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聖女の矜持編
魔女
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時間は少し遡り、聖女セリーナの実家である邸宅。セリーナは自分の部屋で静かに過ごしていた。
セリーナの家は貴族街にあり、彼女自身も何不自由ない環境で育った。彼女のどこか浮世離れした性格は、幼い頃から蝶よ花よと育てられた影響もある。
彼女の部屋は、十四でここを出て行った時から変わっていない。淡い色合いのカーペットに、花柄の壁紙。ベッドの頭上にはレースの天蓋が吊るされ、まるでおとぎ話の姫君の部屋のようである。
セリーナは実家に帰ってきてすぐに、商人を家に呼んで欲しいと執事に頼んだ。商人はすぐにやってきた。沢山の宝飾品を持った商人や、流行の髪飾りを揃えた商人、それに様々な香油や香水などを持ってきた商人もいた。
商人達はみんな満足そうな顔で屋敷を出ていく。セリーナは片っ端から買っていくのでいいお客様だ。
香油商人は表には出せない珍しい商品を持ってきて、セリーナにそれを売った。セリーナと香油商人は元々顔見知りだ。教会で暮らしていた時から、この商人は時々教会を訪れ、セリーナに様々な香油や香水を売っていた。バラのエキスも彼女はよく買っていたが、もちろんそれは毒薬などではなく、紅茶に垂らして飲んで楽しむ為のものだった。
外国を知らないセリーナは、外国と行き来する商人の話を聞くのが好きだった。商人はある時「魔女の涙」と呼ばれる薬を売ったことがあると話した。
「何の為に、そんな薬があるのです?」
顔を強張らせて商人に尋ねるセリーナに、商人は不敵な笑みを浮かべた。
「それはもちろん、必要としている者がいるからですよ、セリーナ様」
「それは聖女の命を奪う為の薬でしょう?」
「怯えないでください、セリーナ様。確かに、聖女の命を奪おうと考える者もいるでしょう。ですが『魔女の涙』はその為に作られたものではありません。魔女の涙は、魔女の悲しみから生まれた薬だと言われています。魔女は元々あなたと同じ聖女だ。魔女だからこそ分かるのです。聖女の苦しみを……」
商人の話を聞いた夜は、恐ろしくてセリーナは殆ど眠れなかった。聖女の命を奪おうと考える者、そして自ら命を絶とうと考える聖女。命のすぐそばに死が微笑む日々を送っている事実に、セリーナは恐ろしさを覚えた。
♢♢♢
セリーナは「魔女の涙」のことを以前から知っていた。だから実家に戻った時にすぐに商人を呼び、それを買った。魔女の涙にバラのエキスを混ぜ、それをカレンへの贈り物として、侍女コートニー宛に送った。
もうこの時既に、セリーナは闇に囚われていたのだろう。
小包を送った直後、セリーナはふと自分の髪に黒い髪の毛が混じっていることに気づいた。その時はそれほど気にしていなかったが、次に自分の爪が黒く変色していることに気づく。セリーナはメイドに気分が悪いと言い、部屋に閉じこもった。手袋をはめ、頭から膝掛けを被り、ベッドの中に潜り込んだ。
セリーナは部屋の中にメイドを寄せ付けなくなり、両親は心配した。食事は部屋の前に置かせ、誰も部屋の中に入れようとしなかった。
そしてセリーナが行方不明になる前のある夜。せめて体だけでも拭いてもらおうと、メイドは部屋の扉を開けた。
真っ暗な部屋の中、セリーナはベッドの中で寝ているようだった。
「セリーナ様……」
ランタンを持って静かにベッドに近づき、そっと布団をめくったメイドは、ランタンに照らされたセリーナの髪の毛を見て思わず「ひっ」と声を出し、怯えて部屋から逃げ出した。
セリーナの髪色は真っ黒に変わっていたのだ。
机の上に置き手紙を残し、セリーナの行方が分からなくなったのは、その翌朝のことだった。
セリーナの家は貴族街にあり、彼女自身も何不自由ない環境で育った。彼女のどこか浮世離れした性格は、幼い頃から蝶よ花よと育てられた影響もある。
彼女の部屋は、十四でここを出て行った時から変わっていない。淡い色合いのカーペットに、花柄の壁紙。ベッドの頭上にはレースの天蓋が吊るされ、まるでおとぎ話の姫君の部屋のようである。
セリーナは実家に帰ってきてすぐに、商人を家に呼んで欲しいと執事に頼んだ。商人はすぐにやってきた。沢山の宝飾品を持った商人や、流行の髪飾りを揃えた商人、それに様々な香油や香水などを持ってきた商人もいた。
商人達はみんな満足そうな顔で屋敷を出ていく。セリーナは片っ端から買っていくのでいいお客様だ。
香油商人は表には出せない珍しい商品を持ってきて、セリーナにそれを売った。セリーナと香油商人は元々顔見知りだ。教会で暮らしていた時から、この商人は時々教会を訪れ、セリーナに様々な香油や香水を売っていた。バラのエキスも彼女はよく買っていたが、もちろんそれは毒薬などではなく、紅茶に垂らして飲んで楽しむ為のものだった。
外国を知らないセリーナは、外国と行き来する商人の話を聞くのが好きだった。商人はある時「魔女の涙」と呼ばれる薬を売ったことがあると話した。
「何の為に、そんな薬があるのです?」
顔を強張らせて商人に尋ねるセリーナに、商人は不敵な笑みを浮かべた。
「それはもちろん、必要としている者がいるからですよ、セリーナ様」
「それは聖女の命を奪う為の薬でしょう?」
「怯えないでください、セリーナ様。確かに、聖女の命を奪おうと考える者もいるでしょう。ですが『魔女の涙』はその為に作られたものではありません。魔女の涙は、魔女の悲しみから生まれた薬だと言われています。魔女は元々あなたと同じ聖女だ。魔女だからこそ分かるのです。聖女の苦しみを……」
商人の話を聞いた夜は、恐ろしくてセリーナは殆ど眠れなかった。聖女の命を奪おうと考える者、そして自ら命を絶とうと考える聖女。命のすぐそばに死が微笑む日々を送っている事実に、セリーナは恐ろしさを覚えた。
♢♢♢
セリーナは「魔女の涙」のことを以前から知っていた。だから実家に戻った時にすぐに商人を呼び、それを買った。魔女の涙にバラのエキスを混ぜ、それをカレンへの贈り物として、侍女コートニー宛に送った。
もうこの時既に、セリーナは闇に囚われていたのだろう。
小包を送った直後、セリーナはふと自分の髪に黒い髪の毛が混じっていることに気づいた。その時はそれほど気にしていなかったが、次に自分の爪が黒く変色していることに気づく。セリーナはメイドに気分が悪いと言い、部屋に閉じこもった。手袋をはめ、頭から膝掛けを被り、ベッドの中に潜り込んだ。
セリーナは部屋の中にメイドを寄せ付けなくなり、両親は心配した。食事は部屋の前に置かせ、誰も部屋の中に入れようとしなかった。
そしてセリーナが行方不明になる前のある夜。せめて体だけでも拭いてもらおうと、メイドは部屋の扉を開けた。
真っ暗な部屋の中、セリーナはベッドの中で寝ているようだった。
「セリーナ様……」
ランタンを持って静かにベッドに近づき、そっと布団をめくったメイドは、ランタンに照らされたセリーナの髪の毛を見て思わず「ひっ」と声を出し、怯えて部屋から逃げ出した。
セリーナの髪色は真っ黒に変わっていたのだ。
机の上に置き手紙を残し、セリーナの行方が分からなくなったのは、その翌朝のことだった。
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