人を洗脳してはいけません!

からぶり

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緑と茶色と緑色

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 例えばの話をしよう。

 例えば、敵に囲まれ絶体絶命のピンチに陥った時、みんなはどうやって窮地を抜け出そうとするだろう。
 例えば、海難事故で無人島に漂流した時、どうやって生き延びようとするだろう。
 例えば、時限爆弾の最後に残った二本のコードでどちらを切断すればいいかわからない時、どうやって勇気を振り絞るのだろう。

 眠っていた力が覚醒する? 仲間と力を合わせる? 運に身をゆだねる?
 オーケーわかった。その時はぜひとも参考にさせてもらうとしよう。
 だが残念ながら、今の俺を救ってくれるようなナイスなアイデアは出てこないようだ。

「くくく、まさかこんなところでおぬしに出会うとはな! 只野ただのみどりよ!」

 例えば、見ず知らずの誰かさんに絡まれた場合、どうやって逃げればいい?
 頼むから誰か教えてくれ。


 ◯


「おい緑、なにわれを無視しておる」

 四月も中旬となり、春特有の肌を撫でるような、そんな優しい暖かさを感じられるようになった今日この頃。
 ばったり出会い、そして突然話しかけてきたこいつに、俺は言葉を発することが出来ないでいた。

 こいつの言う通り、俺が無視している形になっている……が、どんなに頭を捻らせようと、俺はこいつが誰なのかがわからなかった。

 なぜ誰だかわからないのか。
 それは仮面をつけていて顔が見えないからだ。

 仮面をつけている、それだけならまだいい。いや良くはないけど。けどこいつは仮面をつけているうえで、さらに体全体を覆い隠すような、なんていうか……ポンチョ? みたいな服を着て、まるで正体を隠しているかのようだった。

「……ど、どちら様で?」

 こんな妙な格好をしたやつが俺の知り合いにいるなんて思えないし思いたくもないが、しかし顔を確認しないことには初対面だと断言することは出来ない。

 この状況、知り合いだったらそれはそれで問題な気もするが、知りもしない誰かにこうして絡まれるよりかは幾分かましだろう。

 ならばまずはこいつの仮面の下を確認しなければなるまい。

「われが一体誰か、そんなことはどうでもいいであろう」
「いいや、どうでもよくないね。ぜひともその仮面を外してもらいたいんだがな」
「やれやれ、しょうがないのう」

 そういって渋々といった態度で、仮面を外す。

 だが、そうして見えた顔に、俺は困惑を隠せなかった。

「お、女の子?」

 小麦色の肌、肩より短い位置ではねているこげ茶色の髪、吸い込まれそうな緋色の瞳。
 その小さな顔は、間違いなく少女であった。

 う、うぅむ……女の子だったのか。いや、落ち着いて考えれば、仮面でくぐもって聞こえていたとはいえ、声は女の子っぽいものだったな。つまり俺は街中で知らない少女に声をかけられたわけか。もしやこれが噂に聞く逆ナンというやつか? 彼女いない歴=年齢の俺にもついにモテ期が来たのだろうか。でもおかしいな、あんまし嬉しくないや。女の子の服装が変なだけでここまで冷めるだったとは。

「これで満足であろう?」

 そういって少女は仮面を付け直す。
 確かに顔を確認するにはそれで満足だが、十分かと言われると否定せざるを得ない。

 なぜなら、俺は今見た顔に見覚えがなかったからだ。

 間違いなく初対面だ。赤の他人だ。
 しかしどうだろう、そのことを正直に伝えてしまってもいいのだろうか。

 初対面だというのは俺の勘違いで、もしかしたらどこかで会ったことがあるのかもしれない。
 あっちは俺の名前を知っているようだし、その可能性はある。面識はないと思うが、それは俺が忘れているだけかもしれないし、俺は自分自身の記憶力に残念ながら自信が持てなかった。

 知り合いだったら、顔まで見たのに思い出せないのは少し失礼だろう。

「な、なあ、もう一度顔を見せてくれないか?」

 そうすれば思い出せるかもしれないし。

「む、何だ緑。そんなにわれの顔を見たいのか?」
「え? あ、ああ、そうだ。お前の顔をじっくりと見せてくれ」

 そう、もし会ったことがあるのなら、しっかり見れば何か気づくはず。

「そ、そんな、じっくり見たいだなんて……そう見つめるでない、照れるではないか」

 ……何だろう、妙な勘違いをされている気がする。てか、顔見せてくれないのね。
 しょうがない、だったら顔以外で、こいつの見た目から判断するしかない。よく観察すれば、何かに気がつけるかもしれない。
 目の前のこいつをよく観察してみる。


 身長は俺よりも頭一つ分低いくらいの小柄で、怪しげな仮面を被っている。そして黒と茶色の混ざったような色合いの、ポンチョのようにゆったりとした、どこかの民族衣装を彷彿とさせる怪しげな服を身にまとっている。まともな神経をしている人ならば、とてもじゃないがあんな恥ずかしい格好は出来ないだろう。全身を覆い隠すその姿は、まるで正体不明の悪役みたいであった。ある一部を除いて女の子の服に詳しくない俺でも、それがおしゃれなファッションでないことはわかる。


 …………………………ふむ。

「おい、だから無視をするなと言っておるだろうが」
「へ、へ……」
「へ?」
「へ、変態だぁぁああああ!」
「うぉい!? 誰が変態だ!」

 確定、初対面。
 街中でこんな恥ずかしい恰好をするような変態が俺の知り合いにいるはずがない。

 しかしこの状況、どうしたものか。
 目の前には変態。すでにこのまま知らぬふりをして素通りすることもできず、かといってこのまま流れに身を任せれば面倒くさいことになるのは明らか。
 ならば俺がすべきことはただ一つ。

「まったく! おぬし、会っていきなり言うことが変態だなんて――」
「さらばだっ!」
「――なんて失礼なってぇえ!? ど、どこへ行くのだ!」

 進行方向を後ろに変え、すぐさま逃げる。意表を付けたようで邪魔をされることはなかったが、変態もすぐに追いかけてきた。なぜだ。

「おまっ、なんで追いかけてきやがる! この変態野郎!」
「おぬしこそなぜ逃げる! それに変態野郎ではない!」
「ダウトォ!」

 確かに野郎ではないけれども。
 バカと変態は自覚がない奴ほど厄介だ。やはりこいつに捕まるわけにはいかない。

 しかし変態の足もなかなか速い。追いつかれることはないだろうが、このまま逃げ切ることも難しそうだ。下手したら俺の体力が先に切れて捕まってしまう可能性もある。

 そう考えた俺は狭い路地へと逃げ込む。変態も同様に追ってきているが、この曲がりくねって視界の悪い場所なら、うまく姿をくらませることができるだろう。

 うんうん、素晴らしい作戦だ。自分のことながらほれぼれしてしまう。すごいぞ、俺。

 自分を褒めながら角を曲がる。すると前方に壁が現れた。

 つまり行き止まりだった。

「しまったぁあ!」

 俺のバカ! 格好つけて使ったこともない道を使うからこうなるんだ!

「ふっふっふ……追い詰めたぞ!」

 変態も追いついてきて逃げ場がなくなる。
 壁を背中に、じりじりとにらみ合うが絶体絶命だ。
逃げ場もない、なにか助かる方法も思いつかない。

 くそっ……こうなったら正義だろうが悪だろうが誰だっていい、もしいるのならば……助けてくれ!

 願いが通じたのか、それとも偶然か。
 どちらかは定かではないが、俺でも目の前の変態でもない、誰かの声が高らかに聞こえてきた。


「はーっはっはっは! 私が来たからにはもう安心だ、少年!」


 その声は変態の後方から聞こえてきた。いつの間にか、俺にも変態にも気づかれずに、そいつはそこにいた。

 …………いや、あのさぁ……確かに誰でもいいとはいったけどさぁ……。

 そいつの姿を見て、俺はつい頭を抱えそうになる。

 そいつは上から下まで緑色のタイツを着て、緑色のスカーフを付け、緑色の仮面をかぶり、まるで戦隊モノのヒーローのような格好をしていた。

 とどのつまりは変態だった。

 つまり、目の前のこいつと同類である。この場に変態が一人増えた。

「正義の味方、シンプル・グリーン登場!」

 しかもダサかった。
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