不愛想な男に恋した、あるギルド受付嬢の話

弥生紗和

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不愛想な男

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 討伐ギルドは街の中心部にある。街外れにある小さな家から徒歩で毎日仕事場へ行く。朝食はいつも同じで、近所のパン屋で買ったパンと、殆ど具のないスープ。今は薬師の母と二人で暮らしている。
 私は手早く朝食を済ませると、家を出る前に父へ挨拶をする。棚の上に置かれた手のひらほどの額縁には、笑顔の父が描かれた絵。絵の周囲には数多くの勲章が飾られている。父に向かって私はいつも「行ってきます」と声を掛けることにしている。
 家は小さいけれど裏庭があって、薬師の母が沢山の薬草を育てている。母は裏庭にいるようで、私は裏庭に顔を出して母に声をかけた。

「行ってきます、お母さん」
「やだ! もうそんな時間なの? 私も支度をしないと。行ってらっしゃい、ライラ」

 焦る母に笑顔で手を振り、私は家を出た。
 街は朝から活気がある。いつも同じ道を歩いているから、すれ違う人の顔もいつもと同じだ。石畳が割れているところがあるから躓かないように気をつける。パン屋の看板がずっと取れかかったままなのを見る。荷馬車を引きながら言い争いしている商人達の声を聞く。いつもの道、いつもの出来事。そうこうしながら私は討伐ギルドに着く。

 ギルドに着いたら制服を着る。長いスカートとシャツの上にジャケットを羽織る。栗色の長い髪は邪魔なので後ろでまとめ、手鏡で確認する。鏡に映る薄い紫色の瞳も、ちょっと眠そうに見える表情もいつも通りだ。

「よし」

 誰に言うわけでもないけど、なんとなく自分に気合を入れて私は部屋を出る。真っ先に向かうのは討伐ギルド内にある『監視班』の部屋だ。ここには毎日多くの魔物に関する情報が入る。何か新しい話はないか確認し、周辺の変化や天気について調べておく。討伐者に何を聞かれてもすぐに答えられるようにする為だ。監視班に立ち寄ってから、ようやく私の持ち場となる受付へ向かう。
 ギルドが一番忙しいのはやっぱり朝だ。討伐者達は朝早くに依頼を受けて魔物討伐へと向かうので、朝が一番混雑する。
 優しい討伐者が殆どだけど、中には気性の荒い討伐者もいる。彼らは待たされるのが嫌いだ。できるだけテキパキと順番を捌かないと、酷い時にはギルド内で暴れ出す討伐者もいる。
 まあ、そういう時は大抵他の討伐者から徹底的にやり込められるんだけど。

 ようやく朝の混雑が過ぎて一息つくと、同じ受付嬢仲間のアイリーンが話しかけてきた。

「ライラ、昨日ダンケルさんが来ていたでしょ」
「そうだけど」
「あの人、別のギルドを追い出されてここに来たらしいわよ? だからいつも他の討伐者と絡もうとしないのね」

 確かに彼はギルド内でも浮いていた。彼は依頼を失敗したことはないし、仕事も早いからギルドからは重宝されているけど、別のギルドを追い出されたという話が本当なら、やっぱり彼は面倒な人なのかもしれない。

「追い出されたって、何があったのかな」
「詳しいことは知らないけど、彼のせいで他の討伐者が死んだらしいわ」

 死、と聞いた私は次の言葉が出なかった。恐ろしい魔物と戦う討伐者にとって死は身近なものだ。私の父も魔物と戦い、亡くなったのだから。

 私が浮かない顔をしているのに気づいたアイリーンは急に焦り出した。アイリーンは私の父のことを知っているから、口を滑らせたことに気づいたのだろう。

「ライラ、ごめんね。つい……」
「大丈夫よ。気にしないで」

 笑顔でごまかしたけど、その日はずっと「死」という言葉が私の頭の中に住み着いて離れなかった。

♢♢♢

 ダンケルさんが『黒の谷』から戻って来たのは、出発から七日経ってからだった。
 その日は昼から仕事で、深夜までギルドに残って働いていた。朝が依頼を受ける討伐者達で混めば、夜は帰って来た討伐者で混む。討伐者は依頼を終えるとギルドに戻ってきて、受付から報酬を受け取る。今日のギルドは珍しく空いていて、夜も更けるとギルドの扉が開く音もしなくなった。
 今日はもう誰も来ないかな、と思っていたら不意に扉が乱暴に開く音がした。カウンターの中から訪問者を見た私は、一人で中に入ってくるダンケルさんの姿を見た。
 ダンケルさんはいつものムスッとした顔で私の前に立つと、乱暴に依頼書をテーブルの上に置いた。

「確認してくれ」
「お……お帰りなさい! すぐに確認しますね」

 慌てて依頼書を確認する。依頼書には討伐ギルドの『回収班』によって書かれたサインがある。回収班は討伐現場に同行するのが決まりで、無事討伐が成功すると魔物をギルドまで持ち帰るのが役目だ。つまり回収班のサインがあれば、依頼は成功したことになる。

「はい、確かに。それでは報酬をお支払いしますので、そちらのテーブルでお待ちくださ……」

 私が言い終わる前に、ダンケルさんは近くのテーブルに向かうと椅子を引いてどかっと座った。私なら両手で持つのもきつそうな大きな盾と剣を椅子に立てかけ、テーブルの上で手を組むとダンケルさんは珍しく疲れたように大きなため息をついた。
 そう言えば、心なしか顔色も良くない気がする。いくら上級討伐者のダンケルさんでも、さすがに黒の谷で一人での討伐は大変だったのだろう。

 受付担当官にダンケルさんの依頼書を見せ、問題が無ければ次は報酬の支払いだ。部屋を出て長い廊下を歩いた先にあるのが金庫室で、金庫係から報酬を受け取る。今回は難しい任務だったこともあり、報酬も多い。私はずっしりと重い巾着袋をしっかりと両手で持ち、カウンターに戻ろうとした所でふとあることを思いついた。



 ダンケルさんは椅子に座ったまま、じっと待っていた。頭を落とし、今にも眠りに落ちそうだ。やはり、彼は疲れている。

「ダンケルさん、報酬をお持ちしました」

 私がダンケルさんの前に立って声を掛けると、ダンケルさんは驚いたように顔を上げて私を見た。いつものようにカウンターに呼ばれると思っていたようで、私がわざわざカウンターから出てきたことに驚いたのだろう。

 テーブルの上に置いた巾着袋を、ダンケルさんは開けて中を確認している。そこへ私はそっと湯気の立つカップを置いた。
 カップに気づいたダンケルさんは怪訝な顔をしている。

「私の母が調合したハーブティーです。良かったらどうぞ」

 私は精一杯の笑顔を作った。睨むような目つきのダンケルさんにじっと見られると、ちょっと怖い。こんなものいらん、と素っ気なく返されるかもしれない。私の母は薬師だから、討伐者の傷を癒す薬や疲れを取るハーブティーを沢山作っている。母が討伐者用に調合したハーブティーをギルドに持ち込んで、体力の消耗が激しい討伐者に淹れてあげることにしている。だから、あくまでこれは私のギルド受付嬢としての気遣いだ。

 ダンケルさんは無言でハーブティーを飲んだ。一口飲んで少し驚いたように目を見開き、続けて飲む。良かった、ダンケルさんの顔色がみるみる良くなっていく。やっぱり彼は疲れていたんだ。

「それでは、ごゆっくり」

 ハーブティーを飲んでくれたことにホッとした私は、彼に声をかけてカウンターに戻ろうと背を向ける。

「……助かった。ありがとう」

 その時、確かに彼の「ありがとう」という言葉を聞いた。私は思わず振り返って彼の顔を見る。ダンケルさんは相変わらずムスッとした顔のまま、カップを口に運んでいて私を見ない。

「どういたしまして!」

 どう返すか迷ったけど、結局ありきたりな言葉しか出なかった。カウンターに戻った後も、ダンケルさんのたった一言がなんだか嬉しくて、つい口元が緩みそうになるのを抑えるのに必死だった。

 ダンケルさんはしばらく滞在した後、無言のままギルドを出て行った。カップを片づけようとテーブルに向かうと、空になったカップで押さえるように立派な鳥の羽根が置かれていた。

「良かった、全部飲んでくれて……ん? 何これ?」

 持ち上げるとそれは『ケタケタ鳥』という魔物の羽根だった。文字通りケタケタと鳴く声が特徴で、艶のある青色の美しい羽根が特徴だ。

「わざわざ置いて行ったってことは、お礼のつもりなのかな……」

 これを売ればハーブティーどころか、食事も一緒につけられるほどのお金が手に入る。お礼にしては高すぎる……と困惑しながら羽根を観察していた私は、よく見ると青色の中にうっすらと赤い線が入っていることに気づき、さあっと青ざめた。

「違う、これは『赤のケタケタ鳥』の羽根だ!」

 赤のケタケタ鳥はとても珍しい魔物で、羽根の頑丈さは比べ物にならない。防具や武器素材としても重宝されているから、羽根一枚の値段は普通のケタケタ鳥の羽根の十倍はするはずだ。何年もここで働く私も、現物を見たのは数回しかない。

「こんな高いものを置いていくなんて……さすが上級討伐者ね」

 上級討伐者と呼ばれる彼らは討伐で莫大な報酬を得ていて、街の中に大きな屋敷を建てている。きっとダンケルさんも相当お金を稼いでいるはずだ。彼にとってはこの程度のことはなんでもないのかもしれない。

 私は少し迷ったけど、結局この羽根を受け取ることにした。この羽根が彼と仲良くなるきっかけになる予感がしていた。
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