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第4章
【34】リュオン様のお家にて!
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ニース先生ことニーハイムス様やエルゼンたちが私を探していたのを知ったのはその日の夕暮れ時になってからでしたわ。
校舎裏で泣き崩れていた私をの元へまずやってきてくださったのは、妖精王リュオン様でしたの。
「カレン……乙女がこんなところで泣いているのは見過ごせぬ。とりあえず我が泉の元へと来るがよかろう」
リュオン様はそう言うと、魔法で私を瞬時に林の泉に移動させてくださったのですわ。
「リュオン様……私……」
「いい、無理して言うでない。私は妖精王だ。この世のことは何でも知っている」
「今日は茶会ではなく、私の家へ招待しよう」
リュオン様がそう言うと、泉の真ん中に小さな可愛いお家が現れましたわ。
「まあ……!」
まるで童話のようなメルヘンな作りのお家だわ。普段の私なら、心が浮足立っていたでしょう。
「人間を招待したのはかれこれ何百年ぶりになるかの」
リュオン様は魔法で泉に橋を掛け、私をエスコートしてお家まで連れて行ってくださいました。
「この家は人間たちには決して見つからない。だから気が済むまで好きなだけ泣くなり笑うなり怒るなりすれば良い」
「……ありがとうございます」
リュオン様の優しさが心に染みるわ。
私はリュオン様が用意してくださったクッションに腰掛けたわ。
「妖精たちが摘んできた夢見草のハーブティーだ。これを飲むと心が少し和らぐかもしれぬ」
リュオン様はそう言ってお茶をお出しくださり、私の正面にお座りになられました。
「……初めて頂くお茶ですわ」
「うむ。この国では夢見草はこの林でしか取れないからの」
「――温かいです」
夢見草のハーブティーは、暖かくて甘酸っぱくて、確かに心が少し和らぐ味わいでした。
「カレン……そなたは心優しい乙女だ……」
「リュオン様……」
「そなたは誰も傷つけたくないあまり、自分を犠牲にする性分が有ると見た。違うか?」
『悪役令嬢』カレンにそんな優しい人物像を見出すリュオン様こそ心優しい妖精王様ではないのかしら……。
「違います。――私は、私の為ならば、どんな道でも突き進む悪の令嬢ですわよリュオン様。今まではたまたま運良く皆さんと道をご一緒出来ただけですわ」
リュオン様はそんな私を見て、ため息をひとつ吐いたわ。そうして――
「『どんな道でも』か。……そなたの頭の中の『道』とは、共存や自己犠牲の道ではないのか? それは『悪』とは言わんのじゃよ、カレン」
とても、とてもお優しい言葉をお掛けになってくださったのだわ――――
「たまには、我儘に振る舞っても誰もそなたを咎めまい――」
お茶のおかわりなら有るぞ、とリュオン様は微笑んでくださりましたわ。
「そうじゃ、それに『聖女』――ヒロの心も、『王』となり得るニーハイムスの心も解らんしな。――いや、ニーハイムスの心は容易に想像に足りるか」
リュオン様は悪戯っ子っぽく、クククと笑ったわ。
「――しかしリュオン様。この問題は『心』だけの問題ではなく『政』の問題ではありませんか。王家の、この国の伝説であり、伝統の決まりごとの前では私のような単なる令嬢は吹いて飛んでしまいます――」
「……人間は些細なことにこだわるのう」
「些細なことではありませんよ」
「些細なことじゃろう。ただ、リリー…いや、伝説の『聖女』がたまたま当時の『王』と恋仲になっただけではないか。昔は昔、今は今じゃ」
「『リリー』…?」
「……伝説の『聖女』の名前じゃよ。今はもう、人間は誰も覚えておらんかもしれん。『聖女』の名前が勝手に独り歩きしてしまった。それはそれで悲しいのう……」
「些細なことにこだわるのに、大切なことは忘れてしまうのが人間の悪いクセじゃ」
リュオン様は遠い目をして仰られたわ。
「リリーは相手が王だから好いたのではなく、好いた相手がたまたま王だっただけじゃよ。それを現代の人間たちは解っていないようじゃのう……。リリーと当時の王がこの有様を知ったらきっと嘆くだろうよ」
「リュオン様は『聖女』様……リリー様をご存知ですの?」
「――私を誰だと思っている? この国を代表するような清らかな乙女、知らぬワケがないじゃろう」
「……ふ、ふふふ」
「なんじゃカレン」
「いいえ、リュオン様らしいなと思いまして――」
「ははは。実に私らしいだろう。リリーは勝ち気だが清らかで素直ないい娘じゃったよ」
「――へぇ……凄いですわね流石はリュオン様。リュオン様の手にかかれば『伝説』もつい最近の出来事のようになってしまいますのね」
「当然じゃ」
リュオン様は誇らしげな笑顔になられましたわ。
「――やっと笑ったな、カレン」
「――……え?」
「それで良い。そなたは悲しい時の泣き顔よりも嬉しい時の泣き顔が良い。楽しい時の笑顔が良い。美しい。」
「――まあ!」
リュオン様、本当にお言葉がお上手ね。まるで私が主人公になったかのように錯覚してしまうわ。
「……さあ、もう時間も遅い。そなたの迎えの馬車も来ておるようじゃ。校門前まで送ってやろう」
「え?」
――気がつくと、リュオン様のお家の窓から見える空はもう暗くなっていたわ。
「私、そんなに長くここに居ましたっけ――?」
「『妖精』は時間を狂わせ、人間を惑わすものなんじゃよ」
リュオン様はそう言うと、椅子から離れて、私の手を取ってくださったわ。
「さあ、行こうかカレン」
※
――――気がつくと、私はひとりで校門の前に立っていたわ。
「お嬢様!? いつからそこに!?」
侍女のデンファレと馬車の御者が驚いているわ。
けれど私にもさっぱりだわ! さっきまでリュオン様と一緒に居たはずなのに――
デンファレが私に小声で伝えたわ。
「お嬢様が学院内で行方不明と聞いて、ニーハイムス様たちがお探しになっておられます」
「まあ! 私はここにしっかりと居るのに――ご心配をおかけしましたわ」
「お嬢様、ニーハイムス様たちには――」
「感謝の意を。そして申し訳ないのですが、私は今日はこのまま帰ります」
いくらリュオン様に励まされ、勇気づけられたとは言えど、今ニーハイムス様ことニース先生に直接会うのはまだ気が引けてしまうわ……。
「解りました。それではお嬢様は先にお帰りくださいませ」
こういう時、デンファレは察しがいいの。好きよ。
――そうして、私はニーハイム様始め、皆さんに会わずに逃げるように屋敷へ帰ってしまったのだわ――
「ああ。そう言えば――」
馬車の中で思い出しました。
ニーハイム様との日の曜日のお約束、どう致しましょう――――
校舎裏で泣き崩れていた私をの元へまずやってきてくださったのは、妖精王リュオン様でしたの。
「カレン……乙女がこんなところで泣いているのは見過ごせぬ。とりあえず我が泉の元へと来るがよかろう」
リュオン様はそう言うと、魔法で私を瞬時に林の泉に移動させてくださったのですわ。
「リュオン様……私……」
「いい、無理して言うでない。私は妖精王だ。この世のことは何でも知っている」
「今日は茶会ではなく、私の家へ招待しよう」
リュオン様がそう言うと、泉の真ん中に小さな可愛いお家が現れましたわ。
「まあ……!」
まるで童話のようなメルヘンな作りのお家だわ。普段の私なら、心が浮足立っていたでしょう。
「人間を招待したのはかれこれ何百年ぶりになるかの」
リュオン様は魔法で泉に橋を掛け、私をエスコートしてお家まで連れて行ってくださいました。
「この家は人間たちには決して見つからない。だから気が済むまで好きなだけ泣くなり笑うなり怒るなりすれば良い」
「……ありがとうございます」
リュオン様の優しさが心に染みるわ。
私はリュオン様が用意してくださったクッションに腰掛けたわ。
「妖精たちが摘んできた夢見草のハーブティーだ。これを飲むと心が少し和らぐかもしれぬ」
リュオン様はそう言ってお茶をお出しくださり、私の正面にお座りになられました。
「……初めて頂くお茶ですわ」
「うむ。この国では夢見草はこの林でしか取れないからの」
「――温かいです」
夢見草のハーブティーは、暖かくて甘酸っぱくて、確かに心が少し和らぐ味わいでした。
「カレン……そなたは心優しい乙女だ……」
「リュオン様……」
「そなたは誰も傷つけたくないあまり、自分を犠牲にする性分が有ると見た。違うか?」
『悪役令嬢』カレンにそんな優しい人物像を見出すリュオン様こそ心優しい妖精王様ではないのかしら……。
「違います。――私は、私の為ならば、どんな道でも突き進む悪の令嬢ですわよリュオン様。今まではたまたま運良く皆さんと道をご一緒出来ただけですわ」
リュオン様はそんな私を見て、ため息をひとつ吐いたわ。そうして――
「『どんな道でも』か。……そなたの頭の中の『道』とは、共存や自己犠牲の道ではないのか? それは『悪』とは言わんのじゃよ、カレン」
とても、とてもお優しい言葉をお掛けになってくださったのだわ――――
「たまには、我儘に振る舞っても誰もそなたを咎めまい――」
お茶のおかわりなら有るぞ、とリュオン様は微笑んでくださりましたわ。
「そうじゃ、それに『聖女』――ヒロの心も、『王』となり得るニーハイムスの心も解らんしな。――いや、ニーハイムスの心は容易に想像に足りるか」
リュオン様は悪戯っ子っぽく、クククと笑ったわ。
「――しかしリュオン様。この問題は『心』だけの問題ではなく『政』の問題ではありませんか。王家の、この国の伝説であり、伝統の決まりごとの前では私のような単なる令嬢は吹いて飛んでしまいます――」
「……人間は些細なことにこだわるのう」
「些細なことではありませんよ」
「些細なことじゃろう。ただ、リリー…いや、伝説の『聖女』がたまたま当時の『王』と恋仲になっただけではないか。昔は昔、今は今じゃ」
「『リリー』…?」
「……伝説の『聖女』の名前じゃよ。今はもう、人間は誰も覚えておらんかもしれん。『聖女』の名前が勝手に独り歩きしてしまった。それはそれで悲しいのう……」
「些細なことにこだわるのに、大切なことは忘れてしまうのが人間の悪いクセじゃ」
リュオン様は遠い目をして仰られたわ。
「リリーは相手が王だから好いたのではなく、好いた相手がたまたま王だっただけじゃよ。それを現代の人間たちは解っていないようじゃのう……。リリーと当時の王がこの有様を知ったらきっと嘆くだろうよ」
「リュオン様は『聖女』様……リリー様をご存知ですの?」
「――私を誰だと思っている? この国を代表するような清らかな乙女、知らぬワケがないじゃろう」
「……ふ、ふふふ」
「なんじゃカレン」
「いいえ、リュオン様らしいなと思いまして――」
「ははは。実に私らしいだろう。リリーは勝ち気だが清らかで素直ないい娘じゃったよ」
「――へぇ……凄いですわね流石はリュオン様。リュオン様の手にかかれば『伝説』もつい最近の出来事のようになってしまいますのね」
「当然じゃ」
リュオン様は誇らしげな笑顔になられましたわ。
「――やっと笑ったな、カレン」
「――……え?」
「それで良い。そなたは悲しい時の泣き顔よりも嬉しい時の泣き顔が良い。楽しい時の笑顔が良い。美しい。」
「――まあ!」
リュオン様、本当にお言葉がお上手ね。まるで私が主人公になったかのように錯覚してしまうわ。
「……さあ、もう時間も遅い。そなたの迎えの馬車も来ておるようじゃ。校門前まで送ってやろう」
「え?」
――気がつくと、リュオン様のお家の窓から見える空はもう暗くなっていたわ。
「私、そんなに長くここに居ましたっけ――?」
「『妖精』は時間を狂わせ、人間を惑わすものなんじゃよ」
リュオン様はそう言うと、椅子から離れて、私の手を取ってくださったわ。
「さあ、行こうかカレン」
※
――――気がつくと、私はひとりで校門の前に立っていたわ。
「お嬢様!? いつからそこに!?」
侍女のデンファレと馬車の御者が驚いているわ。
けれど私にもさっぱりだわ! さっきまでリュオン様と一緒に居たはずなのに――
デンファレが私に小声で伝えたわ。
「お嬢様が学院内で行方不明と聞いて、ニーハイムス様たちがお探しになっておられます」
「まあ! 私はここにしっかりと居るのに――ご心配をおかけしましたわ」
「お嬢様、ニーハイムス様たちには――」
「感謝の意を。そして申し訳ないのですが、私は今日はこのまま帰ります」
いくらリュオン様に励まされ、勇気づけられたとは言えど、今ニーハイムス様ことニース先生に直接会うのはまだ気が引けてしまうわ……。
「解りました。それではお嬢様は先にお帰りくださいませ」
こういう時、デンファレは察しがいいの。好きよ。
――そうして、私はニーハイム様始め、皆さんに会わずに逃げるように屋敷へ帰ってしまったのだわ――
「ああ。そう言えば――」
馬車の中で思い出しました。
ニーハイム様との日の曜日のお約束、どう致しましょう――――
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