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第2章 魔術師アレイスの望み
第74話 正体を探る
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サイラスさんは、ルナストーンにいるという友人に『伝話』で聞いた内容を私たちに話し始めた。
「フローレのことについて尋ねたよ。だが……少し妙なんだ」
「妙って?」
リリアは身を乗り出し、キラキラした大きな瞳でサイラスさんをじっと見ている。
「フローレという受付嬢がルナストーンで働いていて、ミルデン支団から誘いを受けてミルデンに移ったというのは確かなようだ。ただ……」
サイラスさんは一旦言葉を区切り、リリアと私の顔を順番に見た。
「彼女の印象が、リリアから聞いたフローレの特徴と違うんだ」
「特徴と違うって?」
リリアが尋ねると、サイラスさんは「ああ」と頷く。
「フローレは黄金色の髪に、濃い化粧をしているって言ってただろ? だがルナストーンで働いていたフローレは、銀色の髪に眼鏡をかけていたらしい。ルナストーンにいた頃の彼女は、殆ど化粧もしていないような女だったと聞いた」
「髪の毛は染めたかもしれないじゃない?」
「確かに。でも背丈の印象もだいぶ違う。フローレは背が高いんだろ? ルナストーンにいたフローレは小柄な子らしい」
「それって、まさかフローレさんが別人かもしれないということですか?」
私は思わず口を挟んだ。サイラスさんは私に視線を移して「あり得るね」と頷いた。
「言われてみれば、フローレは本当に二十歳なのかしら? 年齢の割にずいぶん落ち着いていると思わない? エルナ」
「確かに……」
リリアの言う通り、フローレさんは年の割に落ち着いている人だとは思っていた。しっかりしている人なんだろうと思っていたけど、もしもルナストーンのフローレさんと別人だということなら、話は変わってくる。
「ねえ、サイラス。仮に彼女が別人だったとしたら、じゃあ本当のフローレはどこにいるのかしら」
さりげなくサイラスさんを呼び捨てにしているリリアも気になるけど、もっと気になるのはそこだ。フローレさんが別人と入れ替わっているとしたら、本人はいったいどこにいるのだろう。
「それに、アメリアさんが彼女を見たら一目で別人だと分かるはずですよ。いつまでもごまかせることじゃないです」
「確かにそうだな、エルナ。だから王都での会合で支団長が不在の今を狙ったんじゃないか? 王都にいる間はすぐに戻れないことを知ってるんだろう」
「じゃ、じゃあ……彼女の目的は何なんでしょう? アメリアさんの不在を狙って、ギルドに入り込んだとしたら……」
なんだか胸騒ぎがする。フローレさんが来てから起こった小さな異変。書庫に出入りしているフローレさん。彼女はギルドに何の目的で来たのだろう。
「それは俺にも分からんよ。もう君らの手に負える話じゃない。すぐに副長に話した方がいい」
「そうね……本物のフローレさんの行方も気になるし、明日にでも話した方がいいわね」
フローレさんの疑惑は、思っていたよりも大ごとかもしれない。私は居ても立ってもいられず、二人を残して先に帰ることにした。
リリアは「帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」と言っていたけど、その顔はどことなく嬉しそうだ。サイラスさんも「残念だな」などと言いつつ、顎に手を当てて口元を隠している。きっと二人きりで過ごしたいんだろう。
「それじゃあリリア、また明日ね。サイラスさん、ご協力ありがとうございました」
「また何かあったらいつでも言ってくれ。力になるよ」
「また明日ね、エルナ」
私はエール代をテーブルに置こうとしたけど、サイラスさんがおごると言うので、お言葉に甘えることにした。階段を下りるときに、ちらりと二人を見ると、顔を寄せ合って話している姿が見えた。これはやっぱり、二人はそういうことなんだろう。友人としては見守ることしかできないけど、サイラスさんが誠実な人であってほしい。
♢♢♢
ミルデン酒場を出た私が向かったのは、家ではない。
同じ通りにある宿屋兼食堂『樫の食卓』に行くのが目的だった。確かフローレさんはまだ住む家が決まっておらず、樫の食卓に泊まっていると言っていた。今から行って彼女に会えるとは思っていないし、こんなことをしても意味がないかもしれない。でも私はじっとしていられなかった。彼女の普段の姿が少しでも知ることができればいい。
店に入る前、私は結んでいた髪をほどき、軽く手で整えた。フローレさんにバレないようにという理由もあるけど、ここで誰か知り合いに会うと面倒だ。
樫の食卓は、街の人だけでなく宿泊客もよく利用する。店内はそこそこ賑わっていて、店員が両手にエールのカップをたくさん持って、テーブルの間を縫うように歩いている。
「いらっしゃい! お一人かしら?」
「あ、はい……」
「奥の席が空いてるわよ。注文が決まったら呼んでね」
店員が指した先にあるテーブルに座り、とりあえずエールを一杯頼んだ。別にお酒を飲みたいわけじゃない。店員が持ってきたエールのカップで顔を隠しながら、ちらちらと入り口を見たり二階の宿屋へ向かう階段を見たりしながら時間を潰す。
やっぱりそう都合よくフローレさんが現れるわけないか……このエールを飲み切ったら帰ろうと思っていると、入り口に意外な人物が現れた。黒いマントを羽織り、肩のあたりまで伸びた黒髪に、遠目からでも分かる整った顔立ち。アレイスさんが『樫の食卓』に現れた。
そういえば、彼は普段外食ばかりだと話していた。彼がここに来てもおかしくはない。でも、こんな偶然があるなんて驚きだ。
アレイスさんは店内をぐるりと見回し、すぐに私に気づくと笑顔を浮かべながらこちらにやってくる。どうしようかと思ったけど、わざと避けるのも不自然だ。
「偶然ですね! アレイスさん。これからお食事ですか?」
「いや、本を読んでいたら疲れたから、ちょっと息抜きに来たんだ。ここに座っても?」
アレイスさんは微笑みながら私のテーブルに腰かけた。早速若い女店員がやってきて、アレイスさんに「何にします?」と聞きながら、探るような視線は私に向いている。
「エールを頼むよ。彼女の分もね」
「はい、お待ちくださいね」
アレイスさんには笑顔を向けながら、私をじろりと睨んで去っていく女店員が、少し怖かった。
「すみません、私の分まで」
「構わないよ。それよりエルナがここにいるなんて驚いたな。夜猫亭には行かないの?」
「今日はちょっと別の店に行ってました。リリアとサイラスさんの三人で飲んでて……私だけ先に帰ったんです。そのあと一人でここに」
「サイラス?」
アレイスさんは名前を聞いてもピンときていないようだったので、私は簡単に彼の説明をした。
「――ああ、彼か。サイラスと仲がいいなんて初耳だな」
「私が仲いいわけじゃなくて、リリアと仲がいいんです」
アレイスさんは勘がいいのか、私の説明に「なるほどね」と笑いながら答えた。
そのとき、女店員がエールを二つ持ってきた。最初にアレイスさんの前にエールを置き、次に私のエールをドンと乱暴に置いた。あまりに乱暴に置かれたので、ちょっとエールがこぼれてしまったほどだ。
「はい、エールお待たせ」
「ありがとう」
お礼を言ったけど、女店員は私を見ることもなくアレイスさんに「今日は随分遅いんですね」などと話しかけている。素っ気なくて嫌な感じだ。
「一杯飲みに来ただけなんだ。ありがとう、もういいよ」
アレイスさんは微妙な笑顔を浮かべながら女店員に告げ、感じの悪い女店員は私をじろじろ見ながら去っていった。アレイスさんと私が一緒にいるのが気に入らないのかな。だとしてもあんな態度を取らなくてもいいのに。
「エルナ、一人でわざわざここに来るなんて、何かあったの?」
アレイスさんはエールにほとんど口をつけず、私に質問してきた。
「ええ、まあ……実はちょっと人探しというか」
「それって、僕が聞いてもいい話?」
アレイスさんは目をきらりと光らせ、私の顔をじっと見た。そういえばアレイスさんはここ数日、ずっと依頼に出ていたのでフローレさんを知らないかもしれない。私はアレイスさんにフローレさんのことと、ギルドで起こった一連の出来事について全て話した。
「――ルナストーンから来た受付嬢か。確かに、妙な話だね」
「彼女、この上に宿を取ってるんです。アレイスさん、見覚えありませんか? 黄金色の髪を一つにまとめてて、真っ赤な口紅をして、ちょっと派手ですけど綺麗な子なんです」
「どうだったかな……」
アレイスさんは顎に手を当て、思い出そうとしていた。その視線は宿屋へと続く階段に向いていて、しばらくそちらを見ていたアレイスさんは、急に私に顔を近づけた。
「顔を伏せて」
「えっ?」
「今、お探しの受付嬢が下りてきたかもしれない」
私は思わず階段を見ようとしたけど、アレイスさんに「そのまま、伏せて!」と言われ、慌てて彼の言う通りにした。
「フローレのことについて尋ねたよ。だが……少し妙なんだ」
「妙って?」
リリアは身を乗り出し、キラキラした大きな瞳でサイラスさんをじっと見ている。
「フローレという受付嬢がルナストーンで働いていて、ミルデン支団から誘いを受けてミルデンに移ったというのは確かなようだ。ただ……」
サイラスさんは一旦言葉を区切り、リリアと私の顔を順番に見た。
「彼女の印象が、リリアから聞いたフローレの特徴と違うんだ」
「特徴と違うって?」
リリアが尋ねると、サイラスさんは「ああ」と頷く。
「フローレは黄金色の髪に、濃い化粧をしているって言ってただろ? だがルナストーンで働いていたフローレは、銀色の髪に眼鏡をかけていたらしい。ルナストーンにいた頃の彼女は、殆ど化粧もしていないような女だったと聞いた」
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「確かに。でも背丈の印象もだいぶ違う。フローレは背が高いんだろ? ルナストーンにいたフローレは小柄な子らしい」
「それって、まさかフローレさんが別人かもしれないということですか?」
私は思わず口を挟んだ。サイラスさんは私に視線を移して「あり得るね」と頷いた。
「言われてみれば、フローレは本当に二十歳なのかしら? 年齢の割にずいぶん落ち着いていると思わない? エルナ」
「確かに……」
リリアの言う通り、フローレさんは年の割に落ち着いている人だとは思っていた。しっかりしている人なんだろうと思っていたけど、もしもルナストーンのフローレさんと別人だということなら、話は変わってくる。
「ねえ、サイラス。仮に彼女が別人だったとしたら、じゃあ本当のフローレはどこにいるのかしら」
さりげなくサイラスさんを呼び捨てにしているリリアも気になるけど、もっと気になるのはそこだ。フローレさんが別人と入れ替わっているとしたら、本人はいったいどこにいるのだろう。
「それに、アメリアさんが彼女を見たら一目で別人だと分かるはずですよ。いつまでもごまかせることじゃないです」
「確かにそうだな、エルナ。だから王都での会合で支団長が不在の今を狙ったんじゃないか? 王都にいる間はすぐに戻れないことを知ってるんだろう」
「じゃ、じゃあ……彼女の目的は何なんでしょう? アメリアさんの不在を狙って、ギルドに入り込んだとしたら……」
なんだか胸騒ぎがする。フローレさんが来てから起こった小さな異変。書庫に出入りしているフローレさん。彼女はギルドに何の目的で来たのだろう。
「それは俺にも分からんよ。もう君らの手に負える話じゃない。すぐに副長に話した方がいい」
「そうね……本物のフローレさんの行方も気になるし、明日にでも話した方がいいわね」
フローレさんの疑惑は、思っていたよりも大ごとかもしれない。私は居ても立ってもいられず、二人を残して先に帰ることにした。
リリアは「帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」と言っていたけど、その顔はどことなく嬉しそうだ。サイラスさんも「残念だな」などと言いつつ、顎に手を当てて口元を隠している。きっと二人きりで過ごしたいんだろう。
「それじゃあリリア、また明日ね。サイラスさん、ご協力ありがとうございました」
「また何かあったらいつでも言ってくれ。力になるよ」
「また明日ね、エルナ」
私はエール代をテーブルに置こうとしたけど、サイラスさんがおごると言うので、お言葉に甘えることにした。階段を下りるときに、ちらりと二人を見ると、顔を寄せ合って話している姿が見えた。これはやっぱり、二人はそういうことなんだろう。友人としては見守ることしかできないけど、サイラスさんが誠実な人であってほしい。
♢♢♢
ミルデン酒場を出た私が向かったのは、家ではない。
同じ通りにある宿屋兼食堂『樫の食卓』に行くのが目的だった。確かフローレさんはまだ住む家が決まっておらず、樫の食卓に泊まっていると言っていた。今から行って彼女に会えるとは思っていないし、こんなことをしても意味がないかもしれない。でも私はじっとしていられなかった。彼女の普段の姿が少しでも知ることができればいい。
店に入る前、私は結んでいた髪をほどき、軽く手で整えた。フローレさんにバレないようにという理由もあるけど、ここで誰か知り合いに会うと面倒だ。
樫の食卓は、街の人だけでなく宿泊客もよく利用する。店内はそこそこ賑わっていて、店員が両手にエールのカップをたくさん持って、テーブルの間を縫うように歩いている。
「いらっしゃい! お一人かしら?」
「あ、はい……」
「奥の席が空いてるわよ。注文が決まったら呼んでね」
店員が指した先にあるテーブルに座り、とりあえずエールを一杯頼んだ。別にお酒を飲みたいわけじゃない。店員が持ってきたエールのカップで顔を隠しながら、ちらちらと入り口を見たり二階の宿屋へ向かう階段を見たりしながら時間を潰す。
やっぱりそう都合よくフローレさんが現れるわけないか……このエールを飲み切ったら帰ろうと思っていると、入り口に意外な人物が現れた。黒いマントを羽織り、肩のあたりまで伸びた黒髪に、遠目からでも分かる整った顔立ち。アレイスさんが『樫の食卓』に現れた。
そういえば、彼は普段外食ばかりだと話していた。彼がここに来てもおかしくはない。でも、こんな偶然があるなんて驚きだ。
アレイスさんは店内をぐるりと見回し、すぐに私に気づくと笑顔を浮かべながらこちらにやってくる。どうしようかと思ったけど、わざと避けるのも不自然だ。
「偶然ですね! アレイスさん。これからお食事ですか?」
「いや、本を読んでいたら疲れたから、ちょっと息抜きに来たんだ。ここに座っても?」
アレイスさんは微笑みながら私のテーブルに腰かけた。早速若い女店員がやってきて、アレイスさんに「何にします?」と聞きながら、探るような視線は私に向いている。
「エールを頼むよ。彼女の分もね」
「はい、お待ちくださいね」
アレイスさんには笑顔を向けながら、私をじろりと睨んで去っていく女店員が、少し怖かった。
「すみません、私の分まで」
「構わないよ。それよりエルナがここにいるなんて驚いたな。夜猫亭には行かないの?」
「今日はちょっと別の店に行ってました。リリアとサイラスさんの三人で飲んでて……私だけ先に帰ったんです。そのあと一人でここに」
「サイラス?」
アレイスさんは名前を聞いてもピンときていないようだったので、私は簡単に彼の説明をした。
「――ああ、彼か。サイラスと仲がいいなんて初耳だな」
「私が仲いいわけじゃなくて、リリアと仲がいいんです」
アレイスさんは勘がいいのか、私の説明に「なるほどね」と笑いながら答えた。
そのとき、女店員がエールを二つ持ってきた。最初にアレイスさんの前にエールを置き、次に私のエールをドンと乱暴に置いた。あまりに乱暴に置かれたので、ちょっとエールがこぼれてしまったほどだ。
「はい、エールお待たせ」
「ありがとう」
お礼を言ったけど、女店員は私を見ることもなくアレイスさんに「今日は随分遅いんですね」などと話しかけている。素っ気なくて嫌な感じだ。
「一杯飲みに来ただけなんだ。ありがとう、もういいよ」
アレイスさんは微妙な笑顔を浮かべながら女店員に告げ、感じの悪い女店員は私をじろじろ見ながら去っていった。アレイスさんと私が一緒にいるのが気に入らないのかな。だとしてもあんな態度を取らなくてもいいのに。
「エルナ、一人でわざわざここに来るなんて、何かあったの?」
アレイスさんはエールにほとんど口をつけず、私に質問してきた。
「ええ、まあ……実はちょっと人探しというか」
「それって、僕が聞いてもいい話?」
アレイスさんは目をきらりと光らせ、私の顔をじっと見た。そういえばアレイスさんはここ数日、ずっと依頼に出ていたのでフローレさんを知らないかもしれない。私はアレイスさんにフローレさんのことと、ギルドで起こった一連の出来事について全て話した。
「――ルナストーンから来た受付嬢か。確かに、妙な話だね」
「彼女、この上に宿を取ってるんです。アレイスさん、見覚えありませんか? 黄金色の髪を一つにまとめてて、真っ赤な口紅をして、ちょっと派手ですけど綺麗な子なんです」
「どうだったかな……」
アレイスさんは顎に手を当て、思い出そうとしていた。その視線は宿屋へと続く階段に向いていて、しばらくそちらを見ていたアレイスさんは、急に私に顔を近づけた。
「顔を伏せて」
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