不愛想な男に恋した、あるギルド受付嬢の話

弥生紗和

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ギルド受付嬢の日々

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 私の目の前に立つこの人は、どうしてこうも不愛想なんだろう。

「こんにちは! ダンケルさん。今日はどの依頼になさいますか?」

 私が精一杯の笑顔で話しかけても、当のダンケルさんはにこりともしない。ムスッとした表情のままで、私がカウンターテーブルの上にずらずらと並べた『魔物退治の依頼書』を見比べている。
 もちろん私は討伐者によって態度を変えるなんてことはしない。だって私は『討伐ギルド』の受付嬢だから。全ての討伐者に対して、平等に笑顔で接するのが決まり。他の受付嬢はお気に入りの討伐者にだけ笑顔で優しくして、冴えない討伐者には依頼書を投げるように置く……なんてことをする子もいるけれど、私はそんなことをしない。

 私は討伐者だった父親を尊敬している。周囲を塀で囲まれた街の中で育った私は、外がどれだけ危険なものか、いつも父に聞かされて育った。街の外には魔物が出るので、戦うすべを持たない私のような人達は塀に囲まれたこの街で暮らす。討伐ギルドは危険な魔物を監視し、調査し、討伐する為に作られた組織だ。父のように討伐者になりたかったけれど、素質がなかった私はせめて討伐者を支える仕事をしようと思ってギルドに入った。

 だから私は、失礼な態度の討伐者がいても笑顔を忘れない。彼らのおかげで私達は安心して暮らしていけるのだから。

「あの……ダンケルさん。悩んでらっしゃるようでしたら、私からダンケルさんにお勧めの任務をご紹介しましょうか?」
「……いや、いい。これを頼む」

 ムスッとした顔のまま、ダンケルさんは依頼書の中で一番難しい任務を選んだ。

「これですか? ……失礼ですがダンケルさん。お一人での任務ですよね? できれば『黒の谷』での任務はパーティを組んでいただいた方が……」
「一人で平気だ。手続きを頼む」

 討伐者が実力以上の任務を受けようとしたら、受付嬢としては忠告せざるを得ない。でもダンケルという人は、私の忠告に耳を貸すことなどない。なんなら余計なことを言いやがって、みたいな顔で私を見ることすらある。

「……かしこまりました。それでは手続きいたしますので、こちらにサインをお願いします」

 ダンケルさんは私が差し出した依頼書に慣れた手つきで名前を書き、ぶっきらぼうに依頼書を返してきた。私はそれを確認してから彼の名前の下に受付嬢として自分の名前を書く。

「では、こちらで少しお待ちください」

 ダンケルさんを残して私はカウンターの奥にある別室へ行く。そこには受付担当官がいて、彼が依頼書を確認して許可を出せば、討伐者はようやく依頼を受けられる。

 担当官が許可を出すのを待つ間、私はなんとなくカウンターの向こうで待つダンケルさんのことを考えていた。彼は三十歳、独身(別に調べようと思って調べたわけじゃない、討伐者の登録情報を確認するのも仕事だから!)討伐者の中でも特に腕が立つ人だけが名乗ることを許される『上級討伐者』だ。でも彼に仲間がいる様子はない。うちのギルドに彼がやってきたのは半年ほど前のことで、いつも一人で来ては依頼だけ受けて消えていく。一見細身だけど、肩幅の広さと胸板の厚さが防具の上からでも分かる。無造作な黒髪の間からちらりと見える瞳は濃い青で、冷たそうな視線がちょっと怖い。

「ライラ、用意できたよ」

 担当官はギルドの紋章が描かれた判を勢いよく依頼書に押すと、私にそれを手渡した。

「ダンケルさん、一人で大丈夫でしょうか?」
「ダンケルなら平気だろう。あいつの技術はずば抜けている。それに、あいつは実力以上の依頼は決して受けない。自分の力を良く分かっている男さ」

 担当官はダンケルさんとは長い付き合いのようで、彼のことを良く知っている。彼の唯一と言っていい理解者かもしれない。



「ダンケルさん、お待たせしました。こちらが正式な依頼書となります。支給品は物品係からお受け取りください。黒の谷は常に霧がかかっていて視界が悪いですし、この後黒の谷辺りでは雨になりそうです。視界を良くする薬を持って行くことをお勧め……」
「分かっている」

 面倒臭そうな顔で言い捨て、ダンケルさんは依頼書をもぎ取るように受け取るとカウンターから離れた。

(……ほんと、不愛想なんだから!)

 心の中で悪態をつきながら、私は笑顔で「お気をつけて」と頭を下げた。



 ――私は討伐ギルドの受付嬢、ライラ。日々こうして、討伐者を見送る仕事をしている。
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