ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

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第3章 受付嬢エルナの勇気

第118話 人生を背負う覚悟

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 ベッドと小さな椅子が置いてあるだけの、狭くて殺風景な宿屋。大きくて豪華な宿屋は他にもあったけど、私が泊まれる部屋はこんなものだ。王都に何日滞在するか分からないし、できるだけ節約しておきたい。
 狭いけど、部屋の窓からは王宮が少しだけ見えた。白く輝く大きな城は本当に美しい。ミルデンの領主様が暮らすお屋敷も立派だけど、王の城は建物の大きさが全然違う。早速窓辺に立ち、スケッチブックを手に取って窓から見える風景を描いた。
 他にも今日見た風景を思い出しながら描いた。同じ形の建物が並ぶ通り、大きな乗り合い馬車、お洒落な街の人たち。見慣れないものばかりで、どれも忘れられない。

 夜になり、硬いベッドに横たわって埃っぽい毛布をかけ、さっさと寝ようとしたけどなかなか眠れなかった。汽車の移動で丸一日椅子に座り、疲れているはずなのに、慣れない環境のせいか目はどんどん冴えてしまった。
 
 結局寝不足のまま朝を迎えた。頭はぼんやりとしているけど、今日はもう一度王宮に行って、今度こそジュストさんと会わなければならない。
 宿屋の一階は食堂になっているので、ここで簡単な朝食を取る。大麦があまり入っていない大麦粥を急いで食べ、乗り合い馬車の停留所へ急いだ。


 ♢♢♢


 王宮に到着し門のところまで行くと、昨日の衛兵が昨日と同じ顔で立っていた。

「おはようございます! エルナです。昨日、近衛騎士の……」
「覚えている。ジュストには昨日話をしておいた。詰所で待つように、との伝言を預かっている」
「詰所ですね! 分かりました。あの……一言お礼を言いたくて。ジュストさんに取り次いでいただいて、ありがとうございました!」

 頭を下げると、衛兵はなんだか困ったような顔をしていた。

「礼は結構。早く行け」
「はい!」

 衛兵はぷいと顔を背けて、再び前を向いてしまったので、私はそのまま王宮の中へ向かった。昨日の近衛騎士たちがいたら嫌だな……と思いながら詰所に着くと、幸い彼らの姿はなかったのでホッとした。
 開け放たれた扉の中を覗き、恐る恐る中に入る。構造はミルデンにある衛兵の詰所とほぼ同じだ。巨大なテーブルが中央にドンと置かれていて、壁には当番表が貼られている。反対側の壁には剣や盾などの武器が掛けられていた。

 ここで待っていていいのかな? 誰もいないのでどうしようと思っていたら、奥の扉から小柄な騎士が出てきた。

「お嬢さん、何かご用でしょうか?」
「すみません、勝手に入ってしまって。私、エルナ・サンドラと申します。近衛騎士のジュストさんから、ここで待つようにと……」
「ああ! あなたでしたか。話は彼から聞いています。ジュストが来るまでここでお待ちください。綺麗な椅子ではありませんが、どうぞお掛けください」

 昨日とは違い、礼儀正しい若者だ。お礼を言いながら近くの椅子に腰かけると、小柄な騎士はにっこりと笑顔を返して詰所を出て行った。
 静かな詰所で、私はそれからじっと待っていた。ジュストさんがいつごろ来るのか分からない。そもそも、本当に来てくれるのかも分からない。

 不安になりながら待っていたけど、ジュストさんは意外にもすぐにやってきた。

「待たせてすまない! エルナ、と言ったね? 王都トリスヴァンへようこそ!」

 両手を広げ、笑顔で詰所に入ってくる彼を見て、相変わらず仕草が大げさな人だなと思う。

「突然訪ねてしまってすみません。実はジュストさんにお願いしたいことがありまして。クロウハート支団長から手紙を預かっています。こちらを読んでいただけますか?」
「ほう、俺にお願い? 受付嬢がわざわざ一人で王都まで来た理由……ふむ」

 ジュストさんはアメリアさんの手紙を開き、じっくりと読み込んだ。

「――なるほど、つまりエルナはアレクシスに会いにきたというわけか」
「はい、そうなんです」

 「アレクシス」という呼び名を聞き、そう言えばアレイスさんの本名はアレクシスだったなと思い出しながらジュストさんを見ると、彼は口元に笑みを浮かべながら、興味津々と言った顔で私を見ていた。あまりにじっと見るので、だんだんいたたまれなくなってきた。
 ジュストさんには、ただの受付嬢がアレイスさんに会いに王都までやってきたとしか見えないだろう。果たしてジュストさんはどう思うのだろうか。ルシェラ嬢のような『追っかけ』だと思われて追い返されたらどうしよう。

「――アハハハハハ!」

 ジュストさんは突然、高らかに笑い出した。あっけに取られて彼の顔を見ると、ジュストさんは含み笑いをしながら「いや、すまない」と言った。

「あの、何かおかしいですか?」
「違うんだ。アレクシスのことを考えていた。そうか……エルナはアレクシスと会ってちゃんと話したいと、そういうわけなのだな?」
「はい……何も話せないまま、アレイスさんはミルデンを出てしまったので」
「全く、アレクシスの奴め。エルナ、お望みどおり、アレクシスに会わせてやろう。できるだけ早い方がいい。そうでないと、あいつは王宮に戻ってしまう」

「王宮に、戻る!?」

 驚いて聞き返すと、ジュストさんは急に真顔に戻った。

「ここからは真面目な話だ。エルナ、詳しい話をしたい。少し場所を変えよう。着いてきてくれ」
「は、はい」

 ジュストさんの後を追い、詰所の奥に入る。廊下に小さな部屋がいくつも並んでいて、ジュストさんはその中の一部屋に入った。中には小さな机と椅子がある。向かい合って座ったあと、ジュストさんは話し始めた。

「あそこは人の出入りが多いのでね。さて、話の続きをしよう。エルナ、アレクシスが魔術を使えなくなったことは知っているか?」
「え……? 魔術が使えない?」

 そんなことは初耳だ。私は驚きながら首を振った。

「やはり、知らなかったか。ということは、ミルデン支団の連中も知らないと言うことだな。実は今、アレクシスは魔術が全く使えない状態なのだ」
「どうしてですか? 何が原因で……あ! ドラゴン討伐のときに魔術を使いすぎたから?」
「いや、俺もそうかと思ったがアレクシスが言うには違うらしい。原因は別にある」

 そう言ってジュストさんは私を指さした。

「……私?」
「そうだ。アレクシスは君に振られたと思い、ショックで魔術が使えなくなった」

 私は急いで頭の中を整理した。私がアレイスさんを振って、アレイスさんはそのショックで魔術が使えなくなった……?

「私、アレイスさんを振ったりしてないですけど」
「だがアレクシスはそう言ったのだぞ。違うのか?」

 ジュストさんは眉をひそめ、首をひねっている。

「確かに、喧嘩にはなりましたけど……そのあと彼とは何も話せないまま、会えなくなってしまったんです。だから私、ちゃんとアレイスさんと話したくて」
「なるほど。それでだな、アレクシスの父と兄は奴の魔力が戻ったら、あいつを再び王宮魔術師に戻すつもりだ。失恋が原因で魔術が使えなくなったのなら、時間が経てば再び魔力は元に戻るだろうからな。既にアレクシスのお父上は、あいつを王宮に戻すための根回しを始めているという話だ」
「そんな……アメリアさんは『アレイスさんはまたミルデンに戻ってくる』と言っていたんです」

 アレイスさんは討伐者を辞めていない。登録バッジもまだ持ったままのはず。アメリアさんにはミルデンに戻ると話していたようだけど、このまま彼の家族の言う通りに王宮魔術師に戻るなんてことになったら、本当に二度と会えなくなってしまう。

「まあ、落ち着きたまえ。まだアレクシスは王宮に戻ると決めたわけではないのだ。エルナ、君の気持ちを聞かせてくれ。たった一人でここまで、ただ話をしにきただけではないだろう。君にアレクシスの人生を背負う覚悟はあるのか?」

 ジュストさんの鋭い視線が私に突き刺さる。アレイスさんの人生を背負うだなんて、いきなりそんなことを言われても、私は何て返せばいいのだろう。

 アレイスさんと一緒にいて楽しい気持ち、ドキドキする気持ち。全てが本物だ。
 アレイスさんに裏切られて悲しい気持ち、怒り、それも本物。

「……私、アレイスさんと一緒にいたいです」

 ふと私の口から出た言葉に、自分自身で驚いた。考えるより先に、言葉が出ていた。
 嫌な思いもしたけど、それでも私は彼と一緒にいたい。これが私の、本当の気持ち。

 ジュストさんはさっきとは違う、優しい目になった。

「エルナの覚悟はしっかりとこのジュスト・コールウォールが聞かせてもらった。俺が責任を持って、アレクシス・ロズヴァルドに会わせてやる」
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