ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

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第2章 魔術師アレイスの望み

第72話 リリアと作戦会議

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 私は昼の担当に戻ることになり、久しぶりにリリアとのコンビ復活だ。並んでカウンターに立つと、やっぱりしっくりくる。

「エルナ! ようやく戻ってきたのね」
「ただいま、リリア。ねえ、今日の仕事が終わったら、ちょっと話があるんだけど」
「話? 改まってどうしたの?」
「ここじゃちょっと話しにくいから」

 私は周囲をちらりと見て声を潜める。リリアは不思議そうな顔をしながら「まあ、いいけど」と頷いた。

 リリアと約束をしたのは、昨日見たことを相談するためだ。私の心の中だけに留めてはおけなくて、真っ先に浮かんだのがリリアの顔だった。

 
 ♢♢♢

 
 仕事が終わり、私とリリアは市場にある一軒の屋台に入った。ここは以前、アレイスさんと一杯のエールを飲んだ店だ。夕方から夜にかけて、市場ではお酒を出す屋台が現れる。もともとは市場で働く人たちが、仕事終わりに一杯飲むために開いた店らしいけど、最近では私たちのような一般の客も訪れるようになった。気軽に飲みたい人の間で人気があり、値段も安いのがありがたい。

「おお、リリア! 久しぶりだなあ」
「こんばんは。そこのテーブル、いい?」
「もちろん、ゆっくりしていきな」

 リリアはこの屋台の店主と顔見知りらしい。私たちは屋台の周りに置かれた、エールの樽を加工したテーブルに着く。椅子は木箱で座り心地は悪いけれど、屋台の客は長居をしないので、これで十分なのだ。

 店主はすぐに、エールを二つと、お皿いっぱいに盛り付けたハムを持ってきた。

「はい、お待たせ。ハムはサービスしといたよ」
「嬉しい! ありがとう」

 リリアが喜ぶと、店主は目尻を下げてデレデレしていた。この屋台には何度か来たことがあるけれど、私は今まで一度もサービスなんてされたことがない。いつも不機嫌そうな顔をしている店主の意外な一面を見て、私はちょっと複雑な気分になった。

「リリアと一緒だと、私もサービスしてもらえるからありがたいね」
「若い女の子が好きなのよ、あの人」

 私も若いけど、サービスなんてされたことないけど……と喉まで出かかったけど、これは言わないでおこう。

「――それで? 私に話があるって言ってたけど、何?」

 乾杯した後、リリアは早速私に聞いてきた。

「実は……新人のフローレさんのことなんだけど」
「フローレがどうかしたの?」
「昨日の夜、彼女と一緒だったのね。フローレさん、仕事が終わってから書庫に出入りしてたみたいなの」

 リリアは私の話を聞いて眉をひそめた。

「書庫に出入りって、深夜でしょ? どうして新人の彼女が?」
「分からないんだけど、鍵を持っていたみたいなの」
「そんなわけないでしょ? 夜は書庫の鍵が閉まってるはずよね」
「やっぱりおかしいよね? 鍵は勝手に持ち出せないはずだし」

「エルナ、この話はバルドさんにした?」

 リリアはフォークを皿の上に置くと、身を乗り出した。

「ううん、まだ。この前、書庫で本が一冊紛失したらしいんだけど、誰が持ち出したのかわからないみたい。疑いたくはないけど……」
「エルナはフローレが怪しいと思ってるのね?」

 私は無言で静かにうなずく。

「まだバルドさんに言わない方がいいわ。彼女、アメリアさんが連れてきた受付嬢でしょ? 今の話をしたところで、誰も信じちゃくれないわよ。もっと決定的な証拠を掴まないとね……」
「……リリア、なんだか楽しそうじゃない?」
「楽しそうなんて失礼ね! 私はただ、フローレが悪いことをしてるなら、それを突き止めたいってだけよ」

 目を輝かせ、身を乗り出して話をしているリリアは、どう見ても楽しそうに見える。

「リリア。突き止めるのはいいんだけど、まだ疑いの段階だからね? フローレさんに変なことを言ったりしないでよ」
「分かってるわよ。何も知らないふりをしろって言うんでしょ? 任せて! なんだかわくわくしてきたわね」
「遊びじゃないのよ? もしもフローレさんに何もなかったとしたら、彼女を疑った私たちがアメリアさんに叱られるんだから」

 フローレさんは支団長であるアメリアさんの紹介でやってきた受付嬢だ。彼女を疑うということは、アメリアさんの判断を疑うということになる。迂闊な行動は取れない。

「そもそもアメリアさんは、どうして彼女を選んだのかしらね。ルナストーンなんて遠い町からわざわざ連れてきたんだから、相当優秀な受付嬢なんだろうけど」
「そうよね。ミルデンから一番近いのは『シルクホルト』のギルドだけど、あそこも大きいギルドとは言えないし……いい受付嬢が見つからなかったのかな」

 シルクホルト支団はミルデンと隣り合う領地にある。魔物討伐で協力し合う関係なので、ルナストーン支団よりも関係が深い。ミルデンとルナストーンはかなり距離があり、普段の交流も多くない。アメリアさんは良い受付嬢を探すために、あちこちのギルドを当たっていたのだろうか。

「そういえばアメリアさんは、まだ王都から戻らないのかな?」
「どうかしら、まだ戻らないんじゃない? この間のお嬢様が大暴れした事件のせいで、アメリアさんはアインフォルドの支団長と話し合いでしょ? 長引きそうよ」
「やっぱりそうよね……ねえリリア、ルナストーンに誰か知り合いとかいない?」
「知り合い?」

 リリアは天井に視線を送りながら考え込んでいた。すると突然、「あ!」と声を上げる。

「サイラスさんを知ってるでしょ? 二級討伐者の。彼、ルナストーンに友人がいて、そっちのギルドに誘われてるって話してたわ。サイラスさんはミルデンから移るつもりがないから断ったって言ってたけど……彼に聞けばルナストーンのギルドと連絡が取れるかも」
「それなら、サイラスさんにルナストーンのギルドの誰かと話せないか、聞いてみてくれないかな」

 ルナストーンのギルドには、フローレさんの過去を知る者がいるはずだ。彼女がどういう人物なのか知ることができる。

「分かったわ。サイラスさんは今ミルデンにいるはずだから、あとで『伝話』してみるわね」
「ありがとう。あの……リリアにこんなお願いしたあとで聞くことじゃないんだけど、ひょっとして最近、サイラスさんと仲がいい?」

 私はサイラスさんのことが気になって、リリアに聞かずにはいられなかった。

「まあね、彼と話してると楽しいわ」
「……でも、セスに怒られたりしない?」
「別に平気よ。向こうだって依頼に出かけた先で派手に遊んでるんだから」

 ムスッとした顔でリリアはハムを口に運ぶ。サイラスさんは確か、私たちより少し年上の剣士だ。背が高くて笑顔が素敵で、最近リリアとよく楽しそうに話しているのを見る。もしかしてリリアはセスとうまくいっていないのかな。セスは依頼で他の町や村に行くと、仲間たちと派手に飲んで騒ぐと聞く。女性と遊んでいるんじゃないかとリリアは疑っているし、そのせいで二人の関係がぎくしゃくしているのかもしれない。

 私にサイラスさんのことを話すリリアの頬は少し赤く染まっていて、私の視線に気づくとパッと目を逸らした。

「私の話はいいでしょ。とにかく、フローレが何者なのか、今はそれを突き止めなきゃ」
「……うん、そうね」

 気を取り直して、私たちは残ったエールを飲んだ。
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