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第1章

【10】ブレイク・タイム!

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 ――――ニーハイムス様と私はこうして結ばれたわ。

 まだ、私は恋とか愛とか言うものの全容は掴めていないけれど、きっとこの心の中の気持ちを表すならそういう言葉が必要になるのでしょう。

 ありがとう、ニーハイムス様…………。


 って!

 乙女ゲームの世界だったらここで気持ちよくエンディングが流れて終わっていくのよね!!  私知っていますとも!

 だけどこの世界は乙女ゲームにして私の現実。そう簡単に終わりは無いわ。しかも私は『悪役令嬢』よ! 絶対にこのままで済むはずが無いじゃない…………。


  ※


「どうしたの? カレンちゃん」
 放課後、自習室で私と魔法の勉強をしていたヒロ・インさんが隣の席から私の顔を覗き込んできたわ。
「な、何でもないわ。少しぼーっとしてしまっただけでしてよ!」
「カレンちゃん、最近ぼーっとしていることが多くない?」

 ギクリ。

 私は友人の(『友人』にカテゴライズして貰っていいのかしらといまだに戸惑うわ! けれどこれ事実なのよね!)ヒロさんにも何か察される程度にはペースが乱れているようで。

 それもこれもニーハイムス様の存在が原因なのですけれど……今はまだ、ヒロさんにも秘密にしておかなくては。なんせニーハイムス様はこの学院のニース先生なのですから。

「……少し息抜きをしましょうか?」
 私はヒロさんに提案したわ。根を詰めすぎても効率が落ちますしね。
「うん! そうしましょう!」
 ヒロさんは私にニッコリと微笑んでくれたわ。クッ。この笑顔、守りたい……っ!

 私たちは校舎を離れ、休憩所の長椅子に座ったの。

「――ヒロさんは、気になる男性はいらっしゃらなくて?」

 私は思い切って切り出してみた。
 入学してもう半月が経とうとしていたわ。

 そろそろこの世界、『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』ではヒロインちゃん(デフォルト名無し)がどの攻略キャラかルートを決める頃になっているはずですの。
 私は悪役令嬢ですけれど、ヒロさんの恋路を邪魔するようなことはしたく無いの!

「え、えええっ!? 気になる男性なんてそんなっ! 居るわけ無いよぉ~!! 何言ってるのカレンちゃん!」

「……本当に? ヒロさんの幼馴染のキース・バーベナやそのお友達の委員長エルゼン・マートルや影からあなたを気にかけてくれているオルキス・オンシジウムやお世話になっているシオン・アカンサス神父様や優しく見守ってくださっている妖精王リュオン様など気になる男性はいらっしゃらないの!?」

 私は一気にこの世界ゲームの攻略対象の名前を列挙していったわ。

「カレンちゃん、すごい早口……」

 は! いけない! 前世のノリでついキャラトークになるところでしたわ!! ヒロさん、私に少し引いている……!

「――本当に気になる男性はいらっしゃらない?」

「うん! 今はこうしてカレンちゃんとお勉強したり、息抜きしたりするのが一番楽しいよ! 男の人のことはまだまだ先でいいかなぁ……」

 …………嘘を言っている風には見えませんわね。というか。

「わ、私があの男性陣よりも優位に来ているなんてあり得なく有りませんこと!? これは夢!? もしくは正気ですの!? ヒロさんっ!?」
 私はヒロさんの両肩をガッと掴んで揺さぶってしまいましたわ。
「わ、わ、わ。カレンちゃん~! ここで本当じゃないことを言っても何の得にもならないよぉ~!」
「はっ! すみませんでしたわ! 私としたことが冷静さを欠いていましたわ……!」

「あのね。」
 ヒロさんは私を見つめて言いました。
「私がいつか、本当に好きな人が出来たら、カレンちゃんに真っ先に報告するわ! 約束!」

「ヒロさん……」
 私はいつの間にか、涙ぐんでいたわ。
「カレンちゃん!? どうしてこんな事で泣いちゃうの?」
「……ヒロさんがそこまで私を大切に思ってくださるのが嬉しくて……」

 本来なら私は悪役令嬢として君臨し、ヒロさんの勉強もままならない程度に嫌がらせ(ではありませんけど、他の友人たちと自習室の占拠などしていたでしょう)をしていたはずですわ……。それがこんなにお側でヒロさんに協力出来る立場になって、なおかつヒロさんも私のことを大切に思ってくださっているなんて…………。

 これがリュオン様が先日言われていた『旧来あるべき世界と違った、新しい並行世界』なのなら、なんて素晴らしいのでしょうか!


「おや、そこに座っているのはカレン・アキレギアとヒロ・インではありませんか」
 ニーハイムス様が片手に持った珈琲の香りを漂わせて、こちらに近づいてくる。

「ごきげんよう、ニース先生!」
 ヒロさんは天真爛漫にご挨拶をしましたわ。

 私は冷静に、ニース様にご挨拶したわ。
「ニース先生、ごきげんよう。お仕事の合間のブレイク・タイムですか?」

「――そんなところだね。授業の採点がなかなか追いつかないので、ひとまず逃げてきたよ」
 ニース先生はメガネ越しに私たちに微笑みましたわ。
 普段の素顔のニーハイムス様も素敵ですけど、メガネ姿のニース先生も素敵……!

「お疲れ様でございますわ。お仕事に熱心なのもよろしいですけど、お身体に障りの無いようたまにはそうやって休憩してくださいまし」
「ありがとうカレン。そう労って貰うだけでも疲れが吹き飛ぶよ」
「…………」
 ヒロさんはニース先生と私をじっと見ていたわ。

「どうしましたの? ヒロさん?」
「……いえ、別に私の勘違いだと思うんだけど」
「どうしたのかな? ヒロ・インさん」

「カレンちゃんとニース先生って特別仲が良くなっている気がして――」

『!?』

 ニース先生と私は狼狽えましたわ!

「そ、そんなこと無いですわっ! ニース先生は誰にでもお優しいのよっ嫌だわヒロさん!」
「そうそう、私は誰にでも公平ですよ、カレン・アキレギアさんにも、勿論ヒロ・インさんにもね!?」
 ヒロさんは怪訝な顔をしていたわ。何でスムーズに信じてくださらないのっ!?

「――本当に? でも私、カレンちゃんとニース先生ってお似合いだとも思うんでおふたりが仲が良くて嬉しかったんですけれど――」

『!!』

 ニース先生と私はそっと目を合わせましたわ。

「……ヒロ・インさん。それは光栄ですね。カレン・アキレギアのような優秀な生徒とお似合いと言われるのは悪い気はしません」

 そう来るのニース先生!?

「――わ、私も別にニース先生のような素敵な方とお似合いと言われて悪い気はしませんわね! ありがとうヒロさん!」

 私も軽い調子でいなしたわ。

「……良かった! おふたりが仲良くしていると私は何故かほっこりするんです……!」

「まぁ、ヒロさん、キース先生と私をそんな目で見ていたのっ?」
「ふふふ、ごめんなさいカレンちゃん。でも幸せな気持ちになるのは本当よ」

 本当はヒロさんに私とキース先生ことニーハイムス様の関係をお伝えしてしまいたい……!

 この世界の主人公ヒロインの祝福を受ける私たちは、とても幸せなのだと思いますわ――――!

 けれど、まだ暫くは秘密にしておきましょう。
 ニース『先生』は公平で有るべきなのですから。
 ごめんなさい、ヒロさん。
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