恋愛ビギナーと初恋イベリス

からぶり

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 もしかして薺奈ちゃんに嫌われちゃったかなぁ……とか。

 今からでも戻るべきか? でも薺奈ちゃんもう帰っちゃったかもだし、そもそもなんて謝れば……とか。

 家に帰るわけではなく、かといって部室へと戻るわけでもなく、かれこれ十分ほど俺は教室で一人悶々と頭を抱えていた。

 ――いやいや、悩んでる暇があったらさっさと戻って謝るなりしろよ。それかさっさと家に帰れよ――なんて、もしここに第三者がいたらそんなことを言ってきそうだけど、俺がいつまでも教室にいるのにはきちんと理由があってのことだ。
 というのも、単に約束があるから、というだけなんだけど。

『話があるんだけど、今日一緒に帰らないか』

 部活開始前に送った、そんなメッセージ。

 相手からは気前よくオッケーの返信があり、待ち合わせ場所として指定されたのがこの教室というわけだ。

「よっ! 待たせたな奏汰!」

 先ほどのやらかしでブルーな気持ちになっている俺とは対照的な、溌剌とした声に呼びかけられる。待ち合わせ相手――翠泉彩芽様のご登場だ。

「そこまで待ったわけじゃないけど……でもお前が遅れるなんて珍しいな、彩芽」
「悪い悪い! 部活が長引いちまってな」

 そう言いながら、彩芽はところどころ乱れた制服を整える。よく見れば額にはうっすらと汗が浮かんでいるし、頬も少し上気して赤らんでいる。部活が終わってから、着替えもきちんとしないで走って来たのだろう。

「部活忙しいのか? それなら別に、今日じゃなくても余裕のある日でいいんだけど」
「へーきへーき。アタシにとっちゃいつでも余裕だからな! ただ夏の大会が近くて練習がちょっとハードになっただけだ!」
「それを普通は忙しいっていうんじゃないか?」

 さすがは彩芽と言ったところか。まさに元気の化身のような奴だ。

「ま、もう下校時刻なわけだし、とりあえず帰るとしようぜ、奏汰!」

 ○

 学校から駅までの通学路は、途中いくつかコンビニやパン屋があるくらいで、後は車通りの少ない閑静な住宅街が続くだけ。

 朝や夕方は登校、下校する生徒たちで多少賑わうものの、少し時間をずらせば周囲から人の気配はとんとなくなる。

 人がいない、つまりは秘密の話をするにはうってつけということ。話を出来るだけ人に聞かれたくない俺からすれば、まさにベストな状況だ。

「それで、わざわざ放課後に呼び出してまでしたい話って?」
「話したいことというか、頼みたいことがあってだな……」
「頼みたいこと?」

 俺から彩芽への頼み事。それには部活が関係していた。簡単に一言で言えば、現在テーブルゲーム部は廃部の危機に瀕しているのだ。


 ――つい今朝のことである。学校に登校してきた俺を、我がテーブルゲーム部の顧問が待ち構えており、そして無慈悲な宣告を下された。

『さすがに部員が二人だけだと部として認めるのは難しいぞ。存続させたいなら、せめてあと一人か二人くらいは人数を増やせ』

 こんな中途半端な時期に今更そんなこと言うなよ、とも思ったが、顧問という頭の上がらない存在が相手である以上、従うしかない。それにあの部がなくなってしまえば、薺奈ちゃんと会う口実すらなくなってしまうのだ。

 しかし、部員を増やすと言っても誰でもいいわけではない。まず男は絶対にダメだ。理由は言うまでもないだろう。それから、部活に一生懸命な人もダメ。なぜなら俺が薺奈ちゃんと過ごす時間が減ってしまうから。
 だから『部には入部してくれるけど、その後は幽霊部員になってくれる女子』が俺の理想であった。ちなみにだが、この件について薺奈ちゃんは一切事情を知らない。薺奈ちゃんが連れてくる子が俺の理想とする幽霊部員とは限らないからだ。

 と、ここで問題が一つ。俺には『幽霊部員として一緒の部活に入ってくれない?』なんて気軽に誘える女子がほとんどいない、ということだ。ほとんどいないと言うか、一人しかいないと言うか……ぶっちゃけ唯一の女友達である彩芽しかいない。一応奏恵ちゃんもありだけど、あの子は俺と同じ部活とか死んでも嫌だって言うだろうし。


 とまあそんなわけで。部活の時に薺奈ちゃんについた嘘だけれども、廃部の危機という部分についてはあながち嘘というわけではなかったりする。まあ嘘を言ったことに変わりはないし、イカサマしたことと逃げたことの事実は揺るがないんだけど……あ、やば、思い出したらまたブルーになって来た……。

「す、すまん彩芽……これを話すにはもう少し時間が欲しい……」
「ど、どうしたんだよ。急に落ち込んだりして」
「いやその、メンタルが……」

 ええい、シャキッとしろ紗倉奏汰! 俺のわがままで部員をえり好みするんだから、俺がきちんと役目を果たさないとダメじゃないか! 彩芽だって暇じゃないんだ、今日を逃したらもう誘う機会はないかもしれないんだぞ!

「ふう…………よしっ!」

 深呼吸して気持ちを切り替える。いつまでもくよくよするなんて男らしくない。

「彩芽!」
「お、おう?」

 よぅし、そうと決まったら勢いよくだ! 俺がどれだけ彩芽にテーブルゲーム部へ入って欲しいと思っているのか、それを分かってもらえるような熱い勧誘をしよう!

「俺は――」

 熱い勧誘……熱い……情熱的……だからつまり――

「俺は――お前が欲しい!」
「…………ふえっ!?」

 やっちまった。

「ち、違うんだ彩芽! 今のはつまり、お前と一緒になりたいと言うか!」
「は……はぁぁぁあ!? んな、何言ってんだよ急に!」

 ああもうっ! ほんと何言ってんだ俺! 日本語下手かッ!

「む、無理無理! あいやっ、別に嫌ってわけじゃなくて! む、むしろその……ああやっぱダメっ! きゅ、急すぎるよぉ……!」
「待ってくれ彩芽! 多分すごく誤解してるから! い、今のはそう言う意味じゃなくて!」
「うわわわ!? な、なんだなんだよ近いって! そ、そーゆーのはまだ早いってぇ……!」
「だぁーッ! 話を聞いてくれ!」
「あうあうあう……」
「うぉぉいっ! 落ち着け彩芽!」

 泣くな! 泣きたいのは俺も同じだ!

「俺はただ! 彩芽にテーブルゲーム部に入って欲しいって言いたかっただけなんだ!」
「うぅー……て、てーぶるげーむぶ……?」
「そうそう! だから、な? 落ち着こうって」

 な、なんとか取り返しがつかなくなる前に誤解が解けたか。今後発言には気を付けないとだな……。そう言えば彩芽がこういうことには弱いって忘れてたな。

「……説明しやがれ」
「えっと、実は部員を増やす必要があってだな。それで、彩芽に幽霊部員でいいから名前だけでも入部してくれないかって頼みたかったんだよ」
「……じゃあ、さっきのはその、あ、あーゆー意味じゃなかったんだな?」
「お、おう。あーゆー意味じゃない」

 そもそもヘタレの俺にあんな情熱的な告白なんて出来るわけがない。薺奈ちゃん相手にですらまだ直接的なアピールも出来てないっていうのに。

「そうか。そうかそうか……一発殴ってもいいか?」
「か、勘弁してくれると嬉しい」
「……はぁ。もう少し使う言葉を選べってんだ。なんだってあんな誘い方……」
「わ、悪かったって。俺にもいろいろあったんだよ」
「なんだよそれ……ったく。んで、テーブルゲーム部だったか? 奏汰がそんな部に入ってるなんて初めて知ったわ。でもなんで新しく部員を欲しがるんだよ。しかも幽霊部員」
「部員が少ないって理由で廃部警告されたんだよ。せめて一人か二人増やせってさ」
「なるほど、超小規模の部活だったわけか。どおりで聞いた事ねー部だと思った。でもよぉ奏汰。アタシもう部活には入ってるし、さすがに掛け持ちはきついんだけど」
「だから名前だけの幽霊部員を募集してるんだよ。別に部に顔を出す必要はないからさ」

 まあ増えた部員が幽霊部員というのは、問題の根本的な解決にはなってないし、その場しのぎにしかならないかもしれない。でもお願いする立場の者がこれ以上望むのは、出過ぎた真似という奴だ。

 それに、そもそも俺は『薺奈ちゃんと二人きりの部活動』を持続させたいのだから、たとえその場しのぎであろうと幽霊部員であることが望ましい。

 そう、俺が欲しいのはあくまで名前だけなのだ。


「要するにあれだ。身体が目当て、みたいな?」


 ……自分でも、なんて最低な余計な一言を言ってしまったんだと後悔してる。少なくとも、女の子に言うセリフではなかったと。

 だからこの直後に、怒りで顔を赤くしながら「この屑野郎!」と殴りかかって来た彩芽の拳を、俺は甘んじて受け入れたのだった。

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