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しおりを挟む「先輩は……あの時みたいに、今でも彼女が欲しいって思ってるんすか?」
「……思ってる、けど」
「好きな人は……どうなんすか?」
「好きな人?」
「先輩あの時、好きな人はいないって言ったじゃないっすか。その、それも変わってないのかな……って」
「好きな人か……そうだな……」
いつもなら、何の迷いもなく『いない』と答えていただろう。
しかし、この場の雰囲気というか、今の質問に込められた感情というか……それら多くの要素が、俺に嘘をつかせるのをためらわせていた。
さて、どう答えたものか……
「先輩は」
嘘をつくか、正直に言うか。
その二択に女々しく思い悩んでいた俺の返答を待たず、新たに薺奈ちゃんから質問を投げかけられる。
「先輩は……好きな人が出来たことって、あるっすか?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
無いと言い切れない、そんな自分がもどかしい。
だって俺は、女の子を一目惚れで好きになる男で。
そして、優しくされただけで勘違いしてしまう、とても単純な男だから。
中学生の時がまさにそうだ。女の子から優しさを向けられることに不慣れだった俺は、ちょっとしたことで女の子にときめいて……だからもしあれが好きだったことになるのなら、イコール俺は簡単に人を好きになる男である、というわけだ。
……しかしそう考えてみると、一つ疑問に思えてくることがある。
それは、そんな簡単な男が三ヶ月も一人の女の子だけを好きと思い続けている、ということだ。
普段から仲のいい唯一の女の子の友達にも、学校一の美少女にも、他の誰にも靡くことなく、ただ一人……薺奈ちゃんだけを好きだと想い続けたのは、簡単に人を好きになる男からは考えにくい事のように思える。
今まで好きになったかもしれない何人かの女の子。
どれも似たようなきっかけで、優しくされて『もしかしてこの子、俺のことが……』なんて勝手に期待し、そしてすぐにそれが勘違いだと思い知らされて目が覚める。それがお決まりともいうべきパターンだった。
だが、今はどうだろう。
好きになったきっかけこそ、今までとそう大差ないかもしれない。それに薺奈ちゃんが俺のことを好きじゃないことは、何度も痛感させられてきた。だというのに、それでも目が覚めるどころか時が進むにつれ盲目的になっていく。
果たして、今までと薺奈ちゃんとで、いったい何が違うのだろうか。今までの『好き』と今回の『好き』は、いったい何が違うのだろうか。
考える。
考える、考える、考える。
紗倉奏汰にとっての『好き』について。
紗倉奏汰の原点とも言える『彼女が欲しい』という想いについて。
そして――『どうして薺奈ちゃんのことを好きであり続けたのか』について。
今の今まできちんと考えようとしてこなかったことに思考を巡らせて……そして、ようやく今更になって、俺は自分が抱いている気持ちを理解した。
――ああなんだ、簡単なことじゃないか。
「……あるよ。好きな人が出来たこと」
――ほら、薺奈ちゃんの言う通り、俺ってチョロいじゃん?
そうおどけて言えば、
――そっすね、先輩はチョロ先っす。
遠慮がちに微笑んで、そうおどけた言葉が返ってくる。
それはどこか寂し気で……今にも泣きだしそうな、そんな微笑みだった。
「でも今振り返ってみれば、あれは本当の意味で好きになってたわけじゃなかったんだと思うんだ」
「本当の好きじゃない……っすか?」
「そ。何度も言うけど、俺ってチョロい……単純な奴だったからさ」
優しくされたから好きになった――のではなく。
優しくしてくれた女の子を『俺のことが好き』と勘違いし、そして俺は『なら彼女に出来るんじゃないか』と思い込んでしまっていたのだ。
彼女が欲しいと思い続けた弊害か、『彼女が出来るかも』という期待を『好き』という感情とはき違えていたわけである。
……自分のことながら、なんてうぬぼれた奴なんだと思う。
「優しくされて、期待して。その期待を、好きだと勘違いして。……好きだったけど、好きじゃない、みたいな? あれ何言ってんだろ俺」
思うに、俺は今まで本当の意味で人を好きになったことがないのかもしれない。
……いや、もっと正確に言うなら、
「あれは『好き』であっても、『恋』ではなかった」
心の中で、羞恥心が悲鳴を上げている声が聞こえてくる。
今、すごく恥ずかしい。
好きな子に自分なりの『好き』とか『恋』について語るとか、死ぬほど恥ずかしい。
だが、そんな羞恥心を押し殺し、心の中でもう一人の自分が『やめてくれ!』と叫ぶのを無視して言葉をつづける。
――これは俺なりの、俺が今できる精一杯の宣言。
告白には届かない何か。
「こんなふうに思うのは、もしかしたら俺だけかもしれないけど……人は誰しも、些細なきっかけで誰かに好意を抱くんだと思う。でも、そこで抱いた好意――『好き』って感情を、その先も抱き続けることで、『好き』が『恋』に変わるんだ……と、思う、よ?」
そうだ。俺は今、薺奈ちゃんという女の子に、生まれて初めて恋をしているのだ!
――って、うわー! は、は、恥ずかしぃー! 『好きが恋に変わるんだ(キリッ)』って……恥ずかしぃー! 青春してんなぁ俺!
な、薺奈ちゃん、引いちゃってるかなぁ…………。
「――――ぷっ、くくっ」
「うひぃっ」
いっけね、取り乱しすぎて気持ち悪い声出しちゃった。
「ぷっ……あっはは! さ、さすが先輩っす! ロマンチックっすね! あはははは!」
「や、やめてくれ! 笑うなぁ! もういっそ殺してくれぇ!」
「あははは……はぁー。些細なきっかけで好きになる、か……。そっか、それでいいんだ。こんなに悩まなくて、もっと簡単に考えていいんだ……」
隣で薺奈ちゃんはうんうんと何かに納得したようにうなずいているけど、恥ずかしさを我慢できなくなった俺には、なんて呟いているのかは聞こえなかった。
ただ分かるのは、薺奈ちゃんが何かを吹っ切れた、ということ。
……はてさて、ほぼ自己満足な俺の独白が、薺奈ちゃんの悩みを解決するのにどう役立ったのかはわからないけれど――けど、まあ。
この晴れやかな笑顔を見れただけで、それで十分じゃない?
「お……雨、やんだね」
「あ……そ、そうっすね」
窓の外では、雲の隙間から沈みかけの太陽が顔をのぞかせている。
「どうしたの後輩ちゃん? 顔、赤いよ?」
「ん……夕日のせいっす」
校庭に広がる水たまりはその光を反射して、キラキラとオレンジ色に輝いていた。
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