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二章
30話 ここは?
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「なんだこれはぁあ!!」
ピングは絶叫した。腹の底から声を出した。
どうしてこうなったのか分からない。兎にも角にも、状況確認すらしている場合ではない緊急事態だ。
今、ピングは生まれたままの姿で学園の回廊に立っていた。
空気が素肌に触れている。
瑞々しく透き通るような白い肌も薄く色付いた胸の飾りも、成人男性にしては細い腰も、双丘ももちろん男を象徴するものも全てが曝け出されていた。
唖然と自分を見下ろしていたピングは、ハッと我に返って慌ててその場にしゃがみ込んだ。そのままずりずりと摺り足で柱の影に移動していく。
「えーと、追試して寮に帰って風呂に入ってティーグレと食事、それで」
ここに至るまでの経緯を必死で思い出そうとする。人生で一番頭を使った日になるかもしれない。
自室に戻ってベッドに飛び込み、追試がようやく終わった解放感で体が溶けそうだとぼやいたのは覚えている。そして、
『お疲れ様です』
ベッドに腰掛けたティーグレに優しく頭を撫でられて、あまりにも心地のいい温もりに瞼がとろりと重くなり。
ピングはそのまま寝てしまったはずだ。記憶はそこで途切れている。
つまり、
「夢か!」
勢いよく顔を上げたピングは、キョロキョロと周りを見渡す。
よく考えるとおかしなものだ。空は真っ青に晴れ渡り、陽が高いのに誰一人として生徒も教師もいない。
しゃがみ込んだピングを覗き込むであろう使い魔のペンギンも見当たらなかった。
「よ、良かった」
冷たい石柱にもたれかかり、ピングは大きく息を吐く。夢の中だというのに、どっと疲れた。
「夢の中なら……魔術が上手く使えたりするのか?」
ふと思いつき、自分の身体に向けて魔法陣を描く。現実と同じように動く手足に安心しながら、衣服を出現させようと呪文を唱える。
イメージ通りに、魔法陣から放たれた金色の輝きが体を包むのを眺めて、ピングは気持ちを昂らせた。
が、ピングの体には何も変化はない。白いタオルが一枚だけふわりと頭に乗っただけだった。
「夢ですら出来損ないなのか私はー!」
柔らかいタオルを地面に叩きつけ、ガックリと肩を落とす。夢でくらい、思った通りに魔術を使ってみたい。存在しないような魔術ができても良いと思う。
ピングは長くため息を吐きながら、腰にタオルを巻いた。素っ裸よりはマシだ。
激しく動くとすぐ取れてしまいそうで心許ないが、夢なのだから取れても大丈夫だろう。
「あれ? ピング殿下?」
背後から聞き慣れた声がして、ピングの表情はパッと明るくなる。夢の中でも、困った時に一番に助けてくれるのはこの男らしい。
嬉しくなったピングは勢いよく振り返り、そして、
「ティーグ……れぇええ!?」
すぐに顔を覆って元通り背を向けた。
こちらに向かって歩いてきているティーグレは、ピングと同じく何も着ていなかった。全てを曝け出して大股で近づいてくる。
己の夢は一体どうなっているのかと、ピングは頭を抱える。
「どうしました?」
「なんでお前、裸で堂々としてるんだ」
なんの躊躇もなく隣に立ってきたティーグレからジリジリと距離をとる。夢の中だとしても不気味だ。
ティーグレはピングの真っ当な質問に対して、顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「なんでって……」
しばらく沈黙して、自分やピングの体を見比べていた。
ピングもつられてティーグレの体を見てしまう。
魔術だけでなく剣術も達者なバランスよく筋肉のついた逞しい身体は、細身で小柄な自分とは正反対だった。
筋肉の形がよく分かる腹筋を無遠慮に見つめているとその下にも目がいってしまって、慌てて目を逸らす。
夢であっても、直視するのは気が引けた。
「あー……なるほど……そうかあれかぁ」
挙動がおかしくなってしまうピングを咎めることもせず、ティーグレは一人で納得している。
ピングは、夢というものが見ている人間の好きにできるものではないのだと確信する。そのくらい、ティーグレの思考が全く分からなかった。
うんうんと頷くティーグレを訝しげな表情でピングが見上げていると、急に真剣な色を帯びた紫が視線を合わせてくる。
「ピング殿下」
「な、なんだ」
「これは夢です」
「知っている!」
低く深い、真面目なトーンでの言葉に思わず両手を握りしめて力強く答えてしまった。
不思議だった。
夢だというのに、本物のティーグレと話してるようだ。幼い頃からずっと一緒に過ごしているから、自分の中のティーグレの解像度が高いということだろうか。
妙に意識のはっきりしている夢に戸惑っていたピングは、自分の中のティーグレに感謝した。だが。
「しかも、淫夢です」
「淫夢」
会話を続けたことを後悔する。そういえば、ティーグレはこういう変なことを大真面目な顔で言う男だった。
さっさとこの話題を切り上げたいピングだったが、ティーグレの口は止まらない。
「ローボから指輪を受け取りませんでしたか」
「恋のお守りだといっていたものか?」
教室に帰る前にカバンに突っ込んだ指輪を思い出す。
受け取ってしまったものの、どんな魔術が掛かっているか分からなかったためティーグレに確認しようと思っていたのをすっかり忘れていた。
「そう。それを持ってると、この夢の中で射精しないと起きられなくなるんです」
「……」
ピングは耳を疑った。
ティーグレの言っていることを理解したくない。
口を固く閉ざしてアメジストの瞳を真っ直ぐ見据える。冗談を言っている顔ではないが、ティーグレなら、
『なんて、そんなわけないじゃないですかー』
と、ケロッと言ってくる可能性がある。それを期待して出来るだけ頭を冷静に保とうと深呼吸する。
しかしティーグレが何も言ってくれないので、ピングは落ち着かず忙しなく動いてしまいそうな腕を組んだ。
「嘘だろう」
「本当です。なんでピング殿下の手に指輪が渡ってしまったのか謎ですが……」
ティーグレは腰に手を当てて目を瞑る。
これは夢だ。まるで現実のティーグレと話しているように感じてまともに取り合ってしまったが、あくまで夢のはず。
ピングはティーグレの様子を固唾を飲んで伺いながらも、心のどこかではそろそろ目が覚めるはずだと軽く考えていた。
「やるしかない」
「え……っ!?」
瞼を開いたティーグレの瞳は獰猛にギラつき、思わず一歩下がったピングの細い肩を掴んでくる。
逃げようと考える間もなく、ピングは回廊の石壁に押し付けられた。
ピングは絶叫した。腹の底から声を出した。
どうしてこうなったのか分からない。兎にも角にも、状況確認すらしている場合ではない緊急事態だ。
今、ピングは生まれたままの姿で学園の回廊に立っていた。
空気が素肌に触れている。
瑞々しく透き通るような白い肌も薄く色付いた胸の飾りも、成人男性にしては細い腰も、双丘ももちろん男を象徴するものも全てが曝け出されていた。
唖然と自分を見下ろしていたピングは、ハッと我に返って慌ててその場にしゃがみ込んだ。そのままずりずりと摺り足で柱の影に移動していく。
「えーと、追試して寮に帰って風呂に入ってティーグレと食事、それで」
ここに至るまでの経緯を必死で思い出そうとする。人生で一番頭を使った日になるかもしれない。
自室に戻ってベッドに飛び込み、追試がようやく終わった解放感で体が溶けそうだとぼやいたのは覚えている。そして、
『お疲れ様です』
ベッドに腰掛けたティーグレに優しく頭を撫でられて、あまりにも心地のいい温もりに瞼がとろりと重くなり。
ピングはそのまま寝てしまったはずだ。記憶はそこで途切れている。
つまり、
「夢か!」
勢いよく顔を上げたピングは、キョロキョロと周りを見渡す。
よく考えるとおかしなものだ。空は真っ青に晴れ渡り、陽が高いのに誰一人として生徒も教師もいない。
しゃがみ込んだピングを覗き込むであろう使い魔のペンギンも見当たらなかった。
「よ、良かった」
冷たい石柱にもたれかかり、ピングは大きく息を吐く。夢の中だというのに、どっと疲れた。
「夢の中なら……魔術が上手く使えたりするのか?」
ふと思いつき、自分の身体に向けて魔法陣を描く。現実と同じように動く手足に安心しながら、衣服を出現させようと呪文を唱える。
イメージ通りに、魔法陣から放たれた金色の輝きが体を包むのを眺めて、ピングは気持ちを昂らせた。
が、ピングの体には何も変化はない。白いタオルが一枚だけふわりと頭に乗っただけだった。
「夢ですら出来損ないなのか私はー!」
柔らかいタオルを地面に叩きつけ、ガックリと肩を落とす。夢でくらい、思った通りに魔術を使ってみたい。存在しないような魔術ができても良いと思う。
ピングは長くため息を吐きながら、腰にタオルを巻いた。素っ裸よりはマシだ。
激しく動くとすぐ取れてしまいそうで心許ないが、夢なのだから取れても大丈夫だろう。
「あれ? ピング殿下?」
背後から聞き慣れた声がして、ピングの表情はパッと明るくなる。夢の中でも、困った時に一番に助けてくれるのはこの男らしい。
嬉しくなったピングは勢いよく振り返り、そして、
「ティーグ……れぇええ!?」
すぐに顔を覆って元通り背を向けた。
こちらに向かって歩いてきているティーグレは、ピングと同じく何も着ていなかった。全てを曝け出して大股で近づいてくる。
己の夢は一体どうなっているのかと、ピングは頭を抱える。
「どうしました?」
「なんでお前、裸で堂々としてるんだ」
なんの躊躇もなく隣に立ってきたティーグレからジリジリと距離をとる。夢の中だとしても不気味だ。
ティーグレはピングの真っ当な質問に対して、顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「なんでって……」
しばらく沈黙して、自分やピングの体を見比べていた。
ピングもつられてティーグレの体を見てしまう。
魔術だけでなく剣術も達者なバランスよく筋肉のついた逞しい身体は、細身で小柄な自分とは正反対だった。
筋肉の形がよく分かる腹筋を無遠慮に見つめているとその下にも目がいってしまって、慌てて目を逸らす。
夢であっても、直視するのは気が引けた。
「あー……なるほど……そうかあれかぁ」
挙動がおかしくなってしまうピングを咎めることもせず、ティーグレは一人で納得している。
ピングは、夢というものが見ている人間の好きにできるものではないのだと確信する。そのくらい、ティーグレの思考が全く分からなかった。
うんうんと頷くティーグレを訝しげな表情でピングが見上げていると、急に真剣な色を帯びた紫が視線を合わせてくる。
「ピング殿下」
「な、なんだ」
「これは夢です」
「知っている!」
低く深い、真面目なトーンでの言葉に思わず両手を握りしめて力強く答えてしまった。
不思議だった。
夢だというのに、本物のティーグレと話してるようだ。幼い頃からずっと一緒に過ごしているから、自分の中のティーグレの解像度が高いということだろうか。
妙に意識のはっきりしている夢に戸惑っていたピングは、自分の中のティーグレに感謝した。だが。
「しかも、淫夢です」
「淫夢」
会話を続けたことを後悔する。そういえば、ティーグレはこういう変なことを大真面目な顔で言う男だった。
さっさとこの話題を切り上げたいピングだったが、ティーグレの口は止まらない。
「ローボから指輪を受け取りませんでしたか」
「恋のお守りだといっていたものか?」
教室に帰る前にカバンに突っ込んだ指輪を思い出す。
受け取ってしまったものの、どんな魔術が掛かっているか分からなかったためティーグレに確認しようと思っていたのをすっかり忘れていた。
「そう。それを持ってると、この夢の中で射精しないと起きられなくなるんです」
「……」
ピングは耳を疑った。
ティーグレの言っていることを理解したくない。
口を固く閉ざしてアメジストの瞳を真っ直ぐ見据える。冗談を言っている顔ではないが、ティーグレなら、
『なんて、そんなわけないじゃないですかー』
と、ケロッと言ってくる可能性がある。それを期待して出来るだけ頭を冷静に保とうと深呼吸する。
しかしティーグレが何も言ってくれないので、ピングは落ち着かず忙しなく動いてしまいそうな腕を組んだ。
「嘘だろう」
「本当です。なんでピング殿下の手に指輪が渡ってしまったのか謎ですが……」
ティーグレは腰に手を当てて目を瞑る。
これは夢だ。まるで現実のティーグレと話しているように感じてまともに取り合ってしまったが、あくまで夢のはず。
ピングはティーグレの様子を固唾を飲んで伺いながらも、心のどこかではそろそろ目が覚めるはずだと軽く考えていた。
「やるしかない」
「え……っ!?」
瞼を開いたティーグレの瞳は獰猛にギラつき、思わず一歩下がったピングの細い肩を掴んでくる。
逃げようと考える間もなく、ピングは回廊の石壁に押し付けられた。
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