なぜ吟遊詩人は殺したか

一条りん

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第三章 吟遊詩人の罪

ビビの不安

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 多額の報酬を携えて戻ったアルトーを、家族はみんな歓迎した。

 次男のユージーンは真っ先にアルトーに抱きついて、父親が無事戻ったことを喜び、長男のセトは生まれてはじめて見る大量の金貨に興奮していた。

 年端のゆかないナターシャまでもが機嫌よくきゃっきゃと笑っていたが、ただひとり妻のビビだけは、

「素晴らしい冒険だったよ。父さんが竪琴を弾きはじめると、モンスターたちがばたばたと倒れていってな……」

 と、息子たちに武勇伝を語って聞かせるアルトーを不安げなまなざしで見つめていた。

 夜、子どもたちが寝静まったあと、夫婦は久しぶりにふたりきりで向かい合った。
 使い込まれた木目のテーブルにはアルトーが土産に買ってきたケーキが並んでいたが、ビビはそれに口をつけようともしないで、

「楽しかったみたいね」

 と、ぽつりとつぶやいた。

 しかし、アルトーはその言葉に潜む真意には気付かず、無邪気な声で、

「ああ、楽しかったよ。君にも見せたいくらいだった、僕の竪琴の音色でモンスターたちが……」

「充分聞いたわ。子どもたちに散々話していたじゃない」

 その返事で、アルトーはやっと妻がご機嫌斜めであることに気が付いた。

「どうしたんだい?」

「これだけお金があれば当面は困らないし、また今までと同じように、地道に働いて暮らしていきましょうね」

「何故さ」

 アルトーは驚いて訊ねた。

 ビビは上目遣いでアルトーを見ると、

「分からないの?」

「分からないよ」

「あなた、自分の音楽に魅入られてしまっているじゃない。以前のあなたとは違う……冒険に出る前のあなたとは……」

 ビビの訴えを、アルトーは鼻で笑って、

「そんなことはないさ。それに、冒険に出ることは君も賛成だったじゃないか?」

「ええ。でも今は後悔しているの。少しくらい生活が苦しくても、今まで通り、何とか働いて工面すべきだったって」

「分からないな。何をそんなに思い詰めているんだよ」

 アルトーはいらいらしながら訊ねた。
 実際、ビビにそう言われたことで、アルトーは自分の楽しみに水を差されたような気がしていた。

 ビビは眉じりを下げてアルトーを見つめていたが、

「あなた、冒険に出る前とは目が違うのよ」

「目?」

 アルトーは噴き出したが、ビビは真面目な顔のまま、

「私や、子どもたちを見つめるときの目よ。以前はもっと優しくて、穏やかな目をしてた。今は……今は、そう、私たちを見ていないの。私たちを通り越して、もっと遠いところを見つめてる……」

「思い過ごしだよ。ちょっと疲れてるだけさ」

 アルトーは強引に話を打ち切ると、足音も荒く寝室へ入ってベッドに身を横たえた。
 本心ではもっと話し合いが必要だと思っていたが、その日はそれ以上ビビと向かい合う気になれなかった。

 どうしてビビが理解してくれないのか分からない。夫が偉大な芸術家になることを、どうしてビビは止めようとするのか。

 たとえ歴史に名を残すことがかなわなくとも、冒険に出れば生活は今よりずっと楽になるのだ。食べ物に事欠くこともなく、子どもたちにいい服を着せてやることができ、もっと大きな家を買うこともできる。

 ビビは何故、それを歓迎しないのか。

「女は変化を嫌うものだからな」

 アルトーは簡単に結論付けると、やっと安心して目を閉じた。
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