悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。

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第3章 高校1年生 2学期

第47話 3人の立候補者。

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 季節はすっかり秋。
 生徒会選挙の候補期日が過ぎ、正式に立候補者が決まった翌日。

「2015年度、生徒会選挙の立候補者は3名です」

 全校朝会での立候補者の紹介である。
 所信表明などの正式なものはまた日を改めるということだけれど、とりあえず顔見せということらしい。
 公示といったところだろうか。

「2年A組、西園寺 冴子さん」
「はい」

 最初に壇上に登ったのは冴子様。
 凛とした佇まいの中にどこかあどけない子どもっぽさをも秘めた不思議な雰囲気は相変わらず。
 眼福、眼福と眺めていると、壇上の冴子様と目が合った――ような気がした。

 にっこりと笑みを向けられる。

 偶然だよね?
 私を見ていた訳じゃないよね?

 これで笑い返して、実は後ろの人に笑いかけてました、とかだったら恥ずかしすぎるので流しておく。
 冴子様は全校生徒の前であるにも関わらず、一瞬口をとがらせてつまらなそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って着席した。

「同じく2年A組、加藤 神楽君」
「はい」

 次に呼ばれたのは神楽様。
 シスコンということでかなり残念なイメージが先行しているが、容姿は王子様然とした爽やかなイケメンである。

 神楽様はにこやかな笑みを浮かべ、優雅な足取りで壇上にのぼ――ろうとして途中で足を踏み外した。

「ぶ」

 全校生徒はおろか教職員までもが吹き出す。
 神楽様は参った参ったという顔はしながらも、さして気にもしていない様子で階段を登り切った。

 そうして、冴子様と同じくこちらに視線を投げてよこした。

(うん。この視線の行き先は分かる)

 私の数人後ろで恐らく難しい顔をしているであろう、佳代さんの方を見ているのだ。
 おっと。
 ひらひらと小さく手を振ってさえいる。
 ちらりと肩越しに佳代さんの方を振り返ると、完全に他人のふりでガン無視を決め込んでいた。

 苦労してるなぁ……佳代さん。

 司会の人が軽く咳払いをすると、神楽様は手を振るのをやめて壇上に着席した。

「1年A組、東城 冬馬君」
「はい」

 いよいよ冬馬が呼ばれた。
 冬馬は胸を張って堂々としている。
 立候補者の中で唯一の1年生なのに、1番風格があるってどういうことだ。
 冴子様や神楽様がお姫様、王子様ならば、冬馬は間違いなく王様である。

 大勢の視線をさも当然のように受けながら壇上へと進む。
 その歩みには、一切のよどみがない。
 まるでこれからの選挙戦、敵などいないかのような、そんな足取りである。

 壇上から冬馬がこちらに視線を投げてくる。
 またかい。
 これは……今度こそ私にだろうか……?
 何となく気まずい。

 三度スルーすると冬馬は注意していなければ分からない程度に肩を竦めて着席した。

「以上、3名が立候補しました。今日から10日間を選挙活動期間とします。各自規則を守って存分に選挙活動に励んで下さい」

 3名が椅子から立ち上がって一礼する。
 全校生徒から拍手が送られた。

 いよいよ、選挙戦スタートである。

◆◇◆◇◆

「ちょっと、和泉ちゃん。無視するなんてひどいじゃない」

 集会が終わり、自分たちのクラスへ戻ろうとすると、後ろから女性の声で呼び止められた。
 聞き覚えのある声に振り向くと、冴子様が立っていた。

「……何のことでしょうか」
「壇上から合図送ったでしょう。目をそらすんだもの」
「それは――」
「恥ずかしいからに決まってんでしょ!」

 妙に流れに合った大声が聞こえてきた方を向くと、佳代さんと神楽様がいた。

「恥ずかしいなんてことはないだろう。僕たちは誰恥じることのない兄妹じゃないか」
「兄妹でも、TPOを考えてよ! 大体、この歳にもなって兄さんと仲がいいなんて、ありえないわ!」
「おいおい。冗談でもそんなことを言ってはいけないよ、佳代」
「冗談でもなんでもないっていうのに!」
「ははは。照れ屋さんだなぁ」

 おおう。
 佳代さんが手玉にとられている。

「神楽くんが羨ましいわ。妹さんとあんなに仲良しなんだもの」
「冴子様にも妹さんがいらっしゃるのですか?」
「ええ。でも、思春期以来、ずっと距離を置かれているの。昔は一緒にお風呂入ってくれたのに」
「それは普通、嫌がるんじゃないでしょうか……」

 この歳で兄弟姉妹とお風呂に入るというのは、温泉などでもない限り普通はない。
 相変わらず本気と冗談の境界が読めない人だ。

「冗談はともかくとして、そろそろ止めて上げた方がいいわね。佳代ちゃんが可哀想だわ。ちょっと、神楽くん」
「うん? どうしたんだい、冴子? 今は兄妹の貴重で楽しいスキンシップの時間だから、話ならまたあとでね?」
「楽しいのは神楽くんだけのようよ?」
「ははは。何を馬鹿な。なぁ、佳代?」
「冴子様が100%正しいです」

 佳代さん、ばっさり。

「ははは。相変わらず素直じゃないね。そこもまた可愛いんだけれど」
「……キモい」
「あ。こら、佳代。待ちなさい」
「いいから。神楽くんは私と来なさい。和泉ちゃん、佳代ちゃんのフォローよろしく」
「あ。はい」

 と、反射的に請け負ってしまったのはいいものの、人のフォローなんてしたことがない私にろくな言葉が思いつくはずもなく。
 結局、教室までの道のりを、佳代さんと並んで無言で歩くことになった。

(なんでこういう時に限って実梨さんも幸さんもいないの……)

 いつも3人でいるのに。
 さっきからキョロキョロしているのだけれど、一向に見当たらない。

「和泉様はいい人だね」
「え?」
「みのりんや幸だといらないことあれこれ言うけれど、和泉様は放っておいてくれるもの」
(ええー!? これで正解?)

 乙女心は複雑である。

「あんなのでも兄さんだから。悪く言われると腹が立つし。でもよく言われても見え透いているしさ」

 訂正。
 妹心は複雑である。

「その言葉を聞けば、神楽様お喜びになるのでは?」
「狂喜乱舞でしょうよ。絶対言うもんか」

 さいですか。

「……別に嫌いな訳じゃないんだけどさ。でも何ていうか……ああもう! 何でもっとこう――」
「オレは結構、神楽先輩のこと買ってるんだがな」

 突然の声の主は冬馬である。

「……どんな所が?」
「親しみやすさと、単純な能力の高さ。冴子先輩がいなければ、学年トップは神楽先輩だろ?」

 ほう?

「よく知ってますね、冬馬くん」
「当たり前だ。これから戦う相手の情報だぞ?」

 もう臨戦態勢という訳か。

「それに、親しみやすさっていうのは、冴子先輩やオレにはやや薄い要素だ。手強い敵だと認識している」

 確かに、冬馬や冴子様はどちらかというと雲の上の存在というか、カリスマ的なものを持った人間だ。
 そこには一種の「距離」がある。

「ああ。それ幻想だから。あの狸に騙されてるだけよ?」
「え?」
「兄さんが親しみやすいなんていうのはまるっきり演技。あの人、自分と私以外は親だって利用手段としか見てないから」

 それは意外だった。
 人は見かけにはよらないものだ。

「分かってる。さっき転んだのだって、どこまで本当だか」

 なるほど。
 失笑を買いつつ、親しみも買うと。

「へぇ? 兄さんの化けの皮も薄くなったのかしら。私以外に見破れる人がいたなんて」
「普段、5、6枚猫かぶっているどこかのご令嬢を見慣れてるんでね」

 なんだ、その視線は。

「失礼なことを言いますね」
「おや? オレは別に和泉のことだなんて言ってないぞ?」

 こいつ……白々しいことを。

「はぁ……。お姫様に、狸に、ひねくれキングですか。役者は揃っているようですね」
「おい誰が――」
「お姫様に一票」
「私も一票」
「聞けって!」
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