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第4章

【30】聖飛竜の誕生!

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 とりあえず聖飛竜の卵は、授かったヒロさんが持っておくことになったわ。
 ヒロさんは卵を柔らかい布で覆って、大切に鞄に戻したわ。
 卵の大きさは直径15cmくらいなので持ち運びには一応困らなそうでした。

「カレンちゃん、なんだか大変なことになっちゃったねぇ……」
「……そうですわね。急なことで私も理解が追いつきませんわ」
 前世のゲーマー時代なら、素直に喜んで『ヒロインちゃん活躍新シナリオ来たー!』って叫んでいたでしょうけれど。
 ニース先生も真面目な顔で仰っしゃりましたわ。
「――ヒロにはそのうち王宮へ出向いて貰うことになるかもしれないな」

「ええっ! 私が王宮へ!? 『聖飛竜』や『聖女』って言われても私自身は何も変わってないですよ!」
 ヒロさんは困惑しているわ。それはそうでしょう……。今朝から一挙に色んな情報を浴びすぎたわ。

 リュオン様とニース先生は顔を見合わせて困っているようでしたわ。どうしたのかしら? まだ困りごとが? ふたりは小声で何やら話しています。
「……ニーハイムス大公閣下は次期王から退かんと面倒なことになるぞ」
「……彼は決めたことは突き通すでしょう。全て」
 ――? どういう意味かしら?
 ヒロさんには聞こえていないようでしたわ。


  ※


 放課後。
 いつもの学院裏手の休憩所に、ヒロさんを中心にキース、エルゼン、オルキス、シオン神父様、リュオン様、ニース先生、そして私が集合していたわ。
 やはりすごいわ…この世界ゲーム主人公ヒロインと攻略対象全員(プラス、ニーハイムス様)と悪役令嬢が揃い踏みは……。

 前世の『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』のシナリオでもキャラクターが揃うなんて無かったし、公式イベントでもが全員揃う機会は無かったものね……。感慨深いわ。

「これが今朝、私が貰ってきちゃった? 『聖飛竜の卵』らしいよ!」
 ヒロさんは臆面もなく、卵を出してお話しを始めたわ。
 ニース先生とリュオン様がヒロさんのお話しに説明を加えます。

 話を聞いた皆さんはやはり驚いていましたわ。
「『聖飛竜』……実在していたのか……」
 エルゼンが眉を寄せて、険しい表情カオをしましたわ。
「すっげーな! それでヒロは卵を持ってきた『聖飛竜』を見たのか!? 大きかった!?」
 キースが好奇心旺盛にヒロさんに訊ねますわ。ヒロさんはそれに答えます。
「ううん、光の柱を見ただけ。そこからこの卵がゆっくり落ちてきたの」

「……その『光の柱』によく飛び込んだな、お前」
 オルキスがヒロさんの行動力に呆れていますわ。
「ヒロさんはきっと『綺麗』と思って飛び込んだ、そんなところでしょう?」
 シオン神父様がヒロさんの行動を推測します。
「すごい、シオン神父様の言う通りです! 危ないとか何も考えてなかったよ!」
 ヒロさんのこの積極的な行動力、好きですわ……っ!

 シオン神父様は思慮深く発言されたわ。
「問題はその卵が『聖飛竜』ということはヒロさんが『聖女』になって、この国に何か『厄災』が起きる可能性が有るということですね……」
「――そうなのじゃ。流石の妖精王の私でも遠見のチカラは有っても未来予知のチカラは無い。これからどのような事件が起こるのかはとんと見当もつかぬ」
 リュオン様もお手上げ、と言ったふうでしたわ。

「なんだ、妖精王様っても完璧じゃないんだな」
 キースが軽口を言いました。失礼に当たらないかしら……!?
「当然じゃ。完璧な存在など面白みもないだろう。私にもお茶目な部分が残っているのだよ。それでも並の人間よりは遥か高みに居るがな」
 リュオン様はサラリとかわしましたわ。よかった、何とも思っていないみたい。

「――――あ!」
 ヒロさんが大きな声をあげましたわ。
 すかさず私はヒロさんの側に駆け寄ります。
「どうしました、ヒロさん!」
 皆の目線もヒロさんに集まります。
「今、この卵が動いたのっ……!」
「まあ……っ! ちゃんと生きているのね!」
「無事、卵がかえればいいんだが」
 ニース先生もヒロさんと私の後ろから覗き込んできましたわ。

 ――――その時。

 パリッ。

 ヒロさんが抱えている卵にが入りましたわ――――
 ヒビの間からは強い、柔らかい光が漏れています。
「キャッ! もしかして――今生まれちゃうのっ!?」
 ヒロさんが小さな悲鳴をあげました。

 パリパリパリッ。

 卵のヒビはどんどん大きく広がっていき―――

 リュオン様は独り言を言っています。
「数千年生きた私でも『聖飛竜』の生まれる瞬間に立ち会うのは初めてじゃ……」

 その、卵から孵化してきたのは――――

「ぴぎゃあ!」

 全長20cmほどの、丸くて青白い、羽の付いた小さな小さな竜のような生き物でした――――

「きゃぁっ! かわいい!!」
 ヒロさんと私は声を揃えて叫んでしまいましたわ。

「うわっ! 弱そう!」
 キースとオルキスも声を揃えて叫んでいます。

 ニース先生はリュオン様に訊ねています。
「これが『聖飛竜』の幼生体ですか?」
「うむ。私が知る飛竜の幼生よりも大分丸々としているし身体も白いが、幼生で有るのは間違いないだろう――」

「ぴぎ、ぴぎゃあ!」

 聖飛竜の幼生は一番最初に見たヒロさんをお母さんとでも思ったのでしょうか?
 ヒロさんの顔に一生懸命手を伸ばしていますわ。

「うわーっ、かわいいよぉ! カレンちゃんも見て、見て!」
「見ていますわ! ヒロさん、この子にお名前を付けてはいかがでしょう?」
 いつまでも『聖飛竜』や『聖飛竜の幼生体』では可哀想ですわ!

「名前……名前かぁ…うーん。ポチ?」
「却下ですわ! もうちょっと考えてあげてくださいまし」
「うーん…うーん……ベ…ベルちゃん! このまん丸な感じがベルみたいだから!」
「ぴぎぃ~!」
 聖飛竜の幼生体は『ベルちゃん』に機敏に反応しましたわ。
「……それでおふた方がよろしいのなら良いと思います。ベルさん」
「ぴぃ~!」

 ニース先生はヒロさんと私のやり取りを見て、
「『ベル』ですか……。ベルと言えば『クリスマスベル』の花言葉は『祈り、祖国への想い』だ。聖飛竜にはぴったりかもしれませんね」
 シオン神父様はそんなニース先生の発言を受けて。
「ニース先生は昔からロマンティストですよね。ふふ」
「悪いか、シオン」
「良いと思いますよ」
 いつもの応酬が始まったわ。

「そなたたち。歴史的にも貴重な場面に立ち会ったことを自覚するがよい」
 リュオン様がキースやエルゼンやオルキスに言っていますわ。まるでリュオン様が先生のよう。

 リュオン様がニース先生とシオン神父様の方に振り返りましたわ。
「しかし、どうするのだこのベルとやら……ヒロと引き離し王立院に収めるわけにもいくまい」
 ニース先生が素早く答えましたわ。
「はい、そのことでしたら私が手配をして、ヒロと一緒に居られるようにしようかと」
「ふむ。それがよいな『聖女』と『聖飛竜』を切り離すのはよろしくない――」

「良かったわね! ヒロさん! ベルさんと一緒に居られるようよ!」
「……やったわね! カレンちゃん、ベルちゃん!」
「ぴぎゅい~!」
 こんなに可愛い生き物、側から離れるのは悲しいですわ!

 こうして、私たちの仲間に新たに『ベル』さんが加わったのです――――
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