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第8章

【53】冬のデート その1!

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「皆は警戒しているけど、私はシュリとも仲良くなりたいなぁ……」
 そう、ヒロさんが言ったのはふたり(と、ベルさんとハクテイさん)のお昼休みの時でした。

「……ヒロさんはすぐに誰とでも仲良くしようとしますからねぇ……」
「えへへ。私の長所!」
「よーく存じていますわよ」
 ヒロさんのそういうところに、私も救われましたし、そういうところがとても愛しいのですからっ!
 ヒロさんは言いました。
「シュリのこと、知ろうにもシュリ本人はオルキス以上にガードが硬い上に何か魔法? まで使って見えないようにしているんでしょう? どうしてそこまでしてるのかな」
「……解らないから、皆さん警戒しているのですわ」
「うーんでも、シュリも喋ると悪い人には思えないんだよねぇ……」
「ヒロさんの世界にも『悪い人』がいらっしゃるのね……」
 ヒロさんが思う『悪い人』の基準が知りたいですわ……。
「それは居るわよ。例えば小さい頃私のりんご飴を取っていったキースとか」
「…………食べ物の恨みは恐ろしいのですね」
「そうだよぉ、恐ろしいよぉ~!」
「うふふ、ヒロさんかわいいですわ」
 思わず口に出してしまいました。
「今は恐ろしいかどうかのお話し! でもかわいいってありがとう!」


  ※


 ――放課後。
 執務室にてニース先生ことニーハイムス様と私。
 ハクテイ様は林の泉のリュオン様のところに遊びに行ってしまったようですわ。

「――と、言う感じでヒロさんったらシュリに興味を持ち始めているのですわ」
「うーん、ヒロらしいと言えばヒロらしいですね」
 ニーハイムス様はゆるく微笑んでいます。
「俺も、『ニース先生』としては、かわいい生徒のひとりを悪い方に特別扱いはしたくないですしねぇ……」
「あら、ニーハイムス様もすっかり『先生』が見に染みておりますのね」

 ニーハイムス様は資料棚を探す手を少し休めて。
「そうなんですよ。最初は貴女目当てのこの教職でしたが、こうして1年近く学院に通っているとすっかり『先生』の気持ちにもなってきましてね……」
「それはそれは素敵なことだと思いますわ」
 私目当て一筋の教職、重いですし…………。

「大公の俺に、別の世界でしかあり得なかった教職という『もしも』の世界を体験させてもらえて、これは大変貴重な経験だと思っています。ありがとう、カレン」
 ニーハイムス様もこの1年で変わるところが有ったのでしょうか? いつかお話しをお聞きしたいですわね。

「――そう言えば、この前言っていた休日デートの話ですが」
 ニーハイムス様が改めてこちらを向いてお話しを始めます。
「再来週の日の曜日でいかがでしょう?」
「私はいつでも。ニーハイムス様のお時間の許す限りお付き合い致しますわ」
 半月後までお休みが無いなんて、ニーハイムス様、本当にお忙しいのですね……。ご負担にならないように振る舞わないとなりませんわね。


  ※


 ――翌々週の日の曜日。
 今日はニーハイムス様とお約束デートの日ですわ。
 真冬の最中ですが比較的暖かく、よく晴れた一日になりそうです。

「お待たせしました、カレン」
 ニーハイムス様が馬車でお迎えに来てくださったわ。
「いらっしゃいませ、ニーハイムス様」
 私はエスコートされ、馬車に乗り込みます。もちろん、ハクテイさんもご一緒ですわ。
「ニーハイムス様、今日はどちらまで?」
「――今日は当家の別邸で静かに過ごそうかと思いまして。別邸と言えども、温室などの設備はありますのであまり退屈はさせないかと」
「まあ、お気遣いありがとうございます」

 馬車に揺られ、着いたのはいつぞやの湖の反対側に有る、アスター家の別邸でしたわ。
「景観も美しいですね! 湖のあちら側が、いつかニーハイムス様と私が走ったほとりでしょう? バラ園の他にお屋敷もありましたのね」
「そうですよ。今は真冬なので、裸足で走るのは気が引けますし流石に止めますが。また春が巡ってきたら芝生を楽しみたいですね」

「みゃー!」
 ハクテイさんが一声、鳴きましたわ。
「ニーハイムス様、ハクテイさんに元の姿に戻っていただいてもよろしいですか?」
「もちろん。ハクテイさんも普段は小さくなって気を使っていらっしゃるでしょうから。今日は自由にしてください」
 ハクテイさんは私の肩から降りる時に一回転して元の聖獣の姿に戻られましたわ。
「感謝するぞ、ニーハイムス」
「いいえ。私の方こそいつも感謝していますよ。カレンを護ってくださって」

 あら、いつの間にかニーハイムス様とハクテイさんの仲がよろしくなっていますわ。
「今はそなたが居るから我はお役御免と言ったところか。この土地を徘徊してくるのも面白そうだ」
「俺たちはこの屋敷の中に居ますので、いつでも戻ってきてください」
「心得た」
ハクテイさんは屋敷の裏の森に消えていきましたわ。

「ハクテイさんは、ハクテイさんなりに俺たちに気を使ってくださっているようですね」
「……そうなのですか?」
 ニーハイムス様は一歩、私に近付きました。
「折を見ては、俺と貴女、ふたりきりの時間をわざわざ作ってくださっている」
「……あっ!」
 そう言われればそうですわ。ハクテイさんはたまに、ニーハイムス様と私、ふたりきりの時間を作ってくださっていますわ。

 お屋敷の中は、別邸らしくこじんまりとはしていますがやはりアスター家だけ有って内装は豪華です。
「まずは暖を取って、お茶でもいかがでしょうか」
「ありがとうございます。頂きますわ」
 湖が見える大きな窓の応接室は暖炉で既に温められていましたわ。
 スムーズに運ばれる紅茶を頂いて、心身ともに暖かくなりました。
「今日はに来る以外の予定はこれと言って立てていなかったのですが」
「それでよろしいのではありませんこと? ニーハイムス様は普段がお忙しすぎるのですから。何もしない日が有ってもよろしいと思いますわ」
「……『何もしない』というのも、俺にはなかなか難しくてですねぇ……」
「普段は何時間くらい寝てらっしゃるのですか?」
 太閤閣下のお仕事と、ニース先生のお仕事の両立となると、あまり眠れているイメージは無いのですが。
「そうですねえ……公務は午前2時までと決めているので、4、5時間は眠っていますよ」
 それは万年寝不足と言うのでは!?
「いけませんわ! お身体に障りますわよ!」
「しかしもう、この生活ですっかり慣れていますので……」

「決めました」
「何をですか? カレン」
 私は意を決してニーハイムス様に進言しましたわ。
「今日一日はゆっくり休んでいただきます!」
「えっ……」

「私は側で見守っておりますので、ニーハイムス様はお昼寝していてください!」
「そ、それはデートと言えるのですか……?」
「デートで消耗している場合では有りません! 寝室を、寝室をご用意ください!」
 私は部屋に控えていたメイドにお願いをしましたわ。
「ちょ、待ってくださいカレン……寝室とは」
「お眠り頂くのなら寝室が一番でしょう!? 大丈夫です。私も付き添いますから」
「いえ、そういうことでは無くて――」
 ニーハイムス様は何故かお顔が赤くなっていますわ。
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