19 / 27
4-3
しおりを挟むもしかして薺奈ちゃんに嫌われちゃったかなぁ……とか。
今からでも戻るべきか? でも薺奈ちゃんもう帰っちゃったかもだし、そもそもなんて謝れば……とか。
家に帰るわけではなく、かといって部室へと戻るわけでもなく、かれこれ十分ほど俺は教室で一人悶々と頭を抱えていた。
――いやいや、悩んでる暇があったらさっさと戻って謝るなりしろよ。それかさっさと家に帰れよ――なんて、もしここに第三者がいたらそんなことを言ってきそうだけど、俺がいつまでも教室にいるのにはきちんと理由があってのことだ。
というのも、単に約束があるから、というだけなんだけど。
『話があるんだけど、今日一緒に帰らないか』
部活開始前に送った、そんなメッセージ。
相手からは気前よくオッケーの返信があり、待ち合わせ場所として指定されたのがこの教室というわけだ。
「よっ! 待たせたな奏汰!」
先ほどのやらかしでブルーな気持ちになっている俺とは対照的な、溌剌とした声に呼びかけられる。待ち合わせ相手――翠泉彩芽様のご登場だ。
「そこまで待ったわけじゃないけど……でもお前が遅れるなんて珍しいな、彩芽」
「悪い悪い! 部活が長引いちまってな」
そう言いながら、彩芽はところどころ乱れた制服を整える。よく見れば額にはうっすらと汗が浮かんでいるし、頬も少し上気して赤らんでいる。部活が終わってから、着替えもきちんとしないで走って来たのだろう。
「部活忙しいのか? それなら別に、今日じゃなくても余裕のある日でいいんだけど」
「へーきへーき。アタシにとっちゃいつでも余裕だからな! ただ夏の大会が近くて練習がちょっとハードになっただけだ!」
「それを普通は忙しいっていうんじゃないか?」
さすがは彩芽と言ったところか。まさに元気の化身のような奴だ。
「ま、もう下校時刻なわけだし、とりあえず帰るとしようぜ、奏汰!」
○
学校から駅までの通学路は、途中いくつかコンビニやパン屋があるくらいで、後は車通りの少ない閑静な住宅街が続くだけ。
朝や夕方は登校、下校する生徒たちで多少賑わうものの、少し時間をずらせば周囲から人の気配はとんとなくなる。
人がいない、つまりは秘密の話をするにはうってつけということ。話を出来るだけ人に聞かれたくない俺からすれば、まさにベストな状況だ。
「それで、わざわざ放課後に呼び出してまでしたい話って?」
「話したいことというか、頼みたいことがあってだな……」
「頼みたいこと?」
俺から彩芽への頼み事。それには部活が関係していた。簡単に一言で言えば、現在テーブルゲーム部は廃部の危機に瀕しているのだ。
――つい今朝のことである。学校に登校してきた俺を、我がテーブルゲーム部の顧問が待ち構えており、そして無慈悲な宣告を下された。
『さすがに部員が二人だけだと部として認めるのは難しいぞ。存続させたいなら、せめてあと一人か二人くらいは人数を増やせ』
こんな中途半端な時期に今更そんなこと言うなよ、とも思ったが、顧問という頭の上がらない存在が相手である以上、従うしかない。それにあの部がなくなってしまえば、薺奈ちゃんと会う口実すらなくなってしまうのだ。
しかし、部員を増やすと言っても誰でもいいわけではない。まず男は絶対にダメだ。理由は言うまでもないだろう。それから、部活に一生懸命な人もダメ。なぜなら俺が薺奈ちゃんと過ごす時間が減ってしまうから。
だから『部には入部してくれるけど、その後は幽霊部員になってくれる女子』が俺の理想であった。ちなみにだが、この件について薺奈ちゃんは一切事情を知らない。薺奈ちゃんが連れてくる子が俺の理想とする幽霊部員とは限らないからだ。
と、ここで問題が一つ。俺には『幽霊部員として一緒の部活に入ってくれない?』なんて気軽に誘える女子がほとんどいない、ということだ。ほとんどいないと言うか、一人しかいないと言うか……ぶっちゃけ唯一の女友達である彩芽しかいない。一応奏恵ちゃんもありだけど、あの子は俺と同じ部活とか死んでも嫌だって言うだろうし。
とまあそんなわけで。部活の時に薺奈ちゃんについた嘘だけれども、廃部の危機という部分についてはあながち嘘というわけではなかったりする。まあ嘘を言ったことに変わりはないし、イカサマしたことと逃げたことの事実は揺るがないんだけど……あ、やば、思い出したらまたブルーになって来た……。
「す、すまん彩芽……これを話すにはもう少し時間が欲しい……」
「ど、どうしたんだよ。急に落ち込んだりして」
「いやその、メンタルが……」
ええい、シャキッとしろ紗倉奏汰! 俺のわがままで部員をえり好みするんだから、俺がきちんと役目を果たさないとダメじゃないか! 彩芽だって暇じゃないんだ、今日を逃したらもう誘う機会はないかもしれないんだぞ!
「ふう…………よしっ!」
深呼吸して気持ちを切り替える。いつまでもくよくよするなんて男らしくない。
「彩芽!」
「お、おう?」
よぅし、そうと決まったら勢いよくだ! 俺がどれだけ彩芽にテーブルゲーム部へ入って欲しいと思っているのか、それを分かってもらえるような熱い勧誘をしよう!
「俺は――」
熱い勧誘……熱い……情熱的……だからつまり――
「俺は――お前が欲しい!」
「…………ふえっ!?」
やっちまった。
「ち、違うんだ彩芽! 今のはつまり、お前と一緒になりたいと言うか!」
「は……はぁぁぁあ!? んな、何言ってんだよ急に!」
ああもうっ! ほんと何言ってんだ俺! 日本語下手かッ!
「む、無理無理! あいやっ、別に嫌ってわけじゃなくて! む、むしろその……ああやっぱダメっ! きゅ、急すぎるよぉ……!」
「待ってくれ彩芽! 多分すごく誤解してるから! い、今のはそう言う意味じゃなくて!」
「うわわわ!? な、なんだなんだよ近いって! そ、そーゆーのはまだ早いってぇ……!」
「だぁーッ! 話を聞いてくれ!」
「あうあうあう……」
「うぉぉいっ! 落ち着け彩芽!」
泣くな! 泣きたいのは俺も同じだ!
「俺はただ! 彩芽にテーブルゲーム部に入って欲しいって言いたかっただけなんだ!」
「うぅー……て、てーぶるげーむぶ……?」
「そうそう! だから、な? 落ち着こうって」
な、なんとか取り返しがつかなくなる前に誤解が解けたか。今後発言には気を付けないとだな……。そう言えば彩芽がこういうことには弱いって忘れてたな。
「……説明しやがれ」
「えっと、実は部員を増やす必要があってだな。それで、彩芽に幽霊部員でいいから名前だけでも入部してくれないかって頼みたかったんだよ」
「……じゃあ、さっきのはその、あ、あーゆー意味じゃなかったんだな?」
「お、おう。あーゆー意味じゃない」
そもそもヘタレの俺にあんな情熱的な告白なんて出来るわけがない。薺奈ちゃん相手にですらまだ直接的なアピールも出来てないっていうのに。
「そうか。そうかそうか……一発殴ってもいいか?」
「か、勘弁してくれると嬉しい」
「……はぁ。もう少し使う言葉を選べってんだ。なんだってあんな誘い方……」
「わ、悪かったって。俺にもいろいろあったんだよ」
「なんだよそれ……ったく。んで、テーブルゲーム部だったか? 奏汰がそんな部に入ってるなんて初めて知ったわ。でもなんで新しく部員を欲しがるんだよ。しかも幽霊部員」
「部員が少ないって理由で廃部警告されたんだよ。せめて一人か二人増やせってさ」
「なるほど、超小規模の部活だったわけか。どおりで聞いた事ねー部だと思った。でもよぉ奏汰。アタシもう部活には入ってるし、さすがに掛け持ちはきついんだけど」
「だから名前だけの幽霊部員を募集してるんだよ。別に部に顔を出す必要はないからさ」
まあ増えた部員が幽霊部員というのは、問題の根本的な解決にはなってないし、その場しのぎにしかならないかもしれない。でもお願いする立場の者がこれ以上望むのは、出過ぎた真似という奴だ。
それに、そもそも俺は『薺奈ちゃんと二人きりの部活動』を持続させたいのだから、たとえその場しのぎであろうと幽霊部員であることが望ましい。
そう、俺が欲しいのはあくまで名前だけなのだ。
「要するにあれだ。身体が目当て、みたいな?」
……自分でも、なんて最低な余計な一言を言ってしまったんだと後悔してる。少なくとも、女の子に言うセリフではなかったと。
だからこの直後に、怒りで顔を赤くしながら「この屑野郎!」と殴りかかって来た彩芽の拳を、俺は甘んじて受け入れたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる