過保護なギルドメンバーは故に彼を追放する

佐橋博打

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第五話 彼が指す先

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「はぁあ……」

 グラジオラスは息を吐くと、彼を中心に冷気が発生する。
 やがて冷気は広がって会場を包み込むほどに膨れ上がった。

「うわさっむ……凍えちゃうよ」

 モチは身体を震わせ、フードをずっぽりと被った。
 寒そうに震えるモチの背中をティーガンがさすって温める。

「あれは魔法? なのかしら……」

 魔法を使うティーガンの目から見ても、彼の起こした冷気が果たして何なのかは見当がつかなかった。
 魔法陣が無いことや魔法を使用する際に生じるラグもないあたり、魔法とは言い切れなかった。
 だとすれば、魔法ではない何か特別な力を彼は使っていることになる。

 『氷蝕のグラジオラス』、そう呼ばれる彼の全ては未知に溢れていた。

「グォおお! ……お?」

 グラジオラスに襲い掛かろうとしていたゴーレムの足が止まる。
 足元は既に彼の発した冷気に満たされており、視認することは困難になっている。

 だが、ゴーレムは徐々に気が付いた。
 足の先から身体へ向かって氷が蝕んでくる有様に。

「折角創ってもらったのに申し訳ない」

 グラジオラスは氷に足を固められて身動きのできなくなったゴーレムにそう呟く。

 そして、彼は手のひらをゴーレムに向けて握り潰すような仕草をとると、冷気の中から氷の矛が無数に飛び出し、ゴーレムの上半身を中心に突き刺した。

「ッぎ……グォ……」

 ゴーレムは全身を小刻みに揺らしながら、氷の矛をどうにか引き抜こうと藻掻く。
 だが、動けば動くほどに矛は体内へ抉り込んでいった。

 氷で覆われてしまった地面をコツコツと鳴らしながら、グラジオラスが近づく。

「まだだ。核を砕く」

 そう言うと、彼の手には冷気が纏わりつき、次第に氷に覆われる。
 氷の塊は凝縮するような動きを見せた後に砕け散った。

 そこに現れたのは籠手をかたどられたようなもの。
 手を動かし、動きを確かめるとグラジオラスはゴーレムに飛び乗った。

「そこだ」

 彼はゴーレムの肩を蹴り、空中で翻る。
 そのままゴーレムの胸部あたりまで落下すると、籠手のある手と逆の手から先ほどと同じ要領でかなり長さのある槍を生成し胸目掛けて突き刺す。

 そして突き刺さった槍を手繰るように、同時に引き倒すようにして近づくと、籠手を装備した手を突き出してゴーレムの胸元を抉った。
 彼の手中に、ゴーレムを生物として成立させる核が握られる。

 グラジオラスは手に力を込め、核を粉砕した。

「グ……がァあ……」

 核を失ったゴーレムは苦悶の声を漏らすと、膝をつく。
 そして否応なしにその巨大な身体は氷の結晶となって砕け散った。

 本来であればゴーレムを組織する肉片が飛び散り血みどろの場になるはずだが、全ては氷へと変換され、あたり一面は銀世界へと変わった。

「しょ、勝者! 『氷蝕のグラジオラス』!」

 司会の男はあまりにも美しいその終わりに、思わず仕事を忘れそうになるほど引きこまれていたようだ。

 それは彼だけでなく、会場にいた全ての者も同じように口をぽかんと開けながら魅了されていた。

「何よあれ……」

 イオーネは銀世界に佇む彼を見て、言葉を漏らす。
 彼女はずっと、彼の表情に視線を注いでいた。

「一瞬、だったわねぇ……」

「つんよ」

 ティーガンとモチもそれぞれ瞬きを忘れるほど見入っていたようだ。

 同じく見入っていた上位ギルドの者たちは、段々と我に返り同じギルドの者たちとなんとしてでも彼を獲得するために資金の都合を話し合っていた。

 入札の気配を感じた司会の男は、いよいよ本題を切り出す。

「えー! それでは希望ギルドの方は――」

 彼がその言葉を口にした瞬間、数多のギルドが手を挙げた。

「ウチに来てくれ! 金は出せるだけ出す!!」

「アタシのギルドに来ておくれ! 年、一億CTでどうだい!」

 いきなりとんでもない桁の契約金が提示される。
 会場はざわついたが、あくまでも想定内だったのか同じような帯域の契約金を続々と提示しだした。

「ちょ、聞いた? 億だって、億! まずくない?」

 モチは驚きを隠せずに、普段はあまり見せないような表情を見せる。
 それもそのはず、この世界における一億CTとはおおよそ二十人規模のギルドメンバーが全員一生不自由なく暮らせるようなレベルの額だからだ。
 どう考えても人一人に出すような金額ではない。
 現にグラジオラスより以前に紹介されていた者は、大体が二百万から多くて五百万CTであった。
 それでもかなり高額の契約金であるのに、グラジオラスはそれを遥かに凌駕している。

「わかってはいたけど桁が違うわね……」

「あらあらどうしましょう……」

 イオーネとティーガンも、飛び交う数字の大きさに焦りを覚えていた。

 引け目を感じている彼女らとは対照的に、資金の潤沢な大手ギルドの者たちはその金額をどんどん膨れ上がらせていく。

「えぇい! ならこっちは二億だ!」

「十だ! 十だそう!!!」

 更に桁が上がり、流石に会場はどよめく。
 司会の男もニヤケ顔が止まらないまま、グラジオラスにマイクを向ける。

「おっと十億CTが提示されましたァ! さて『氷蝕のグラジオラス』、いかがなさいますか!」

「俺は……えっと――」

 グラジオラスは彼に目を合わせることなく、愛想笑いをした。
 吃驚するような契約金が提示されている最中も、彼は心ここにあらずであったのだ。

 その時、会場に相応しくない若く甲高い声が響く。

「アンタ! ウチに来なさい!」

 声の主はイオーネ。
 緊張やら畏れやら期待やらが混じった汗が頬を伝っている。

 明らかにこの場にいてはいけない存在に、会場にいる上位ギルドの面々は彼女を見て眉をひそめる。

 向けられる明確な敵意と蔑視。
 それでも彼女は折れなかった。

「ウチのギルドは弱小も弱小でお金もないけど……最高に楽しいから! アンタは今心底つまんなさそうにしてるけど、私たちといればすぐに笑っちゃうようなギルド生活を送れるわよ! だから――」

 皆が契約金の話をしている最中さなか、ただ一人だけがそう投げかけた。
 当然ながら彼女の言葉に対し、会場ではブーイングが巻き起こる。

「おいおいバカ言ってんじゃねぇよ! グラジオラスの旦那! 十で俺らと来い! 飯も寝床も最高だぞ!」

 最高契約金である十億CTを提示した資産家らしき男がそう叫ぶ。
 もはやどこぞの国家予算レベルの金額に、他の者たちは手を出せなくなっていた。

 勝敗を察した会場が鎮まると、グラジオラスは歩を進める。

「決めた」

 そう呟き、真っすぐに顔を上げる。

「お、ついに! それではどのギルドでしょうか!」

 司会の男は興奮に身を震わせながら、伺う。

 グラジオラスはそのまま、自らのギルドとして選んだ場所をゆびさした。

「え……」

 彼の指の先にはイオーネがいた。
 彼女は目を見開き、わなわなと口を震わせる。
 同じく彼女の傍に控えていたモチとティーガンも口を押さえ、とても現実とは思えないような今に直面していた。

「え、えーっと……何かの間違いではありませんか? 今ならまだ冗談だとして他のギルドを――」

 グラジオラスの予想外の決断に、司会の男は冷や汗を流しながら確認を取る。

「いや、必要ない。俺は彼女たちのギルド『ストーリー』の一員になる」

 その瞬間、会場は大混乱になった。
 ある者はショックで倒れ、またある者は憤慨して物に当たり散らした。
 司会の男は腰を抜かし、へたへたとその場に座り込んだ。

 あのトリプルエー級の実力者『氷蝕のグラジオラス』が無名の弱小ギルドに所属すると宣言。
 その情報は瞬く間に知れ渡り、世間を大いに驚かせた。

 だがほとんどの者が気が付いていない。
 彼がイオーネたちのギルド『ストーリー』を指名したときに初めて見せた不器用な笑顔を。
 それを知っていたのは、彼に期待を向けられた彼女たちだけであった。


 過去の思い出を振り返ったグラジオラスは目を開け、どこか満足そうなため息を吐く。

「そうだそうだ、確かそんな感じで……ってか昔の俺ってあんなに無愛想だったか……」

『ストーリー』へ来て三年。
 たった三年でここまで性格が変わるのかというほどに、彼は表情も感情も穏やかになっていた。
 かつて氷のように冷たく見えた目は、今では仲間を見守る温かい目へ移り変わり、ことの経緯を知らない者からすればまるで別人のように映るに違いない。

「でも確かにイオーネが言った通り楽しかったな」

 少しつんけんした態度をとるが、本当は素直で優しいイオーネ。
 怠け者で無愛想に見えるが、甘えんぼのモチ。
 おっとりしていて頼りなさそうに見えるが、それぞれの機微には人一倍敏感でそっと寄り添ってくれるティーガン。
 彼女たちとのギルド生活の日々を思い出すと、どれも自由気ままで楽しいものだった。

 もちろん強敵に遭遇し苦戦を強いられた時もあったが、その時も互いに力を合わせ乗り越えた。
 そして乗り越えた先にはこれまで彼が味わったことのなかった感情を知れたのだ。

 だが、今はそのかけがえのない居場所から追放された。

「折角みんなが楽しませてくれたのに……俺は結局、前にいたあそこと同じようなことしちまってるな」

 グラジオラスは遠くを飛ぶ鳥の群れを眺める。
 そこでは群れをなして飛んでいるグループから逸れ、一羽だけが後ろから追いかけるように飛んでいた。

 あの鳥は誰よりも大きくて立派な翼を貰っているにも関わらず。

「あーダメだ! んだ、なんとかしてみせるさ」

 彼は頭を掻き、膝を叩いて立ち上がる。
 少しボサくれた髪からアホ毛を飛び出させたたまま、グラジオラスは歩き出した。
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