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第1章

【5】抱きしめて!

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 私の住む屋敷の応接室でニーハイムス様は開口一番にこう言ったの。

「いいですか、カレン。私は公務をおろそかにして教鞭に立ったりはしていませんので! 公務も同時にこなして学院に行き、貴女に会いに行きをしています!」

 先刻、シオン神父様に言われたのをまだ引き摺っているのでしょう。
「ええ、優秀で有名なニーハイムス様のことですもの。公務をおろそかにしているなんて想像もしておりませんわ」
「……シオンは昔から余計なことをベラベラと喋るから良くない」
「シオン神父様とは昔からのお付き合いでしたの?」
「――ええ。あいつは神父になる前は、我が国の騎士団の次期騎士団長を期待されていた程の剣術の使い手だったのですよ。私はその頃ヤツと知り合いました」

 ……まあ! シオン神父様のそんな過去設定、ゲームの解説のどこにも載っていなかったわ!
 やはりこの世界は私が知っているのと微妙に異なる世界なのかもしれない……。

「ん? シオンがどうかしましたかカレン」
「え? いいえ何でもありません!」
「…………本当に?」

 ニーハイムス様は顔を近付けてその真紅の瞳でじっと私を見つめてきたわ。
 また美形の圧にやられてしまう…………っ!

「本当にシオンのことは頭に無いですか?」

 切なそうな表情カオで私を見つめてくるわ!

「は……はい! 今、アタマの中はニーハイムス様でいっぱいです!」
「――――よろしい」

 ニーハイムス様は私の肩にぽん、と手を置いたわ。そうして、

「案外、嫉妬深いのですよ私は。覚えておいてくださいねカレン」

 これでもかと抱き締めてきたわ!
 ニーハイムス様の、男性の大きな身体が私を包み込んでしまいますわ……っ!

「う~っ! ニーハイムス様! 侍女が! 侍女が見ておりますので……っ!」
 私は必死で抵抗する。けれど何の抵抗にもならず、ただただ抱きしめられていくのみで。

 一方、侍女のデンファレは部屋の隅に控えたまま。
「私は何も見ておりませんので。どうぞごゆっくり」
 デンファレ! 助け舟も出してくれないのっ!? 完全に、ニーハイムス様側に付いて周っているのねこの裏切り者っ!


  ※


 翌日。ラフーワ魔法学院にて。

 今日もニーハイムス大公閣下もといニース・ヘリオトロープ先生の魔法理論学講座の日ですわ。教鞭を振るうメガネの時はそれはそれで魅力的なのですけれど……私に贔屓などしないか心配になってしまいます。

 ニース先生は順に生徒を指名しますわ。
「次。カレン・アキレギア。エルヴィン・ノウゼンの続きを読んで」
「はい!」
「――――はい、そこまで。それでは次キース・バーベナ―――」
 良かった。贔屓などは杞憂だったようですわ。

「……というわけで、人間には得意不得意の魔法分野が有るわけだが、自分の得意分野を理解してる者は手を上げて――まあ全員だと思うけど」

 私はスッと挙手しましたわ。私の得意魔法分野は治癒魔法。これで悪役令嬢なのですからスキル違いもいいところだと思いますの。

 ――ふと、ヒロ・インさんを見てみると手を上げていないわ。

「どうしたヒロ・イン。君は入学前に適正テストを受けなかったのかい?」
「……いえ、適正テストは受けたのですが、全属性『小』で何が得意というモノが無かったので――」
「何だって? それは珍しいな」

 それもそのはずよ。ヒロさんはゲームの設定では、最上級の全属性の魔法のチカラを封印されて生まれてきた。大切な人を守る時、その封印が解かれて大魔法で大活躍する――のが、『華と嵐と恋の華 ~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』のストーリーの軸ですもの。
 その封印されてどれも平均以下なヒロさんを落ちこぼれとなじるのが悪役令嬢の私の役目だったのよね。
 でも。私が今やりたいことは違う――――

「先生! 全ての属性が使えると言うことは、全ての属性を伸ばせると言うことですわ。これは素晴らしいことだと思います!」

 私は改めて挙手してヒロさんとニース先生に向かって言ったわ。

 ニース先生は一瞬驚きましたが、私を見て笑い、次にヒロさんに向いても優しく微笑み、
「確かに、カレン・アキレギアの言う通りだな。ヒロ・イン。お前の将来は前途有望だぞ」
 と言って彼女を励ましてくださいましたわ。

「そうだそうだ! たまにはいい事言うじゃねーかお嬢様」
 ヒロさんの幼馴染兼攻略対象のキース・バーベナが私に声を掛ける。
「確かに、可能性の塊とも取れるな」
 メガネをクイッと上げながら、やはり攻略対象のエルゼン・マートルが声を上げる。
「フッ」
 クールに笑ったのはこちらも攻略対象のオルキス・オンシジウム。

「みんな……ありがとう……!」
 ヒロさんは目に涙をうっすらと浮かべていましたわ。

 授業が終わって。

「カレンちゃん!」
 ヒロさんが私に飛び込んで来ましたわ!
「カレンちゃん! さっきはありがとうっ!! 私、カレンちゃんに救われたわ……!」
 ヒロさんは私をギュッと抱きしめてくる。ああ、これがヒロインちゃんのいい匂い……はぁはぁ。
「そ、そんな大袈裟よヒロさん? 私はそのままの事を言っただけ。あなたは素晴らしい魔法使いになる人だわ!」
 冷静に、冷静になれ私。ヒロさんは大真面目に私に感謝してくれているんですから……!

「そうだわ、ヒロさん。今度から一緒に自習しませんこと?」
 私はここぞとばかりに調子に乗ってヒロさんに提案したわ。
「え? いいの? ぜひお願いしたいわ! カレンちゃんの魔法は正確で優秀なんですもの」
 っは――――…………褒め殺しかしら?
「そ、そんなこと無くてよ? ただ幼い頃から勉強する時間が有っただけよ!」
「すごい、偉いわカレンちゃん! 昔から勉強頑張っていたのね……!」
「そんな、すごくも偉くもないわ。公爵令嬢なら当然のことですもの」
「公爵令嬢って大変なのね……私には想像がつかないわ」
 私はふふっ、と笑顔で流しましたわ。

「それではヒロさん、放課後はふたりで一緒に自習室や林の泉で魔法のお勉強をしましょう!」

 ふたりの、秘密の花園の始まりよ……!
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