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第5章

【37】謎多き転校生!

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 ――ラフーワ魔法学院の私たちのクラスに、『特例』で転校生がやってきたのは秋も始まる頃でしたわ。

 その転校生の名はシュリ・ハイドレンジア。うす鈍く光る灰色の髪に気高そうなアメジストむらさきいろの瞳が印象的な男の方です。
 隣国の魔法学院に通っていたところ、お家の都合でこの国に引っ越して来られたとのことでした。

「よろしくね! 転校生くん!」
 ヒロさんが相変わらず元気に声を掛けます。
「……ああ、よろしく。ところでその丸いのは何なんだ?」
「ああ、この子は私の『使役獣しえきじゅう』のベルちゃん! 最近太って来ちゃって心配」
「ぴぎぃ~」
「……そっか。その丸いのはベルって言うのか」
「うん! ほら、ベルちゃんも転校生くんにご挨拶!」
「ぴぃ~……」
「……俺の名前は『シュリ』だ。『転校生』じゃない」
「あ! ごめんねシュリくん!」
「それでいい」
 なんだかんだと、上手くやれているようですわ。流石は私ののヒロさんね!

「それから――あっちが魔法剣士見習いのキースと――」
「要らない」
「え?」
「他者からの紹介は特に要らないと言ったんだ。必要が有れば自分から訊ねるし覚えていくから」
「…………そう」
 ――……ちょっと。生意気じゃありませんのあのシュリとか言う転校生さん。せっかくヒロさんが手取り足取りクラスのことを教えてあげようとしていたのに! 私が案内される側だったら尊くてひれ伏すわよ!?

「――シュリ・ハイドレンジア」
 私は思わずヒロさんとシュリの間に飛び込んでいましたわ。
「今のやり取り、聞き捨てなりませんわね。せっかくヒロさんが他のクラスメイトを紹介して下さろうとしていたのに。お気持ちを踏みにじって――」
「え! いいのよカレンちゃん! 人には人のペースが有るんだから!」
「でも――」
 シュリはこちらから目をそらし、窓の外を見始めてしまいましたわ。
 私の存在はまるで無視なのですね!
「『悪役令嬢』」
「え?」
 シュリが、何かポツリとつぶやきましたわ。
 ――今、私の耳が確かなら『悪役令嬢』と――?

「今、なんと言いました?」
 私はあせって聞き返したわ。
「……別に。何でも無い。大したことじゃない」
 そうして、シュリは席を立って教室から消えてしまいました――

 『悪役令嬢』なんて言葉、妖精王リュオン様でも知らないと言うのに――……
 一体彼は何者なのでしょう……?


  ※


 ――ニーハイムス様こと、ニース先生の執務室。
 今日もニース先生の書類整理のお手伝いのお約束をしていましたから、お伺いしましたの。

「ニーハイムス様、こちらの書類整理は終わりました」
「ありがとう、カレン」
「いいえ。これくらい容易い御用ですわ」
「――さて。何がいいですか? 紅茶? 珈琲? それとも俺?」
「…………紅茶でお願い致しますわ」
「残念。紅茶で了解です」

 執務室の応接ソファに座り、ニーハイムス様が淹れた紅茶を頂くわ。
「……上達していますわね」
「そうでしょう? 俺の『おもてなし』レベルがまた上がってしまった! と言ってもこの学院くらいでしか使い道は無いんですけどね」
 ニーハイムス様は学院を一歩出れば大公閣下。自らお茶を淹れるなんてとんでも無いことですわ。

「――そう言えば。転校生のシュリ・ハイドレンジアのことなのですが」
「ん? 何か有りましたか?」
「……いいえ。何も有りません。ちょっと気になることが有って――」
「カレンを魅了でもしたのですか!?」
 ガッ、とニーハイムス様が話題に食いついて来られたわ!
「そ、そんなわけないでしょう……!!」
「なら良いのだけれど」

 そうして、ニーハイムス様は
「シュリ・ハイドレンジアは隣国『ルピナス』の魔法学院の1年生でトップの成績だった。だが親御さんの仕事の都合でこの『ブバルディア王国』に引っ越すことになってね。……しかし魔法使いとしては滅多に居ない逸材だ。ルピナスの魔法学院はこちらに親書を宛てて、彼を特別に転校生として迎えるよう推薦してきたのですよ――」
「なるほど。かなりの魔法の使い手なのですね」
「そのようです。俺もまだ、魔法理論学の実践で彼を見ていないから何とも言えませんが――」
 近々、実力を目の当たりにすることになるでしょう、と言ってニーハイムス様はお茶をひとくち飲みましたわ。

 ――益々、謎が深まりましたわ。隣国育ちでこの『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』にはまるで無関係と思えるシュリが、何故私のことを『悪役令嬢』と言ったのか。メタい。メタ過ぎますわ。
 これは妖精王リュオン様にも一度、何かヒントになる夢を見たかどうか確認しないといけないようですわね……。


  ※


 翌日の放課後。
 私はひとりで林の泉へと向かいましたわ。

 ヒロさん、キース、エルゼン、オルキスは校舎裏の休憩所で魔法の練習をしているはずです。私も後で落ち合うと言ってあります。

「リュオン様――」
 私は泉に向かって呼びかけました。
「やあ、今日はひとりかの、カレン」
 リュオン様が現れてくださいましたわ。

 私はリュオン様に最近また『妙な夢』を見たか伺いましたわ――……

「……そうさのう。確か、また、乙女たちが大講堂のような場所に集まり、集会を開いておったの……」
「集会を……」
 また、公式イベントが開催されたのね!
「私やシオン、オルキスなどの肖像や名前をくり抜いた『これくらい』のサイズの手持ちの板を持った乙女たちが多かった……」
 う、うちわですね……解ります……。『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』、もしかして2.5次元ミュージカルにでもなったのかしら!?

「なるほど、解りました……」
 『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』はまだまだ続いているコンテンツだと言うことが。
 私の知らない展開を今も続けているのね…………。
 これは油断できないわ……あのシュリも、もしかしたらこの世界ゲームの追加キャラなのかもしれません。
 いえ、『かもしれない』ではなく、おそらく『そう』なのでしょう。私たちのクラスに転校してきたと言うことは。

 私は、リュオン様にお礼を言って林を抜け、魔法の練習をしているヒロさんたちと合流したわ。
 皆、入学当時とは比べ物にならないほど上達しているわ。もちろん私も。
 ヒロさんもベルさんの魔力提供チカラを借りて、以前よりも大きい魔法が安定して出せるようになってきましたわ。

 そこに、一言、外野から声が聞こえました。
「『ブバルディア』の魔法は、大したことが無いんだな。俺の居た『ルピナス』の方が平均レベルは高かった」
 そこに立っていたのは――シュリでしたわ。
「何だって――!」
 キースが最初に踏み込み――
 と、思いきや、最初に何も言わずに雷閃ライセンを腕に出したのはオルキスでしたわ。
「…………聞き捨てならない」

 ヒロさんが叫びます。
「だ、ダメだよぉ! 皆仲良く、ねっ?」
 エルゼンがヒロさんの左肩を抑えましたわ。
「――いや、これは無理だろう。あのオルキスがキレているのでは」
「でも、でも――」
「ヒロさん、この場に居ては危ないですわ。少し下がりましょう」

 シュリは。
「へぇ――少しは骨の有るやつ、居そうだね」
 オルキスは黙って雷閃を従えていますわ。
「…………」

 この場、どうなってしまいますの!?
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