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第六話

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「一番気に入らねぇのは、あいつが俺以外を頼ったってことなんだと思う。なんなんだ、これ?」
「わからない。私に理解できることではない」
「そうかしら?」

 ふふふ、とティアリーゼが笑う。

「それって、どう考えても恋をしているのだと思うけれど」
「…………うげ」

 キッカの口から奇妙な声が漏れた。

「グウェンにも言われたんだよなー……。シュシュと同じように腑抜けてるんじゃねぇのって」
「誰が腑抜けている?」
「お前だよ、お前」
「私は真面目に生きている」

 ぱたりとシュクルの尾が跳ねる。
 思えば、その尻尾もティアリーゼとつがいになってからやけに綺麗になった。きっとシュクルの言う手入れの結果なのだろう。
 真面目だと言った通り真顔のシュクルの隣で、ティアリーゼはにっこり頬を緩めた。

「セランのことを思うと、ちょっとだけ胸がちりちりする。……どうですか?」
「うん、そんな感じ」
「一緒にいるとちょっとだけ嬉しくて、いないとちょっとだけ寂しい、とか」
「今、ほんとそんな感じ。あいつと喋るの楽しいんだよなー」
「私もシュクルへの気持ちがはっきりしていなかったとき、そんな感じでした。しかも、ある日急にそうなったんです。意識するようになったきっかけはなんだったかしら……?」
「……シュシュは? 今のは人間の感じ方かもしれねぇだろ。お前はこいつを好きだと思ったとき、どんな感じだったんだよ?」
「とても胸がちりちりした。側にいるととても嬉しくて、いないととても寂しい」

 ちょっと、とティアリーゼが表現したのが気に入らなかったらしい。ことさら『とても』という言葉を強調しながら言う。

「でも俺、別に……。人間をそういう対象に見るなんて、ありえねぇだろ……」
「動揺しますよね、わかります」

 うつむいたキッカがティアリーゼの言葉に顔を上げる。

「私もシュクルを好きだと思ったときは動揺しました。ずっと好意的でしたけど……あんまり男の人だと思っていなかったので」
「なに……」

 シュクルの目が軽く見開かれる。
 衝撃を受けたらしいシュクルに向かって、ティアリーゼは少し困った顔をした。

「だってあなた、あんまり男の人って感じがしないから……」
「私はずっと、お前を雌だと思っていた。最初から子を産んでほしいと思い続けていた」
「ええ、わかっているわ」
「今は? 今は私を雄として見ているのか」

 キッカの相談が完全に後回しになっている。
 必死に聞くシュクルの表情に焦りはないが、代わりに尻尾が荒ぶっていた。

「それは嫌だな。私はお前だけの雄でありたい」
「――っ! 待って、シュクル……!」

 ぐりぐりとシュクルがティアリーゼに自身の額を押し付ける。
 キッカはそれが、シュクルの求愛行動だと知っていた。

「ティアリーゼ」
「キッカさんの話を聞くのが先!」
「嫌だ」
「嫌じゃないの……!」

 抵抗するティアリーゼの顔が赤い。
 キッカは「なにを見せられているんだ」と呆れていた。
 が、ふと気付いて立ち上がる。

「あー……そっか。今、わかったわ」
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