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第1章

【8】ぎこちないふたり!

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 ――その日の晩は、まるで夢見心地のようでしたわ。
 頭の中がふわふわとして、いまいち現実と夢の境目の区別が付かない。
 私はどれだけ動揺していたのでしょう……?

 明日、ニーハイムス様に学院でお会いした時どんな表情カオをすればいいのかしら……?
 私はベッドの中でニーハイムス様と顔を合わせた時のシミュレーションを何通りもしましたけれど、結局上手い答えは出てくることが無く、明け方を迎えてしまいましたの――


   ※


 翌日、ラフーワ学院。
 友人のリサと次の授業に備えて教室移動をしていた時ですわ。あちらの方からニース先生がやって来ましたの!
 リサは勿論、ニース先生がニーハイムス様なことも、昨日のニーハイムス様と私のことも知らないので普通に挨拶をしていたわ。

「ごきげんよう、ニース先生」
「ああ、ごきげんようリサ」
 ここは私もご挨拶をしなければいけないのですけれど―――!

「ごっ、ごきげんようにーずぜんぜえ!」

 ………思いっきり、舌を噛んでしまいましたわ…………。

「ご、ごきげんよう。大丈夫ですか? カレン?」
「だっ、大丈夫れす…………」
 ニース先生はいつもどおりの態度で優しく接してくださる。
「本当に? 痛いようなら保健室に……」
「平気ですのれっ!」
 私は思わずニース先生の手を払いのけてしまいましたわ!

「――……カレン……」
 リサも心配して私に歩み寄ってくれたわ。
「カレン、大丈夫? 無理してない?」
「リサ……本当に大丈夫よ」
「――……。それでは、私はこれで。二人とも教室移動はスムーズに、ね?」

 ニース先生は自らこちらを離れて、また廊下を歩き出して行きました。
 こちらに背を向けているので、どんな表情カオをしているのかは解らなかったですわ。

「ひ……ひとの気も知らないでっ……!」
「カレン? 何か有ったの??」
「――何でもないわ。……大丈夫よ、ありがとうリサ」

 私たちは次の授業に向かったわ――――


  ※


 放課後。今日は学院の裏手でヒロさんと魔法の練習をすることになっていましたわ。

「ヒロさん、こうやって集中して手のひらに魔力を集めていくと――ほら」
「わぁっ! キレイな水色!」
 私の手のひらから水色の球体が生まれましたわ。

「この色はその人の魔力特性や使う魔法によって変わるのよ。私が得意なのは治癒魔法なのでこの球体は治癒ヒールの水色。ヒロさんは全属性持ちですから何色でも出せると思うわ――」
「ええっ! 何色でも――!? 素敵ね! 日替わりで楽しんじゃうわ!」
「……ヒロさんって面白い方ね!」
 クスリ。と笑いが漏れましたわ。その後声を出して笑ってしまいましたの。
「そんなに面白いこと言ったかしら?」
 ヒロさんはそう不服そうに仰っいましたけど、私には思いもしない魔法の使い方でつい笑ってしまいましたの!

 ――――はぁ。そう言えば、今日笑ったのは初めてですわ…………。

「ありがとう、ヒロさん」
「え、私何もしていないけれど?」
「あなたがいて下さるだけで私は十分癒やされますのよ」

 それは前世から、今においても不変ですのね――――


「おや、こんなところで魔法の練習ですか?」

 物陰から現れたのは――――
「シオン神父様!」

 シオン・アカンサス神父様でしたわ。そういえばこの校舎裏、すぐ近くに学院併設の教会が有るのよね。

「どうも、おふた方。ヒロさんと――そちらは確か、カレンさんでしたね」
 ヒロさんは元気に挨拶をしたわ。
「こんにちは!シオン神父様!」
 私は改めてかしこまってご挨拶。
「こんにちは、シオン神父様。覚えていてくださって光栄ですわ」

 シオン神父様はニーハイムス様と旧知の仲で、過去には騎士団に所属していたとニーハイムス様に聞いておりますわ。……今はニーハイムス様のことは考えたくは無いのですけれど……。

「カレンさんのことは、ニー…ニース先生からよく聞いていますよ」

 まあっ! ニーハイムス様から!?
「すごーい! カレンちゃん、有名人だもんね!」
 有名人になるのはあなたよ、ヒロさん!
「大変優秀で、気立てもよく、自慢の生徒だと」
 うんうん、と横でヒロさんが頷いているわ。
「さて、それはどうでしょうか?」
 私はニーハイムス様の評価を否定したくなったわ。

「ニース先生は私の上辺だけを見て、そう評価してらっしゃるに違いないですわ」

 するとヒロさんがすかさず意見してきましたわ。
「そんなこと無いと思うよ! ニース先生は良い先生だし、私もカレンちゃんのことは素敵だって思ってるもの!」
 意外なことにシオン神父様も。
「ニース先生は行動原理は単純ですが、やる時はやるし根は真面目で思慮深い男です。責任感も有ります。簡単に他人を褒めたりはしませんよ。特に私なんかの前では」

「ほら、シオン神父様もこう言っているじゃない!」
 ヒロさんが私の肩を小突く。
 私は試しに訊ねてみたわ。
「……シオン神父様とニース先生は仲がよろしいのですか?」
 シオン神父様は少し考えた後、こう仰ったわ。

「私とニース先生は、幼い頃から剣術の稽古の先輩と後輩であり、幼馴染のようなものだったのですよ。今、私は剣術は引退してしまいましたが」
 なるほど。シオン神父とニーハイムス様は先輩後輩であり、幼馴染でもあるのね。
 それなら先日のくだけたやりとりも納得がいったわ。

 それから、シオン神父様は私を手招きしてお側に呼び寄せたわ。
「カレンさん、ちょっと。すみません」
「はい、どういたしましたか?」
 シオン神父は低い小声でこう仰ったの。

「ニーハイムスのことをどうかよろしくおねがいします、カレン・アキレギア」

「!!」

 私はシオン神父様の顔を見上げてしまいましたわ!
 そこには、ただ、優しく微笑むいつものシオン神父様がいらっしゃいました――――


  ※


 その日の夜。アキレギア家邸宅。

 色々と考えてしまって、今晩は食事が喉を通りませんでしたわ……。

 私は窓辺に頬杖を付いていました。
 自室の窓からは、アキレギア家のバラ園が見えるのよ。
 バラ園……あの日、ニーハイムス様と行ったバラ園は素晴らしかったわ。ニーハイムス様も私もよく笑って、とても楽しいひとときでした――――

 コンコン。ドアがノックされましたわ。
「カレン様。お客様です」
 侍女のデンファレが私を迎えに来たわ。
 こんな夜更けに私に会いに来る方なんて限られているわ――――

「お断りして」

「ですが、どうしてもお会いしたいと」
「嫌よ」
「どうかなさったのですか? カレン様?」
「嫌ったら嫌よ!」
「カレン様――それが」
「どうしたの? デンファレ?」

「カレン――――!」
「え――――?」
 聞き覚えの有るこの声は――――

 ずけずけと、私の部屋に、心に入ってきましたわ!

「ニーハイムス様…………!?」

「夜分遅く、女性レディの部屋に失礼。どうしても、貴女に会って話しておきたくて――!」

 ニーハイムス様が、私の部屋の中央に立っておられましたわ―――……。
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