恋愛ビギナーと初恋イベリス

からぶり

文字の大きさ
18 / 27

4-2

しおりを挟む

 ……あ、あっれぇー……?

「およ、また揃ったっすねぇ。これで三回連続。いやぁなんか今日はツイてるっす」

 ツゥ――と額から冷や汗が流れる。一回の手番で六枚もトランプを獲得した薺奈ちゃんの手元には、小さなトランプの山が出来上がっていた。

 本日四戦目の神経衰弱にて、俺は予想だにしない大苦戦を強いられていた。

 ……いや、苦戦というなら、最初からすでにそうだったか。

 一戦目――負け。あまり使いすぎるとイカサマがばれると思って出し惜しみした結果、不覚にも普通に負けた。

 二戦目――勝ち。しかし今度はきちんとイカサマを活用したにもかかわらず、六枚差という接戦にまでもつれ込む。

 三戦目――勝ち。もはやなりふり構っていられないと、ばれること覚悟でイカサマを乱用するも、二枚差というさらに差を縮められる結果となる。

 そして今回の四戦目。机の上に残ったトランプは数えられるほどとなり、勝負は終盤に差し掛かっているようにも見えるが、実はまだ序盤も序盤。たった二回の手番で、薺奈ちゃんは半分近いトランプを掻っ攫っていった。

 お、おかしくないか? 何でイカサマしてるのに圧勝できないんだ? 戦績こそ二勝一敗、一応勝ち越しているけど、これは勝っていると言えるのか?

「あー残念、3と7っすね。ここでハズレっすかー。さ、先輩の番っすよ。……って言っても、もうウチの勝ちはほぼ決まったようなもんっすけどね~」

 くっ――ば、バカにしやがって! 見てろ見てろよ! 残っている枚数は半分とちょっと、つまりここから全部取れば俺の勝ちになるんだ!
 もう判別可能なガンカードは少ししかないけど、こうなったら男の意地ってやつを見せてやる!

「ま、まずは9のペアと2のペア! そ、それからえっと……これと、これ! あ、あとは……こ、これと……えっとえっと――」
「――ところで、先輩」
「なんだい!」

 必死の思いでトランプをめくっているところに、薺奈ちゃんが囁いてくる。

 もしや俺の集中力を乱そうって作戦か? だがちょっとのことでこの集中が切れてしまうなんてことはない!

「さっき先輩が言ってたことなんすけどぉ」

 えっとK(キング)は確か――これか……? よ、よし、正解! 次!

「今日、顧問の先生が来るって言ってたじゃないっすかぁ」

 く、ここで7だと!? もう見分けられるトランプは残ってないっていうのに……いや待て、7っていえば、さっき薺奈ちゃんが捲ってたはず!

「この神経衰弱をやる理由になったあれなんすけど……」

 ど、どれだっけ? 確かこれだったような気が――――

「あれ、嘘っすよね?」
「――――え?」

 祈るように捲ったカードは、残念ながらハートの3。
 薺奈ちゃんが捲ったカードではあるが、ハズレの方だった。つまりこれで手番は薺奈ちゃんに移るわけだが――あれ?

 薺奈ちゃん。今なんて言ったの?

「実は今日、たまたまあの先生の授業がある日だったんすよぉ。でもぉ、出張らしくて自習だったんすよねー」
「……う、うん……」
「それでぇ、そんな先生が、部の様子を見に来るなんておかしいじゃないっすかぁ」
「……そ、そうだね……」

 ば――バレバレじゃないか!

 なんでよりにもよって今日出張なんか行ってんだあの先生!

「っと、先輩が外したんでウチの番っすね。まあちゃちゃっと終わらせるっすかねー」

 これとこれでー、それからこれとこれでー、と薺奈ちゃんは目の前で次々とトランプを捲ってペアを揃えていく。

 まるでどのトランプがどの数字なのか把握しているような、迷いのない動きだった。

「んで最後がこれ! いやー、なかなか白熱したいい勝負だったっす!」

 最終的に計四十枚を超える紙束を手にした勝者から、ナイスゲームとサムズアップを送られる。
 国によっては侮蔑の表現としてとらえられるそのジャスチャーは、まさに嘘をつきイカサマまで使用した俺に向けるのにふさわしいグッドサインであった。

「こ、後輩ちゃんがここまで神経衰弱だ得意だったとは知らなかったなぁ。こ、これでも全勝する自信はあったんだけど、まさかこんなにも大差で負けるとは……」

 圧勝してカッコいい姿を見せるはずだったのに、逆にこうも無様な姿を晒す羽目になるだなんて……!
 あまりの悔しさに、つい言い訳がましいセリフを言っちゃったよ。

「いやいや、ウチが勝つのなんて当たり前じゃないっすか」

 前から思ってたけど、この子って結構俺のこと舐めてるよね。別に、俺自身でも自分のことを尊敬できる先輩だとは思えないからいいんだけど。

「だって、どのトランプが何の数字か全部分かっているのに負けるわけがないっすもん」
「むむ、なるほど、それもそうだ――ん? 後輩ちゃん、今なんて? 全部の数字が分かってたって言った……?」
「ほら、このトランプって結構キズとかがついてるじゃないっすか。こんなのあったら全部のトランプを見分けるくらいよゆーっすよ」
「あ、そう……全部、ね……」

 俺は頑張っても半分しか覚えられなかったんだけどなぁ……。

 つまりあれだ、イカサマでも薺奈ちゃんは俺の上を行っていたわけか。どおりで今まで薺奈ちゃんにトランプで勝てないはずだよ。だって全部分かってんだもん。

「ふ、ふふ、ふふふふふ……完敗だよ後輩ちゃん。さすがと言う他ない」
「いやぁ、それほどでもないっすよぉ。むしろ、そんなウチに二回も勝っちゃう先輩の方がさすがっす」

 やめてくれ薺奈ちゃん。勝負に負けた上にこうも奮闘を称えられると、惨めな感じがより際立っちゃうから。

「ところで先輩。一つ聞きたいんすけど」
「なんだい後輩ちゃん。なんでも聞いてくれたまえ。敗者は勝者の言うことには絶対だ」

 聞きたいことってなんだろう。あれかな、俺もイカサマしてたって気づいてたのかな? それとも、もっと別のこととか?

 なんにせよ、完膚なきまでに敗北した身としては勝者からの要求は飲まねばなるまい。

「なんで顧問が来るとか嘘ついてまで、ウチと神経衰弱やりたかったんすか?」
「さ、さーて後輩ちゃんっ! もういい時間だし今日の部活はここまでにしようかぁっ!」

 前言撤回! いやほら、口が裂けても言えないことってあるじゃん? それだよ。

「えー、なんで誤魔化すんすかぁ。教えてくださいっすよー」
「ご、誤魔化す? さ、さぁ? 何のことやら……」

 カッコいいとこを見せたかったから、なんて正直に言うわけにもいかないので、あれやこれやと必死に言い訳を考える。

 しかし薺奈ちゃんを言いくるめられそうなものはそう簡単に思い浮かぶはずもなく。やれしまったどうしたものか……とそんな時、キンコンカンコンとタイミングよく最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴り渡った。

 ……言い訳できないなら、後はこれしかないな。

「と言うわけで後輩ちゃん! すまないが俺は急用を思い出したので先に失礼するよ! そ、それじゃあまた明日ね!」
「あ、ちょっと先輩! 待つっすよー!」

 逃げるは恥と言うけれど、ここは戦略的撤退とでも言っておこうか。引き留めようする薺奈ちゃんの声を背に部室から脱走する。

 ……都合が悪くなったら逃げ出すなんて所業、好感度的にはマイナスにしかならないと少し考えれば分かることだ。
 しかし『嘘をついてまで神経衰弱をしようとした理由』を隠すことしか頭にないほど慌てていた俺に、そこまで思い至ることは出来なかったのであった。

 ようやく自分がやらかしたことに気づいたのは、既に自分の教室へと戻ったころのことだ。

「……うっわぁ……」

 思わず自己嫌悪でしゃがみこむ。

 教室には自分以外に人はいないが、もし他に誰かいたら、その人たちはどんな目で俺を見ていたことだろうか。そんな周囲からの視線を気にする余裕など俺にはなく、ただ先ほどの部活中の自分を振り返ってポツリ。

 嘘ついて、イカサマして、挙句の果てには逃げ出して――って、


「……最初から最後まで、ただの最低野郎だったんじゃね? 俺……」


 今回の『絶対強者作戦』の結果……言う必要あるか?

 とりあえず一言述べるなら……こんなことやらなきゃよかったよ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...