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破章之後 どうして私のお嬢様生活は揺れるのか
29.西園寺姉妹と一条院晴香
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二日という時間は思いのほか早く過ぎた。正確には母さん方の祖父母が今日くるという情報が入ったのは一昨日の昼間だから、二日というより一日半、と言うべきかもしれないけど。とかく、天川晴香とその夫が来る日が来てしまった。
天川家の家は『レン劇』ではどこにあるのかは具体的に語られていない。が、少なくとも都内に居を構えているということくらいは『瑞樹』ルートに入った場合に明らかになるので、それほど離れてはいないはず。
菅野さんの読みは適確で、夫妻は午前中には到着した。もし父さんが用意した一戸建てに外泊することを私が選んだなら間違いなく鉢合わせていた。
ゲーム中における天川晴香のキャラクターCGは存在していなかったので想像のしようがなかったが、顔を合わせた時に感じた第一印象は母さんに似た雰囲気を纏っている、というような感じだった。もっともそれは外見だけで、中身までどうなのかはわからないけど。
ちなみに前シーズン、私が小学校に入学する直前の冬には何か理由があったのか来ていなかったから、『今の私』として会うのはこれが初めてだったりする。
来客があった際に使う応接間の一室に入って来るや、祖父母夫妻は真っ先に母さんの元へ近づく。
傍らに座っている私にも、必然的に近寄ってくる形となる。
「ごきげんよう、麗奈。元気そうで何よりだわ」
「ご、ごきげんよう……お母様。お母様も、特にお変わりないようで、何よりです……」
「まぁ。何をそう怖がっているのかしら。親子でしょう? そう警戒しないで」
晴香さんは……うん。晴香婆さん、と呼ぶべきだろうか……?
晴香婆さんはいつも母さんが浮かべるような優しい笑みを浮かべながら母さんの緊張を解こうとしている。それだけを見ている分には、普通の母娘と言えなくもない、のかな。
一方の爺さんはどこか様子をうかがうような感じで母さんをはじめ、私や皐月、そして父さん。私たち一家を眺めており、その内心で何を考えているのかはわからなかった。が、やがて満足したのか、母さんと同じく柔和な表情を浮かべてテーブルへと近づいてくる。
「おはよう、でいいのかな。瑛斗さん、しばらくご無沙汰してしまって申し訳なく思うよ」
「おはようございます、義父さん。お気になさらず。こちらこそ、電話の一本、便りの一つ出さずにいて……合わす顔がないくらいです」
「はっはっは。お互い様だな……。だが、こうして麗華ともども元気な姿を見せてくれた。そのことについては感謝しよう」
「ありがとうございます」
さすがに歳がいっていると貫禄が違う。なんというか、この人には逆らえない。そんな気さえしてきそうだ。
ついで、晴香婆さんと爺さんは私と皐月に目を合わせてきた。
「瑞樹ちゃん、皐月ちゃん。こんにちわ。……っていっても覚えてないかしら。あなたたちのお婆ちゃん、なのだけど」
「いろいろあって会えなかったから、二年ぶりになるか……この前の正月は喪中だったし、夏休みなんかは予定が合わなかったしな……」
そうだったのか……そういえば、確かに前の年末年始はうちでも正月らしいことをしていなかった気がする。
喪中だったからできなかったんだ。納得した。
ひとしきり挨拶が済むと、ひとまずは解散の流れとなり、母さんは父さん、爺さんと一緒にテレビを見て過ごすらしい。私は皐月と一緒に部屋へ戻って本を読むことにした。
皐月も私が読んでいる本には興味があるらしく、お互い時間に余裕がある時は私の部屋にやってきて一緒に読むことがあるのだ。とはいえ、皐月は生粋の小学一年生。漢字などほとんどわからないから、大体は私が読み聞かせることになるのだが。
今回読むことにしたのは超能力を題材にしたライトノベルだ。
皐月もこのシリーズにはかなり移入しており、盛り上がりの部分ではキャッキャッと騒ぎながらも速く速く、と急かしてくるので読み聞かせているこちらも普段以上に楽しめている。
本の準備が完了してさぁ、読書を楽もうかと二人で寄り添ってソファーに座ったところで、ノック音が聞こえた。来客のようである。時計を確認してみると、応接間で解散の流れとなってから五分と立っていない。爺さんか婆さんか、どちらかが私達のことを見に来たのかもしれない。
ドア越しに誰何を問うと、どうやら予想は的中したようで、晴香婆さんが訪ねてきたようだ。
どうにもタイミングが悪い。とりあえずちょっとだけ待ってもらって、用意した本を急いで目のつかないところに持っていくことにした。
「ようこそ、お婆様。どうぞ、お入りくださいませ」
「えぇ、失礼するわね……あら。瑞樹ちゃんだけじゃなく皐月ちゃんもいたのね。二人で何をしていたのかしら」
「えっと……本を、読んでいただこうとしていました……」
「そうなの? 瑞樹ちゃん偉いのね。それにとても勤勉なのね……」
そうして晴香婆さんを室内に案内すると、晴香婆さんは私達が座っていたものとはテーブルを挟んで反対側にあるソファーに近づく。
私達もそれに倣って、もともと座っていたソファーに改めて座った。
ソファーに座るなり、晴香婆さんは早速その本のことについて聞いてくる
「それで、どんな本を読もうとしていたのかしら」
「えぇっと……ちょっと、絵本を……」
「…………あら、そう……? よかったら、私が本を読んであげましょうか。確か、瑞樹ちゃんの部屋の本棚はこっちだったかしら……」
そういって、私が制止する暇もなく、よどみない動きで書庫へ歩み寄っていく。他人には隠しておいた方がいい、私の秘密がぎっしりと詰まった書庫へと。
うわぁ、これまずいよ……と、思いながらも私はそのあとについてゆく。その足取りを見れば止めることなど不可能だろう。まずいと思いながらも、あきらめざるを得ない状態になってしまった。
三者三様の表情で、私達は書庫へ続く扉を開いて、三人で入室する。
私達を出迎えたのは、まだほとんどが空っぽの書棚。一応、書庫の一番隅にある棚の、一段分は埋まっているものの……収容可能量からすれば雀の涙ほどしか埋まっていないことになる。
その、唯一本がしまわれている棚を見つけた晴香婆さんは、そそくさとそこに近寄って、どのような本があるのか見分を始めたようだ。
あぁ、これはもう完全に諦めた方がよさそうだ。少なくとも、私が普通の子供ではないことは察せられてしまったはずだ。
まぁ、この諦めの感情は、今になって今さら感が出てきているのもあるけど。
すでに私の友達たちには、私の子の一面がばれてしまっているし、皐月の友達のお嬢様方にも幾人かにはバレてしまっている。そもそも皐月も学校で友達に私のことを話したからこそ、皐月の友達が勉強会に参加してきたのだろうし。
内心でそう思っていると、晴香婆さんはおもむろに手を伸ばして、一冊の本を手に取った。
そしてその本の表紙を確認するや、一瞬だけ眉をひそめた。
「…………ッ!」
同時に、皐月がちょっとだけ怯えたようなそぶりを見せる。
どうやらその『ライトノベル』が、晴香婆さんにとってあまりよろしくない琴線に触れてしまったようだ。
ただ、眉をひそめたのは本当に一瞬で、続いて怪訝そうな顔をして私を観察するように。
そして頭痛を抑えるようにこめかみの部分を揉むと、
「もしかして、瑞樹ちゃん、これ、全部……読めるのかしら…………?」
と聞いてきた。
これを見られてしまって、しかもそばで皐月が普通にしているところも見られてしまったなら、誤魔化しようがないか。そう判断し、私はあらかじめ用意していた答えを返した。
「はい……どれも一通り読めるかと……このシリーズに関していえば、この三作品はすでに読み終わってます」
「こんな分厚いハードカバーの単行本まで……これは、すごいことだわ……! ……こっちの文庫本は、方向性がちょっと残念だけど」
なんとなく、最後の方でディスられたけど……まぁ、おさめられているモノの大半がライトノベル、とくればまあ気持ちを察することができなくもない。
書庫から出た後、晴香婆さんはなんか予想していたのと違う、と言いたげな表情で早々に私達の部屋から出ていった。
私の部屋を訪ねてきた晴香婆さんだったが、出ていくときは(失礼な気がするが)五歳くらい老けたような雰囲気すら纏っていた。
婆さんが出ていった扉を眺めながら、私はふと彼女という人物に対して感じていた印象について考えてみた。
ゲーム知識を前提に考えると、天川晴香という人物は選民意識に染まっていそうだという予想をだったが、実際にあってみるとそうでもないのかな、とふと考えてしまう。
それくらいに『名家らしさ』を押し出してくるなら当然、先ほどのライトノベルを見た時の一幕についても、漫画調のイラストを見て嫌悪感を示すと同時に『こんなもの見ていないで、もっと違うものを読みなさい』とか言って、そのまま家の中にある童話など児童向けの本などを探しに行っていただろう
まぁ、単純に私が漢字の多い、普通の長文を読んでいたところに反応してしまっただけなのかもしれないけど。ただ、表紙だけ見て嫌悪感をむき出しにしないところを見ると、選民意識がどうこう、というのはちょっと考えてみたほうがいいかもしれないな、という結論になりつつあった。
しかし、その考えはすぐに打ち砕かれることになる。
部屋の中で皐月と一緒に本を読んだり、お茶を飲んだりして時間をつぶしていたが、ふと時計を見るとちょうどいい時間になっていることに気づく。
タイミングを計ったかのように、使用人の一人が昼食の準備が整った旨の知らせを持ってきたので、私達は連れ立って食堂へ向かうことにした。
その道中、皐月とのやりとりで、一度出しつつあった結論を飲み込まざるを得なくなった。
「……どうしたの、皐月…………?」
「お姉様……。私、お婆様に会うの、ちょっと怖いです……」
「怖い……?」
「はい…………。さっき、お姉様のお部屋に来た時……一瞬でしたけど、とてもお怒りになった気がしまして……」
「お怒り……? お婆様が……?」
「は、はい……。き、気のせいだと思いますか……?」
「………………いいえ。皐月がそう思ったのなら、私はそれを信じますよ……。……部屋にあった本が琴線に触れてしまったのかもしれませんね」
皐月がそう感じたのであれば、それは間違いなく怒っていたのだと、少なくとも私はそう思う。皐月の人の心を解する力は、とても敏感なのだから。
接し方に注意しないと、これ以上ぼろが出ると大変そうだ、と考えを改め、皐月に『行きましょう』と告げると改めて、食堂へ向けて歩を進めるのであった。
そして食堂に到着すると、ほどなくして私達親子と爺さん婆さんの二人、つまり本日一緒に食事を取る面々が全員そろい、さほど待つこともなく昼食となる。
昼食が終わるころには婆さんと顔を合わせることに対し緊張をしていた皐月も元通りに戻り、私も婆さんに対する警戒心は薄れてきていた。
上流階級の中でも天川家は選民意識が高い傾向にある。その情報を知ってどうなるかと思ったが、この調子なら、年末年始はそつなく過ごすことができそうだ。
そう、思っていた矢先――。
「ねぇ、麗奈に……瑞樹ちゃんと、皐月ちゃん。午後なんだけど……四人で、お茶でも一緒にいかがかしら」
「………………っ!?」
晴香婆さんが、そんなことを提案してきた。
まぁ、人となりをもっと知るというか、早くこの人に慣れるというか。
精神的な距離を縮めるなら断ることでもない。
気になるのは一瞬だけど、皐月がビクッと震えたこと。様子をうかがってみると、昼食前と同じようにとても緊張した面持ちで事の成り行きを見守るように構えていた。
ともあれ、まずは母さんと目を合わせて、問いかけてみる。誘いに応じるべきか、否か。
母さんは緊張した面持ちだったけど、こくり、と頷いて、では私の部屋でいかがでしょうか、と晴香婆さんに確認をとり、同意をもらう。
「では、決まりね。この後――そうね。三時くらいかしら。それくらいに、麗奈のお部屋にお邪魔させてもらうわね」
「はい……準備して、お待ちしております……」
ではこれにて失礼いたします。そう言って、母さんは食堂から出ていった。それを皮切りに、他のみんなも食堂から退室していく。
ちなみに父さんは爺さんと一緒にチェスをするそうだ。私も何度かやったことあるから嗜み程度ならできるけど、父さんにはとてもかなわない。
爺さんのとてもウキウキした表情がなにげに印象的だったし、父さんもまんざらでもない様子だったから……まぁ、お互いに好きなんだろう。
最後に取り残される感じで、食堂には私と皐月の二人。理由は――皐月が、とても怯えた表情をしていたからだ。
食事前に皐月が言っていたことも気にかかり、どう声をかけたものか、そしてこれをどう捉えるべきか……と、私は一人、考えを巡らせるのであった。
天川家の家は『レン劇』ではどこにあるのかは具体的に語られていない。が、少なくとも都内に居を構えているということくらいは『瑞樹』ルートに入った場合に明らかになるので、それほど離れてはいないはず。
菅野さんの読みは適確で、夫妻は午前中には到着した。もし父さんが用意した一戸建てに外泊することを私が選んだなら間違いなく鉢合わせていた。
ゲーム中における天川晴香のキャラクターCGは存在していなかったので想像のしようがなかったが、顔を合わせた時に感じた第一印象は母さんに似た雰囲気を纏っている、というような感じだった。もっともそれは外見だけで、中身までどうなのかはわからないけど。
ちなみに前シーズン、私が小学校に入学する直前の冬には何か理由があったのか来ていなかったから、『今の私』として会うのはこれが初めてだったりする。
来客があった際に使う応接間の一室に入って来るや、祖父母夫妻は真っ先に母さんの元へ近づく。
傍らに座っている私にも、必然的に近寄ってくる形となる。
「ごきげんよう、麗奈。元気そうで何よりだわ」
「ご、ごきげんよう……お母様。お母様も、特にお変わりないようで、何よりです……」
「まぁ。何をそう怖がっているのかしら。親子でしょう? そう警戒しないで」
晴香さんは……うん。晴香婆さん、と呼ぶべきだろうか……?
晴香婆さんはいつも母さんが浮かべるような優しい笑みを浮かべながら母さんの緊張を解こうとしている。それだけを見ている分には、普通の母娘と言えなくもない、のかな。
一方の爺さんはどこか様子をうかがうような感じで母さんをはじめ、私や皐月、そして父さん。私たち一家を眺めており、その内心で何を考えているのかはわからなかった。が、やがて満足したのか、母さんと同じく柔和な表情を浮かべてテーブルへと近づいてくる。
「おはよう、でいいのかな。瑛斗さん、しばらくご無沙汰してしまって申し訳なく思うよ」
「おはようございます、義父さん。お気になさらず。こちらこそ、電話の一本、便りの一つ出さずにいて……合わす顔がないくらいです」
「はっはっは。お互い様だな……。だが、こうして麗華ともども元気な姿を見せてくれた。そのことについては感謝しよう」
「ありがとうございます」
さすがに歳がいっていると貫禄が違う。なんというか、この人には逆らえない。そんな気さえしてきそうだ。
ついで、晴香婆さんと爺さんは私と皐月に目を合わせてきた。
「瑞樹ちゃん、皐月ちゃん。こんにちわ。……っていっても覚えてないかしら。あなたたちのお婆ちゃん、なのだけど」
「いろいろあって会えなかったから、二年ぶりになるか……この前の正月は喪中だったし、夏休みなんかは予定が合わなかったしな……」
そうだったのか……そういえば、確かに前の年末年始はうちでも正月らしいことをしていなかった気がする。
喪中だったからできなかったんだ。納得した。
ひとしきり挨拶が済むと、ひとまずは解散の流れとなり、母さんは父さん、爺さんと一緒にテレビを見て過ごすらしい。私は皐月と一緒に部屋へ戻って本を読むことにした。
皐月も私が読んでいる本には興味があるらしく、お互い時間に余裕がある時は私の部屋にやってきて一緒に読むことがあるのだ。とはいえ、皐月は生粋の小学一年生。漢字などほとんどわからないから、大体は私が読み聞かせることになるのだが。
今回読むことにしたのは超能力を題材にしたライトノベルだ。
皐月もこのシリーズにはかなり移入しており、盛り上がりの部分ではキャッキャッと騒ぎながらも速く速く、と急かしてくるので読み聞かせているこちらも普段以上に楽しめている。
本の準備が完了してさぁ、読書を楽もうかと二人で寄り添ってソファーに座ったところで、ノック音が聞こえた。来客のようである。時計を確認してみると、応接間で解散の流れとなってから五分と立っていない。爺さんか婆さんか、どちらかが私達のことを見に来たのかもしれない。
ドア越しに誰何を問うと、どうやら予想は的中したようで、晴香婆さんが訪ねてきたようだ。
どうにもタイミングが悪い。とりあえずちょっとだけ待ってもらって、用意した本を急いで目のつかないところに持っていくことにした。
「ようこそ、お婆様。どうぞ、お入りくださいませ」
「えぇ、失礼するわね……あら。瑞樹ちゃんだけじゃなく皐月ちゃんもいたのね。二人で何をしていたのかしら」
「えっと……本を、読んでいただこうとしていました……」
「そうなの? 瑞樹ちゃん偉いのね。それにとても勤勉なのね……」
そうして晴香婆さんを室内に案内すると、晴香婆さんは私達が座っていたものとはテーブルを挟んで反対側にあるソファーに近づく。
私達もそれに倣って、もともと座っていたソファーに改めて座った。
ソファーに座るなり、晴香婆さんは早速その本のことについて聞いてくる
「それで、どんな本を読もうとしていたのかしら」
「えぇっと……ちょっと、絵本を……」
「…………あら、そう……? よかったら、私が本を読んであげましょうか。確か、瑞樹ちゃんの部屋の本棚はこっちだったかしら……」
そういって、私が制止する暇もなく、よどみない動きで書庫へ歩み寄っていく。他人には隠しておいた方がいい、私の秘密がぎっしりと詰まった書庫へと。
うわぁ、これまずいよ……と、思いながらも私はそのあとについてゆく。その足取りを見れば止めることなど不可能だろう。まずいと思いながらも、あきらめざるを得ない状態になってしまった。
三者三様の表情で、私達は書庫へ続く扉を開いて、三人で入室する。
私達を出迎えたのは、まだほとんどが空っぽの書棚。一応、書庫の一番隅にある棚の、一段分は埋まっているものの……収容可能量からすれば雀の涙ほどしか埋まっていないことになる。
その、唯一本がしまわれている棚を見つけた晴香婆さんは、そそくさとそこに近寄って、どのような本があるのか見分を始めたようだ。
あぁ、これはもう完全に諦めた方がよさそうだ。少なくとも、私が普通の子供ではないことは察せられてしまったはずだ。
まぁ、この諦めの感情は、今になって今さら感が出てきているのもあるけど。
すでに私の友達たちには、私の子の一面がばれてしまっているし、皐月の友達のお嬢様方にも幾人かにはバレてしまっている。そもそも皐月も学校で友達に私のことを話したからこそ、皐月の友達が勉強会に参加してきたのだろうし。
内心でそう思っていると、晴香婆さんはおもむろに手を伸ばして、一冊の本を手に取った。
そしてその本の表紙を確認するや、一瞬だけ眉をひそめた。
「…………ッ!」
同時に、皐月がちょっとだけ怯えたようなそぶりを見せる。
どうやらその『ライトノベル』が、晴香婆さんにとってあまりよろしくない琴線に触れてしまったようだ。
ただ、眉をひそめたのは本当に一瞬で、続いて怪訝そうな顔をして私を観察するように。
そして頭痛を抑えるようにこめかみの部分を揉むと、
「もしかして、瑞樹ちゃん、これ、全部……読めるのかしら…………?」
と聞いてきた。
これを見られてしまって、しかもそばで皐月が普通にしているところも見られてしまったなら、誤魔化しようがないか。そう判断し、私はあらかじめ用意していた答えを返した。
「はい……どれも一通り読めるかと……このシリーズに関していえば、この三作品はすでに読み終わってます」
「こんな分厚いハードカバーの単行本まで……これは、すごいことだわ……! ……こっちの文庫本は、方向性がちょっと残念だけど」
なんとなく、最後の方でディスられたけど……まぁ、おさめられているモノの大半がライトノベル、とくればまあ気持ちを察することができなくもない。
書庫から出た後、晴香婆さんはなんか予想していたのと違う、と言いたげな表情で早々に私達の部屋から出ていった。
私の部屋を訪ねてきた晴香婆さんだったが、出ていくときは(失礼な気がするが)五歳くらい老けたような雰囲気すら纏っていた。
婆さんが出ていった扉を眺めながら、私はふと彼女という人物に対して感じていた印象について考えてみた。
ゲーム知識を前提に考えると、天川晴香という人物は選民意識に染まっていそうだという予想をだったが、実際にあってみるとそうでもないのかな、とふと考えてしまう。
それくらいに『名家らしさ』を押し出してくるなら当然、先ほどのライトノベルを見た時の一幕についても、漫画調のイラストを見て嫌悪感を示すと同時に『こんなもの見ていないで、もっと違うものを読みなさい』とか言って、そのまま家の中にある童話など児童向けの本などを探しに行っていただろう
まぁ、単純に私が漢字の多い、普通の長文を読んでいたところに反応してしまっただけなのかもしれないけど。ただ、表紙だけ見て嫌悪感をむき出しにしないところを見ると、選民意識がどうこう、というのはちょっと考えてみたほうがいいかもしれないな、という結論になりつつあった。
しかし、その考えはすぐに打ち砕かれることになる。
部屋の中で皐月と一緒に本を読んだり、お茶を飲んだりして時間をつぶしていたが、ふと時計を見るとちょうどいい時間になっていることに気づく。
タイミングを計ったかのように、使用人の一人が昼食の準備が整った旨の知らせを持ってきたので、私達は連れ立って食堂へ向かうことにした。
その道中、皐月とのやりとりで、一度出しつつあった結論を飲み込まざるを得なくなった。
「……どうしたの、皐月…………?」
「お姉様……。私、お婆様に会うの、ちょっと怖いです……」
「怖い……?」
「はい…………。さっき、お姉様のお部屋に来た時……一瞬でしたけど、とてもお怒りになった気がしまして……」
「お怒り……? お婆様が……?」
「は、はい……。き、気のせいだと思いますか……?」
「………………いいえ。皐月がそう思ったのなら、私はそれを信じますよ……。……部屋にあった本が琴線に触れてしまったのかもしれませんね」
皐月がそう感じたのであれば、それは間違いなく怒っていたのだと、少なくとも私はそう思う。皐月の人の心を解する力は、とても敏感なのだから。
接し方に注意しないと、これ以上ぼろが出ると大変そうだ、と考えを改め、皐月に『行きましょう』と告げると改めて、食堂へ向けて歩を進めるのであった。
そして食堂に到着すると、ほどなくして私達親子と爺さん婆さんの二人、つまり本日一緒に食事を取る面々が全員そろい、さほど待つこともなく昼食となる。
昼食が終わるころには婆さんと顔を合わせることに対し緊張をしていた皐月も元通りに戻り、私も婆さんに対する警戒心は薄れてきていた。
上流階級の中でも天川家は選民意識が高い傾向にある。その情報を知ってどうなるかと思ったが、この調子なら、年末年始はそつなく過ごすことができそうだ。
そう、思っていた矢先――。
「ねぇ、麗奈に……瑞樹ちゃんと、皐月ちゃん。午後なんだけど……四人で、お茶でも一緒にいかがかしら」
「………………っ!?」
晴香婆さんが、そんなことを提案してきた。
まぁ、人となりをもっと知るというか、早くこの人に慣れるというか。
精神的な距離を縮めるなら断ることでもない。
気になるのは一瞬だけど、皐月がビクッと震えたこと。様子をうかがってみると、昼食前と同じようにとても緊張した面持ちで事の成り行きを見守るように構えていた。
ともあれ、まずは母さんと目を合わせて、問いかけてみる。誘いに応じるべきか、否か。
母さんは緊張した面持ちだったけど、こくり、と頷いて、では私の部屋でいかがでしょうか、と晴香婆さんに確認をとり、同意をもらう。
「では、決まりね。この後――そうね。三時くらいかしら。それくらいに、麗奈のお部屋にお邪魔させてもらうわね」
「はい……準備して、お待ちしております……」
ではこれにて失礼いたします。そう言って、母さんは食堂から出ていった。それを皮切りに、他のみんなも食堂から退室していく。
ちなみに父さんは爺さんと一緒にチェスをするそうだ。私も何度かやったことあるから嗜み程度ならできるけど、父さんにはとてもかなわない。
爺さんのとてもウキウキした表情がなにげに印象的だったし、父さんもまんざらでもない様子だったから……まぁ、お互いに好きなんだろう。
最後に取り残される感じで、食堂には私と皐月の二人。理由は――皐月が、とても怯えた表情をしていたからだ。
食事前に皐月が言っていたことも気にかかり、どう声をかけたものか、そしてこれをどう捉えるべきか……と、私は一人、考えを巡らせるのであった。
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