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しおりを挟む「……ちょ、ちょっとだけ」
魔が差した、とでも言えばいいのだろうか。
女の子用の服だとはわかりつつも、おしゃれに興味を持ち始めた俺は、そのパーカーに袖を通さずにはいられなかった。
「……ふむ」
鏡に映る自分を見て頷きを一つ。
意外と悪くないのでは? 可愛らしいデザインの服を俺が着ているのは違和感を覚えるけれど、そのミスマッチ感すらおしゃれに見える。そして女の子用の服を着ている、という背徳感がなんとも言えない。
か、買っちゃおっかな? 値段も三千円とお手頃だし、せっかくの記念として……い、いやいや、何を考えてるんだ俺は。少しはしゃぎすぎだぞ。
いったん落ち着こうと鏡から視線を外す。
そして一人の女の子と目が合った。
「……あ、先輩」
「え? ――え」
サァッ――と血が引いていくのが分かった。
もしここでもう一度鏡を見れば、面白いほどに顔が真っ青になった俺が映っているに違いない。
そこにいたのは、肩出しタイプのトップスにショートパンツと言う涼しげな格好をした、胡桃色の髪を持つ少女、薺奈ちゃんだった。
チラリと覗く肩や太ももが眩しく、何より初めて目にする私服姿は思わず息をのんでしまうほどの可愛さだ。
しかし今は薺奈ちゃんの可愛さに照れている場合じゃない。
「こ、後輩ちゃん!? ……こ、こんなところで会うなんて奇遇だね!」
「そうっすね。ウチも色んな意味で驚きを隠せないっす」
空調の利いた店内だというのに汗がだらだら流れてくる。
気分は隠していた妹物のエロ本を奏恵ちゃんに見つけられた時さながらだ。あの時は一週間口をきいてくれなかった。
「あのー、先輩? こんなところで何やってんすか?」
「え、えぇっと……み、見ての通り、服をね……買おうかなー……なんて」
「そ、そうっすか……随分楽しんでるみたいっすね。試着までして」
「いやっそのっ、これは……!」
声を大にして『誤解だ!』と叫びたいとこだが、実際のところ少し楽しんでいたのは事実だから強く否定出来ない。
「これは……ええっと、その……」
この場を切り抜ける上手な言い訳が思いつかず、言葉に詰まる。
「んー……」
一方で、薺奈ちゃんは女性用パーカーを着用した男子高校生を前に、何やら思案顔を浮かべていた。
「んんー…………」
さすがの薺奈ちゃんでも、この状況でなんて言葉をかけるべきか悩んでいるのだろうか。顎に手を当てて考え込む薺奈ちゃんの次の言葉を、判決を下される罪人がごとく待つ。
「んー……ま、いいっす!」
「何が!?」
変にからかわれないのは助かるが、しかしいったい何をどう納得したのか不安だ。少なくとも、俺が得するような内容ではないだろうけど。
「安心してください先輩。これでもウチはサブカルに明るいほうっすから」
「ごめん、どう安心すればいいのかわからない! せめてどんな結論が出たのか教えてほしい!」
「それはっすね……あっそうだ。そんなことより先輩、こうして会ったことっすし、一緒にショッピングでもどうっすか?」
「露骨に話を逸らされた!? ――って、あれ、今なんて?」
「だから、どうせなら一緒に遊びましょうって言ってんすよ!」
「ま、マジで!?」
敗戦濃厚の消化試合と思っていたらまさかの大逆転勝利だ! まさか薺奈ちゃんから遊びの誘いを受けるだなんて! これはお買い物デートと言うやつじゃないか!? 夢にまで見た薺奈ちゃんとのデートが実現するなんて!
「も、もちろんお供させてもらうよ!」
「さっすが先輩! じゃあせっかく服屋にいることっすし、まずは洋服でも見るとするっすかね。なんかいいのがないか、先輩にも探してほしいっす」
「お、俺が薺奈ちゃんの服を……い、いいのかい?」
「もっちろんす! んっふっふ、ウチを先輩好みに染めちゃってもいいんすよぉ~?」
女性服専門店で女の子の服を試着しててよかった……! もしあの時魔が差さず、この店からさっさと立ち去っていたら、このイベントは発生していなかっただろう。
これも全ては、おしゃれに興味を持ったがために起きた幸運。
……なるほど、おしゃれというのは素晴らしいものだ。
今回の『おしゃれ作戦』。作戦自体の結果は成功か失敗かは不明だが……とりあえず、おしゃれに興味を持ってよかった、とだけ言っておこうかな。
……ちなみに、
「はい、奏恵ちゃん。これあげる」
「ん? 何これ……ってうわっ! 可愛いっ! 本当に何これおにぃ!」
「今日のお礼だよ。喜んでくれたなら何よりだ。……詳細は聞かないでね」
「なんか怖いんだけど!」
記念で買ったオレンジパーカーは、奏恵ちゃんのプレゼントとなった。
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