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第4章
【35】雨降って地固まれ!
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――日の曜日。
今日はニーハイムス様と再び、王領地の湖でお約束の予定でしたのですが、あいにくの雨でした。
こんな雨では湖やバラ園には行けないわね……。
私は窓の外の様子を見ながら考えていたわ。
恐らくニーハイムス様は私に逢いにこの屋敷まで来られるでしょう。
その時、私はちゃんと笑顔で出迎えられるのかしら?
「お嬢様。ニーハイムス閣下がいらっしゃいました」
侍女のデンファレがニーハイムス様の来訪を伝えに来たわ。
「ありがとう、デンファレ。応接室にてご応対します」
「かしこまりました――」
さて、いよいよこの時がやってきたわね…………。
まず、ニーハイムス様にお会いしたら一昨日のことを謝って、それから笑顔で世間話でもして――それから、婚約破棄の覚悟を致しましょう――
※
……人払いをした応接室。
これから起きることは侍女のデンファレにも見られたくありませんの。
「いらっしゃいませ、ニーハイムス様」
私は深々と、品格を落とさぬよう上品に、そう、まるで初めてここでご応対した時のようにご挨拶をしたわ――
「カレン! 一昨日は大丈夫でしたか!?」
「はい、そのことでしたら大丈夫です。すみません、私のワガママで授業を抜けてしまって――」
「そんなことはどうでもいいのです! 貴女の身に何か有ったらと思うと心配で、探しに探しました!」
「……本当にすみません……」
合わす顔が無いとはこのことだわ。
「探している途中で、貴女の侍女から貴女が見つかったとの連絡を受け、ほっとしました。……それと、リュオン様にもお会いして」
「リュオン様に!?」
リュオン様、ニーハイムス様に私のことを何か言ったのかしら……!?
「リュオン様もカレンのことを気にかけて心配なさっていましたよ。――それと、俺のことまで」
「――それは一体、どういう――?」
「貴女が気に掛けるような問題では有りませんよ。これは俺自身の意志の問題なので」
「ニーハイムス様自身のご意志――」
「――はい。俺は一途に貴女を愛することに何ら変わりは有りません――」
「ニーハイムス様…………」
『――ニーハイムス様のご意思は変わらずとも、状況がそれを許して下さるでしょうか?』
と、私は訊ねたかったけれど、怖くて訊ねられませんでしたわ。
一昨日、リュオン様が『……人間は些細なことにこだわるのう』と仰っておりましたが、こだわってしまうのが人間なので仕方ないですわ。
「貴女は何の心配もしなくていいのですよ、カレン」
「大丈夫です、ニーハイムス様」
私は顔を上げてニーハイムス様を見上げました。
「私はいつ婚約破棄されても、平気ですから! 次期国王様――」
瞬間。
ニーハイムス様から殺気というか怒気というか、表情色が変わったのが解りました――――
「カレン――――ッ! 俺はそんなこと一言も言っていないし認めないぞ!」
ニーハイムス様は私をきつく抱きしめて、そしてこう仰っしゃりました――
「何を先走りしているんだ、お前は――! 俺は次期王を目指すが、お前を生涯の伴侶にすることも変わらない。絶対だ――!!」
「ニーハイムス様……」
「確かに、王家の定めでは若き王と聖女は結ばれると有るが、そんなの迷信だ。俺の代で壊してみせる!」
「でも、でも、そんなこと可能なのですか……?」
「王の言うことは『絶対』だ。『絶対』なのならば俺が王になろう」
「ニーハイムス様ぁ…………」
私はまた、ここでも情けなく涙を流してしまったわ……。でもこの涙は悲しみではなく、安堵の涙。
「はっ! ――カレン!? 俺としたことが、言葉を荒げてしまいすみません! 怖かったでしょう……?」
ニーハイムス様は私の涙を指で拭ってくれるわ。
でもだめ、涙はもっと出ていって止まらないの。
私はニーハイムス様の胸にうずくまってしまったわ。
「―――っ。カレン……」
ニーハイムス様は今度は優しく、大切に抱きしめてくださりましたわ。
私の頭をゆっくりと撫でながら、ニーハイムス様は仰っしゃりました。
「――よく考えてみて下さい。俺は俺であなたに一途ですし、相手の『聖女』のヒロはあのヒロですよ? 貴女の一番の親友だ――」
そういえば、いつだったかヒロさんは。
『私、カレンちゃんとニース先生ってお似合いだとも思うんでおふたりが仲が良くて嬉しかったんですけれど――』
と言ってくださっていましたわ…………。
「俺もヒロも、貴女を傷つけるような真似は絶対にしませんから」
「はい……。はい……!」
どうしましょう。私の顔、涙でぐしょぐしょになってニーハイムス様にお見せするのがお恥ずかしいですわ。このまま顔を上げられません――!
「カレン――その、顔を上げて貰えませんか――」
「!!」
「俺は今、無性に貴女の表情を見たいし、キスもしたい」
「――だめです、だめですぅ~!」
ニーハイムス様のお洋服を涙で汚している時点でダメダメなのですけれど。
「仕方ないなぁ。ふふっ。ほら、顔を上げて――」
ニーハイムス様は私の顔を両手で優しく包むと、そっと屈んで覗き込んで来ましたわ。
「……もう安心した?」
優しい声色で、私に語りかけてくださいます。
「…………安心しました…………」
私は完全に、身も心もニーハイムス様に捕まってしまいましたわ。
そうして、ニーハイムス様は私に優しいキスの雨を降らせてくださったのです――――
※
「明日、学院でエルゼンや私を探してくださった方にも謝らないといけませんね」
「ああ、そういえばエルゼンと言えば――」
思い出したようにニーハイムス様が仰ったわ。
「俺はてっきり、俺が俺なことに気付いているものだとばかり思って普通に話しかけてしまったよ……」
「えっ!?」
ニーハイムス様、あの鈍いエルゼンに自分の正体を告白してしまったんですの!?
「まさか、まだ同一人物だと気付いてなかったとはなぁ。誤算だったよ」
ニーハイムス様は軽く笑っていらっしゃいます。
「しかしおかげでエルゼン側から別派閥の動向が聞けて有意義だったよ」
「あの……エルゼンにニース先生がニーハイムス様だと言うことの口止めは――」
「もちろん、お願いしておいたよ。彼は信頼出来るからね」
ほっ。
「エルゼンが信頼できるのは私も多いに同意致しますわ。私たちの友情の為に二重スパイまで買って出てくださっているのですもの――」
「そうだね。しかしそれは危険な役目だ。引くべきところで引くように強く言っておいたよ」
「――かたじけないですわ、ニーハイムス様」
ああ、明日は学院で誰と何から話しましょう?
皆さんに謝り、感謝を伝えなければいけないわ。
窓の外はしとしとと雨が降っていましたが、私の心は一足先に、晴れやかになっていたのでした――
今日はニーハイムス様と再び、王領地の湖でお約束の予定でしたのですが、あいにくの雨でした。
こんな雨では湖やバラ園には行けないわね……。
私は窓の外の様子を見ながら考えていたわ。
恐らくニーハイムス様は私に逢いにこの屋敷まで来られるでしょう。
その時、私はちゃんと笑顔で出迎えられるのかしら?
「お嬢様。ニーハイムス閣下がいらっしゃいました」
侍女のデンファレがニーハイムス様の来訪を伝えに来たわ。
「ありがとう、デンファレ。応接室にてご応対します」
「かしこまりました――」
さて、いよいよこの時がやってきたわね…………。
まず、ニーハイムス様にお会いしたら一昨日のことを謝って、それから笑顔で世間話でもして――それから、婚約破棄の覚悟を致しましょう――
※
……人払いをした応接室。
これから起きることは侍女のデンファレにも見られたくありませんの。
「いらっしゃいませ、ニーハイムス様」
私は深々と、品格を落とさぬよう上品に、そう、まるで初めてここでご応対した時のようにご挨拶をしたわ――
「カレン! 一昨日は大丈夫でしたか!?」
「はい、そのことでしたら大丈夫です。すみません、私のワガママで授業を抜けてしまって――」
「そんなことはどうでもいいのです! 貴女の身に何か有ったらと思うと心配で、探しに探しました!」
「……本当にすみません……」
合わす顔が無いとはこのことだわ。
「探している途中で、貴女の侍女から貴女が見つかったとの連絡を受け、ほっとしました。……それと、リュオン様にもお会いして」
「リュオン様に!?」
リュオン様、ニーハイムス様に私のことを何か言ったのかしら……!?
「リュオン様もカレンのことを気にかけて心配なさっていましたよ。――それと、俺のことまで」
「――それは一体、どういう――?」
「貴女が気に掛けるような問題では有りませんよ。これは俺自身の意志の問題なので」
「ニーハイムス様自身のご意志――」
「――はい。俺は一途に貴女を愛することに何ら変わりは有りません――」
「ニーハイムス様…………」
『――ニーハイムス様のご意思は変わらずとも、状況がそれを許して下さるでしょうか?』
と、私は訊ねたかったけれど、怖くて訊ねられませんでしたわ。
一昨日、リュオン様が『……人間は些細なことにこだわるのう』と仰っておりましたが、こだわってしまうのが人間なので仕方ないですわ。
「貴女は何の心配もしなくていいのですよ、カレン」
「大丈夫です、ニーハイムス様」
私は顔を上げてニーハイムス様を見上げました。
「私はいつ婚約破棄されても、平気ですから! 次期国王様――」
瞬間。
ニーハイムス様から殺気というか怒気というか、表情色が変わったのが解りました――――
「カレン――――ッ! 俺はそんなこと一言も言っていないし認めないぞ!」
ニーハイムス様は私をきつく抱きしめて、そしてこう仰っしゃりました――
「何を先走りしているんだ、お前は――! 俺は次期王を目指すが、お前を生涯の伴侶にすることも変わらない。絶対だ――!!」
「ニーハイムス様……」
「確かに、王家の定めでは若き王と聖女は結ばれると有るが、そんなの迷信だ。俺の代で壊してみせる!」
「でも、でも、そんなこと可能なのですか……?」
「王の言うことは『絶対』だ。『絶対』なのならば俺が王になろう」
「ニーハイムス様ぁ…………」
私はまた、ここでも情けなく涙を流してしまったわ……。でもこの涙は悲しみではなく、安堵の涙。
「はっ! ――カレン!? 俺としたことが、言葉を荒げてしまいすみません! 怖かったでしょう……?」
ニーハイムス様は私の涙を指で拭ってくれるわ。
でもだめ、涙はもっと出ていって止まらないの。
私はニーハイムス様の胸にうずくまってしまったわ。
「―――っ。カレン……」
ニーハイムス様は今度は優しく、大切に抱きしめてくださりましたわ。
私の頭をゆっくりと撫でながら、ニーハイムス様は仰っしゃりました。
「――よく考えてみて下さい。俺は俺であなたに一途ですし、相手の『聖女』のヒロはあのヒロですよ? 貴女の一番の親友だ――」
そういえば、いつだったかヒロさんは。
『私、カレンちゃんとニース先生ってお似合いだとも思うんでおふたりが仲が良くて嬉しかったんですけれど――』
と言ってくださっていましたわ…………。
「俺もヒロも、貴女を傷つけるような真似は絶対にしませんから」
「はい……。はい……!」
どうしましょう。私の顔、涙でぐしょぐしょになってニーハイムス様にお見せするのがお恥ずかしいですわ。このまま顔を上げられません――!
「カレン――その、顔を上げて貰えませんか――」
「!!」
「俺は今、無性に貴女の表情を見たいし、キスもしたい」
「――だめです、だめですぅ~!」
ニーハイムス様のお洋服を涙で汚している時点でダメダメなのですけれど。
「仕方ないなぁ。ふふっ。ほら、顔を上げて――」
ニーハイムス様は私の顔を両手で優しく包むと、そっと屈んで覗き込んで来ましたわ。
「……もう安心した?」
優しい声色で、私に語りかけてくださいます。
「…………安心しました…………」
私は完全に、身も心もニーハイムス様に捕まってしまいましたわ。
そうして、ニーハイムス様は私に優しいキスの雨を降らせてくださったのです――――
※
「明日、学院でエルゼンや私を探してくださった方にも謝らないといけませんね」
「ああ、そういえばエルゼンと言えば――」
思い出したようにニーハイムス様が仰ったわ。
「俺はてっきり、俺が俺なことに気付いているものだとばかり思って普通に話しかけてしまったよ……」
「えっ!?」
ニーハイムス様、あの鈍いエルゼンに自分の正体を告白してしまったんですの!?
「まさか、まだ同一人物だと気付いてなかったとはなぁ。誤算だったよ」
ニーハイムス様は軽く笑っていらっしゃいます。
「しかしおかげでエルゼン側から別派閥の動向が聞けて有意義だったよ」
「あの……エルゼンにニース先生がニーハイムス様だと言うことの口止めは――」
「もちろん、お願いしておいたよ。彼は信頼出来るからね」
ほっ。
「エルゼンが信頼できるのは私も多いに同意致しますわ。私たちの友情の為に二重スパイまで買って出てくださっているのですもの――」
「そうだね。しかしそれは危険な役目だ。引くべきところで引くように強く言っておいたよ」
「――かたじけないですわ、ニーハイムス様」
ああ、明日は学院で誰と何から話しましょう?
皆さんに謝り、感謝を伝えなければいけないわ。
窓の外はしとしとと雨が降っていましたが、私の心は一足先に、晴れやかになっていたのでした――
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