ぱたり、とシュクルが尾を振る。
「だが、よほどのことがなければ食べない。尾の手入れをしてもらわなければならないから」
「ふふ、あなたにとっては重要なことだものね」
「お前にとっては違うのか」
「ううん、私にとっても大切なことよ。好きな人に好きなだけ触れるんだもの」
好きな人、と聞いてシュクルは目元を和ませた。
喜んでいるのがわかる。
「ティアリーゼ」
「なあに?」
「私も、共においしいと言える相手がいる方がいい」
シュクルにとっては、大したことのない一言だっただろう。思ったことをただ言っただけで、深い意味などないに違いない。
だが、その言葉はティアリーゼの胸に優しく響いた。
「そうね。私も……その方がいいわ」
もう、誰もティアリーゼの食べ方を咎めたりはしない。
好きなときに好きな人と喋りながら、自分の気持ちをいくらでも伝えていいのだ。
それがどれだけ幸せなことなのか、教えてくれたのもまたシュクルだった。
「私、あなたが大好きよ」
「喜ばしい」
ふるふると尻尾を振るシュクルに、またひとつ菓子を食べさせる。
こんな時間がずっと欲しかったのかもしれない――。
そんなことを思いながら、ティアリーゼは小さな幸せを噛み締めたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる