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2巻
2-2
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「あ、それとわたしのことは様づけで呼ばなくていいですよ。なんか慣れないですし」
「ふむ、そうですか。それではコロネさんと呼ばせていただいても?」
「じゃあ私はコロネちゃんって呼んじゃおうかしら?」
「はい、それで大丈夫です!」
「あ、あの、ナターリャもコロネお姉ちゃんと同じように呼んでもらえると……!」
ナターリャちゃんのお願いにも、ドルートさんとジェリーナさんは笑顔で頷いて了承してくれた。
やっぱりナターリャちゃんも様づけで呼ばれるのは気になるんだね。
「ところで、ドルートさんたちは今から王都に戻るんですか?」
「はい。すでに馬車は用意しておりますので、いつでもベルオウンを発つことは可能です。ああ、もちろんコロネさんのパーティの方々が十分な準備を整えるまでお待ちいたしますので、ご安心ください」
「そうですか。わたしは特に準備はいらないけど……」
「ナターリャも、必要な道具はずっと持ち歩いてるから今すぐ出発できるよ!」
「ぷるん!」
ナターリャちゃんとサラも準備はバッチリみたいだ。
「皆すぐに出発できるみたいなんで、早速ですけど今から王都に向かいますか?」
「おお、それは助かりますな! 馬車は冒険者ギルドの近くの停留所に停めてありますので、後ほどそちらへご案内いたしましょう。では、レスター様」
「うむ。それではコロネへの指名依頼の発注書を記入していただこう」
レスターさんが一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせ、ドルートさんが慣れた手付きでさらさらと必要事項を記入していく。すると、不意にアルバートさんが立ち上がってソファの後ろに回り、わたしの背後から耳打ちしてきた。
「……コロネ。ギルドを出る前に少しいいか」
「え、どうしたの?」
アルバートさんが神妙な面持ちで、促すようにくいっと顎を部屋の端へやった。
ついてこいってことかな?
わたしはアルバートさんに倣って立ち上がり、部屋の端っこまで向かう。
そこでアルバートさんはわたしにだけ聞こえるくらいの小声で告げた。
「〈獅獣の剛斧〉のギルドマスター――ダルガスについてなんだが、どうにも奴がコロネの素性を探っているらしい。しかも相当ご立腹だそうだ」
「えっ!」
〈獅獣の剛斧〉のギルマスがわたしを⁉
そ、そんな……!
〈獅獣の剛斧〉に睨まれるような行動なんて心当たりは…………めっちゃあるな。
〈獅獣の剛斧〉所属の冒険者を何人かぶっ飛ばしたし。
ナターリャちゃんを〈獅獣の剛斧〉所属の冒険者パーティから救出する時も、リーダーの男の腕をへし折れる寸前まで握ったりした。
まあ、アイツらがロクでもない行動をするから、こちらも心からのお返しをしてあげたまでだ。
アルバートさんは小声で続ける。
「恐らく、ダルガスが憤慨しているのは先日の『幻の果実』の件だろう。あのクエストを達成したコロネがどんな人間なのか嗅ぎ回っていると耳にした。ここ数日、このギルドにも探りを入れに何度か訪れているらしい。その度にレスターが適当にあしらって追い返しているそうだが……」
「あー、怒ってる理由ってそっちなんだ。てっきり冒険者をぶん殴った件の報復かと思ったよ」
まあ、どっちにしてもわたしが悪く言われる筋合いはないんだけどね。
そう言えばダルガスも『幻の果実』を入手してて、〝『幻の果実』を渡す代わりに商業ギルドの実権を寄越せ〟というような横暴な交渉を持ちかけてたんだっけ?
ダルガスの良い噂は聞かないし、どうせその交渉が失敗したことに逆ギレしてわたしを糾弾しようとしてるんじゃないの?
「コロネのことだから力ずくで言うことを聞かせられるということは心配していないが、ダルガスは何をしてくるか分からない。しばらくは身の周りに気を付けておくことだな」
「……面倒くさいことになってるなぁ。でも、分かったよ。一応気を付けておくね。わざわざ教えてくれてありがとう、アルバートさん」
アルバートさんはポンッとわたしの肩を叩き、優しく笑う。
「なに、大したことじゃないさ。護衛依頼、頑張ってくるといい。ドルート殿に気に入られると色々と便宜を図ってもらえるようになるだろう。それに、せっかく王都に行くんだし、観光をしてくるのもいいかもな」
「観光かぁ――たしかに、それいいかも!」
王都観光か!
この数日でベルオウンの街にはちょっと馴染んできたから、新しい刺激を得るためにも王都を観光して回るのは楽しそうだ。
しかも一人じゃなくてパーティメンバーもいることだしね!
「コロネさん! お父様となにをコソコソ話してるんですかっ!」
「え、あー、別に大したことじゃないよ?」
「そうだぞオリビア。ちょっと依頼回りのことでアドバイスをしてやっただけだ」
部屋の片隅で二人で話していたわたしとアルバートさんに、ほっぺを膨らませて可愛く嫉妬するオリビア。
わたしたちがソファ席に戻ってオリビアをなだめていると、ちょうどドルートさんが発注書を書き終えた。
「それではコロネさん方、私たちが停めてある馬車まで案内いたしましょう」
「こちらですわ」
ドルートさんとジェリーナさんに先導される形で、わたしたちは部屋の扉に向かう。
「はい、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますっ!」
「ぷるん!」
「コロネさん! 王都までの護衛、頑張ってくださいね!」
「うん、ありがとうオリビア。帰ったらなにかお土産でも買ってくるから楽しみにしてて!」
オリビアは嬉しそうに、ぱあっと笑う。
アルバートさんとレスターさんにも挨拶をして、わたしたちは部屋を出た。
観光も楽しみだけど、まずはドルートさんとジェリーナさんを安全に王都まで送り届けないと!
「――突然舞い込んできた護衛依頼だけど、気を引き締めて臨むとしよう!」
己に気合いを入れ、わたしたちは冒険者ギルドを後にするのだった。
第二章 護衛を遂行しちゃう、ぽっちゃり
「こちらが、私の馬車になります」
ドルートさんは停留所の奥に停めてあった馬車の前で止まった。
その馬車は結構大きめで、頑丈な素材で作られている。馬車を牽いている馬も立派な毛並みと優れた肉体美を併せ持っていて、めちゃイケメンだった。
「……ん? あれ、おい! もしかしてコロネじゃねぇか⁉」
「あ、コロネ殿!」
ふと、大通りの方からわたしを呼ぶ声が飛んでくる。
反射的にそちらを向いてみると――そこには見知った冒険者仲間がいた。
「デリックにレイラ! 二人共どうしてここに⁉」
二人とは異世界に転移した後すぐに知り合って、今も仲良くしている。
「俺たちは手頃なクエストでもないかと思ってギルドに行く途中でよ」
「それよりもコロネ殿、こちらの馬車は……」
「ああ、ついさっき護衛依頼を受けたんだ。ちょうど今からベルオウンを出発するところ」
わたしの返答に、デリックが顔色を変えて詰め寄ってくる。
「護衛依頼⁉ ってことは、他の街に行くってことだよな⁉」
「う、うん。王都まで行くけど」
「ちぇー、コロネだけズリィぞ! 俺だって王都に遊びに行きてぇのによぉ!」
「いや、一応仕事だからね、これ」
ぶーぶーと愚痴をこぼしているデリックの耳を、ぐいっとレイラが引っ張った。
「情けなく文句を垂れるな。仮にもリーダーなんだから、もう少しシャキッとしろ!」
「い、いでででで! わ、悪かったよ! もう愚痴らねぇから離してくれって‼」
ギブアップを全力でアピールするデリックを無視したレイラが、わたしに向き直る。
「仕事に向かう途中で邪魔をしてしまって申し訳ない。王都までの護衛依頼、ぜひとも頑張ってほしい」
「ありがとう! 帰ったら二人にも王都のお土産買ってくるね!」
「ふふ、それは楽しみだ。ナターリャ殿とサラ殿も、怪我はしないよう気をつけて」
「ま、まあコロネがいるから大丈夫だとは、お、思うけどよ! ナターリャとスライムも頑張れ……って、いでででで⁉」
「あ、ありがとうございます! ナターリャも、コロネお姉ちゃんの助けになれるよう、精一杯頑張ります‼」
「ぷるるん‼」
レイラはナターリャちゃんとサラの返答に満足したように微笑むと、デリックの耳を引っ張ったまま踵を返す。
「それでは、私たちはギルドに向かうとしよう。ほら、行くぞデリック」
「わ、分かったから、いい加減手ぇ離してくんねぇ⁉」
ぎゃーぎゃーと喚くデリックの騒々しい声が小さくなっていった。
そして、わたしはハッと背後に意識が向かう。
「あ、ごめんなさい。ちょっと冒険者の知り合いに会っちゃったもので……」
「いえいえ、構いませんとも。むしろ、コロネさんと親しくしている冒険者の顔と名前という、思わぬ良い情報が手に入ったことを喜んでおります」
「またベルオウンでクエストを発注する際には、先ほどの方々にもお声がけするのも良いかもしれませんわね」
ドルートさんとジェリーナさんは、柔和な笑みを浮かべていた。
気分を害した様子はないので、ほっと一安心。気を取り直して、馬車と向き合った。
「では、こちらからどうぞ。今から王都まで向かいますので、道中の護衛を何卒よろしくお願いいたします」
「はい、任せてください!」
わたしは馬の手綱を握る御者の人にも挨拶をしてから、皆と共に馬車へと乗り込むのだった。
○ ○ ○
馬車が揺れる。窓からは雄大な草原が見え、その背後には《魔の大森林》が横たわるように果てしなく広がっていた。
「街を出たらいつ魔物が襲ってくるか分からないから――バリア魔法、発動!」
魔力を消費してバリア魔法を行使。
今回は護衛ということで、馬車の周囲をコーティングするように防御能力を高めた強靭なバリアを展開する。と、わたしの対面に座るドルートさんが不思議そうな目を向けてきた。
「一体何をされたのですかな?」
「馬車の周りにバリア魔法を発動しました。万が一、魔物の不意打ちを食らった場合に被害が出ないように」
「バリア魔法ですか! 防御系の魔法が使える方がいらっしゃると心強いですな」
「もちろん、もし強力な魔物が出現した時はわたしが対処しますけどね。それに、他のパーティメンバーも見張ってくれてますし。サラ、魔物を見つけたら教えてね」
「ぷるんっ!」
サラは、任せて! と言うように力強く震えた。
ドルートさんの隣に腰を下ろしているジェリーナさんが口元に手を添えながら笑う。
「あらあら、可愛らしいスライムですわね。従魔、とお聞きしていましたが、スライムを従魔にしている方は珍しいです。何か特殊な力を有しているのですか?」
「そうですね。サラは『解体スライム』っていう種族で、主に魔物の解体と素材の収納を手伝ってくれてます。すっごく優秀な子で、わたしの自慢の従魔なんです!」
「ぷる~ん!」
サラは照れるようにもじもじと左右に揺れた。
スライムボディを撫でながら、もう一人のパーティメンバーに顔を向ける。
「ナターリャちゃん、もし《魔の大森林》から魔物が襲ってきそうな気配を察知したら、まだ近付いてこないうちに弓矢で迎撃してくれるかな? 遠距離から倒せるならその方がローリスクだし」
「うん! ナターリャ、弓も毎日練習してるから、頑張って遠くから魔物を仕留めるよ!」
ナターリャちゃんも魔法で生み出した弓と矢を携帯していて、準備は万全。
つい数日前までは初心者っぽい雰囲気だったけど、ナターリャちゃんも冒険者業が板についてきた感がある。可愛くて小さい子なのに素晴らしい成長だ。
「ギルドでお話をしていた時から気になっていたのですけれど、もしかしてあなたはエルフさんかしら?」
「あっ、はい。ナターリャはエルフです!」
そう答えた瞬間、ジェリーナさんは前のめりになって声を弾ませた。
「まあ、やっぱりそうだったのね! ……あら、ごめんなさい。年甲斐もなくはしゃいじゃって。エルフの方を見かける機会ってあんまりないものだから、つい」
そう言ってジェリーナさんは恥ずかしそうに身を引いた。
やっぱりエルフは珍しいんだね。
かくいうわたしも最初にナターリャちゃんと出会った時は生エルフに感動したものだ。
「そう言えば聞きそびれてたんですけど、ベルオウンから王都までって何日くらいかかるんですか?」
「そうですな。私が乗っているこの馬車であれば丸一日ちょっと、といったところでしょうか」
なら、少し長旅になるね。
周囲の警戒は継続しつつ、世間話を続けた。
「ドルートさんたちって王都で商売をしている商人なんですよね? 一体どんな商品を売っているんですか?」
一口に商人と言っても取り扱っている品物は十人十色だし、密かに気になっていた。
ドルートさんは顎に手を添え、少し考える。
「色々ですな。私の商会では幅広い商品を取り扱っておりまして。良いと感じた製品、素材、品物はできるだけ多くの人に知ってもらい、世に広めていきたいと考えているのです。それゆえ、冒険者用の装備や食料品、貴族様向けのインテリア商品に、子供が夢中で遊べる玩具、魔物から取れるレア素材の仲介取引など、扱っている品物は多岐に亘ります」
眉を曲げて話すドルートさんに、ジェリーナさんがにこりと笑った。
「ですが、私たちにも目玉商品というものがございますのよ」
「目玉商品、ですか?」
「ええ。一般家庭から貴族様、果てには冒険者や騎士の方まで、老若男女を問わず需要が高い製品――『魔道具』ですわ」
「魔道具?」
その単語に、ナターリャちゃんが手を上げて反応した。
「ナターリャ知ってるよ! 魔道具って、魔力を通したら簡単な魔法が使えるようになる製品のことだよね!」
「ふふふ、その通りですわ。エルフの方であれば、さぞ上等な魔道具をお使いになられているのかしら?」
「い、いえ、ナターリャは修行に来た身なので、最低限のお金だけ持って着の身着のままベルオウンまで来ました。なので魔道具はアイテム袋くらいしかなかったんですけど……その、大金が手に入ったので、良さそうな物があったら買いたいなって思ってたんです!」
ナターリャちゃんも『幻の果実』採取クエストの報酬で、結構な金額を受け取ったもんね。
たしか日本円で一千万円は超えていたはず。
ちなみにわたしも同額をもらっているけど、美味しい料理を食べるための食費にしか使ってないから、まだまだ貯蓄はあり余っている。美食は安くて助かるね!
「ちなみに、魔道具ってどんな効果があるんですか?」
「それは使用する魔道具によって異なりますわね。魔道具といってもその種類も効果も千差万別ですから。実は、これも魔道具の一つなんですのよ」
ジェリーナさんは顔の横におもむろに手を添えた。
すらっと伸びる指には、宝石らしきものが嵌め込まれた高級そうな指輪が輝いている。
「魔道具って……もしかしてその指輪が?」
「ええ。発動するとこの指輪の宝石から強烈な光が発されて、敵の目を眩ませることができるのです。それにこっちのネックレスは簡易的な防御魔法を発動することができる設計になっておりますのよ。まあ、どれも数回使用すれば使い物にならなくなってしまうものなのですけれど」
ジェリーナさんは首もとに纏わせたネックレスに指を這わせた。
お金持ちっぽい素敵なネックレスだと思ってたけど、それも魔道具だったとは。
「言わば、軽い護身用ですな。商人たるもの、いつ何時、不躾な輩が襲ってくるとも限りませんから、常に注意をしておかなければ。一応、私も装着しておりますぞ」
ドルートさんも右手に装着した指輪をわたしに向けてきた。
魔道具が目玉商品というだけあって、自分たちも魔道具は肌身離さず身につけているようだ。
なんか話を聞いてる限りだと便利そう。
ナターリャちゃんが、期待を込めた眼差しで少し身を乗り出した。
「あ、あの! それなら、弓の命中力を上げることができる魔道具とかあったりしますか?」
「ふむ。命中力ですか……」
「あなた。たしかハイレベルの魔道具であれば似たような効果のものがいくつかあったんじゃないかしら?」
「いや、あの魔道具はすでに王都の貴族様に全て買い上げられた。さすがに買い手が決まっている商品をお売りすることはできない。ナターリャさん、申し訳ないのですが現状の在庫的にご希望の効果の魔道具は品切れとなっておりますな」
「そうですか……」
「しかし、だから諦めてくださいとは申しません。商人たるもの、お客様のご要望には最大限応えて然るべきですからな」
しょんぼりと顔を伏せるナターリャちゃん。
しかし、ドルートさんが人差し指を上げて微笑む。
「ずばり、ナターリャさんから魔道具の作製に必要となる素材を提供いただければ、すぐにお作りすることが可能です。――ナターリャさん専用の、オーダーメイドの一品として!」
「オーダー……メイド?」
小首を傾げるナターリャちゃんに、ドルートさんは無言で頷いた。
「魔道具の作製には、魔物の魔石や素材が必要になります。今回ナターリャさんがご希望されている〝命中力を上げる効果〟の魔道具を作製するには、とある素材が必要になるのです。これの入手が少々厄介なのですが……」
「そ、その素材っていうのはなんなんですか……⁉」
固唾を呑んで尋ねるナターリャちゃんに、ドルートさんは真剣な面持ちで答える。
「翼竜種の体から取れる素材――平たく言えば、ドラゴンの体の一部、です!」
飛び出してきた言葉にわたしは、ドカーン! と爆発するような衝撃を受ける。
「ド、ドラゴン⁉」
「はい。命中力を上げる魔道具を作製するには飛行能力を持つ強力な魔物の素材が必要になるのです。その代表例がドラゴンです。ドラゴンの体の一部であれば、鱗でも牙でも爪でも、どの部位でも構いません。それを手のひらに乗るくらいの量を回収してきてもらえれば問題ないかと」
まさかここでファンタジー定番のモンスターの名前を聞くことになるなんて。
この世界にもドラゴンっているんだね。
ちょっと見てみたいかも。好奇心がくすぐられる。
ただ、一つ気になることはあった。
「でも、やっぱりドラゴンって強いですよね?」
「そうですな。Aランクが平均値で、中にはSランクに到達するドラゴンも珍しくありません。『亜竜』と呼ばれる近縁種もいるのですが、こちらの素材では効能として不十分ですのでご注意ください」
まあ、そうだよね。
ドラゴンってめっちゃ強そうなイメージがあるから、倒すにしてもそう簡単にはいかないか。
しかも『亜竜』っていう近縁種はNGらしいから、純正の『翼竜種』しかダメみたい。
条件だけ聞けば難しそうだけど、ナターリャちゃんは挫けることなく顔を上げる。
「わ、分かりました! それなら、王都についたらドラゴンの目撃情報がないか調べてみますっ!」
ナターリャちゃんは、ふんす! とやる気を出していた。
綺麗なくりくりの瞳が熱く燃えている。
「ナターリャちゃん……本気なんだね?」
「うんっ! 領主様にたくさんお金をもらったけど、これまでのナターリャの生活じゃ使い切るまでに何年もかかっちゃいそうだし。それなら早い内にもっと強くなれるようなことに投資しておいた方がいいかなって!」
「そっか。それなら、わたしも協力するよ!」
「ぷるーん!」
わたしはナターリャちゃんの手をそっと握って、にこりと微笑む。サラも賛同するようにジャンプした。
「コ、コロネお姉ちゃん……! サラちゃんも……! えへへ、ありがとうっ‼」
涙ぐむナターリャちゃんをよしよしした。
だけど、魔道具っていうのは種類が豊富みたいだし、アクセサリー型以外の物もどんなのがあるのか気になる。わたしも興味が湧いてきた。
「そうだ、ドルートさん。もしよかったら、手持ちの魔道具をいくつか見せてもらったりは――」
できないですかね? とお願いをしようとした、その瞬間。
ビリッとした緊張感が駆け抜ける。
「ぷるん!」
「コロネお姉ちゃん!」
「うん……来るね」
サラとナターリャちゃんの言葉に、わたしも頷いた。
このざわつくようなプレッシャー……わたしも何度か経験したことがある、魔物に狙われている感覚だ。
車窓から外を確認。《魔の大森林》の一角から、影が伸びる。
「ドルートさん! 馬車を止めてください!」
「しょ、承知しましたぞ!」
わたしの指示を聞き、ドルートさんは即座に馬車の壁に手をやり、天上部から垂らされる細い糸のような紐を数回上下に引っ張った。
直後、その紐に繋がっている天井に設置されたベルが、ガランガランガラン‼ と鳴り響く。
外にいる御者が即座に反応し、馬のいななきと共に馬車が急停止した。
「――早速お出ましか! 魔物だね⁉」
馬車の窓から見える《魔の大森林》から、怪しい影が這いずる。
やがて、その全貌が晒された。
「……シュルルル……シュルルゥ……‼」
《魔の大森林》からゆっくりと姿を現す、不気味な模様をした細長い生物。
こちらを見据え、くねくねと左右に揺れるようにして移動してくる。
それは――巨大な蛇の魔物だった。
「ふむ、そうですか。それではコロネさんと呼ばせていただいても?」
「じゃあ私はコロネちゃんって呼んじゃおうかしら?」
「はい、それで大丈夫です!」
「あ、あの、ナターリャもコロネお姉ちゃんと同じように呼んでもらえると……!」
ナターリャちゃんのお願いにも、ドルートさんとジェリーナさんは笑顔で頷いて了承してくれた。
やっぱりナターリャちゃんも様づけで呼ばれるのは気になるんだね。
「ところで、ドルートさんたちは今から王都に戻るんですか?」
「はい。すでに馬車は用意しておりますので、いつでもベルオウンを発つことは可能です。ああ、もちろんコロネさんのパーティの方々が十分な準備を整えるまでお待ちいたしますので、ご安心ください」
「そうですか。わたしは特に準備はいらないけど……」
「ナターリャも、必要な道具はずっと持ち歩いてるから今すぐ出発できるよ!」
「ぷるん!」
ナターリャちゃんとサラも準備はバッチリみたいだ。
「皆すぐに出発できるみたいなんで、早速ですけど今から王都に向かいますか?」
「おお、それは助かりますな! 馬車は冒険者ギルドの近くの停留所に停めてありますので、後ほどそちらへご案内いたしましょう。では、レスター様」
「うむ。それではコロネへの指名依頼の発注書を記入していただこう」
レスターさんが一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせ、ドルートさんが慣れた手付きでさらさらと必要事項を記入していく。すると、不意にアルバートさんが立ち上がってソファの後ろに回り、わたしの背後から耳打ちしてきた。
「……コロネ。ギルドを出る前に少しいいか」
「え、どうしたの?」
アルバートさんが神妙な面持ちで、促すようにくいっと顎を部屋の端へやった。
ついてこいってことかな?
わたしはアルバートさんに倣って立ち上がり、部屋の端っこまで向かう。
そこでアルバートさんはわたしにだけ聞こえるくらいの小声で告げた。
「〈獅獣の剛斧〉のギルドマスター――ダルガスについてなんだが、どうにも奴がコロネの素性を探っているらしい。しかも相当ご立腹だそうだ」
「えっ!」
〈獅獣の剛斧〉のギルマスがわたしを⁉
そ、そんな……!
〈獅獣の剛斧〉に睨まれるような行動なんて心当たりは…………めっちゃあるな。
〈獅獣の剛斧〉所属の冒険者を何人かぶっ飛ばしたし。
ナターリャちゃんを〈獅獣の剛斧〉所属の冒険者パーティから救出する時も、リーダーの男の腕をへし折れる寸前まで握ったりした。
まあ、アイツらがロクでもない行動をするから、こちらも心からのお返しをしてあげたまでだ。
アルバートさんは小声で続ける。
「恐らく、ダルガスが憤慨しているのは先日の『幻の果実』の件だろう。あのクエストを達成したコロネがどんな人間なのか嗅ぎ回っていると耳にした。ここ数日、このギルドにも探りを入れに何度か訪れているらしい。その度にレスターが適当にあしらって追い返しているそうだが……」
「あー、怒ってる理由ってそっちなんだ。てっきり冒険者をぶん殴った件の報復かと思ったよ」
まあ、どっちにしてもわたしが悪く言われる筋合いはないんだけどね。
そう言えばダルガスも『幻の果実』を入手してて、〝『幻の果実』を渡す代わりに商業ギルドの実権を寄越せ〟というような横暴な交渉を持ちかけてたんだっけ?
ダルガスの良い噂は聞かないし、どうせその交渉が失敗したことに逆ギレしてわたしを糾弾しようとしてるんじゃないの?
「コロネのことだから力ずくで言うことを聞かせられるということは心配していないが、ダルガスは何をしてくるか分からない。しばらくは身の周りに気を付けておくことだな」
「……面倒くさいことになってるなぁ。でも、分かったよ。一応気を付けておくね。わざわざ教えてくれてありがとう、アルバートさん」
アルバートさんはポンッとわたしの肩を叩き、優しく笑う。
「なに、大したことじゃないさ。護衛依頼、頑張ってくるといい。ドルート殿に気に入られると色々と便宜を図ってもらえるようになるだろう。それに、せっかく王都に行くんだし、観光をしてくるのもいいかもな」
「観光かぁ――たしかに、それいいかも!」
王都観光か!
この数日でベルオウンの街にはちょっと馴染んできたから、新しい刺激を得るためにも王都を観光して回るのは楽しそうだ。
しかも一人じゃなくてパーティメンバーもいることだしね!
「コロネさん! お父様となにをコソコソ話してるんですかっ!」
「え、あー、別に大したことじゃないよ?」
「そうだぞオリビア。ちょっと依頼回りのことでアドバイスをしてやっただけだ」
部屋の片隅で二人で話していたわたしとアルバートさんに、ほっぺを膨らませて可愛く嫉妬するオリビア。
わたしたちがソファ席に戻ってオリビアをなだめていると、ちょうどドルートさんが発注書を書き終えた。
「それではコロネさん方、私たちが停めてある馬車まで案内いたしましょう」
「こちらですわ」
ドルートさんとジェリーナさんに先導される形で、わたしたちは部屋の扉に向かう。
「はい、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますっ!」
「ぷるん!」
「コロネさん! 王都までの護衛、頑張ってくださいね!」
「うん、ありがとうオリビア。帰ったらなにかお土産でも買ってくるから楽しみにしてて!」
オリビアは嬉しそうに、ぱあっと笑う。
アルバートさんとレスターさんにも挨拶をして、わたしたちは部屋を出た。
観光も楽しみだけど、まずはドルートさんとジェリーナさんを安全に王都まで送り届けないと!
「――突然舞い込んできた護衛依頼だけど、気を引き締めて臨むとしよう!」
己に気合いを入れ、わたしたちは冒険者ギルドを後にするのだった。
第二章 護衛を遂行しちゃう、ぽっちゃり
「こちらが、私の馬車になります」
ドルートさんは停留所の奥に停めてあった馬車の前で止まった。
その馬車は結構大きめで、頑丈な素材で作られている。馬車を牽いている馬も立派な毛並みと優れた肉体美を併せ持っていて、めちゃイケメンだった。
「……ん? あれ、おい! もしかしてコロネじゃねぇか⁉」
「あ、コロネ殿!」
ふと、大通りの方からわたしを呼ぶ声が飛んでくる。
反射的にそちらを向いてみると――そこには見知った冒険者仲間がいた。
「デリックにレイラ! 二人共どうしてここに⁉」
二人とは異世界に転移した後すぐに知り合って、今も仲良くしている。
「俺たちは手頃なクエストでもないかと思ってギルドに行く途中でよ」
「それよりもコロネ殿、こちらの馬車は……」
「ああ、ついさっき護衛依頼を受けたんだ。ちょうど今からベルオウンを出発するところ」
わたしの返答に、デリックが顔色を変えて詰め寄ってくる。
「護衛依頼⁉ ってことは、他の街に行くってことだよな⁉」
「う、うん。王都まで行くけど」
「ちぇー、コロネだけズリィぞ! 俺だって王都に遊びに行きてぇのによぉ!」
「いや、一応仕事だからね、これ」
ぶーぶーと愚痴をこぼしているデリックの耳を、ぐいっとレイラが引っ張った。
「情けなく文句を垂れるな。仮にもリーダーなんだから、もう少しシャキッとしろ!」
「い、いでででで! わ、悪かったよ! もう愚痴らねぇから離してくれって‼」
ギブアップを全力でアピールするデリックを無視したレイラが、わたしに向き直る。
「仕事に向かう途中で邪魔をしてしまって申し訳ない。王都までの護衛依頼、ぜひとも頑張ってほしい」
「ありがとう! 帰ったら二人にも王都のお土産買ってくるね!」
「ふふ、それは楽しみだ。ナターリャ殿とサラ殿も、怪我はしないよう気をつけて」
「ま、まあコロネがいるから大丈夫だとは、お、思うけどよ! ナターリャとスライムも頑張れ……って、いでででで⁉」
「あ、ありがとうございます! ナターリャも、コロネお姉ちゃんの助けになれるよう、精一杯頑張ります‼」
「ぷるるん‼」
レイラはナターリャちゃんとサラの返答に満足したように微笑むと、デリックの耳を引っ張ったまま踵を返す。
「それでは、私たちはギルドに向かうとしよう。ほら、行くぞデリック」
「わ、分かったから、いい加減手ぇ離してくんねぇ⁉」
ぎゃーぎゃーと喚くデリックの騒々しい声が小さくなっていった。
そして、わたしはハッと背後に意識が向かう。
「あ、ごめんなさい。ちょっと冒険者の知り合いに会っちゃったもので……」
「いえいえ、構いませんとも。むしろ、コロネさんと親しくしている冒険者の顔と名前という、思わぬ良い情報が手に入ったことを喜んでおります」
「またベルオウンでクエストを発注する際には、先ほどの方々にもお声がけするのも良いかもしれませんわね」
ドルートさんとジェリーナさんは、柔和な笑みを浮かべていた。
気分を害した様子はないので、ほっと一安心。気を取り直して、馬車と向き合った。
「では、こちらからどうぞ。今から王都まで向かいますので、道中の護衛を何卒よろしくお願いいたします」
「はい、任せてください!」
わたしは馬の手綱を握る御者の人にも挨拶をしてから、皆と共に馬車へと乗り込むのだった。
○ ○ ○
馬車が揺れる。窓からは雄大な草原が見え、その背後には《魔の大森林》が横たわるように果てしなく広がっていた。
「街を出たらいつ魔物が襲ってくるか分からないから――バリア魔法、発動!」
魔力を消費してバリア魔法を行使。
今回は護衛ということで、馬車の周囲をコーティングするように防御能力を高めた強靭なバリアを展開する。と、わたしの対面に座るドルートさんが不思議そうな目を向けてきた。
「一体何をされたのですかな?」
「馬車の周りにバリア魔法を発動しました。万が一、魔物の不意打ちを食らった場合に被害が出ないように」
「バリア魔法ですか! 防御系の魔法が使える方がいらっしゃると心強いですな」
「もちろん、もし強力な魔物が出現した時はわたしが対処しますけどね。それに、他のパーティメンバーも見張ってくれてますし。サラ、魔物を見つけたら教えてね」
「ぷるんっ!」
サラは、任せて! と言うように力強く震えた。
ドルートさんの隣に腰を下ろしているジェリーナさんが口元に手を添えながら笑う。
「あらあら、可愛らしいスライムですわね。従魔、とお聞きしていましたが、スライムを従魔にしている方は珍しいです。何か特殊な力を有しているのですか?」
「そうですね。サラは『解体スライム』っていう種族で、主に魔物の解体と素材の収納を手伝ってくれてます。すっごく優秀な子で、わたしの自慢の従魔なんです!」
「ぷる~ん!」
サラは照れるようにもじもじと左右に揺れた。
スライムボディを撫でながら、もう一人のパーティメンバーに顔を向ける。
「ナターリャちゃん、もし《魔の大森林》から魔物が襲ってきそうな気配を察知したら、まだ近付いてこないうちに弓矢で迎撃してくれるかな? 遠距離から倒せるならその方がローリスクだし」
「うん! ナターリャ、弓も毎日練習してるから、頑張って遠くから魔物を仕留めるよ!」
ナターリャちゃんも魔法で生み出した弓と矢を携帯していて、準備は万全。
つい数日前までは初心者っぽい雰囲気だったけど、ナターリャちゃんも冒険者業が板についてきた感がある。可愛くて小さい子なのに素晴らしい成長だ。
「ギルドでお話をしていた時から気になっていたのですけれど、もしかしてあなたはエルフさんかしら?」
「あっ、はい。ナターリャはエルフです!」
そう答えた瞬間、ジェリーナさんは前のめりになって声を弾ませた。
「まあ、やっぱりそうだったのね! ……あら、ごめんなさい。年甲斐もなくはしゃいじゃって。エルフの方を見かける機会ってあんまりないものだから、つい」
そう言ってジェリーナさんは恥ずかしそうに身を引いた。
やっぱりエルフは珍しいんだね。
かくいうわたしも最初にナターリャちゃんと出会った時は生エルフに感動したものだ。
「そう言えば聞きそびれてたんですけど、ベルオウンから王都までって何日くらいかかるんですか?」
「そうですな。私が乗っているこの馬車であれば丸一日ちょっと、といったところでしょうか」
なら、少し長旅になるね。
周囲の警戒は継続しつつ、世間話を続けた。
「ドルートさんたちって王都で商売をしている商人なんですよね? 一体どんな商品を売っているんですか?」
一口に商人と言っても取り扱っている品物は十人十色だし、密かに気になっていた。
ドルートさんは顎に手を添え、少し考える。
「色々ですな。私の商会では幅広い商品を取り扱っておりまして。良いと感じた製品、素材、品物はできるだけ多くの人に知ってもらい、世に広めていきたいと考えているのです。それゆえ、冒険者用の装備や食料品、貴族様向けのインテリア商品に、子供が夢中で遊べる玩具、魔物から取れるレア素材の仲介取引など、扱っている品物は多岐に亘ります」
眉を曲げて話すドルートさんに、ジェリーナさんがにこりと笑った。
「ですが、私たちにも目玉商品というものがございますのよ」
「目玉商品、ですか?」
「ええ。一般家庭から貴族様、果てには冒険者や騎士の方まで、老若男女を問わず需要が高い製品――『魔道具』ですわ」
「魔道具?」
その単語に、ナターリャちゃんが手を上げて反応した。
「ナターリャ知ってるよ! 魔道具って、魔力を通したら簡単な魔法が使えるようになる製品のことだよね!」
「ふふふ、その通りですわ。エルフの方であれば、さぞ上等な魔道具をお使いになられているのかしら?」
「い、いえ、ナターリャは修行に来た身なので、最低限のお金だけ持って着の身着のままベルオウンまで来ました。なので魔道具はアイテム袋くらいしかなかったんですけど……その、大金が手に入ったので、良さそうな物があったら買いたいなって思ってたんです!」
ナターリャちゃんも『幻の果実』採取クエストの報酬で、結構な金額を受け取ったもんね。
たしか日本円で一千万円は超えていたはず。
ちなみにわたしも同額をもらっているけど、美味しい料理を食べるための食費にしか使ってないから、まだまだ貯蓄はあり余っている。美食は安くて助かるね!
「ちなみに、魔道具ってどんな効果があるんですか?」
「それは使用する魔道具によって異なりますわね。魔道具といってもその種類も効果も千差万別ですから。実は、これも魔道具の一つなんですのよ」
ジェリーナさんは顔の横におもむろに手を添えた。
すらっと伸びる指には、宝石らしきものが嵌め込まれた高級そうな指輪が輝いている。
「魔道具って……もしかしてその指輪が?」
「ええ。発動するとこの指輪の宝石から強烈な光が発されて、敵の目を眩ませることができるのです。それにこっちのネックレスは簡易的な防御魔法を発動することができる設計になっておりますのよ。まあ、どれも数回使用すれば使い物にならなくなってしまうものなのですけれど」
ジェリーナさんは首もとに纏わせたネックレスに指を這わせた。
お金持ちっぽい素敵なネックレスだと思ってたけど、それも魔道具だったとは。
「言わば、軽い護身用ですな。商人たるもの、いつ何時、不躾な輩が襲ってくるとも限りませんから、常に注意をしておかなければ。一応、私も装着しておりますぞ」
ドルートさんも右手に装着した指輪をわたしに向けてきた。
魔道具が目玉商品というだけあって、自分たちも魔道具は肌身離さず身につけているようだ。
なんか話を聞いてる限りだと便利そう。
ナターリャちゃんが、期待を込めた眼差しで少し身を乗り出した。
「あ、あの! それなら、弓の命中力を上げることができる魔道具とかあったりしますか?」
「ふむ。命中力ですか……」
「あなた。たしかハイレベルの魔道具であれば似たような効果のものがいくつかあったんじゃないかしら?」
「いや、あの魔道具はすでに王都の貴族様に全て買い上げられた。さすがに買い手が決まっている商品をお売りすることはできない。ナターリャさん、申し訳ないのですが現状の在庫的にご希望の効果の魔道具は品切れとなっておりますな」
「そうですか……」
「しかし、だから諦めてくださいとは申しません。商人たるもの、お客様のご要望には最大限応えて然るべきですからな」
しょんぼりと顔を伏せるナターリャちゃん。
しかし、ドルートさんが人差し指を上げて微笑む。
「ずばり、ナターリャさんから魔道具の作製に必要となる素材を提供いただければ、すぐにお作りすることが可能です。――ナターリャさん専用の、オーダーメイドの一品として!」
「オーダー……メイド?」
小首を傾げるナターリャちゃんに、ドルートさんは無言で頷いた。
「魔道具の作製には、魔物の魔石や素材が必要になります。今回ナターリャさんがご希望されている〝命中力を上げる効果〟の魔道具を作製するには、とある素材が必要になるのです。これの入手が少々厄介なのですが……」
「そ、その素材っていうのはなんなんですか……⁉」
固唾を呑んで尋ねるナターリャちゃんに、ドルートさんは真剣な面持ちで答える。
「翼竜種の体から取れる素材――平たく言えば、ドラゴンの体の一部、です!」
飛び出してきた言葉にわたしは、ドカーン! と爆発するような衝撃を受ける。
「ド、ドラゴン⁉」
「はい。命中力を上げる魔道具を作製するには飛行能力を持つ強力な魔物の素材が必要になるのです。その代表例がドラゴンです。ドラゴンの体の一部であれば、鱗でも牙でも爪でも、どの部位でも構いません。それを手のひらに乗るくらいの量を回収してきてもらえれば問題ないかと」
まさかここでファンタジー定番のモンスターの名前を聞くことになるなんて。
この世界にもドラゴンっているんだね。
ちょっと見てみたいかも。好奇心がくすぐられる。
ただ、一つ気になることはあった。
「でも、やっぱりドラゴンって強いですよね?」
「そうですな。Aランクが平均値で、中にはSランクに到達するドラゴンも珍しくありません。『亜竜』と呼ばれる近縁種もいるのですが、こちらの素材では効能として不十分ですのでご注意ください」
まあ、そうだよね。
ドラゴンってめっちゃ強そうなイメージがあるから、倒すにしてもそう簡単にはいかないか。
しかも『亜竜』っていう近縁種はNGらしいから、純正の『翼竜種』しかダメみたい。
条件だけ聞けば難しそうだけど、ナターリャちゃんは挫けることなく顔を上げる。
「わ、分かりました! それなら、王都についたらドラゴンの目撃情報がないか調べてみますっ!」
ナターリャちゃんは、ふんす! とやる気を出していた。
綺麗なくりくりの瞳が熱く燃えている。
「ナターリャちゃん……本気なんだね?」
「うんっ! 領主様にたくさんお金をもらったけど、これまでのナターリャの生活じゃ使い切るまでに何年もかかっちゃいそうだし。それなら早い内にもっと強くなれるようなことに投資しておいた方がいいかなって!」
「そっか。それなら、わたしも協力するよ!」
「ぷるーん!」
わたしはナターリャちゃんの手をそっと握って、にこりと微笑む。サラも賛同するようにジャンプした。
「コ、コロネお姉ちゃん……! サラちゃんも……! えへへ、ありがとうっ‼」
涙ぐむナターリャちゃんをよしよしした。
だけど、魔道具っていうのは種類が豊富みたいだし、アクセサリー型以外の物もどんなのがあるのか気になる。わたしも興味が湧いてきた。
「そうだ、ドルートさん。もしよかったら、手持ちの魔道具をいくつか見せてもらったりは――」
できないですかね? とお願いをしようとした、その瞬間。
ビリッとした緊張感が駆け抜ける。
「ぷるん!」
「コロネお姉ちゃん!」
「うん……来るね」
サラとナターリャちゃんの言葉に、わたしも頷いた。
このざわつくようなプレッシャー……わたしも何度か経験したことがある、魔物に狙われている感覚だ。
車窓から外を確認。《魔の大森林》の一角から、影が伸びる。
「ドルートさん! 馬車を止めてください!」
「しょ、承知しましたぞ!」
わたしの指示を聞き、ドルートさんは即座に馬車の壁に手をやり、天上部から垂らされる細い糸のような紐を数回上下に引っ張った。
直後、その紐に繋がっている天井に設置されたベルが、ガランガランガラン‼ と鳴り響く。
外にいる御者が即座に反応し、馬のいななきと共に馬車が急停止した。
「――早速お出ましか! 魔物だね⁉」
馬車の窓から見える《魔の大森林》から、怪しい影が這いずる。
やがて、その全貌が晒された。
「……シュルルル……シュルルゥ……‼」
《魔の大森林》からゆっくりと姿を現す、不気味な模様をした細長い生物。
こちらを見据え、くねくねと左右に揺れるようにして移動してくる。
それは――巨大な蛇の魔物だった。
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