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異説・雨女
雨がしとしとと降っていた。ある女が死んだ。どうやら男と手に手をとって、ぬかるむ川縁から身を投げたそうである。しかし川底の尖ったところに後頭部が当たって、女は水を飲む暇もなく死んだ。男は血煙漂う水中から水面に顔を出し、心中に失敗したことを知った。女が上がってこないと橋の下の物乞いが騒いで、捜索することになった。泳ぎの達者なものが川底に白い手が覗いている様子を引っ張り上げて、彼女の遺体は引き揚げられた。牛蒡を抜くようだったと彼女の遺体を揚げたものは述懐した。孝之輔は橋の下の物乞いと釣りをするのが雨の日の決まりであったから、その騒ぎを遠目に見て、見ちゃいけませんよ、坊ちゃん、と言われながらも怖いものなしで、女の死体に縋って泣く子供を見ていた。自分と同じくらいの年の子供だったから、なんだか痛ましくなって、絶えぬ線香の香りの中で、凝つと顔に布を被り短刀を胸に乗せた女の葬儀で、涙も声も枯れて、それこそ後を追いそうな風情であった様子を、孝之輔は忘れられないでいた。
その家は、何某という男が妾を囲う、所謂妾宅で、台所も出入りの小間物屋もあって、何某は妾の為に毎月潤沢な金銭を自ら届け、足が悪く成ってからは使用人に届けさせ、何不自由なく生活させていたそうである。孝之輔は書き物をしたいと思って、どこぞに良い場所はないかと友人に相談したところ、そういえば亡くなった何某の家はどうであったかという話になって、ではそこに間借りしようかということになった。
雨が降っていた。
妾には一人の子供があった。妾が元々連れていた子供で、母親によく似た愛らしい子供であったそうである。孝之輔は傘を閉じ、雨で濡らした下駄を脱ぎ、玄関に腰掛け足袋を外し、手拭いで膝まで拭った。霧雨のような小雨に竜胆色の着物もしっとり濡れて、確か引越しの長持はすでに運ばせてあったから、適当な部屋を書斎にしようと思っていたから。
「どちら様。」
「御免、今日から世話になる。」
「あっ。」
地味な色の着物を着た青年は、玄関への来訪を迎え、母親に教わったのであろう、美しい手で美しく三つ指を置いた。
「瑞貴と申します。この家のお世話をさせていただいて、おります……お邪魔でしたら……。」
深々と、朱鷺の濡羽の髪の癖っ毛が、手の甲に垂れるほど深いお辞儀をして、
「構わん。俺の我儘だ。」
と孝之輔の声が降ってきたから、ゆつくりと優雅なほど背を正す。頬にはまろい幼さが残っており、朱鷺の濡羽の髪には髪をまとめて地味な簪を飾って、薄い羽織が粋だった。甘やかな美貌に、控えめな微笑を浮かべ、孝之輔の裸足を見てすと音もなく立ち上がる。
「お湯をお持ちしますね。」
と踵を返した。すとすとと淑やかな足音を立て、湯を桶に張って持ってきた。上がり框に腰掛けた孝之輔に跪き、その骨の形まで整った素足に湯を纏わせた手拭いで優しく拭い、膝に孝之輔の足を置き、下駄を揃え、湿った足袋を胸元にしゅすと滑り込ませた。
「お着替えはあちらに届いておりますから、ご案内……。」
「孝之輔。」
「はい、孝之輔様。」
「孝之輔でいい。」
実に手慣れた動作で傅く瑞貴に、孝之輔は重ねて述べた。孝之輔とて一応やんごとないひとびとと酒を飲み交わす家柄ではあるが、どうにもこのような世話が嫌でこちらにきたのだと、改めて考えた。
「孝之輔……様?」
「まあいいか、瑞貴、腹が減った。着替えてくる。」
「はいっ。」
妾の子。妾のように躾けられた青年。口の端を歪めるだけで微笑む、控えめな、少女のような青年は、懐から襷を出して、孝之輔を部屋に案内すべく立ち上がる。
「魚は好きか?」
「は、い?」
「鯛が旨そうだった。」
「ええと、孝之輔様がお好きなら……。」
はあ、となんだか諦めたような吐息が孝之輔の形のいいくちびるから発されて、瑞貴は思わずと言った様子で動作を止めた。
「引越し祝い。鯛の尾頭付き。そこで買った。」
風呂敷から笹の葉に包んだ鯛を二尾、孝之輔は引っ張り出した。
「食事、ご一緒でよろしいのですか?」
「は? まあいい。氷室に突っ込んどいてくれ。夜はこれな。」
台所はどこ、と孝之輔は瑞貴に案内させて、さすが贅沢な暮らしをさせていたと噂のある何某の妾宅、氷室も窯も健在だ。低い腰掛けに干した食材も塩も砂糖も酒もある。台所は武家貴族の厨にも負けない設備があって、氷室に鯛を押し込むと見回してみた。男の一人暮らしと聞いてみたら、案外可憐な奴が出てきたものだから、少しばかり驚いた。竈も埃は被っておらず、一部の棚は薄く埃をかぶっていた。
「これは漆か。上等なもんだ。」
「上等すぎて……。」
なるほど、客人用の食器である。孝之輔は自分の茶碗と箸は持ってきた。結構神経質で、ばあやをよく困らせたものだった。
「着替えたい。俺の部屋は?」
「あっ、お二階です。」
とてとてといささか急いた足音で瑞貴は孝之輔の半歩後ろをついてきて、ご不浄はあちら、毎朝の洗顔は周辺の家と共用の井戸があちらに、と孝之輔が頷きつつ家を見回して頷いて。
「いい家だ。全部、瑞貴が世話?」
「ありがとうございます。僕が、手の届く範囲ですが。」
瑞貴は細身な部類で決して大柄でないが、家に目立った埃や蜘蛛の巣もなく、襖や障子も破れた跡がない。今日のために張り替えたのかもしれない。廊下も一切塵がない。階段を上がると二部屋が廊下を挟んで向かい合っていた。南向きの襖を瑞貴は膝をつき、すと作法通りに開ける。深紫の襟が粋な、白い首筋が孝之輔からはよく見えた。
「文机をこちらにご用意しました。こちらのお部屋は窓も広いの。あちらのお部屋に長持を。寝室にしていただいて……。」
階段から折れた廊下のどんつきは、格子の小窓があって、雨であるからかしとみが降りている。襖を開けると明るくなる廊下に、手招きする白い手のように梔子が生けてあった。眩暈がするほどの甘い匂いがした。
「他には、何かございますか、孝之輔様。」
「孝之輔でいい。」
「いえ、ですけれど……。」
「嫌なん?」
「いえそんな、あの、御免なさって。慣れていないの……。」
「何に慣れない?」
凛々しい眦が、蹲み込んで瑞貴の高さと合わせ、悪戯めかして首を傾げた。癖っ毛が雨の日であるからか、ひょこんと猫の尻尾のように跳ねている。切なそうに長い睫毛が震えて、胡桃色の瞳が揺れている。滲んで今にも溶けそうだった。
「新たしいこと、始めようぜ。」
「新たし、く……。」
孝之輔の友人というのは、常に新たしくて前を見ていて、時に躓いて、追い越し合って、行き詰まったら一歩大きく踏み出して。
「別嬪さんが、閉じ籠ってたら勿体無いぜ。」
「やっ……いやだ、……あの……堪忍なさって……。」
赤くなった優しい眦を隠すように、瑞貴は俯いてしまった。これは面白い生き物を見つけたぞと孝之輔は思って、呵呵と笑ってしまった。鯛は鱗を剥いで内臓を抜いて、塩でからっと焼き上げた。瑞貴が箱膳を出してきて、米も贅沢に炊いて、引越しの一日目はそうして終わった。祖父が若い頃に使っていたと譲ってくれた螺鈿の硯箱は棲家を変えても孝之輔の手に馴染み、かつて何某の妾の家は、孝之輔の実家に比べればそりゃ狭いが、だからこそ隅々まで見ることができて良かった。
***
庭の花を花鋏でぱちんとやって、一輪挿しに生けることから瑞貴の一日は始まるらしかった。孝之輔が寝室でごろごろと二番寝三番寝をしていると、棒手振りがやってきて惣菜を買う。飯を炊き始める前に孝之輔が台所にいるから随分驚いた様子であるが、孝之輔が味噌汁や香の物を手際よく用意している隣で豆腐に包丁を入れ、その頃にはなかぱっぱになった土鍋を今か/\と二人で覗き込み、箱膳によそって庭のよく見える部屋で食事をする。
「線香あげても?」
「構いません。是非……。」
床の間の横にあるちいさな仏壇には女の戒名が一つ、信女であった。愛した男と同じ仏壇にも並ぶことができないのか、この仏壇を守る瑞貴がいなくなればどうなってしまうのか、切ないものである。男というのはたまに酷く愚かな真似をする。
「瑞貴の部屋は、あっちの奥?」
「……左様です。」
「雨、鬱陶しいな。」
微かに瑞貴が身を固くした。孝之輔は広く開いた縁側からか細い雨がひりひりと降る様子を見て、白檀の香りが静かに漂う食卓は、畳一枚も距離がある。香の物だけ音を立てた瑞貴は、食後の挨拶に手を合わせ、足音少なく台所へ持っていった。火延しを当てた足袋と着物を綺麗に畳んで出してきて、ご馳走さんでした、と手を合わせる孝之輔の茶碗に茶を注ぐ。
「え、自分で淹れるって……。」
「そう、ですか?」
「俺は居候だ。デスマスも要らん。様様なんか皮肉だぞ。」
う、と言葉を詰まらせた瑞貴は、しかし憮つとくちびるを引き結び。
「僕は、この家に来られる方を、もてなすようにと育てられたのですっ。孝之輔様が何と言おうと、お茶だけは淹れさせていただきます!」
長い睫毛がぎゅと上を向き、孝之輔の青味がかった色の瞳を射抜くほど、そこには矜持があって母の唯一の自覚がある。天に背いても母に背かない。瑞貴にはまごうかたない品がある。母に育てられ、母を囲う男に母と同じような絆を持ち、囲われた身で何ができるのか、一所懸命には違いなかった。
「なら、飯の後の茶はもらう。」
「ええ、そうなさって。」
「代わりに、コウノスケサマってのは、やっぱり無しだ。」
「う……。」
ここは譲れないと茶碗を手で覆う。忽ち瑞貴は俯いてしまって、急須を置いた手で顔を覆い、指の隙間にくちびるが戦慄く様子が見えた。
「呼んでみ。」
微かに息がもれ、音が溢れて、顔を上げた瑞貴に、孝之輔は凛々しい眦を眇め、見守るような心地だった。
「堪忍してくださいませ……っ、僕は、同じ年頃のしとと、話したことが、ないのです……っ。」
考えてみれば道理である。瑞貴が母親似であるのなら、何某の妾というのは華やかな美貌のしなやかな女であったのだろう。飾り付けても飾りに負けない華やかな妾。そして妾だ妾の子だと蔑まれて近隣の同じ歳のころの友人などできた事がなかったのだ。あれは妾の子だからおはなしなどしてはいけません、一緒に遊んではいけません、そうして裏で笑って侮蔑し団結する、そんな風な残酷な生贄がある。
「孝之輔…様は、お仕事があるのでしょう? 僕のことは、放っておいて……。」
「平目の煮付けが食いたい。」
「……はい?」
「平目。知らねえ?平べったい魚。鯵の塩焼きもいいな。」
「何をおっしゃって……?」
しかも朝食の直後である。他にもあれたこれや、出汁を取るには、頭をあら煮にするかとか、孝之輔は淡々と述べていく。白米をもう少し柔らかく炊いて、梅干しを乗せて、出汁をたっぷり使って。朝食の後だと言うのに唾液腺が破裂しそうになった頃、孝之輔は茶碗を覆っていた手を退けた。冷えてしまった急須の中身でこべりついてしまった米粒を剥がし、洗い物を一手間減らす。
「鱧は背割り?」
「あっ、鱧、食べたことない……。」
「よっしゃ、骨切りやってやるよ。得意なんだ。」
「お仕事は……。」
「インプットが大事なんだよ、俺の仕事は。瑞貴も付き合え。」
雨の中に紫陽花が青に紫に赤に、まるで秋の里山のように萌えている。
「はい、もちろん。」
恥ずかしそうに微笑った瑞貴は、そこいらの大輪の菊花より、全く華やかで美しくて、麗しく上品で、けれど年相応の青年だった。二つ咲かせた傘の中に、油紙で包んだ生魚や風呂敷に包んだ野菜など買い込んで。孝之輔は全く知らない土地で、知らないものを、真っ白な空から針のように傘を叩く雨だとか、隣に歩くゆっくりとした下駄の運びだとか、粋な黒足袋が垣間見えて。赤ん坊を抱く母親だとか、庇の下に将棋盤を持ち込んだ男共だとか、雨で仕事がないから飲んだくれる連中だとか、同じような景色でもちょっとずつ違う。この町に派手な刺青はいないし、尻っぱしょりで胡座をかいている。華やかなおもちゃにはしゃぐ貴族の子供は居なくとも、縁側に竹蜻蛉を回している質屋の子供がいる。遠い山々は白くけぶって。
「しかも隠すか雲だにも……か。」
「こころあらなも……?」
「お、語れるクチ?」
「母が……本をいっぱい、旦那様にいただいたそうで。」
「そりゃあいい、俺も読ませて貰えりゃあなあ。」
「お読みになります?」
母の形見は衣桁の打ち掛けをはじめ、書物や黄表紙はもちろん、三味線だとかは弦が伸びてしまっているが、教養ある女の一室はいつも整頓されていた。
こここっと襖は少し湿気で膨れており、敷居と愉快な音を立てていた。六畳ほどの部屋は瑞貴が入ってそれなりに見聞し、今日はこれを読もうと足を運んだ跡があって、孝之輔は少し微笑ましかった。祖父の書斎で孝之輔がやっていたことそっくりであったから。
「こりゃ宝の山かもな。」
「お着物は、いくつか仕立て直したの。お裁縫は随分厳しく教えられたから。」
買い物から帰って、足を拭くくらいは自分で出来ると一悶着あったものの、瑞貴とて孝之輔が見たいというから後回しにはできず、仄かな白粉の香りのする部屋の襖を広く開けた。
「万葉集に勅撰集? こりゃ平家物語か。徒然草に……蕪村、近松……。」
「あの、何か、すごい?」
「こうたろのお袋さん、すげえ本読んでたんだな。」
「僕も、読んでも読んでも、おっつかなくて……。」
「鏡台に打ち掛けは……絞りに鶴亀か。値打ちもんばっかだな。」
瑞貴がしとみ格子を上げて、ほの明るくした部屋は、かつての嫁入り道具とはならなくとも、妾として囲うために、囲われるために財産と呼べる豪奢なそれぞれが一室に所狭しと並んでおり、艶やかな着物や派手な小物が多かった。瑞貴が柳行李を開ければ、そこにはぎつしりとお目当ての綴じ本が詰まっており。
孝之輔は丁寧に綴じられ紙魚さえ怯える本を取る。ジャンルを問わず何冊もあって、これは知識も教養も瑞貴に下がっていたとしたらとんでもないことである。豪奢な打ち掛け、藤の花のびらびら簪、さまざまにきちんと整頓されており、瑞貴は本の表紙を撫でる。
「面白いでしょう。お着物や簪は、いざという時は売り払いなさいって言われたのだけれど、本だけは持っていなさいって言われたんだ。きっと孝之輔さんみたいな方に出会う為だったんだ。」
こうのすけさん、と甘い通りのいい声音で呼ばれ、孝之輔は勅撰和歌集を捲っていた手が止まる。
「お、おかしいかなっ。さっき、そうやって呼んでた子が、いて……あのほらっ、御本ではそうやって、……その、ええと……だったら、大丈夫、かなって……。」
華やかで優しい見目に人見知り。町の魚屋八百屋に行くだけで目立つ青年は、語りながら徐々に赤くなっていて、今は耳まで真っ赤で、うう、と弱々しく顔を覆いかけていた。
「いいよ、それで。」
「こ、孝之輔、さん?」
「ははっ……何、みずき。」
瑞貴はその時になって、美丈夫と言っていい絵に描いたような美男が、整った鼻梁の精悍な美貌が、子供みたいに愛らしく笑うのを知った。
***
女は酷く惚れっぽかった。初恋は三軒隣の大工のお兄さん。筋肉質で褌一丁で仕事をして、きつい棟梁に文句も言わず黙々と仕事をして、小さな尻が格好良かった。休憩時間に先輩から煙管を借りてぷかぷかとやっているのが、真面目な仕事の姿とギャップがあって良かった。
「あんたってば、いいおとこね。」
蓮っ葉ぶった従姉妹のお姉さんの真似をして、一丁前に口説いてみせた。そのときの苦笑いだって格好良かった。大工の若衆は棟梁の娘と翌年結婚した。
次に好きになったのは、可憐な男の子だった。同じ年の年相応の思し召しに顔が熱くなって、真っ直ぐに顔も見れなかった。もしも銭湯などで顔を合わせたらどうしようか知らん、と頬を押さえて真っ赤になった。
通りすがりの同心のお付きは、同心の言うことをはっ、はっ、と聞いて、馬の日で動けなくなった少女を抱き上げ、痛みで脂汗が出ている少女ははしたなく惨めなところを見られたが、斜め下から見上げた頬骨が本当に格好良かった。
下駄の鼻緒が切れた日は、みんな美人な少女に語り掛けたかった。阿蘭陀帰りの学生服が凛々しい青年が、下駄とはこうした時に不便ですね、と革靴を彼女に貸して、彼女の家まで裸足で帰ってくれた。
薄墨色の美しい瞳をしたお医者様は、神妙に話を聞く患者の娘の頭を撫でてくれた。
大名行列は彼女を一目見ようと立ち止まったりした。
町の偉い人から呼び出され、そのまま手籠にされそうになった。
彼女はいつも、母に縋って泣いた。大工さんが結婚した時も、男の子が引っ越した日も、同心の手先が他の女を助けた時も、蘭学のお兄さんが婚約した時も、お医者様に奥方がいると聞いた時も、大名の若侍が見向きもしなかった時も、手籠にされた時も、ずっとずっと母の膝で泣いていた。
馬鹿な女だった。自分は清らかで何も悪いことなど考えたことはありませんよと、男の尻を追いかけて、無知で無教養で愚かな男に利用されていた。
かわいいこがいるんですよお、と揉み手する爺が大嫌いで、真っ赤な布団も大嫌いで、男と寝るのは大好きであったから、そこだけは嬉しかった。男の人は彼女を布団に入れると忽ち優しくなって、色んな言葉で色んな道具で彼女を悦ばそうと頑張った。たまに下手な男はいたが、こうするのですよ、優しくそうっと、けれどじっとしていて、と囁けば忽ち大人しくなって、そうすれば彼女は乗っかって自分の好きに動けて五回六回絶頂して、くたくたになって、男達はどちらも満足して帰っていった。
次に惚れたのは、男だった。背が高く手先が細やかで、簪などその手で作って贈ってくれた。良い職人であったけれど、金はなかった。艶めかしい黄表紙は御家老様が発禁にしてしまって、女達もいつ追い出されるかわからなかった。
「あんたってば、いいおとこね。」
職人は、彼女と手に手をとって川縁を飛んだ。
次に好きになったのは、大工のお兄さんだった。
次に好きになったのは、男の子だった。
次に好きになったのは、次に好きになったのは。次に好きになったのは。
女の体が嫌いな女は、彼女にとって存在しなかった。処女でも気持ちよくなれる方法を知っていたから、男達は忽ち彼女に夢中になった。同心の手先を使って同心も抱いたし、蘭学者なんて三擦り半だった。お医者様にぎゅっと抱きついて、お殿様の寝所に入れるように体を使った。手籠にした男を使って、女の体を欲しがる男達を使って、気持ちよくなって、笑みを絶やさぬ女は菩薩様だと呼ばれたが。
「どうして。」
胸に短刀を模した木剣を抱いた母の膝に、幼い子供はぽろぽろ泣いた。
***
雨が降っている。長雨は稲の成長を促すし、雷なんて稲妻と書くほどだ。瑞貴は山菜を使った料理が上手くて、孝之輔は魚を捌くのが上手い。細やかな目利きは孝之輔で、全体を見るには瑞貴の視野がいい。まるで凸凹ではあるけれど、相棒みたいな友人だった。風呂帰りの真っ赤になった体で雨が良い加減に冷たくて、ところてんを棒手振りから買って、紫陽花のよく見える縁側に座って食べた。梅に紫木蓮、真菖蒲に夕顔、紅葉は青々としていて、茶梅が植っている。その朝に一等美しい枝を瑞貴は切って、一輪挿しに生ける。孝之輔がうつらうつらしている時間に廊下の奥に飾って、萎れたらそれまで一輪挿しの滑りと共に捨てる。
「なあに、それ。」
「ざくろっていうらしい。エウロパの木で、実がなる。」
ある夕方に、孝之輔は鉢植えを一つ持ってきた。書き物のネタになればいいと手紙をやり取りしている親友が送ってくれたのだ。傘に荷物が増えて肩が濡れて弱ったが、親友のやることは大体いつも良い事で、どうしてそんなに目出たく生きられるもんだと、孝之輔の言い方に憤った彼は、一ヶ月絶交を言った。もちろん寂しくなって半月で復縁した。良い友は絶交したって良い友であると誰かが書いていた。
「踏み鋤かなんか、あるか。植えていいか?」
「もちろん。少しお待ちよ。」
ぱたぱたと瑞貴は家の外周を回って、踏み鋤を持ってきた。この辺がいい、と膝をあらわにして穴を掘り、鉢植えからゆっくり土ごと抜いて、丁寧に丁寧に移植した。枝振も元気だし、新芽も出ている。堆肥を管理してやればしっかり育つだろう。下手に触ってしまわないようにと手拭いを切って蝶々みたいな形に結ぶ。たまに母親の真似なのか、酷く可憐な真似をするのだ、瑞貴という男は。
「湯、沸かしたから。」
「泥んこ。汚れたもの出して頂戴な。洗うから。」
「ありがとな。」
ふふと瑞貴は咲いて、土に汚れた着物を脱いだ。どうにも蒸すから盥の湯を手拭いに絞り、縁側で足を拭いて畳に上がる。風が無いから開け放した部屋は、仏壇も飾り棚もよく見えた。孝之輔は思い立ったように気まぐれに線香をあげる。あんまり毎日でも、向こうは縁者でもない野郎では鬱陶しかろうと瑞貴に言ったことがある。美男が好きだから平気でしょう、なんて瑞貴は笑った。
白い首筋が着物の襟にあらわになって、汚れた手を洗って、濡れた脚を拭く。透き通るように白い肌は母親似だろうか。この家の真実の主人である何某のことに孝之輔は興味がなかった。女を飾って自分に飾り付けるような男に興味がなかった。ごろりと畳に横になれば、庇の向こうに雨をたっぷり抱いた白い空が広かった。
「どうしたの、ぼんやりとして。」
「ああ、いや、なに……。」
同じように男の体というのに、妙に艶めかしく思う。孝之輔は上背もあるし、均整美しい骨格に近寄りがたいまで美しく整った体を、剣術道場の外からよく男も女も見惚れに来て、大層邪魔だった。自分の体が魅力的であることを自覚してその上で鍛えた。けれど瑞貴は自然に伸びる葦のようにしなやかで、柔軟で、踏み鋤を担いで穴を掘っても疲労を見せない程度には鍛えている様子である。
「雨の日に、死んだ女がいて……。」
「奇遇。僕の母も雨の日に死んだよ。」
雨の日というのは、どうしてこうも物憂げなのだろう。着物は羽織ったまま、帯は止めないで、茫漠と天井だか空だかを見て。
「心中、だった。打ちどころが悪くて……男は助かったが、あっちは駄目だった。」
「そう……そうだったの……。」
「心中なんて……遺された奴が、……気の毒で、気の毒で……。」
「そうね、運がなかったの。」
柱に影に、黒い影ができていた。影の中で瑞貴は長い睫毛を震わせ、胡桃色の瞳は濡れていた。
「僕の母は、美しいものが好きだった……。」
朱鷺の濡羽の髪は地味な簪が、母が結ってくれた情けである。身一つで追い出されても生活できるようにと高名な職人に仕立てさせた髪飾りだった。
「美しい着物が好きで、美しい簪をして、美しい男に、すぐに傾いて……。」
嗚呼、と孝之輔は思った。あの時に遺体に抱き縋って泣いていた子供は、葬儀の片隅で枯れた菊花のように頽れていた子供は、孝之輔が子供の頃から忘れたことが一度としてない子供は。
「冷えただろ、来いよ。」
半端に着物を脱いで、手をのべる。影から出してやらねばならない。
「多分、俺の一目惚れだ。」
藝術品に血を通わせたような美しく白い手を孝之輔は引っ張って、抱きしめるように腕を回して、正真正銘抱きしめて。
「孝之輔さんって、暖かいんだね。」
と、瑞貴は切なそうに呟いた。
今なら何かが描けそうな気がした。恋というのは不思議なものだ。静かに孝之輔は文机に向かって筆を運んで運んで紙を捲り筆を運んでまた捲る。梔子の花が甘い。あれよあれよとなまめかしい恋物語が書き上がったが、阿呆でなかろうかと書き損じの上に乗せた。そもそも柄でない。書いた直後の快感に頭の芯が茹っていた。このカタルシスは作家本人の特権だ。
推敲をしようとして止めた。これはお蔵入りだ。孝之輔が体験したことと体験した感情を真っ直ぐに繋いで直向きなまでの直情に従って描き切った。しかし小説家として世に出すならば、彼はいささか潔癖である。読者の感情は読者のもので、感情を誘導するような書き方はしたくない。それが彼の作劇の精神だ。
道に迷った子供が神様に出会う話。飢えた子供に神様が施す話。自分の夢を叶えるために瓢箪を磨く子供の話。生き別れた兄弟を探す話。淡々と書き続けて、書いて、捲って、書いて、線で消す。たまに伸びをして煙管に火を灯し、気がつけば部屋は真っ暗で、湯呑みからは瑞貴が淹れる茶葉の匂いがした。梔子の隣にもう一輪増えていた。塵箱は綺麗になっていて、布団も敷かれていた。家の伝手で習った剣術は、楽しくあったし集中力を師範代は誉めてくれたが、この過集中は日常ではちょっと弱ったところで。ならば作家になろうと一心舵を切れば、案外物事は上手く運んでしまった。
急に腹が減った。なるべく音を立てないように部屋を出て、ここの床は軋むからと避けて、階段をゆっくり下る。それほど慣れた邸である。ご不浄に行ってから井戸で顔を洗って、こんなにも夜は静かなんだと気付かされた。田んぼが近いと蛙が鳴くし、山の中だと鳥の声がある。この家の周りというのは人家が並んでいるから、夜は本当に静かになる。ゆっくりと静寂を味わうように帰ってくれば、全て襖も木戸も閉まっており、雨に備えて雨戸も落ちている。
ひた、と板張りの廊下に足音が立つのは仕方がない。一階は基本的に瑞貴の部屋であるし、と思ったが、廊下側に一筋灯りが漏れている。
「……みずき?」
灯りが揺れた。行燈をつけっぱなしでは火事の恐れはあるまいか。微かな音がして、灯りを遮る影ができた。起きているなら塵箱の世話と布団の礼を言わなければいけない。
「起きてるのか?」
「……はい。」
呼びかければ、幾拍かあって返事があった。眠れないなら、と思ったが、襖を開けると瑞貴は夜着に布団を敷かずに座しており、その手に紙を持っていた。孝之輔の愛用する紙である。紙と言えば信州美濃だが、孝之輔は伊予の紙の吸いが好きなのだ。
「何か読んでる?」
「は、……はい。」
「布団、は?」
「……忘れてた……。」
しとしとと雨の音がする。もう随分暗いし、月も星も地上に届かない。
「しゃあねえなァ。」
入るぞ、と短く告げて、壁際の布団を引っ張って、瑞貴が座っている隣に敷いてやる。掛け布団も枕も瑞貴の香りがして、梔子の甘さとは別の香りがした。
「んで、俺の没原稿、読んだ?」
「……読んだ……。」
それは恋の話。愛の話。愛欲の話。男と女が惹かれあって、恋に落ちて、けれども溺れない話。耽溺するには二人とも健気で、裏切らない絆があって、一夜を過ごした。そしてそれぞれの許嫁を嫁にして、嫁入りした。
「これは、あの。」
「瑞貴が考えた通りだが?」
「孝之輔君には僕が、こう見えて?」
「可愛らしい、とだけ書いた覚えがあるな。」
「嘘、嘘だあ。簪のこととか、健気でとか、綺麗だとか、僕のこと……。」
「書いてあることは、嘘じゃねえよ。」
孝之輔はそもそもそういった作家である。まだ二冊の短編が勉学の師匠に褒められ読んで回してもらって、次作への応援と小金を貰ったきりだが、次作は本にして配らないかと打診がある。本を出そうと思った。だって物語を紡ぐというのはこんなに楽しく嬉しくなれる。
瑞貴はすっかり口説かれたような形で耳も鎖骨まで真っ赤になっており、隣に孝之輔が片膝を立てて座ったものなので、膝を崩してペしゃと崩れた。正座で読んで、痺れてもわからないほど熱中した。そして痺れが切れて頽れた。
「他に何か気になることは?」
没作とはいえ、一応最初から最後まで書いた完成短編だ。推敲だの誤字脱字の確認などやりかけて羞恥心が勝った。それだけ瑞貴への熱烈を覚えてしまっていたと、改めて自覚した。
「な、ない、ですっ!」
「へえ?」
痺れた脚を無防備に投げ出した瑞貴に、孝之輔は檻のように腕を下ろし、枕を退けて。丸い耳が真っ赤になって、行燈の照り返しで産毛がきらきらと輝いていた。
「そういう奴ほど、ここはどうなんだと、聞いたりする。」
幼い頃から文武を叩き込まれ、将来は兵士か物書きになりたかった。学舎では近松だの西鶴だの親友たちと語り合った。短歌や俳句や連歌や詩歌に小説、全部やった。耳が悪かったのか戦場は向かなかったから。自虐のように物語にのめり込んだ。物憂げな思案顔は、逆に美貌を引き立てて。女には随分もてたが、生憎卒業旅行で行った祇園でいろいろ済ませた。
「お茶屋に、行ったじゃない……?」
「お?」
押し倒されたような格好で、瑞貴は顔を原稿用紙に隠して震えていた。
「一晩、だけ、って……。」
「ああ、あれな。」
「ふ……二人は……。」
「おうよ。」
「結ばれたの、ですか?」
柔らかなくちびるが、戦慄くように言った。具体的な事は書かなかった。一晩を茶屋の奥の間で、気が済むまで語らったと解釈しようが、
「ヤったかどうかは、お前の想像次第……。」
蕩けるように囁かれて、瑞貴はついに腰が抜けた。取って食われると覚悟して、長い睫毛の隙間から伺うように孝之輔を見れば、彼はくあと大きな欠伸をし、何事もなかったかのように座って、よっこらと年寄りくさく言って立って、おやすみ、と背を向け手を振って、きしきし廊下と階段を二階の部屋まで帰っていった。
***
その日も雨だった。孝之輔の仕事がひと段落して、世話になっている先輩作家に送った。新天地で新たな刺激を受けてというのはいいのかもしれない。浪漫的な鼻緒が切れて困った娘さんはいないけれど、世俗には道で転んでやあやあ泣く子供を抱き起こしてやる。窓越しにしか出会えない二人はいないが、駄馬に蹴られかけて腰を抜かした翁を助けてやる。
「やばい、降ってきた。」
「あっ、朝、暑かったから……!」
しとしとがざあざあになって、囂々と風が出た。気温の変化に雨雲がついていけなかったのか、灰色の空に白くたなびく雲ができていた。これは勢いが止むまで帰れない。質に預けていた夏の紗を受け取ってきたところで、孝之輔は果物など買い込んでいたから、慌てて軒下に入って、降られて冷えた体とおやつの干し魚を七輪で炙る入口をすり抜けた。板張りの広い建物で、襖がきっちり閉めてある。
二階建ての木造は、一階に人夫出しや口入屋の出入りする囲炉裏や七輪があって、土間では雨宿りの男らでごった返した。入口も労働の手を確保しやすいように広くあるから、雨宿りには絶好のな建物でもあった。
ありゃあ妾の子でねえか、よくオモテを歩けるもんだ、と下卑た声がして。手拭いで朱鷺の濡羽の髪を拭く瑞貴は、聞こえていないはずはない。けれど反応せずに自然と梅の若枝のように背筋が綺麗に伸びている。孝之輔のほうこそ睨みそうになって、瑞貴の白い横顔を眺めて溜息を吐いた。
言葉で楽しくなってきたのか、連中は体温を上げるためとはいえ酒を飲み、赤ら顔に髭の手入れもしていない。普段はよく働く父親であろうに、酒を飲むと箍が外れるものがいる。瑞貴は少し高い位置で帯を結ぶ。これは着る作法を教えた母の影響だろう。結びを作った影に伸びる手は、孝之輔に許せるものでなく。
「誰のもんだと思ってやがる。」
空手で鋭い音を立てて弾いた手は、普段は曲げない方向に曲がって、抱え込んで痛みにヒイヒイと言っていた。滑稽だった。酒癖が悪く、男も女も関係なく色事が好きで、抱いた数で偉ぶった男は、本当に愚かで正すべきところも正せない。
「何をなさるの、孝之輔さん。」
微笑みさえ揺蕩う瑞貴の横顔は、冷淡で冷徹で、静かだった。
「お部屋が空いてるそうだ。上がらせて頂こう?」
形の良い眉をぎゅうと歪める孝之輔の手をとって、もう片手で年の行った女中に小銭を渡し、暖簾のかかった階段へと歩いていく。孝之輔の手を引いて。部屋には行燈と飾り棚と熱燗があった。窓はなく布団が畳んであって、荷物を置けば他に何をすべきか、少なくとも孝之輔には他に思い当たることがない。二階は連れ込み茶屋であると、彼のほうこそ知っていただろうに。
「僕はね、僕が何を言われても、きっと何かの因果だろうって思っているよ。事実母さんは、日陰の身であったし。でもね、あなたは違うでしょう、孝之輔さん。」
火の入った行燈が足元から照っていて、長い睫毛の下に潤むものがある。美しい手が孝之輔の頬を包み、いい聞かせる母のような声だった。
「孝之輔さんは、こんなところ、すぐに出ていってしまえるの。すぐに僕のことを忘れてしまえるの。一目惚れだなんて口説いたって、僕のこころを連れていってはくれないの?」
凛々しい眦が赤く染まっていって、憤怒で握られた拳が開く。噛み締められていたくちびるがかすかに開いて、美しい黒髪が前後に揺れる。早くに亡くなった母は、きっとこんな風に叱ってくれた。乳母やも婆やも結局孝之輔を可愛がってはくれたが、真実厳しい声音で叱ってくれたのは、彼女だけだった。
「一目惚れに胡座を掻くなんて、僕も男らしくなかった。孝之輔さん、好き。」
衝撃で、目を瞑る暇なんかなかった。長い睫毛が精悍な頬骨をくすぐって、ちゅと甘い音を立てるから、孝之輔はそのまま瑞貴の頬を抱き、細い腰に腕を回し、んう…と瑞貴が愛らしく声を上げるから、柔らかなくちびるを舐めて、開かせてねじ込んで、瑞貴が幾度か瞬きをした気配がしても、薄い舌を絡め取って、ぐちゅといやらしく鳴らして見せた。
「ぷあっ……あ、……ンっ……ん~~!……あっ……んッ……。」
「ん゛……ぁ。 ……すき……もっかい……っ。」
「ヤ……。 くるし……んーーんっ……。」
帯を解いて引きずって、瑞貴が接吻の作法も知らないから、もう孝之輔はむらむらときてしまって、好きだと確かに言われて完全に逆上せ上がった。布団をきちんと敷くのも枕がどこにあるのかもわからなかった。瑞貴の頭を抱いて押し倒して、瑞貴を抱いた手が、熱くて熱くて、首筋に鎖骨に接吻けてうすらと筋のある腹を撫で、臍を撫でると細い腰がびくんと跳ねた。
「ん……は、初めて。 はじめてだからっ!」
「縁起が良いじゃん? 優しくする……。」
揶揄うように言いつつ下履きを解いて、行燈の明かりを視野の隅の光源にして、孝之輔は順調に瑞貴を剥いていく。瑞貴の手が迷ったように引っ込んで、脱がして、と囁けば肩に腕に着物が落ちて、袖を抜くために頭を上げると、随分可憐に見上げてくる瑞貴と目があった。
「かーわい……。」
ぼと火がついたように瑞貴は頭を振って、顔を覆って、細い顎をくいと持ち上げてやれば、くちびるがかすかに開く。これが好きか、と孝之輔は酷く格好良く微笑んで、瑞貴の腕が鎖骨を撫でて、首を撫でて、汗ばんだ美しい黒髪をくしゃくしゃにするまで掻き回して捏ね回して、瑞貴の顎に首筋にとろとろ溢れていった。
「んあ……こぉのすけさん、 ど、どしたら、ぼく……。」
「んーー? おぼこに上乗らせんのもなあ……。」
「う、うえぇ……?」
「上も下も右も左も。光の君はどうしてた?」
まさか自分の身にあのお姫様の快楽が降ってくるとは思いもよらず、白い肌が花色に染められ、男には無用の機関である乳首を撫でられ、孝之輔の手に擦られるまで発熱の自覚もなく孝之輔に見惚れていた。
どうにもこうにも羞恥で顔を覆うと、心配そうに覗き込む孝之輔が指の隙間に見えて、だったらこれが良い、と腕を伸ばして孝之輔の肩に縋った。肩を抱かれて肩甲骨を撫でることを許されて、熱い背中をぺたぺたと撫でていれば、孝之輔の頬にくちびるに、瑞貴はくちびるを押し当て、汗とは塩辛いものなんだなあ、なんて考えていた。
薄暗い三畳もない部屋の中で、行燈の明かりだけだあって、酒の匂いがして孝之輔に染みついた梔子の甘い香りがしていた。淫らに脚を開いて男を受け入れる女というのを、瑞貴は幾度か見たことがある。あれは見せられていたのではない。本人たちが夢中だから、鞠を拾う子供が覗き込んでも気付いていなかったのだ。
何か間違えたか知らん、初めてだから、と五回六回絶頂して、くたくたになって生理的な涙をぽろぽろやっていた。律動に合わせて恥ずかしい声が出るのに、孝之輔は一瞬とて隠させてくれないのだ。呼吸さえ言われるままで、恥ずかしいのに幸せで嬉しかった。
連れ込み茶屋は雨宿りの仕事は終わって聞き耳を立てていた。えらく愛らしい妾の子は不憫な育ちはしたものの、腕に自信のある男どもが真っ青になっていた。何せ居候は顔が良くて手もよくて床上手ときたもんだ。
妾の子だからすぐに誰にも股を開くだろうと見くびっていたら、知識も教養もあって、すっかり高嶺の花だった。それがあんな美男に掻っ攫われて、町の男どもはすっかり股間を抑えて背を丸め、使わないならとっとと帰んなと、髪を上げたばかりの女中のほうが強いくらいだった。
***
住所を見ながら、まるで文学少年が文学青年に羽化するだろう年の男が町にやってきたのは、孝之輔がこちらに移って二年後である。こちらに来てからというもの孝之輔は絶好調で、書くもの出版するもの全て売れて売れて困って、本人近影の自画像がまた美男であるから普段本を読まないお嬢さん達も買いに走ったくらいなのだ。嫉妬した男達はきっと見栄だと嘲笑ったが、キャメラというものが最近渡来して、実験台になった新しい物好きの孝之輔は、キャメラという機械の紹介も兼ねて写真を付録にした小説を出版した。ちょっと市場が傾くほど売れて友人連中からドン引きされた。
本の売り上げで何某の妾の家を買い取ったという話を聞いて、青年は思い立ったが吉日と列車に乗った。半日列車に乗れば、そこは昔は宿場町、今も豊かな田舎町といった風情で、なるほど孝之輔好みの人間と自然が調和された町である。
「お邪魔します!」
はあい、お客様、と通りの良い甘い声がして、おやと大きな目を瞬かせ、紫苑色の着物を着た男が玄関まで出迎えた。これが噂の前の家主の息子かと思ったが。
「お、ハチ! でっかくなったなあ!」
と、庭からがっしと形の良い頭を掴まれ、二年で貫禄も出た精悍な美男を振り返る。硬派な連中からずっと兄と慕われていた学舎時代とその雰囲気はさほど変わらず。
「孝兄の生活を偵察に参りました、加賀美です。」
ハチというのは筆名で、と加賀美がおどけつつ敬礼なんぞの真似をして、にっこり人好きする笑顔で瑞貴に手を伸ばす。シェイクハンドはあるだろうかと思ったら、すと瑞貴の手が離れ、孝之輔が二人の間にそれぞれの手を持っているという塩梅で。
「俺の嫁さんだから、惚れんなよ?」
と孝之輔は瑞貴の肩を抱き、何が起こったのか孝之輔がすっ転び、加賀美の握手に瑞貴はいささか慌てたように応じた。孝之輔の悪癖は治っていない。好きなものにとことん夢中で、たった一人で野原を駆けていく、後ろも確認しないで。そのくせ寂しいとものを知らない子供のように泣くのだ。
「加賀美さん、でよろしい?」
「うん、構わない。」
「孝之輔さん、お部屋の支度は僕がやるから、君はお夕飯の買い出しに行って。お醤油が切れかけなの、お酒は好きにして。」
おう、と孝之輔は瑞貴に改めてハグをして、朱鷺の濡羽の癖っ毛に接吻けると、玄関から入り直した。庭いじりでもやっていたのだろうか。
「なんてお呼びしたら良いかな、ええと……深月さん?」
美しい手が、柔らかそうなくちびるの前に人差し指をそつとかざした。長い睫毛が花のような影を落として、母親譲りの優しい美貌は、孝之輔をすっかり虜にして、嫉妬というものを覚えさせてしまった。
「瑞貴というの。その名前は母のものね。」
まるで舞うように瑞貴は美しい手を述べた。雨が降り出しそうな白い空である。
***
木田貫八座右衛門は、孝之輔の九つ年下である。因みに孝之輔は早生まれだ。温厚な兄がいて、気の強い兄がいて、これが孝之輔と気が合った。寝巻きを引きずりたらちねを呼んでいた頃から孝之輔は本名加賀美秀美のことを知っている。裏を返せば孝之輔の事を秀美は同じ歳月知っていることになる。兄貴達と一緒に自転車に乗って、兄貴達と野球をやった。幼稚舎に入る頃には兄貴達と遊んでい過ぎて周りの子供達がまるで餓鬼で困った。
「加賀美さん、お着物を一つ、持っていって。」
「ええと、いや、そんな気を遣ってもらって、悪いよ。」
「いいの。どうにも僕では明る過ぎてね。」
この島国の出身にしては変わった毛色で、色白で細面、眉目の形は少し彫りがある。ひょっとすれば大陸の血が入っているのかもしれない。
「こちらを寝巻きにして頂いて、孝之輔さん、お帰りなさいまし。」
「応、瑞貴。ただいま帰った。」
「お座敷の準備をお願いしてよろしい? お客様用の寝間、随分触っていないの。」
「そんなら、俺の部屋でいいよ。」
秀美が口を挟む間もなく、まあ所詮他人の家であるし、家人に采配させるのが良いのだ。早めの夕食は箱膳。今時こんな古い風習があったのかと思ったが、何某の妾の邸宅であったのだから、何某が箱膳を好んだのだろう。もしくは箱膳が似合うような女だった。最近は一つの鍋を全員でつつく牛鍋なんぞ出てきたから、お膳という文化も過去のものになりつつあった。一つの丸いテーブルなどに皆家族輪になってものを食べることは、特に低収入層が有難がった。魚の塩焼き、青菜のおひたし、棒手振りから買った果物は、瑞貴が器用に剥いていく。くりくりと包丁を器用に当てて、こうさぎが八つ、真っ赤な耳が黒くならないように塩水を刷いた。
「晩酌はいかが?」
「ん、アテ炙る?」
するすると音も微かに襖が開いて、秀美も仏壇に線香を上げさせてもらった。きっと孝之輔は瑞貴と一緒にこの仏壇の住人になることを思い描いてこの家を買ったのだろうと、何とも言えない確信が秀美にはあった。孝之輔の書斎兼私室にいつも通り孝之輔の布団、廊下を挟んだ部屋は長持だの着物のかかった衣桁、最近仕立てた背広などがある。物置同然の部屋だがと秀美に微苦笑を見せた孝之輔だが、背丈も年齢も重ねて随分とハンサムになったもんだと感心してしまった。
「加賀美さん、加賀美さん、」
と、瑞貴は淑やかな声音で秀美を呼んだ。白い手が暗い廊下の片隅に、真っ白な花のようだった。
「僕も、あなた達と、お友達になりたいんだ。」
「お友達? いいよいいよ。兄貴達なんてもう、いい歳なのに奥方達には笑われてっからね。」
「奥方様の強いお家なの?」
「俺んちは、見合い結婚が主流。俺も次に帰ったらお見合いなんだよな……。」
「そのお年で? お見合いなさる?」
「ね! 時代は自由恋愛なのにさ!」
秀美は十二人きょうだいの末っ子である。長兄は嫁を迎え、長女はやっぱりお見合いからそのまま帰ることなく嫁に行った。次に会えるのはいつだろうか。ちょっと寂しい気持ちになる暇もない。帰ったら見合った女と勝手に家族にされるのだ。
「綺麗なお庭だね。あ、ざくろ植ってる。」
「届いたその日に植えたの。雨の日で、どろんこになっちゃって。」
寂しいと告白したあの日、今日みたいな雨だった。針のように細く銀色の雨粒が、たまに紫陽花の広い葉を打って、跳ね返って、庭土は土壌豊かで泥濘んでいた。
「山亭ってやつと約束があるんだ。だから、明日は帰るけど。」
「そ……っか、お約束は守らなきゃ……。」
きっきと廊下の軋む音に振り返れば、食器を洗って拭って伏せてと一仕事やってきた孝之輔の、美丈夫の浴衣姿であった。
「晩酌。あたりめ炙ってきた。」
「まあしどい方! 僕だってあたりめ好きなのに!」
「そうだそうだ、横暴だあ!」
「ハチは初等科の四年まで寝小便してた。」
「孝兄のボケカスぅ!!」
「てめえも文士になろうってんならもっと粋に罵倒しろや。」
木田貫八座右衛門は世にも珍しい、読者の誰にもどこにも傷つけることがない、稀有な作家である。孝之輔こそ依頼された作品で誰を傷つけたりしないか、心に爪痕は残せど柔らかな暖かい、魚が人間の体温で火傷をするような、そんな塩梅だった。
そんな文士は、回顧録という形で、孝之輔の家に尋ねた数度を書いている。
曰く、あの家は、いけない。
了
その家は、何某という男が妾を囲う、所謂妾宅で、台所も出入りの小間物屋もあって、何某は妾の為に毎月潤沢な金銭を自ら届け、足が悪く成ってからは使用人に届けさせ、何不自由なく生活させていたそうである。孝之輔は書き物をしたいと思って、どこぞに良い場所はないかと友人に相談したところ、そういえば亡くなった何某の家はどうであったかという話になって、ではそこに間借りしようかということになった。
雨が降っていた。
妾には一人の子供があった。妾が元々連れていた子供で、母親によく似た愛らしい子供であったそうである。孝之輔は傘を閉じ、雨で濡らした下駄を脱ぎ、玄関に腰掛け足袋を外し、手拭いで膝まで拭った。霧雨のような小雨に竜胆色の着物もしっとり濡れて、確か引越しの長持はすでに運ばせてあったから、適当な部屋を書斎にしようと思っていたから。
「どちら様。」
「御免、今日から世話になる。」
「あっ。」
地味な色の着物を着た青年は、玄関への来訪を迎え、母親に教わったのであろう、美しい手で美しく三つ指を置いた。
「瑞貴と申します。この家のお世話をさせていただいて、おります……お邪魔でしたら……。」
深々と、朱鷺の濡羽の髪の癖っ毛が、手の甲に垂れるほど深いお辞儀をして、
「構わん。俺の我儘だ。」
と孝之輔の声が降ってきたから、ゆつくりと優雅なほど背を正す。頬にはまろい幼さが残っており、朱鷺の濡羽の髪には髪をまとめて地味な簪を飾って、薄い羽織が粋だった。甘やかな美貌に、控えめな微笑を浮かべ、孝之輔の裸足を見てすと音もなく立ち上がる。
「お湯をお持ちしますね。」
と踵を返した。すとすとと淑やかな足音を立て、湯を桶に張って持ってきた。上がり框に腰掛けた孝之輔に跪き、その骨の形まで整った素足に湯を纏わせた手拭いで優しく拭い、膝に孝之輔の足を置き、下駄を揃え、湿った足袋を胸元にしゅすと滑り込ませた。
「お着替えはあちらに届いておりますから、ご案内……。」
「孝之輔。」
「はい、孝之輔様。」
「孝之輔でいい。」
実に手慣れた動作で傅く瑞貴に、孝之輔は重ねて述べた。孝之輔とて一応やんごとないひとびとと酒を飲み交わす家柄ではあるが、どうにもこのような世話が嫌でこちらにきたのだと、改めて考えた。
「孝之輔……様?」
「まあいいか、瑞貴、腹が減った。着替えてくる。」
「はいっ。」
妾の子。妾のように躾けられた青年。口の端を歪めるだけで微笑む、控えめな、少女のような青年は、懐から襷を出して、孝之輔を部屋に案内すべく立ち上がる。
「魚は好きか?」
「は、い?」
「鯛が旨そうだった。」
「ええと、孝之輔様がお好きなら……。」
はあ、となんだか諦めたような吐息が孝之輔の形のいいくちびるから発されて、瑞貴は思わずと言った様子で動作を止めた。
「引越し祝い。鯛の尾頭付き。そこで買った。」
風呂敷から笹の葉に包んだ鯛を二尾、孝之輔は引っ張り出した。
「食事、ご一緒でよろしいのですか?」
「は? まあいい。氷室に突っ込んどいてくれ。夜はこれな。」
台所はどこ、と孝之輔は瑞貴に案内させて、さすが贅沢な暮らしをさせていたと噂のある何某の妾宅、氷室も窯も健在だ。低い腰掛けに干した食材も塩も砂糖も酒もある。台所は武家貴族の厨にも負けない設備があって、氷室に鯛を押し込むと見回してみた。男の一人暮らしと聞いてみたら、案外可憐な奴が出てきたものだから、少しばかり驚いた。竈も埃は被っておらず、一部の棚は薄く埃をかぶっていた。
「これは漆か。上等なもんだ。」
「上等すぎて……。」
なるほど、客人用の食器である。孝之輔は自分の茶碗と箸は持ってきた。結構神経質で、ばあやをよく困らせたものだった。
「着替えたい。俺の部屋は?」
「あっ、お二階です。」
とてとてといささか急いた足音で瑞貴は孝之輔の半歩後ろをついてきて、ご不浄はあちら、毎朝の洗顔は周辺の家と共用の井戸があちらに、と孝之輔が頷きつつ家を見回して頷いて。
「いい家だ。全部、瑞貴が世話?」
「ありがとうございます。僕が、手の届く範囲ですが。」
瑞貴は細身な部類で決して大柄でないが、家に目立った埃や蜘蛛の巣もなく、襖や障子も破れた跡がない。今日のために張り替えたのかもしれない。廊下も一切塵がない。階段を上がると二部屋が廊下を挟んで向かい合っていた。南向きの襖を瑞貴は膝をつき、すと作法通りに開ける。深紫の襟が粋な、白い首筋が孝之輔からはよく見えた。
「文机をこちらにご用意しました。こちらのお部屋は窓も広いの。あちらのお部屋に長持を。寝室にしていただいて……。」
階段から折れた廊下のどんつきは、格子の小窓があって、雨であるからかしとみが降りている。襖を開けると明るくなる廊下に、手招きする白い手のように梔子が生けてあった。眩暈がするほどの甘い匂いがした。
「他には、何かございますか、孝之輔様。」
「孝之輔でいい。」
「いえ、ですけれど……。」
「嫌なん?」
「いえそんな、あの、御免なさって。慣れていないの……。」
「何に慣れない?」
凛々しい眦が、蹲み込んで瑞貴の高さと合わせ、悪戯めかして首を傾げた。癖っ毛が雨の日であるからか、ひょこんと猫の尻尾のように跳ねている。切なそうに長い睫毛が震えて、胡桃色の瞳が揺れている。滲んで今にも溶けそうだった。
「新たしいこと、始めようぜ。」
「新たし、く……。」
孝之輔の友人というのは、常に新たしくて前を見ていて、時に躓いて、追い越し合って、行き詰まったら一歩大きく踏み出して。
「別嬪さんが、閉じ籠ってたら勿体無いぜ。」
「やっ……いやだ、……あの……堪忍なさって……。」
赤くなった優しい眦を隠すように、瑞貴は俯いてしまった。これは面白い生き物を見つけたぞと孝之輔は思って、呵呵と笑ってしまった。鯛は鱗を剥いで内臓を抜いて、塩でからっと焼き上げた。瑞貴が箱膳を出してきて、米も贅沢に炊いて、引越しの一日目はそうして終わった。祖父が若い頃に使っていたと譲ってくれた螺鈿の硯箱は棲家を変えても孝之輔の手に馴染み、かつて何某の妾の家は、孝之輔の実家に比べればそりゃ狭いが、だからこそ隅々まで見ることができて良かった。
***
庭の花を花鋏でぱちんとやって、一輪挿しに生けることから瑞貴の一日は始まるらしかった。孝之輔が寝室でごろごろと二番寝三番寝をしていると、棒手振りがやってきて惣菜を買う。飯を炊き始める前に孝之輔が台所にいるから随分驚いた様子であるが、孝之輔が味噌汁や香の物を手際よく用意している隣で豆腐に包丁を入れ、その頃にはなかぱっぱになった土鍋を今か/\と二人で覗き込み、箱膳によそって庭のよく見える部屋で食事をする。
「線香あげても?」
「構いません。是非……。」
床の間の横にあるちいさな仏壇には女の戒名が一つ、信女であった。愛した男と同じ仏壇にも並ぶことができないのか、この仏壇を守る瑞貴がいなくなればどうなってしまうのか、切ないものである。男というのはたまに酷く愚かな真似をする。
「瑞貴の部屋は、あっちの奥?」
「……左様です。」
「雨、鬱陶しいな。」
微かに瑞貴が身を固くした。孝之輔は広く開いた縁側からか細い雨がひりひりと降る様子を見て、白檀の香りが静かに漂う食卓は、畳一枚も距離がある。香の物だけ音を立てた瑞貴は、食後の挨拶に手を合わせ、足音少なく台所へ持っていった。火延しを当てた足袋と着物を綺麗に畳んで出してきて、ご馳走さんでした、と手を合わせる孝之輔の茶碗に茶を注ぐ。
「え、自分で淹れるって……。」
「そう、ですか?」
「俺は居候だ。デスマスも要らん。様様なんか皮肉だぞ。」
う、と言葉を詰まらせた瑞貴は、しかし憮つとくちびるを引き結び。
「僕は、この家に来られる方を、もてなすようにと育てられたのですっ。孝之輔様が何と言おうと、お茶だけは淹れさせていただきます!」
長い睫毛がぎゅと上を向き、孝之輔の青味がかった色の瞳を射抜くほど、そこには矜持があって母の唯一の自覚がある。天に背いても母に背かない。瑞貴にはまごうかたない品がある。母に育てられ、母を囲う男に母と同じような絆を持ち、囲われた身で何ができるのか、一所懸命には違いなかった。
「なら、飯の後の茶はもらう。」
「ええ、そうなさって。」
「代わりに、コウノスケサマってのは、やっぱり無しだ。」
「う……。」
ここは譲れないと茶碗を手で覆う。忽ち瑞貴は俯いてしまって、急須を置いた手で顔を覆い、指の隙間にくちびるが戦慄く様子が見えた。
「呼んでみ。」
微かに息がもれ、音が溢れて、顔を上げた瑞貴に、孝之輔は凛々しい眦を眇め、見守るような心地だった。
「堪忍してくださいませ……っ、僕は、同じ年頃のしとと、話したことが、ないのです……っ。」
考えてみれば道理である。瑞貴が母親似であるのなら、何某の妾というのは華やかな美貌のしなやかな女であったのだろう。飾り付けても飾りに負けない華やかな妾。そして妾だ妾の子だと蔑まれて近隣の同じ歳のころの友人などできた事がなかったのだ。あれは妾の子だからおはなしなどしてはいけません、一緒に遊んではいけません、そうして裏で笑って侮蔑し団結する、そんな風な残酷な生贄がある。
「孝之輔…様は、お仕事があるのでしょう? 僕のことは、放っておいて……。」
「平目の煮付けが食いたい。」
「……はい?」
「平目。知らねえ?平べったい魚。鯵の塩焼きもいいな。」
「何をおっしゃって……?」
しかも朝食の直後である。他にもあれたこれや、出汁を取るには、頭をあら煮にするかとか、孝之輔は淡々と述べていく。白米をもう少し柔らかく炊いて、梅干しを乗せて、出汁をたっぷり使って。朝食の後だと言うのに唾液腺が破裂しそうになった頃、孝之輔は茶碗を覆っていた手を退けた。冷えてしまった急須の中身でこべりついてしまった米粒を剥がし、洗い物を一手間減らす。
「鱧は背割り?」
「あっ、鱧、食べたことない……。」
「よっしゃ、骨切りやってやるよ。得意なんだ。」
「お仕事は……。」
「インプットが大事なんだよ、俺の仕事は。瑞貴も付き合え。」
雨の中に紫陽花が青に紫に赤に、まるで秋の里山のように萌えている。
「はい、もちろん。」
恥ずかしそうに微笑った瑞貴は、そこいらの大輪の菊花より、全く華やかで美しくて、麗しく上品で、けれど年相応の青年だった。二つ咲かせた傘の中に、油紙で包んだ生魚や風呂敷に包んだ野菜など買い込んで。孝之輔は全く知らない土地で、知らないものを、真っ白な空から針のように傘を叩く雨だとか、隣に歩くゆっくりとした下駄の運びだとか、粋な黒足袋が垣間見えて。赤ん坊を抱く母親だとか、庇の下に将棋盤を持ち込んだ男共だとか、雨で仕事がないから飲んだくれる連中だとか、同じような景色でもちょっとずつ違う。この町に派手な刺青はいないし、尻っぱしょりで胡座をかいている。華やかなおもちゃにはしゃぐ貴族の子供は居なくとも、縁側に竹蜻蛉を回している質屋の子供がいる。遠い山々は白くけぶって。
「しかも隠すか雲だにも……か。」
「こころあらなも……?」
「お、語れるクチ?」
「母が……本をいっぱい、旦那様にいただいたそうで。」
「そりゃあいい、俺も読ませて貰えりゃあなあ。」
「お読みになります?」
母の形見は衣桁の打ち掛けをはじめ、書物や黄表紙はもちろん、三味線だとかは弦が伸びてしまっているが、教養ある女の一室はいつも整頓されていた。
こここっと襖は少し湿気で膨れており、敷居と愉快な音を立てていた。六畳ほどの部屋は瑞貴が入ってそれなりに見聞し、今日はこれを読もうと足を運んだ跡があって、孝之輔は少し微笑ましかった。祖父の書斎で孝之輔がやっていたことそっくりであったから。
「こりゃ宝の山かもな。」
「お着物は、いくつか仕立て直したの。お裁縫は随分厳しく教えられたから。」
買い物から帰って、足を拭くくらいは自分で出来ると一悶着あったものの、瑞貴とて孝之輔が見たいというから後回しにはできず、仄かな白粉の香りのする部屋の襖を広く開けた。
「万葉集に勅撰集? こりゃ平家物語か。徒然草に……蕪村、近松……。」
「あの、何か、すごい?」
「こうたろのお袋さん、すげえ本読んでたんだな。」
「僕も、読んでも読んでも、おっつかなくて……。」
「鏡台に打ち掛けは……絞りに鶴亀か。値打ちもんばっかだな。」
瑞貴がしとみ格子を上げて、ほの明るくした部屋は、かつての嫁入り道具とはならなくとも、妾として囲うために、囲われるために財産と呼べる豪奢なそれぞれが一室に所狭しと並んでおり、艶やかな着物や派手な小物が多かった。瑞貴が柳行李を開ければ、そこにはぎつしりとお目当ての綴じ本が詰まっており。
孝之輔は丁寧に綴じられ紙魚さえ怯える本を取る。ジャンルを問わず何冊もあって、これは知識も教養も瑞貴に下がっていたとしたらとんでもないことである。豪奢な打ち掛け、藤の花のびらびら簪、さまざまにきちんと整頓されており、瑞貴は本の表紙を撫でる。
「面白いでしょう。お着物や簪は、いざという時は売り払いなさいって言われたのだけれど、本だけは持っていなさいって言われたんだ。きっと孝之輔さんみたいな方に出会う為だったんだ。」
こうのすけさん、と甘い通りのいい声音で呼ばれ、孝之輔は勅撰和歌集を捲っていた手が止まる。
「お、おかしいかなっ。さっき、そうやって呼んでた子が、いて……あのほらっ、御本ではそうやって、……その、ええと……だったら、大丈夫、かなって……。」
華やかで優しい見目に人見知り。町の魚屋八百屋に行くだけで目立つ青年は、語りながら徐々に赤くなっていて、今は耳まで真っ赤で、うう、と弱々しく顔を覆いかけていた。
「いいよ、それで。」
「こ、孝之輔、さん?」
「ははっ……何、みずき。」
瑞貴はその時になって、美丈夫と言っていい絵に描いたような美男が、整った鼻梁の精悍な美貌が、子供みたいに愛らしく笑うのを知った。
***
女は酷く惚れっぽかった。初恋は三軒隣の大工のお兄さん。筋肉質で褌一丁で仕事をして、きつい棟梁に文句も言わず黙々と仕事をして、小さな尻が格好良かった。休憩時間に先輩から煙管を借りてぷかぷかとやっているのが、真面目な仕事の姿とギャップがあって良かった。
「あんたってば、いいおとこね。」
蓮っ葉ぶった従姉妹のお姉さんの真似をして、一丁前に口説いてみせた。そのときの苦笑いだって格好良かった。大工の若衆は棟梁の娘と翌年結婚した。
次に好きになったのは、可憐な男の子だった。同じ年の年相応の思し召しに顔が熱くなって、真っ直ぐに顔も見れなかった。もしも銭湯などで顔を合わせたらどうしようか知らん、と頬を押さえて真っ赤になった。
通りすがりの同心のお付きは、同心の言うことをはっ、はっ、と聞いて、馬の日で動けなくなった少女を抱き上げ、痛みで脂汗が出ている少女ははしたなく惨めなところを見られたが、斜め下から見上げた頬骨が本当に格好良かった。
下駄の鼻緒が切れた日は、みんな美人な少女に語り掛けたかった。阿蘭陀帰りの学生服が凛々しい青年が、下駄とはこうした時に不便ですね、と革靴を彼女に貸して、彼女の家まで裸足で帰ってくれた。
薄墨色の美しい瞳をしたお医者様は、神妙に話を聞く患者の娘の頭を撫でてくれた。
大名行列は彼女を一目見ようと立ち止まったりした。
町の偉い人から呼び出され、そのまま手籠にされそうになった。
彼女はいつも、母に縋って泣いた。大工さんが結婚した時も、男の子が引っ越した日も、同心の手先が他の女を助けた時も、蘭学のお兄さんが婚約した時も、お医者様に奥方がいると聞いた時も、大名の若侍が見向きもしなかった時も、手籠にされた時も、ずっとずっと母の膝で泣いていた。
馬鹿な女だった。自分は清らかで何も悪いことなど考えたことはありませんよと、男の尻を追いかけて、無知で無教養で愚かな男に利用されていた。
かわいいこがいるんですよお、と揉み手する爺が大嫌いで、真っ赤な布団も大嫌いで、男と寝るのは大好きであったから、そこだけは嬉しかった。男の人は彼女を布団に入れると忽ち優しくなって、色んな言葉で色んな道具で彼女を悦ばそうと頑張った。たまに下手な男はいたが、こうするのですよ、優しくそうっと、けれどじっとしていて、と囁けば忽ち大人しくなって、そうすれば彼女は乗っかって自分の好きに動けて五回六回絶頂して、くたくたになって、男達はどちらも満足して帰っていった。
次に惚れたのは、男だった。背が高く手先が細やかで、簪などその手で作って贈ってくれた。良い職人であったけれど、金はなかった。艶めかしい黄表紙は御家老様が発禁にしてしまって、女達もいつ追い出されるかわからなかった。
「あんたってば、いいおとこね。」
職人は、彼女と手に手をとって川縁を飛んだ。
次に好きになったのは、大工のお兄さんだった。
次に好きになったのは、男の子だった。
次に好きになったのは、次に好きになったのは。次に好きになったのは。
女の体が嫌いな女は、彼女にとって存在しなかった。処女でも気持ちよくなれる方法を知っていたから、男達は忽ち彼女に夢中になった。同心の手先を使って同心も抱いたし、蘭学者なんて三擦り半だった。お医者様にぎゅっと抱きついて、お殿様の寝所に入れるように体を使った。手籠にした男を使って、女の体を欲しがる男達を使って、気持ちよくなって、笑みを絶やさぬ女は菩薩様だと呼ばれたが。
「どうして。」
胸に短刀を模した木剣を抱いた母の膝に、幼い子供はぽろぽろ泣いた。
***
雨が降っている。長雨は稲の成長を促すし、雷なんて稲妻と書くほどだ。瑞貴は山菜を使った料理が上手くて、孝之輔は魚を捌くのが上手い。細やかな目利きは孝之輔で、全体を見るには瑞貴の視野がいい。まるで凸凹ではあるけれど、相棒みたいな友人だった。風呂帰りの真っ赤になった体で雨が良い加減に冷たくて、ところてんを棒手振りから買って、紫陽花のよく見える縁側に座って食べた。梅に紫木蓮、真菖蒲に夕顔、紅葉は青々としていて、茶梅が植っている。その朝に一等美しい枝を瑞貴は切って、一輪挿しに生ける。孝之輔がうつらうつらしている時間に廊下の奥に飾って、萎れたらそれまで一輪挿しの滑りと共に捨てる。
「なあに、それ。」
「ざくろっていうらしい。エウロパの木で、実がなる。」
ある夕方に、孝之輔は鉢植えを一つ持ってきた。書き物のネタになればいいと手紙をやり取りしている親友が送ってくれたのだ。傘に荷物が増えて肩が濡れて弱ったが、親友のやることは大体いつも良い事で、どうしてそんなに目出たく生きられるもんだと、孝之輔の言い方に憤った彼は、一ヶ月絶交を言った。もちろん寂しくなって半月で復縁した。良い友は絶交したって良い友であると誰かが書いていた。
「踏み鋤かなんか、あるか。植えていいか?」
「もちろん。少しお待ちよ。」
ぱたぱたと瑞貴は家の外周を回って、踏み鋤を持ってきた。この辺がいい、と膝をあらわにして穴を掘り、鉢植えからゆっくり土ごと抜いて、丁寧に丁寧に移植した。枝振も元気だし、新芽も出ている。堆肥を管理してやればしっかり育つだろう。下手に触ってしまわないようにと手拭いを切って蝶々みたいな形に結ぶ。たまに母親の真似なのか、酷く可憐な真似をするのだ、瑞貴という男は。
「湯、沸かしたから。」
「泥んこ。汚れたもの出して頂戴な。洗うから。」
「ありがとな。」
ふふと瑞貴は咲いて、土に汚れた着物を脱いだ。どうにも蒸すから盥の湯を手拭いに絞り、縁側で足を拭いて畳に上がる。風が無いから開け放した部屋は、仏壇も飾り棚もよく見えた。孝之輔は思い立ったように気まぐれに線香をあげる。あんまり毎日でも、向こうは縁者でもない野郎では鬱陶しかろうと瑞貴に言ったことがある。美男が好きだから平気でしょう、なんて瑞貴は笑った。
白い首筋が着物の襟にあらわになって、汚れた手を洗って、濡れた脚を拭く。透き通るように白い肌は母親似だろうか。この家の真実の主人である何某のことに孝之輔は興味がなかった。女を飾って自分に飾り付けるような男に興味がなかった。ごろりと畳に横になれば、庇の向こうに雨をたっぷり抱いた白い空が広かった。
「どうしたの、ぼんやりとして。」
「ああ、いや、なに……。」
同じように男の体というのに、妙に艶めかしく思う。孝之輔は上背もあるし、均整美しい骨格に近寄りがたいまで美しく整った体を、剣術道場の外からよく男も女も見惚れに来て、大層邪魔だった。自分の体が魅力的であることを自覚してその上で鍛えた。けれど瑞貴は自然に伸びる葦のようにしなやかで、柔軟で、踏み鋤を担いで穴を掘っても疲労を見せない程度には鍛えている様子である。
「雨の日に、死んだ女がいて……。」
「奇遇。僕の母も雨の日に死んだよ。」
雨の日というのは、どうしてこうも物憂げなのだろう。着物は羽織ったまま、帯は止めないで、茫漠と天井だか空だかを見て。
「心中、だった。打ちどころが悪くて……男は助かったが、あっちは駄目だった。」
「そう……そうだったの……。」
「心中なんて……遺された奴が、……気の毒で、気の毒で……。」
「そうね、運がなかったの。」
柱に影に、黒い影ができていた。影の中で瑞貴は長い睫毛を震わせ、胡桃色の瞳は濡れていた。
「僕の母は、美しいものが好きだった……。」
朱鷺の濡羽の髪は地味な簪が、母が結ってくれた情けである。身一つで追い出されても生活できるようにと高名な職人に仕立てさせた髪飾りだった。
「美しい着物が好きで、美しい簪をして、美しい男に、すぐに傾いて……。」
嗚呼、と孝之輔は思った。あの時に遺体に抱き縋って泣いていた子供は、葬儀の片隅で枯れた菊花のように頽れていた子供は、孝之輔が子供の頃から忘れたことが一度としてない子供は。
「冷えただろ、来いよ。」
半端に着物を脱いで、手をのべる。影から出してやらねばならない。
「多分、俺の一目惚れだ。」
藝術品に血を通わせたような美しく白い手を孝之輔は引っ張って、抱きしめるように腕を回して、正真正銘抱きしめて。
「孝之輔さんって、暖かいんだね。」
と、瑞貴は切なそうに呟いた。
今なら何かが描けそうな気がした。恋というのは不思議なものだ。静かに孝之輔は文机に向かって筆を運んで運んで紙を捲り筆を運んでまた捲る。梔子の花が甘い。あれよあれよとなまめかしい恋物語が書き上がったが、阿呆でなかろうかと書き損じの上に乗せた。そもそも柄でない。書いた直後の快感に頭の芯が茹っていた。このカタルシスは作家本人の特権だ。
推敲をしようとして止めた。これはお蔵入りだ。孝之輔が体験したことと体験した感情を真っ直ぐに繋いで直向きなまでの直情に従って描き切った。しかし小説家として世に出すならば、彼はいささか潔癖である。読者の感情は読者のもので、感情を誘導するような書き方はしたくない。それが彼の作劇の精神だ。
道に迷った子供が神様に出会う話。飢えた子供に神様が施す話。自分の夢を叶えるために瓢箪を磨く子供の話。生き別れた兄弟を探す話。淡々と書き続けて、書いて、捲って、書いて、線で消す。たまに伸びをして煙管に火を灯し、気がつけば部屋は真っ暗で、湯呑みからは瑞貴が淹れる茶葉の匂いがした。梔子の隣にもう一輪増えていた。塵箱は綺麗になっていて、布団も敷かれていた。家の伝手で習った剣術は、楽しくあったし集中力を師範代は誉めてくれたが、この過集中は日常ではちょっと弱ったところで。ならば作家になろうと一心舵を切れば、案外物事は上手く運んでしまった。
急に腹が減った。なるべく音を立てないように部屋を出て、ここの床は軋むからと避けて、階段をゆっくり下る。それほど慣れた邸である。ご不浄に行ってから井戸で顔を洗って、こんなにも夜は静かなんだと気付かされた。田んぼが近いと蛙が鳴くし、山の中だと鳥の声がある。この家の周りというのは人家が並んでいるから、夜は本当に静かになる。ゆっくりと静寂を味わうように帰ってくれば、全て襖も木戸も閉まっており、雨に備えて雨戸も落ちている。
ひた、と板張りの廊下に足音が立つのは仕方がない。一階は基本的に瑞貴の部屋であるし、と思ったが、廊下側に一筋灯りが漏れている。
「……みずき?」
灯りが揺れた。行燈をつけっぱなしでは火事の恐れはあるまいか。微かな音がして、灯りを遮る影ができた。起きているなら塵箱の世話と布団の礼を言わなければいけない。
「起きてるのか?」
「……はい。」
呼びかければ、幾拍かあって返事があった。眠れないなら、と思ったが、襖を開けると瑞貴は夜着に布団を敷かずに座しており、その手に紙を持っていた。孝之輔の愛用する紙である。紙と言えば信州美濃だが、孝之輔は伊予の紙の吸いが好きなのだ。
「何か読んでる?」
「は、……はい。」
「布団、は?」
「……忘れてた……。」
しとしとと雨の音がする。もう随分暗いし、月も星も地上に届かない。
「しゃあねえなァ。」
入るぞ、と短く告げて、壁際の布団を引っ張って、瑞貴が座っている隣に敷いてやる。掛け布団も枕も瑞貴の香りがして、梔子の甘さとは別の香りがした。
「んで、俺の没原稿、読んだ?」
「……読んだ……。」
それは恋の話。愛の話。愛欲の話。男と女が惹かれあって、恋に落ちて、けれども溺れない話。耽溺するには二人とも健気で、裏切らない絆があって、一夜を過ごした。そしてそれぞれの許嫁を嫁にして、嫁入りした。
「これは、あの。」
「瑞貴が考えた通りだが?」
「孝之輔君には僕が、こう見えて?」
「可愛らしい、とだけ書いた覚えがあるな。」
「嘘、嘘だあ。簪のこととか、健気でとか、綺麗だとか、僕のこと……。」
「書いてあることは、嘘じゃねえよ。」
孝之輔はそもそもそういった作家である。まだ二冊の短編が勉学の師匠に褒められ読んで回してもらって、次作への応援と小金を貰ったきりだが、次作は本にして配らないかと打診がある。本を出そうと思った。だって物語を紡ぐというのはこんなに楽しく嬉しくなれる。
瑞貴はすっかり口説かれたような形で耳も鎖骨まで真っ赤になっており、隣に孝之輔が片膝を立てて座ったものなので、膝を崩してペしゃと崩れた。正座で読んで、痺れてもわからないほど熱中した。そして痺れが切れて頽れた。
「他に何か気になることは?」
没作とはいえ、一応最初から最後まで書いた完成短編だ。推敲だの誤字脱字の確認などやりかけて羞恥心が勝った。それだけ瑞貴への熱烈を覚えてしまっていたと、改めて自覚した。
「な、ない、ですっ!」
「へえ?」
痺れた脚を無防備に投げ出した瑞貴に、孝之輔は檻のように腕を下ろし、枕を退けて。丸い耳が真っ赤になって、行燈の照り返しで産毛がきらきらと輝いていた。
「そういう奴ほど、ここはどうなんだと、聞いたりする。」
幼い頃から文武を叩き込まれ、将来は兵士か物書きになりたかった。学舎では近松だの西鶴だの親友たちと語り合った。短歌や俳句や連歌や詩歌に小説、全部やった。耳が悪かったのか戦場は向かなかったから。自虐のように物語にのめり込んだ。物憂げな思案顔は、逆に美貌を引き立てて。女には随分もてたが、生憎卒業旅行で行った祇園でいろいろ済ませた。
「お茶屋に、行ったじゃない……?」
「お?」
押し倒されたような格好で、瑞貴は顔を原稿用紙に隠して震えていた。
「一晩、だけ、って……。」
「ああ、あれな。」
「ふ……二人は……。」
「おうよ。」
「結ばれたの、ですか?」
柔らかなくちびるが、戦慄くように言った。具体的な事は書かなかった。一晩を茶屋の奥の間で、気が済むまで語らったと解釈しようが、
「ヤったかどうかは、お前の想像次第……。」
蕩けるように囁かれて、瑞貴はついに腰が抜けた。取って食われると覚悟して、長い睫毛の隙間から伺うように孝之輔を見れば、彼はくあと大きな欠伸をし、何事もなかったかのように座って、よっこらと年寄りくさく言って立って、おやすみ、と背を向け手を振って、きしきし廊下と階段を二階の部屋まで帰っていった。
***
その日も雨だった。孝之輔の仕事がひと段落して、世話になっている先輩作家に送った。新天地で新たな刺激を受けてというのはいいのかもしれない。浪漫的な鼻緒が切れて困った娘さんはいないけれど、世俗には道で転んでやあやあ泣く子供を抱き起こしてやる。窓越しにしか出会えない二人はいないが、駄馬に蹴られかけて腰を抜かした翁を助けてやる。
「やばい、降ってきた。」
「あっ、朝、暑かったから……!」
しとしとがざあざあになって、囂々と風が出た。気温の変化に雨雲がついていけなかったのか、灰色の空に白くたなびく雲ができていた。これは勢いが止むまで帰れない。質に預けていた夏の紗を受け取ってきたところで、孝之輔は果物など買い込んでいたから、慌てて軒下に入って、降られて冷えた体とおやつの干し魚を七輪で炙る入口をすり抜けた。板張りの広い建物で、襖がきっちり閉めてある。
二階建ての木造は、一階に人夫出しや口入屋の出入りする囲炉裏や七輪があって、土間では雨宿りの男らでごった返した。入口も労働の手を確保しやすいように広くあるから、雨宿りには絶好のな建物でもあった。
ありゃあ妾の子でねえか、よくオモテを歩けるもんだ、と下卑た声がして。手拭いで朱鷺の濡羽の髪を拭く瑞貴は、聞こえていないはずはない。けれど反応せずに自然と梅の若枝のように背筋が綺麗に伸びている。孝之輔のほうこそ睨みそうになって、瑞貴の白い横顔を眺めて溜息を吐いた。
言葉で楽しくなってきたのか、連中は体温を上げるためとはいえ酒を飲み、赤ら顔に髭の手入れもしていない。普段はよく働く父親であろうに、酒を飲むと箍が外れるものがいる。瑞貴は少し高い位置で帯を結ぶ。これは着る作法を教えた母の影響だろう。結びを作った影に伸びる手は、孝之輔に許せるものでなく。
「誰のもんだと思ってやがる。」
空手で鋭い音を立てて弾いた手は、普段は曲げない方向に曲がって、抱え込んで痛みにヒイヒイと言っていた。滑稽だった。酒癖が悪く、男も女も関係なく色事が好きで、抱いた数で偉ぶった男は、本当に愚かで正すべきところも正せない。
「何をなさるの、孝之輔さん。」
微笑みさえ揺蕩う瑞貴の横顔は、冷淡で冷徹で、静かだった。
「お部屋が空いてるそうだ。上がらせて頂こう?」
形の良い眉をぎゅうと歪める孝之輔の手をとって、もう片手で年の行った女中に小銭を渡し、暖簾のかかった階段へと歩いていく。孝之輔の手を引いて。部屋には行燈と飾り棚と熱燗があった。窓はなく布団が畳んであって、荷物を置けば他に何をすべきか、少なくとも孝之輔には他に思い当たることがない。二階は連れ込み茶屋であると、彼のほうこそ知っていただろうに。
「僕はね、僕が何を言われても、きっと何かの因果だろうって思っているよ。事実母さんは、日陰の身であったし。でもね、あなたは違うでしょう、孝之輔さん。」
火の入った行燈が足元から照っていて、長い睫毛の下に潤むものがある。美しい手が孝之輔の頬を包み、いい聞かせる母のような声だった。
「孝之輔さんは、こんなところ、すぐに出ていってしまえるの。すぐに僕のことを忘れてしまえるの。一目惚れだなんて口説いたって、僕のこころを連れていってはくれないの?」
凛々しい眦が赤く染まっていって、憤怒で握られた拳が開く。噛み締められていたくちびるがかすかに開いて、美しい黒髪が前後に揺れる。早くに亡くなった母は、きっとこんな風に叱ってくれた。乳母やも婆やも結局孝之輔を可愛がってはくれたが、真実厳しい声音で叱ってくれたのは、彼女だけだった。
「一目惚れに胡座を掻くなんて、僕も男らしくなかった。孝之輔さん、好き。」
衝撃で、目を瞑る暇なんかなかった。長い睫毛が精悍な頬骨をくすぐって、ちゅと甘い音を立てるから、孝之輔はそのまま瑞貴の頬を抱き、細い腰に腕を回し、んう…と瑞貴が愛らしく声を上げるから、柔らかなくちびるを舐めて、開かせてねじ込んで、瑞貴が幾度か瞬きをした気配がしても、薄い舌を絡め取って、ぐちゅといやらしく鳴らして見せた。
「ぷあっ……あ、……ンっ……ん~~!……あっ……んッ……。」
「ん゛……ぁ。 ……すき……もっかい……っ。」
「ヤ……。 くるし……んーーんっ……。」
帯を解いて引きずって、瑞貴が接吻の作法も知らないから、もう孝之輔はむらむらときてしまって、好きだと確かに言われて完全に逆上せ上がった。布団をきちんと敷くのも枕がどこにあるのかもわからなかった。瑞貴の頭を抱いて押し倒して、瑞貴を抱いた手が、熱くて熱くて、首筋に鎖骨に接吻けてうすらと筋のある腹を撫で、臍を撫でると細い腰がびくんと跳ねた。
「ん……は、初めて。 はじめてだからっ!」
「縁起が良いじゃん? 優しくする……。」
揶揄うように言いつつ下履きを解いて、行燈の明かりを視野の隅の光源にして、孝之輔は順調に瑞貴を剥いていく。瑞貴の手が迷ったように引っ込んで、脱がして、と囁けば肩に腕に着物が落ちて、袖を抜くために頭を上げると、随分可憐に見上げてくる瑞貴と目があった。
「かーわい……。」
ぼと火がついたように瑞貴は頭を振って、顔を覆って、細い顎をくいと持ち上げてやれば、くちびるがかすかに開く。これが好きか、と孝之輔は酷く格好良く微笑んで、瑞貴の腕が鎖骨を撫でて、首を撫でて、汗ばんだ美しい黒髪をくしゃくしゃにするまで掻き回して捏ね回して、瑞貴の顎に首筋にとろとろ溢れていった。
「んあ……こぉのすけさん、 ど、どしたら、ぼく……。」
「んーー? おぼこに上乗らせんのもなあ……。」
「う、うえぇ……?」
「上も下も右も左も。光の君はどうしてた?」
まさか自分の身にあのお姫様の快楽が降ってくるとは思いもよらず、白い肌が花色に染められ、男には無用の機関である乳首を撫でられ、孝之輔の手に擦られるまで発熱の自覚もなく孝之輔に見惚れていた。
どうにもこうにも羞恥で顔を覆うと、心配そうに覗き込む孝之輔が指の隙間に見えて、だったらこれが良い、と腕を伸ばして孝之輔の肩に縋った。肩を抱かれて肩甲骨を撫でることを許されて、熱い背中をぺたぺたと撫でていれば、孝之輔の頬にくちびるに、瑞貴はくちびるを押し当て、汗とは塩辛いものなんだなあ、なんて考えていた。
薄暗い三畳もない部屋の中で、行燈の明かりだけだあって、酒の匂いがして孝之輔に染みついた梔子の甘い香りがしていた。淫らに脚を開いて男を受け入れる女というのを、瑞貴は幾度か見たことがある。あれは見せられていたのではない。本人たちが夢中だから、鞠を拾う子供が覗き込んでも気付いていなかったのだ。
何か間違えたか知らん、初めてだから、と五回六回絶頂して、くたくたになって生理的な涙をぽろぽろやっていた。律動に合わせて恥ずかしい声が出るのに、孝之輔は一瞬とて隠させてくれないのだ。呼吸さえ言われるままで、恥ずかしいのに幸せで嬉しかった。
連れ込み茶屋は雨宿りの仕事は終わって聞き耳を立てていた。えらく愛らしい妾の子は不憫な育ちはしたものの、腕に自信のある男どもが真っ青になっていた。何せ居候は顔が良くて手もよくて床上手ときたもんだ。
妾の子だからすぐに誰にも股を開くだろうと見くびっていたら、知識も教養もあって、すっかり高嶺の花だった。それがあんな美男に掻っ攫われて、町の男どもはすっかり股間を抑えて背を丸め、使わないならとっとと帰んなと、髪を上げたばかりの女中のほうが強いくらいだった。
***
住所を見ながら、まるで文学少年が文学青年に羽化するだろう年の男が町にやってきたのは、孝之輔がこちらに移って二年後である。こちらに来てからというもの孝之輔は絶好調で、書くもの出版するもの全て売れて売れて困って、本人近影の自画像がまた美男であるから普段本を読まないお嬢さん達も買いに走ったくらいなのだ。嫉妬した男達はきっと見栄だと嘲笑ったが、キャメラというものが最近渡来して、実験台になった新しい物好きの孝之輔は、キャメラという機械の紹介も兼ねて写真を付録にした小説を出版した。ちょっと市場が傾くほど売れて友人連中からドン引きされた。
本の売り上げで何某の妾の家を買い取ったという話を聞いて、青年は思い立ったが吉日と列車に乗った。半日列車に乗れば、そこは昔は宿場町、今も豊かな田舎町といった風情で、なるほど孝之輔好みの人間と自然が調和された町である。
「お邪魔します!」
はあい、お客様、と通りの良い甘い声がして、おやと大きな目を瞬かせ、紫苑色の着物を着た男が玄関まで出迎えた。これが噂の前の家主の息子かと思ったが。
「お、ハチ! でっかくなったなあ!」
と、庭からがっしと形の良い頭を掴まれ、二年で貫禄も出た精悍な美男を振り返る。硬派な連中からずっと兄と慕われていた学舎時代とその雰囲気はさほど変わらず。
「孝兄の生活を偵察に参りました、加賀美です。」
ハチというのは筆名で、と加賀美がおどけつつ敬礼なんぞの真似をして、にっこり人好きする笑顔で瑞貴に手を伸ばす。シェイクハンドはあるだろうかと思ったら、すと瑞貴の手が離れ、孝之輔が二人の間にそれぞれの手を持っているという塩梅で。
「俺の嫁さんだから、惚れんなよ?」
と孝之輔は瑞貴の肩を抱き、何が起こったのか孝之輔がすっ転び、加賀美の握手に瑞貴はいささか慌てたように応じた。孝之輔の悪癖は治っていない。好きなものにとことん夢中で、たった一人で野原を駆けていく、後ろも確認しないで。そのくせ寂しいとものを知らない子供のように泣くのだ。
「加賀美さん、でよろしい?」
「うん、構わない。」
「孝之輔さん、お部屋の支度は僕がやるから、君はお夕飯の買い出しに行って。お醤油が切れかけなの、お酒は好きにして。」
おう、と孝之輔は瑞貴に改めてハグをして、朱鷺の濡羽の癖っ毛に接吻けると、玄関から入り直した。庭いじりでもやっていたのだろうか。
「なんてお呼びしたら良いかな、ええと……深月さん?」
美しい手が、柔らかそうなくちびるの前に人差し指をそつとかざした。長い睫毛が花のような影を落として、母親譲りの優しい美貌は、孝之輔をすっかり虜にして、嫉妬というものを覚えさせてしまった。
「瑞貴というの。その名前は母のものね。」
まるで舞うように瑞貴は美しい手を述べた。雨が降り出しそうな白い空である。
***
木田貫八座右衛門は、孝之輔の九つ年下である。因みに孝之輔は早生まれだ。温厚な兄がいて、気の強い兄がいて、これが孝之輔と気が合った。寝巻きを引きずりたらちねを呼んでいた頃から孝之輔は本名加賀美秀美のことを知っている。裏を返せば孝之輔の事を秀美は同じ歳月知っていることになる。兄貴達と一緒に自転車に乗って、兄貴達と野球をやった。幼稚舎に入る頃には兄貴達と遊んでい過ぎて周りの子供達がまるで餓鬼で困った。
「加賀美さん、お着物を一つ、持っていって。」
「ええと、いや、そんな気を遣ってもらって、悪いよ。」
「いいの。どうにも僕では明る過ぎてね。」
この島国の出身にしては変わった毛色で、色白で細面、眉目の形は少し彫りがある。ひょっとすれば大陸の血が入っているのかもしれない。
「こちらを寝巻きにして頂いて、孝之輔さん、お帰りなさいまし。」
「応、瑞貴。ただいま帰った。」
「お座敷の準備をお願いしてよろしい? お客様用の寝間、随分触っていないの。」
「そんなら、俺の部屋でいいよ。」
秀美が口を挟む間もなく、まあ所詮他人の家であるし、家人に采配させるのが良いのだ。早めの夕食は箱膳。今時こんな古い風習があったのかと思ったが、何某の妾の邸宅であったのだから、何某が箱膳を好んだのだろう。もしくは箱膳が似合うような女だった。最近は一つの鍋を全員でつつく牛鍋なんぞ出てきたから、お膳という文化も過去のものになりつつあった。一つの丸いテーブルなどに皆家族輪になってものを食べることは、特に低収入層が有難がった。魚の塩焼き、青菜のおひたし、棒手振りから買った果物は、瑞貴が器用に剥いていく。くりくりと包丁を器用に当てて、こうさぎが八つ、真っ赤な耳が黒くならないように塩水を刷いた。
「晩酌はいかが?」
「ん、アテ炙る?」
するすると音も微かに襖が開いて、秀美も仏壇に線香を上げさせてもらった。きっと孝之輔は瑞貴と一緒にこの仏壇の住人になることを思い描いてこの家を買ったのだろうと、何とも言えない確信が秀美にはあった。孝之輔の書斎兼私室にいつも通り孝之輔の布団、廊下を挟んだ部屋は長持だの着物のかかった衣桁、最近仕立てた背広などがある。物置同然の部屋だがと秀美に微苦笑を見せた孝之輔だが、背丈も年齢も重ねて随分とハンサムになったもんだと感心してしまった。
「加賀美さん、加賀美さん、」
と、瑞貴は淑やかな声音で秀美を呼んだ。白い手が暗い廊下の片隅に、真っ白な花のようだった。
「僕も、あなた達と、お友達になりたいんだ。」
「お友達? いいよいいよ。兄貴達なんてもう、いい歳なのに奥方達には笑われてっからね。」
「奥方様の強いお家なの?」
「俺んちは、見合い結婚が主流。俺も次に帰ったらお見合いなんだよな……。」
「そのお年で? お見合いなさる?」
「ね! 時代は自由恋愛なのにさ!」
秀美は十二人きょうだいの末っ子である。長兄は嫁を迎え、長女はやっぱりお見合いからそのまま帰ることなく嫁に行った。次に会えるのはいつだろうか。ちょっと寂しい気持ちになる暇もない。帰ったら見合った女と勝手に家族にされるのだ。
「綺麗なお庭だね。あ、ざくろ植ってる。」
「届いたその日に植えたの。雨の日で、どろんこになっちゃって。」
寂しいと告白したあの日、今日みたいな雨だった。針のように細く銀色の雨粒が、たまに紫陽花の広い葉を打って、跳ね返って、庭土は土壌豊かで泥濘んでいた。
「山亭ってやつと約束があるんだ。だから、明日は帰るけど。」
「そ……っか、お約束は守らなきゃ……。」
きっきと廊下の軋む音に振り返れば、食器を洗って拭って伏せてと一仕事やってきた孝之輔の、美丈夫の浴衣姿であった。
「晩酌。あたりめ炙ってきた。」
「まあしどい方! 僕だってあたりめ好きなのに!」
「そうだそうだ、横暴だあ!」
「ハチは初等科の四年まで寝小便してた。」
「孝兄のボケカスぅ!!」
「てめえも文士になろうってんならもっと粋に罵倒しろや。」
木田貫八座右衛門は世にも珍しい、読者の誰にもどこにも傷つけることがない、稀有な作家である。孝之輔こそ依頼された作品で誰を傷つけたりしないか、心に爪痕は残せど柔らかな暖かい、魚が人間の体温で火傷をするような、そんな塩梅だった。
そんな文士は、回顧録という形で、孝之輔の家に尋ねた数度を書いている。
曰く、あの家は、いけない。
了
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